Fanfiction 二次創作 封印の地|アヴィン危機一髪!
アヴィン危機一髪!
おまけ2
「ミッシェルさんっ!」
アヴィンが息せき切って飛び込んで来た時、ミッシェルは自宅のソファにもたれてぼんやり天井を見つめていた。
「やあ、早かったですね。」
アヴィンに視線を移し、穏やかな顔で歓迎する。
「明日から、出張って…、ホント?」
アヴィンが息を整えながら尋ねるのにうなずく。アヴィンが、辛そうな顔になった。
「職場に連絡してごめんなさい。プライベートと区別をしようと言ったのは私の方だったのに。」
「そんな事どうでもいい。いつ行くんだ?」
アヴィンはミッシェルに迫る。
「明日の午前中の便で。」
「どのくらい行ってるんだ?」
「一ヶ月。伸びたら二ヶ月くらいになるかもしれません。」
「…二ヶ月も。」
ミッシェルはアヴィンに手を差し出した。
アヴィンが自分の手を絡める。
「さみしいよ。」
痛いほどに手を握りしめ、アヴィンが訴えた。
「私もです。もうしばらくこちらに居られると思ったのですが。」
アヴィンはミッシェルを離さない。
隣に座り、身体をもたせかけた。
熱っぽいまなざしが、アヴィンの望みを伝えていた。
それは、ミッシェルの求める事でもあった。
「食事を一緒にと思いましたが…。」
ミッシェルはアヴィンを見つめて言った。
「後回しでも良いですか?」
「ああ!」
アヴィンが飛び付いて来た。
ミッシェルも、腕を広げて受け止める。
固く抱き合って、二人は思いのたけをぶつけあった。
「寒くないですか?」
「ああ、平気。」
明りを絞った部屋で、二人の睦言は続く。
ミッシェルがアヴィンに大人の付き合いを教えて数週間。
週末のたびに会っていた二人は、だいぶ打ち解けてきていた。
アヴィンは、最初こそいつまでも抵抗する様子を示したものの、一度分かち合ったあとは嫌がることはなくなり、むしろ積極的にミッシェルを求めていた。
アヴィンの前向きな好奇心がそうさせるのだと、ミッシェルは微笑ましく思っていた。
共に楽しんでくれる相手を得られて、ミッシェル自身も気持ちの高揚した日々だった。
その分、急な出張の話が堪えてしまったが。
当分味わえない恋人の感触を記憶に刻み込むように、ミッシェルはアヴィンの身体中を慈しんでいった。
ピンポ~ン。
「え?!」
ミッシェルが顔を上げた。アヴィンもびっくりしている。
「誰?」
ミッシェルに問い掛ける。
「さあ……。」
困惑顔でミッシェルはインターホンに向かった。
「どなたですか。」
「まだ居たか、ミッシェル。引継ぎがあるんだ。」
インターホンから、アヴィンにも聞き覚えのある声が流れてきた。
「トーマス、あなた戻ってきてたんですか?」
「ついさっきな。あんたがもう帰ったって言うんで、追いかけてきたんだ。立ち話じゃなんだ、入れてくれ。」
「え、ええ…。少し待ってくださいね。」
ミッシェルはインターホンを切った。部屋の明りを点ける。
「参りましたね。」
苦笑いして振り返ると、アヴィンはもうベッドから抜け出していた。
手早くシャツを着込んでいく。
「仕事の話なら、俺、居たら邪魔だろう?」
「とんでもない。ここにいてください。良い機会だから、トーマスにもちゃんと紹介します。」
ミッシェルは手早くベッドを整え、カバーを掛けた。
アヴィンはネクタイと格闘している。
ミッシェルも身なりを整えた。
アヴィンと共謀者よろしく目で合図し、玄関のロックをはずす。
「お待たせしました、トーマス。」
「眠ってたのか?外から明りが見えなかったが。」
「いえ、まあね。」
すたすたと入ってきたトーマスは、ソファに腰を下ろしているアヴィンを見つけた。
「あっ?!お前は。」
アヴィンは照れくさそうな顔でトーマスに頭を下げた。
「お久しぶりです、トーマスさん。」
「…なんだ、そうか。お前、つかまっちまったのか。あの時せっかく忠告してやったのに。」
