故里:ミッシェルさん捏造企画
最終更新日2009年11月23日
故里
冬を二度越えた。
ということは、12歳になったということだ。
ラップは丘の上から前方に広がる深い森を見渡した。
かろうじて付いている細い道は、この先に人の営みがあることを示していた。
それほど遠くない所の新緑の葉の間に、材木で組んだ家の壁と思しき物が見つかった。
「あった、あそこだ。」
口に出してつぶやくと、ラップは丘を下る道を歩き始めた。
腰を隠す程に長い上着が、左右から伸びた下生えの枝に引っかかる。
ラップは丁寧に枝を払いながら進んだ。
今年の春に新調したばかりの服だ。
それまでの服は、背丈が伸びて着られなくなってしまったのだ。
大事に長く着たかった。
ズボンも新しい物だ。
腰周りも、背丈も、この二年でずい分と大きくなっていた。
「癒しの館」を離れてからずっと、ラップの、生まれた家を探す旅は続いていた。
最初の頃は、魔法使いということを明かして尋ね歩いていた。
しかし、それを聞いた人々の態度は殆どが冷たいものだった。
自分たちの村に魔法使いはいないとか、魔法使いなど生まれたこともないとか、型にはめたような返事が返ってくるばかりだった。
そして彼らは、ラップを村の中へ入れてくれようとはしなかった。
ラップは落胆した。
仕方なくラップは一つの言い訳を作り出した。
「生活苦で幼い頃に遠方へ預けられた。しかし、預け先の都合で出されてしまい、生まれた村を探している。」
そう言うことにしたのだ。
魔法使いだということは口外しなくなった。
口にしなければ、杖も持たず、魔法使いのような服も着ていないラップのことは誰も疑わなかったのだ。
預け先の都合を問われたら、不幸があって主人が代わり、居辛くなったと訴えた。
どのくらい信用してもらえたかは分からない。
だが、魔法使いと言っていた頃に比べれば、村の事情を話してもらえる割合は格段に増えた。
村の中で一晩の宿を求めることも出来るようになった。
男手の必要な仕事を手伝ったりして、数日間滞在できることもあった。
そんな風にして二年が過ぎていた。
丘の上から見えていたのは、二十戸程の家が寄り添うように建つ村だった。
森に囲まれていて、畑は少なく、切り出した材木がいくつか山のように積まれていた。
村の周囲には木で作った囲いがあり、道のところには同じく木で出来た扉が付けられていた。
たいていの村は、そのようにして村人を周囲の脅威から守っていた。
館にいた頃は殆ど意識したことがなかったが、野に出てみると至る所に野生の獣や魔獣が住んでいた。
それらは人を襲うこともあったし、畑を荒らすこともあった。
囲いが実際にどの程度獣の侵入を防いでくれるかは分からなかった。
だが囲いがあることで、村人は安心して生活をしているようだった。
ラップは村の囲いの内側で門番をしていた男に話し掛けた。
「すみません。人を探しているんですが、この村で七年位前に子どもを奉公に出した家はありませんか?」
ラップが尋ねると、門番の男はラップを上から下まで検分するように見た。
ラップは少し緊張して男の視線に耐えた。
見ず知らずの人に声を掛けるのは、いつまで経っても慣れない事だった。
ましてや、仕方ない事とはいえ、尋ねている内容にはいささか事実と違う部分がある。
「何年も前に村を出て行った家はあるけど、子どもをよそへ預けた話は聞かないな。奉公に出された子どもって、あんたのことかい?」
門番はラップの年恰好を見て尋ねてきた。
「ええ、僕です。親の名前もわからないんです。」
出て行った家か、とラップは思った。
単に引越ししただけかも知れないなと予想をした。
「いくつだい?」
「12歳になります。」
ラップは丁寧に答えた。
印象を良くしたいという思いは常にあった。
答えをうまく引き出したかったし、家族の消息につながらなくても、村で働かせてもらったり泊めてもらうために必要なことだった。
「七年前って言うと5歳くらいか。そんなに小さな子どもがいたかな…。あんた、名前は?」
