Junkkits

Fanfiction 二次創作 封印の地|約束:見晴らし小屋にて

封印の地トップへ戻る 二次創作一覧へ戻る サイトトップへ戻る

約束:見晴らし小屋にて

「じゃ、行って来るね、お兄ちゃん。」
「ああ。マイル、アイメルを頼むぞ。」
「任せといて。それじゃ出発しようか。」
「うん。お兄ちゃん、一人っきりでもちゃんとお食事するのよ?」
「わかってるよ。シャノンや村長さんにもよろしく言っといてくれ。」
「ええ。行って来ます。」
アイメルとマイルはウルト村の方へ降りていった。
マイルがアイメルを誘うのは、シャノンの所へ行かなくてはならない時と決まっている。まだ身を固めるつもりはないらしくて、アイメルをシャノンとの防壁にしているのだ。
そんな事をしてもシャノンが気付くはずもないし、第一本当にその気がないなら、お使いを頼まれたって行かなければいいのである。
数日前、ボルンに入港したプラネトスII世号から、ルカが遊びにやって来た。
塩や魚を持って来てくれたので、今日のおばさんのお使いは、きっと干物か何かだろう。「ったく、素直じゃないんだよな。」
アヴィンは親友の後ろ姿につぶやいた。

ルカの方は、今朝早く姉のルティスと一緒にボルンに向かって出発した。
プラネトスII世号が、ガガーブを越える旅に出るというのだ。
ボルンまで送っていくと言い出したルティスの気持ちは、アヴィンにはよくわかった。
ルティスとルカも、二人きりの姉弟なのだ。
船を見送っておいでよと言い添えたのは、アヴィンなりの配慮のつもりである。
そんなわけで、アヴィンは久しぶりに一人で過ごすことになったのである。
「さて、…魚でも獲るかな。」
別にアイメルに釘を刺されたからではないのだが、アヴィンはまっとうな食事を取るべく、小屋の側を流れる川へ向かった。

服を着たままザブザブと川に入り、浅瀬にやってきた魚を捕まえる。
だが、久しぶりに一人で魚を追いまわしていて、腕が落ちたと痛感した。
この頃はずっと、二人組で漁をしていたのだ。
「うわっ。」
焦りが出たのか、ぬめりに足を取られて転び、ずぶぬれになる。
怪我はしなかったものの、濡れた服では思うように動けない。
「しょうがないな・・。」
アヴィンは服を脱いで川原に広げると、下着一つで流れに戻った。
川砂でいけすのような囲みを作り、狭い入り口を付けて魚を追い込んだ。
何十分か夢中になった結果、食料になりそうな大きさの魚を数匹捕まえることが出来た。
「よし。これでいいだろう。」
川に逃げ戻らないように、囲みの壁を高く仕切る。
これで食料の確保は出来た。アヴィンは満足そうに伸びをした。

「張り切っていますね。」
突然声を掛けられて、アヴィンは周囲に目を走らせた。
「あ!」
川にせり出した大きな岩の上で、ミッシェルが座り込んでアヴィンの方を見ていた。
「ミッシェルさん、いつの間に・・・。」
そのくつろいだ様子は、今来たばかりには見えなかった。
「夢中になっているみたいでしたので、声を掛けそびれてしまいました。」
果たしてミッシェルも、アヴィンの想像を裏打ちする返事をよこしたのであった。
「手伝ってくれれば良かったのに。」
アヴィンは口を尖らせて言った。
季節を問わず厚いマントを着ているミッシェルが、そんな事をしてくれるとも思えなかったが。
「これは失礼しました。」
ミッシェルは笑顔で言った。
「失礼ついでですが、私の分も捕まえてくださると大変嬉しいんですけれどね。」
アヴィンは自分の胸がトクンと鳴ったのに気付いた。
それはしばらく一緒にいてくれるという意味だろうか。
アヴィンに断る理由はなかった。
「わかったよ。」
アヴィンはミッシェルの座っている岩の下まで行った。
大きな岩だった。
アヴィンが手を伸ばして、やっとミッシェルのつま先に届くかどうかというあたりである。
「わかったけど、俺一人にやらせるつもりかい?」
「私にお手伝いが出来るでしょうか?」
ミッシェルの言葉は、水に入るつもりがないように聞こえた。
「ちょっと手を貸して。」
アヴィンは自分の腕を目いっぱい伸ばした。
ミッシェルはいぶかしそうにアヴィンの手を取った。
前かがみになって、姿勢が安定しない。
「落っこちそうですね。」
「そうだな。」
アヴィンは、心の中で謝りながら、思いっきりミッシェルを引っ張った。

