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Fanfiction 二次創作 封印の地|昇天

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昇天

2000年の前半頃、頭の中で考えていたお話です。その後、違う設定で「白き魔女」の後の話を書きたくなったため、この案は闇に葬り去ることになっていたのですが・・・。何となく心残りだったので、ちゃんと文章にしたためておくことにしました。
特に隠す理由もないのですが、あまりに本編と離れた設定をしていることと、二人(ええ、いつもの二人v)に過去を連想させる記述が入るので「隠し」置きとしました。


ティラスイールに平穏が戻って数ヶ月。
まだ寒さの厳しい冬の末期。
ラップじいさんこと、ミッシェルは、穏やかな日々を過ごしていた。
本を読み、時折、勢いのなくなった暖炉に新しい薪をくべる。
さすがに老いは身体に変化を与え、文字を追うのがすぐつらくなる。
そんなときは椅子にもたれ、脳裏を去来する思い出に心を任せるのが、往年の大魔道師の日課であった。

バタン。

扉の開かれる音がして、ミッシェルは顔を上げた。
「ジュリオ、人の家に入る時はちゃんとノックをするもんじゃ。」
村で一番元気の良い、少年の名を呼んだ。・・・・だが。
「ミッシェルさん・・・」
懐かしさのあふれた呼びかけに、ミッシェルはまじまじと入ってきた人影を凝視した。
『そんな馬鹿な。』
驚愕に打たれて、ミッシェルはしばらく動けなかった。
有り得ない人物がそこにいた。
「アヴィン・・・・。」

50年もの昔、異国エル・フィルディンで出会った少年。
甘茶色の髪、強い意思を宿した緑色の瞳、決意の表れのような赤いバンダナ。
ミッシェルの心の中に、今も住んでいる懐かしい思い出。
それが、両の手を広げて駆け寄ってくる。
あの時の姿のまま・・・。
『幻・・・?』
ミッシェルはわずかに警戒する。大魔道師として全土に名を知られていた頃には、いろいろな陰謀や謀略をけしかけられたものだった。人を油断させるのに最も有効なのは、知人の姿を借りることだった。
『いや、おかしい。』
ティラスイールのどんな魔法使いも、アヴィンの姿を知りはしない。もしもミッシェルの潜在意識に働きかけているのだとしたら、その気配を感じ取れないミッシェルではない。そんな気配はしない。
アヴィン自身も魔法を操ったが、それもごく一般的な力で、自己の意識を世界の果てへ飛ばせるような強力な力とは無縁のはずだった。
だったら、目の前のこれは何なのだろう。

「会いたかった、ミッシェルさん。」
目の前で立ち止まった少年の姿に、ミッシェルはおずおずと手を差し出した。少年の目が理解の表情を浮かべ、二人は手を取り合った・・・はずだった。
「!」
ミッシェルの手は、アヴィンの手をすり抜けた。
しかし、一瞬だけ何かに触れた感覚があった。ミッシェルは思わず自分の手の甲をなでさすった。一瞬感じたそれは、しわ深いおのれの手と同じものだったのだ。
「アヴィン、本当にアヴィンなのか?」
ミッシェルが問うと、少年は頷いた。
「どうしても会いたかったんだ。皆が俺の願いをかなえてくれた。」
そう言って、アヴィンは両手をミッシェルの頬に当てた。また一瞬の触覚。がたがたと震える、老いた手の感覚。
「何ヶ月か前、ガガーブの方の空がどす黒く染まったんだ。俺たちはいよいよ時が来たんだと、覚悟を決めた。・・・もう一度空が晴れ渡ったときには皆で喜び合ったよ。災いは去ったんだってな。」
「見ていてくれたのか。」
ミッシェルは胸が締め付けられるような喜びを味わった。切ない・・・だが、忘れられない昇華の時。
「ミッシェルさんの、長い苦労も終わったんだなって・・。きっと、重荷が消えて退屈にしているだろうってな。」
アヴィンの姿が少し揺らいだ。ミッシェルはハッとした。
「アヴィン、君は・・・。」
「ミッシェルさん。これから、自分を大事に生きろよ。今までずっと、世界のために生きていただろ。普通の幸せを全部断って。もう、わがままに生きて良いんだからな。」
少年が、諭すような口調で言う。
『アヴィン・・・君は、君はもしや・・・。』
声に出して聞くのが怖くて、ミッシェルは心で叫んだ。
少年が、寂しそうに笑った。
「そんな顔するなよ、ミッシェルさん。俺は十分に生きたよ。あなたに会えずに行くのが心残りだったけど、それもこうして叶った。」
「なにを言う。君の方がずっと年下だろう。」
ミッシェルはアヴィンの二の腕を掴んだ。空を掴んだ手がむなしさを爆発させ、ミッシェルは立ち上がって少年を掻き抱いた。自分の腕を抱きしめた。
「アヴィン!」
「・・・あったかいな・・・俺の、ミッシェル・・・。」
いつか聞いた・・・耳にこびりついて消え去らない言葉が、耳元でささやかれた。
「もう、行くよ。・・・元気でな。」
少年が瞳を潤ませて言った。
ミッシェルは涙をこらえて頷いた。
アヴィンの姿はスッと消えて見えなくなった。

部屋の中央に立ち、ミッシェルは目を閉じて意識を集中した。
誰かが、アヴィンの意識を中継していたに違いない。遥かエル・フィルディンから・・。
「久しぶりです。ティラスイールの大魔法使い。」
すぐに、一つの意識と接触した。
「ラエル殿。貴方が手伝ってくれたのか。」
「ええ。アヴィンの心残りを何とかしてやりたいと、これはみんなの願いでもありましたのでね。」
「アヴィンは?」
「私に同調出来ますか?」
ラエルが言った。ミッシェルはラエルの意識に自分を重ねた。
ぼんやりと、室内の様子が浮かびあがった。見覚えのある小屋の一室。大勢の人に囲まれて、一人の老人が死を迎えようとしている。おぼろげに見覚えのある周りの老人たち。壮年の男たち。若い頃のアヴィンを思わせる若者や、子供たち。
『ああ・・・。』
こんなにたくさんの人に囲まれて。
二人の生き方が異なる道に進んだあと、充実した人生を歩んだのだろう。
それでも、自分を忘れずに姿を見せてくれたのか。
映像の中の人々が泣き崩れた。
「・・・逝かれました。」
ひっそりとラエルが告げた。
ミッシェルは瞑目した。両の目からあふれる涙を拭おうともしなかった。

「ミッシェル殿。気を落とされますな。」
ラエルが言った。
「ああ、ありがとう。」
「暖かくなったら、ぜひ一度そちらに伺いたいと思っております。」
「こんな老いぼれのところにか?」
「ご謙遜を。昔話でもいたしましょうぞ。」
「・・・そうだな。」
「では、失礼。」
ラエルの気配が去った。

ミッシェルは小屋の外に出た。
まだ風は冷たい。
空を見上げると、どんよりと重たかった。
『私も忘れない・・・いつまでも、わすれないよ。』
新たな涙に濡れながら、ミッシェルは長い間立ち尽くしていた。

010506


文章にすると、なかなか思っていた通りには書けないものですね。
もっと「愛していた」だの何だのと、中継する人が卒倒しそうな会話が入る妄想だったのに、ずいぶん大人しくなっていしまいました。
「愛している」は、軽々しく使いたくなくて、多分今までの創作でも、ほとんど会話中に使っていないと思うのですが、ここぞというときに使いたい~と、機会を伺っている言葉でもあります。
なかなか・・・。ミッシェルさんの「愛」は、彼女へ向いていると思っているから尚更むつかしいです。

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