思案顔の男に聞かれて、ラップはちょっと口ごもった。
名前を告げるのは、これまた慎重にしなくてはならないことだった。
もしも、小さかったラップが魔法を使うと知られていた場合、「ラップ」と名乗ったら魔法使いだと教えることになってしまう。
そうしたらまともに相手をしてもらえなくなるだろう。
だからと言って、名乗らなければ不審に思われる。
結局、ここでもまたラップは小さい嘘をつかなくてはならなかった。
「働いていたところでは、ミシェルって呼ばれていました。」
ラップは男に告げた。
本当の名前は自分でも分からないと言い添えた。
「ミシェルねえ、聞き覚えがないなあ。ここは百人もいない村だからね。そういう名前の子どもはいなかったよ。」
男は言った。
ラップはがっかりした。
それと同時に、本当はラップと言うんですと叫びたくなった。
ミシェルも、サムも、ダットンも、ヘンリーも、皆借りてきた名前で、探している名前ではないと言いたかった。
うその名前を告げている限り真実にはたどり着けないと、焦る気持ちが心の中に渦巻いた。
『だめ。ダメだラップ、焦るな。魔法使いだって、知られちゃいけないんだ。』
ラップは自分に言い聞かせた。
「さっき言っていた村を出て行った人にも、子どもはいなかったですか?」
ラップは男に尋ねた。
「う~ん、あまり村人と付き合わない家でね。子どもはいたよ。でもね、突然いなくなっちゃって…。ああ、でも居なくなったのは七年位前だったかもしれないなあ…。」
男はラップの真剣な様子に共感したのか、頭をひねって思い出そうとしてくれた。
それも気になる情報だった。
「その家を見せていただけませんか?」
ラップはいつも尋ねているように聞いてみた。
家の庭のようなところで遊んだ覚えがあった。
空き家を見られれば、記憶と同じ場所かどうか判る気がした。
「そんなに気になるなら案内してやるよ。おいらに付いて来な。」
男はそう言って、門を開いてくれた。
「ありがとうございます。」
ラップは笑顔を浮かべて村の中へ入っていった。
男の言うとおり、そこはこじんまりとした集落だった。
男たちは狩りにでも出ているらしく、見かけるのは女が多かった。
「あら、見たことのない子ねえ。」
女たちは気軽に声を掛けてきた。
「親を探しているんだと。空き家の家にこのくらいの子がいただろうか。」
門番の男は話し掛けてきた女たちに尋ねた。
「どうだろうね。付き合いの悪い家だったよ。引っ越すにしたって普通は挨拶していくもんでしょ。朝になったら空っぽだったんだよ、あそこは。」
「子どももいたけど、もう少し大きい子だったよ。」
女たちはそう言いながらじろじろとラップを見た。
ラップはその視線を受け止めきれずにうつむいた。
「ここが家の跡だよ。」
門番の男が言った。
「うわあ…。」
後ろから言われた家を覗いたラップは、一目見て思わず声を上げた。
それは確かに家だったが、住む人がいなくなってから何の手入れもされていない様子だった。
敷地には草が生え放題で、それも緑の間から昨年、一昨年の枯れた茎が林立している有様だった。
壁や扉の木もぼろぼろになっている所があり、地面の近くには苔が生えていた。
「突然いなくなっちゃったんで、気味悪くて誰も使わないんだ。」
男は言った。
「これじゃ、もう住めないですね。」
ラップは家の周りを回ってみた。
裏庭が目に入ってきたとき、ラップはハッとした。
一本の木が、裏庭の扉の正面に生えていた。
その枝の伸び具合が、前にも見たことがあるように感じられたのだ。
ラップは腰を屈めて木を見上げた。
たった一人で、木を相手に水玉を投げつけたり、風で葉を揺らせたりしていた…。
魔法を使って遊んでいたときの風景が重なった。
『この場所、知っている?……。』
ラップは立ち上がった。
「どうした、何かわかったかい?」
男が聞いてきた。
ラップは戸惑った。
答えて大丈夫だろうか。
ラップが魔法使いだったことを、村の人々は知らないだろうか?