「わっ!」
盛大な水しぶきをあげて、ミッシェルは川に落ちた。
アヴィンはミッシェルの下敷きになって、やはりひっくり返った。
「・・・な・・・何をするんですか、アヴィン!」
頭から水を滴らせたミッシェルが、顔を真っ赤にして怒る。
アヴィンはそんなミッシェルを見て腹の底から笑った。
「もう・・。びっしょりですよ。冗談にも程があります!」
アヴィンに楽しそうに笑われてしまい、ミッシェルは本気で怒ることも出来ない。
立ち上がると、マントも服も水を吸ってずっしりと重くなっていた。
杖が岩の上で安全だったのが、せめてもの救いだった。
アヴィンは目尻に涙を溜めながらミッシェルに言った。
「こんないい天気に、暑苦しい格好をしているからだろう。さあ、手伝ってくれよ!」
「あなたって人は・・・まったく・・・。」
ミッシェルは開いた口がふさがらないとぼやきながら、川から上がった。
濡れた服を脱ぎ、アヴィンの服の隣に並べて干す。
「日焼けしそうですね。」
まぶしい光の中に立ち、ミッシェルは困ったように目を眇めた。
普段、陽に焼くことなどないのだろう。日焼けしていない身体は生白かった。
「何か?」
ミッシェルに言われて、じっと見つめていた事に気付き、アヴィンは慌てて目をそらせた。


見晴らし小屋の庭先で、アヴィンとミッシェルは火を囲んで座っていた。
獲った魚を味わったところである。
近くの木の間に張ったロープには、まだ乾かない服が掛けられていた。
二人ともシャツは着ているものの、ほかの服はまだ乾いていない。
とてもウルトの方へ降りて行ける格好ではなかった。
「マイルのおばさんにポテトでも貰えたら良かったんだけど。これくらいしかないよ。」
アヴィンは畑で取れたトマトをミッシェルに手渡した。
「いえいえ、ありがとう。」
ミッシェルは日に焼けて赤くなった手でトマトを受け取った。
「アヴィンさんが自分で原因を作ったんですから、仕方がありませんよね。」
「う・・」
きつい一言を返されて、アヴィンは言葉に詰まった。
ミッシェルは赤く火照った自分の手を見つめた。
「しばらく肌に触れると痛みそうですね。」
「そんなに?」
アヴィンは驚いて問い返した。
「日頃、裸で何かをするという事がありませんからね。この日差しは強すぎるんですよ。」
「そうか・・・。悪かったな。」
「いえ、運動になりましたよ。塗り薬もありますから、心配いりません。・・・ただ、」
ミッシェルは言葉を途切れさせてしまった。
「なんだい?ミッシェルさん。」
言葉を小出しにされることにたまりかねて、アヴィンは聞いた。
「トーマスに何て言い訳しようかな、とね。まさか、魚獲りをしてきたとは言えないですから。」
ミッシェルは答えて苦笑する。
「正直に言ったらまずいのか?」
アヴィンは聞き返す。ミッシェルは困った顔をした。
「ここに来るとは言わずに出てきましたから・・。まあ、トーマスは何か気付いたって態度に出さない人ですけれどね。」
「?」
遠まわしに言われた事がわからず、アヴィンは首をかしげた。
「私があなたに、・・・会いに来ている事は、他の人には知られたくないですから。」
ミッシェルはアヴィンの身体に触れんばかりに近づき、じっと顔を見つめて言った。
アヴィンの顔は、たちまち朱に染まった。