トーマスはアヴィンの向かいのソファにどかっと座った。テーブルに書類入れを置く。
「人を悪党みたいに言わないでくれますか、トーマス。」
ミッシェルがあとを付いてきて、アヴィンの隣に座った。
「ご存知でしょうが、アヴィンです。しばらく前から、ここに出入りさせているんです。」
ミッシェルがアヴィンの肩に手を置いて紹介した。
トーマスは遠慮なく二人を眺めた。
いや、探っているという方が合っている目つきだった。
アヴィンは少々むっとした。
「ここに出入りしてるって事は、そういう関係なんだな?ミッシェル。」
「なっ!」
いきなりぶしつけな事を言われて、アヴィンは腰を浮かせた。
ミッシェルがアヴィンを止めた。
「私の大切なパートナーです。それ以上はお答え出来ませんね。」
「ミッシェルさん!」
アヴィンはそれを聞いて顔を赤らめた。
「答えなくて結構。ちゃんとこいつの顔に描いてある。しかし、珍しい事があったもんだな。」
トーマスはミッシェルに言った。
「あなたが帰ってきた早々私の部屋に来るのも、珍しいと思いますけどね。」
ミッシェルはさらりと言った。
「だから、仕事だって言っただろう。これが済めば晴れて休暇だ。」
トーマスが言い返す。
「じゃ、済ませてしまいましょうか。」
「アヴィンはどうするんだ?」
「同席はダメですか?」
「そりゃ無理な話だ。」
トーマスはキッパリと断言した。聞く耳を持たない口調だった。
「ミッシェルさん、俺、外で待ってるよ。」
アヴィンは二人の応酬に割り込んだ。
「そうですか?」
ミッシェルはあきらめて一緒に立ち上がり、クローゼットからコートを出してアヴィンの背に掛けてやった。
「終わったらすぐ呼びますからね。」
「ああ。」
玄関まで見送って戻ってくると、トーマスがあっけに取られていた。
「何ですか?人をじろじろ見て。」
ミッシェルがトーマスに言った。
「だってなあ。ひと睨みで上司を黙らせるあんたが、あの坊やに至れり尽せりで…。一体何があったんだよ。」
「仕事の話じゃなかったんですか?」
トーマスの質問を無視して、ミッシェルはテーブルの書類を拾い上げた。
「ヴェルトルーナの方が先に火が付いたな。」
「そうですね。これだけ大きな引き合いがあると、私が行かないわけにはゆきませんからね。」
二人は手早く引継ぎを済ませていった。
ミッシェルが書類を繰りながら、不明な点、疑問を洗い出して尋ねる。
「仕事も順調、坊やも手に入れて順風満帆だな、ミッシェル。」
向かい合ったソファでくつろいで、トーマスがからかった。
「苦労したんですから。茶々を入れないでくださいますか?」
ミッシェルは書類から目だけ上げて言う。
「ほう。苦労した挙句、あんたの方がのぼせて入れ込んでるって訳か。」
トーマスが言うと、ミッシェルはきっと顔を上げた。
「私は真剣ですよ。遊びで付き合っているわけではありません。」
「そりゃあお前はな。でもアヴィンは同じ趣味を持ってるわけじゃないんだろう?」
「わかってくれています。問題ないですよ。」
ミッシェルは断言した。
「どうだか。」
トーマスは肩をすくめる。ミッシェルの独断を認める気はないらしい。
「私も、いいかげん煮詰まっているみたいなんです。アヴィンの事も最初に焦ってこじらせました。私には彼が必要なんです。もう失いたくない。」
ミッシェルは真顔で言った。
トーマスは大きなため息をついた。
「そこまで言うなら俺はもう何も言わない。だが、友人としてひとつだけ忠告させてくれ。…あんたの思い込みは真剣で、重い。問題は、相手がそれに耐えられるかどうかだ。確かにアヴィンは強い奴に見えるが、強い奴ほど弱みを見せまいと無理するからな。あまり負担を掛けさせるんじゃないぞ。」
「…肝に命じますよ。ありがとう。」
ミッシェルはトーマスの言葉に顔をほころばせた。
しんと冷えたマンションの通路で、アヴィンは窓に身体を持たせかけていた。