いや、そんなはずはない。
隠しおおせていたなら、なぜ村を出て行く必要があっただろうか。
ラップを癒しの館へ連れて行くだけで、自分たちはここへ戻ればよかったはずだ。
そうしなかったのは、多分、村にいられなくなったから…。
魔法のことが知られたからではないだろうか。
「僕の家にもこんな大きな木があったと思うんです。でも、ここかどうかはわからないです。」
ラップは努めて平静を装って言った。
「そうか。」
男は何も気付かなかったようだ。
「ああ、いたいた。坊や、これ持っていきな。」
後ろから声を掛けられた。
ラップが振り返ると、先程話をした女の一人が立っていた。
女はラップに片手を差し出した。
両手を揃えて出すと、女は手に持った物をパラパラとラップの手の平に落とした。
つやつやと黄色い干し芋だった。
「切れ端ばっかりだけど、日持ちはするからね。」
「ありがとうございます、おばさん。」
ラップは顔をほころばせた。
「まだ子どもなのに大変だねえ。」
女はラップが干し芋を大事そうにしまい込むのを満足げに見ていた。
「それとねえ、ちょっと思い出したんだけどさ。」
今度は女は門番の男に向かって言った。
「ここで魔法を使っている子どもを見たって、隣の旦那さんが言ってた気がするんだよね。」
「魔法だって?!」
男が目を丸くした。
ラップも全く同じ反応をした。
「今、出かけているから聞けないんだけど、この家のことだと思うのよ。出て行くちょっと前の頃だよ。」
女はまことしやかに言った。
「俺は聞いたことないけどなあ。うう、魔法使いなんて縁起でもない。」
「そんなに大きな噂にはならなかったよ。あたしだって聞いただけで見てないもの。たぶん逃げ出したんだよ、うわさが広まる前にさ。」
女が言うと、男はしかめ面をしてラップの方を向いた。
「坊や、ここは少し変わった家だったみたいだ。君の家族とは違うんじゃないかな。」
「あ……、ええと、そう、ですね。」
ラップはしどろもどろになった。
『多分、間違いない。ここだ。』
心の中でラップは叫んでいだ。
ここに住んでいたのだ。
村人と交流の少なかったという家族の中で。
今は朽ち果てたこの家で。
「この家の人たち、どこへ行ったか分からないんですか?」
ラップは平静を装って尋ねた。
村人はどちらも首を振った。
「わかんないよ。朝になったら家が空っぽになっていたんだ。」
「そうですか…、これ以上確かめようもないですね。」
ラップはもう一度雑草に埋もれそうな家を見た。
これ以上、この人たちに尋ねるのは難しそうだった。
二人に礼を言うと、ラップは村の出入り口へ向かって歩いた。
ラップは村の全てを目に収めんばかりに眺めた。
「珍しいものでもあるのかい?そんなにきょろきょろして。」
一緒に歩いていた男が声を掛けてきた。
「あ、いえ。」
ラップはあわてて否定した。
それから、もっともらしい質問をした。
「この村の先には、まだ別の村がありますか?」
「いや、この先はもう森になる。戻らないといけないな。」
男は言った。
ラップは村の入口に着くと、男に礼を言った。
「まだ若いのに大変だな。気をつけて旅をするんだよ。」
「はい。ご親切にありがとうございました。それでは。」
ラップは頭を下げると村を離れた。
来た道を戻り、丘の上まで着くと、ラップはもう一度村を眺め下ろした。
『見つけた。…けど、見つからなかった。』
ラップは思った。
今見てきた場所が、ラップの記憶にある家なのはほぼ間違いなかった。
でも、そこに家族は住んでいなかった。
どこへ行ったのか、村の人も知らない様子だった。
『もう、会えないのかな…。』
手掛かりがなくなってしまった。