 

もうそろそろ日が落ちる。
だんだん暗くなる天井を見つめたまま、アヴィンはあせっていた。
帰り支度を始めたミッシェルに、聞きたい事があった。
だが、とても女々しい事のような気がして、聞きにくかった。
寝台に腰掛けていたミッシェルが立ちあがった。
「ミ、ミッシェルさんっ。」
アヴィンは急に喪失感にとらわれて飛び起きた。
そして、恥ずかしさを我慢してミッシェルに聞いた。
「今度は、いつ頃・・・?」
ミッシェルが目を丸くしてアヴィンを見た。
「まだ、なんとも・・・。ガガーブを越えるときに、船に損傷が起きないとも限りませんし。向こうの状況もわかっていませんからね。今まで以上に、連絡がつきにくくなってしまうでしょう。」
ミッシェルは、考えながら答えた。
想像したとおり、期待を持たせるような事は言わなかった。
この先は、もういつ会えるのかわからないのだ。
「そうか。・・ガガーブの向こうって・・・遠いよな。」
アヴィンはうつむいてつぶやいた。
いつ戻ってくるかわからない。
いや、もう戻って来られないかもしれない。
不安はとどまるところを知らなかった。

ミッシェルはアヴィンをじっと見つめた。
「そんな切ない顔をされたら、帰れなくなってしまいます。」
「だって、本当につらいんだから。」
アヴィンは上目遣いにミッシェルを見た。
「アヴィン・・・。」
『私だって、本当は、ここに・・・。』
アヴィンのいる場所にいたい。いつも目の届くところに。
甘い思いが心で疼く。だが、それは出来ないのだ。

お互い、走り始めてしまったことがある。
人生のパートナーを得たアヴィン。
未知の世界への探求を始めてしまったミッシェル。
どちらも、その選択に後悔などしていないはずだ。
・・・だが。
結果として二人の時間は消えようとしている。

「約束をしましょう、アヴィン。」
ミッシェルはアヴィンを見た。まなざしが絡み合う。
「私は、自分の選んだ夢を実現させます。三つ目の世界を巡り、悪しき芽がないか、ちゃんと調べてきます。」
「ミッシェルさん・・・。」
ミッシェルの、無理矢理ほほ笑んだ顔を見て、アヴィンは言葉もなかった。
他に、道がないことは、アヴィンもわかっている。
どちらかが今の生活を破錠させない限り、そうなるしかない。
「うん。・・・待ってる。」
アヴィンは寂しそうに答えた。
「またここへ戻って来ますよ。どんなに遅くなっても、必ずね。もしもその時、あなたに受け入れてもらえなくても後悔しません。」
「そんなこと! 俺だって待ってるよ。」
アヴィンが抗議するが、ミッシェルは聞いていない。
「それまで、あなたの選んだ道をまっすぐに進んでいてください。ここで、あなたの家族に囲まれる日を楽しみにしています。」
「何言ってるんだよ!」
アヴィンは耐えかねたように叫び、乱暴にミッシェルにぶつかっていった。
「あ!・・・」
「俺は、待ってるからな!ミッシェルさんと、また・・・。また、会いたいから!」
一瞬身体をこわばらせたミッシェルは、しがみついてくるアヴィンに、嬉しそうに目を細めた。
「私もですよ、アヴィン。」
「絶対忘れな・・」
ふいに言葉が出口を失った。唇をふさがれていた。
それも、優しいキスではなくて、頭がぼうっとするくらい、強く求められていた。
言葉よりもずっと、ミッシェルの本当の気持ちが伝わってきて、アヴィンはミッシェルにもたれたまま、身体の力が抜けていくのに任せていた。

おわり

封印の地トップへ戻る 二次創作一覧へ戻る サイトトップへ戻る