どんな人たちだったのか、その姿も曖昧なままだ。
村人とあまり交流がなかったらしい。
そんな生活をさせたのは、自分の魔法のせいだろうか。
村に居られなくさせたのも、やはり自分のせいなのだろうか。
辛い気持ちを抱えたまま、立ち去る事が出来ずにラップは丘の上で時間を過ごした。
やがて夜が来ると、ラップは村の明かりが一つ残らず消えるのを待って、昼間の廃屋へ向かった。
出入り口の柵は飛んで越えた。
家は、星明りにわずかに浮かび上がっていた。
ラップは庭へ回ると、裏口の扉の前へ腰を下ろした。
正面に大きな木が生えていた。
周りの雑草は思い出の中よりもずっと高く生い茂っていたが、木は思い出と同じ印象を与えていた。
この木が遊び相手だった。
他の子どもや兄弟とも遊んだ記憶がなかった。
きっと、魔法を見られないように隠して育てられていたのだろう。
平穏に暮らしていくためには、そうするしかなかったのだろう。
だが、多分ラップは見られてしまったのだ。
二年間、家族を尋ねて歩いてきたラップは、魔法使いが生きていくことの難しさを痛いほど分かるようになっていた。
それ程に魔法使いは恐ろしいものと思われていた。
家族に対する最も親切な方法は、これ以上追い掛けない事だった。
ラップを館に預けたからには、家族は今、平穏な生活をしていることだろう。
それを踏みにじらないことだ。
館へ預けられたとき、家族とラップの人生は別たれたのだ。
やっと気付いた。
ラップは立ち上がると、裏口の扉をそっと開いてみた。
かんぬきが腐っていたか、雨風で外れていたのか。
扉は簡単に開いた。
ラップは足音を忍ばせて廃屋の中へ入った。
家の中にも雑草があちこちに茂っていた。
部屋を見て回ったラップは、小さく仕切られた部屋を見つけた。
子供が寝るだけの広さしかない部屋。
小さかったラップは、うずくまって扉が開くのを待っていた。
「……。」
ラップは崩れるように膝を折ってそこに座り込んだ。
こみ上げてきた涙が頬を伝った。
両手で顔を覆い、嗚咽をかみ殺して、ラップはひっそりと泣いた。
館の入口で、母親に抱きしめられたことが、不意に脳裏に甦ってきた。
温かなぬくもりを振りほどいて、ほかの魔法使いの子どもと遊ぼうとしたのだった。
もしもあの時、抱きしめられた事を喜んでいたら、母親から離れなかったら、人生は変わっていただろうか。
あの時ラップは仲間の方を大切に思った。
生まれて初めて出会った、魔法使いの仲間の方を。
『選んだんだ。僕は。』
涙に暮れながら、ラップは思った。
やがて気持ちが落ち着いてきた。
ラップは目じりを濡らす涙を拭った。
「これからどうしよう。」
ラップは口に出してつぶやいた。
これからどこへ行こう。
何をして生きていこう。
ラップは小さかった頃のように、膝を抱くように曲げて座り込んだ。
部屋はそれだけで身動きが出来ないほどだった。
荷物入れを探り、底にしまってある紙を取り出した。
手書きの地図。
それにもう一枚、チャノムからアンビッシュへ出国したときにもらった証明書があった。
最初、アンビッシュへ向かったときは、すんなりと出られたのだ。
ところがアンビッシュからフュエンテへ行こうとしたとき、ラップの歳を聞いた係員は子ども一人を出国させられないと言い出した。
足止めされたラップは、夜にまぎれて、勝手に国境を飛び越えてしまったのだった。
以来、一度もちゃんと出国の手続きをしていなかった。
この書類上は、ラップはまだアンビッシュに居ることになっていた。
捨ててしまっても良いのだが、自分の存在を書き記した書類はラップには貴重に思えたのだ。
これがなければ、どの国に所在があるのか分からないラップは、盗賊の類と同じになってしまうと感じたのだ。
ラップは証明書を畳んで元のとおりにしまい込み、地図の方を広げた。
片手の先に小さな魔法の炎をともす。
黄色い光に照らされて、地図が浮かび上がった。
地図の上には四つの国の名前があった。
そのほかにはいくつかの×印。
山や海や砂漠など、ラップの知らない場所の印だった。
故郷を探すために旅をしていたラップは、この印の先へ行ったことはなかった。
この、未知の土地を歩いてみようか。
ラップは思った。
それとも、何処かで仕事にありついて、平凡な暮らしをしようか。
ラップは魔法使いであることを隠して町で暮らす自分を想像した。
日々忙しく働き、たまの休日には野山に出掛けて魔法の勘を取り戻す…。
ラップは首を横に振った。
そんな暮らしは望んでいなかった。
『魔法の先生を探そうか。』
癒し手ではなく、攻撃魔法を修めた魔法使いや魔道師がいても良い筈だ。
そこで弟子にしてもらおう。
それは良い目的に思われた。
ただ、この二年、そういう魔道師の話は耳にしなかった。
無理もない。
魔法と無縁の普通の人々の住む所を訪ね歩いていたのだから。
どんなところに魔道師が住んでいるか、まずそれから探す必要があった。
「あ、シャリネ……!」
ラップは館でオズワルドが言っていたことを思い出した。
シャリネは魔女が作ったと言っていたではないか。
そこを訪ねたら何か判るかもしれない。
魔道師や賢者に会えるかもしれない。
館のシャリネのように古文書を置いているかもしれない。
何がしかの助言がもらえるかもしれない。
『砂漠のもっと先に最初のシャリネがあるって言っていた。』
手書きの地図には、オズワルドの言っていたフォルティアの国名は記されていなかった。
しかも、砂漠の先の土地は、とても広かった。
シャリネがフォルティアのどの辺りにあるのか、そこまではラップは知らなかった。
「何年もかかりそうだ…。」
ラップはつぶやいた。
オズワルドは、フォルティアにあるのを最初のシャリネと言った。
そして、館にある物をオルドスのシャリネと呼んで、最後に回って来るのだと言っていた。
だとしたら、この二つ以外にもシャリネがあるのだろうか。
全部でいくつあるのだろう。
わからない事ばかりだった。
『時間はたくさんあるさ。』
ラップは思った。
シャリネのことを尋ねながら、魔法使いが住んでいるうわさも聞き集めよう。
癒し手の魔法使いなら、村に溶け込んで住んでいる人もあるだろう。
それらを訪ね歩いてみよう。
ずっと練習していなかった強力な魔法も試してみたい。
恐ろしく長い詠唱呪文を、ちゃんとまだ覚えているだろうか。
ラップは膝に顔を伏せ、いくつかの呪文を思い出そうとした。
最初はこんがらがっていた呪文も、数回繰り返すうちに元の正しい配列に収まっていった。
ラップは安堵した。
そして膝を抱いたまま、その小さな部屋で眠りに落ちた。
思いの他ぐっすり眠ったらしかった。
目が覚めると廃屋の中が白々と浮かび上がっていた。
『いけない、夜が明ける。』
ラップは立ち上がった。
家の外の気配を探る。
安心したことに、まだ人の動く様子はなかった。
ラップは外に出た。
振り返って、廃屋を目に刻み付けた。
懐かしい思い出。
何も知らなかった幼い自分。
生まれ持ってきた魔法という罪。
村の名前も、家族が何と呼ばれていたかも知りたいと思わなかった。
そこがどの国の領土なのかも興味がなかった。
きっともう二度と、ここへは来ない。
僕は家族を持たない。
故郷なんかない。
ラップはトンと地面を蹴って飛び上がった。
一度も振り返らなかった。
(2009/11/23)