身体はまだ熱い。
ミッシェルの感触が、あちらこちらに残っていた。
アヴィンは自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
早く二人きりになりたかった。
『俺、あの人なしでやっていけるかな…。』
ミッシェルに導かれて踏み込んだ、底の見えない世界だった。
触れ合っている時間が、まるで一瞬の瞬きのように過ぎ去ってしまう。
次の約束をして帰る道で、もう今度の逢瀬に想いを馳せていた。
『どうしてこんな事になったんだろう。』
ミッシェルに憧れたのは、純粋に尊敬したい人間だったからなのに。
彼が自分を見つめてくれる事が嬉しくて、たくさんの事を許してしまった。
もう、アヴィンの心にも身体にも、ミッシェルの知らない部分は殆どなかった。
「アヴィン、お待たせしました。」
自分を呼ぶ声に、アヴィンは振り返った。
ミッシェルとトーマスが通路に出てきていた。
ミッシェルもコートを羽織っている。
「飯まだなんだろう?一緒に食おうぜ。」
トーマスが有無を言わせない口調で告げた。
アヴィンはこれ以上邪魔をされるのかという顔付きになった。
「後でまた外へ出るのも二度手間ですしね。今のうちに行きましょう。」
歩を早めて寄ってきたミッシェルにそう言われ、アヴィンはしぶしぶうなずいた。
三人は丘陵を歩いて下っていった。
少し下の街道沿いに、行きつけのレストランがあった。
ミッシェルと並んで座ったアヴィンに、トーマスが言った。
「アヴィン、ミッシェルを頼むぞ。」
「え?」
思いがけない言葉に、アヴィンはびっくりした。
トーマスは自分を歓迎していないと思っていたのである。
「俺は付き合いが長いからわかるが、こいつはいい奴だ。真面目だし、実力もある。でも、本当のところは寂しがり屋だ。」
「トーマス。」
軽く、たしなめるようにミッシェルが言ったが、トーマスはやめなかった。
「ミッシェルが長い間見つけられなかったものが、お前だよ、アヴィン。幸せになりな。」
アヴィンは顔に疑問符を一杯浮かべてミッシェルを見た。
「お酒が過ぎませんか?」
そう言いながらも、ミッシェルはトーマスのグラスに酒を満たしてやった。
トーマスはニヤッと笑った。
「あんたの気持ちを代弁してやったんだ。感謝してくれよ。」
トーマスは赤味の差した顔で、満足そうにそう言った。
「トーマス、私たちはそろそろ失礼しますよ。」
食事を済ませると、ミッシェルは言った。
「何だ、もう少し飲まないか?」
トーマスは物足りなさそうだった。
「私たち、明日から初めて別々に過ごすんです。…察してくださいませんか?」
ミッシェルが、彼としては大変珍しく、下手にでた。
「あ、ああ…。」
トーマスは珍しいものを見て毒気を抜かれたのか、からかってこなかった。
アヴィンは、ミッシェルの含みのある言い方に、居所がないくらいに顔を赤らめていた。
三人は店を出た。
「お休み、トーマス。わざわざ来てくれてありがとう。」
「お休みなさい、トーマスさん。」
「邪魔者は退散するさ。お休み、お二人さん。」
軽く片手を振ると、トーマスはぶらぶらと歩いて行った。
その姿を見送って、ミッシェルとアヴィンは逆の方向へ歩き出した。
「トーマスさんって、開けっぴろげな人なんだな。」
アヴィンが言った。
「最初はずけずけものを言う人だと思ったけど、悪気はないんだな。」
「そう感じましたか。彼は何でも話せるいい友人ですよ。」
ミッシェルは苦笑して答えた。
「ミッシェルさんが見つけられなかったものって、一体何なんだ?」
アヴィンが聞いた。
「ああ…。」
ミッシェルはちょっと考え込み、それから話し出した。
「私は、あなたを誰かに指示されて近づいてきた人間と間違えましたよね。」
「ああ。」
「私の周りではああいうことが続いていたんですよ。」
「ええと、それって…。」
「私に近寄ってくる人が、何か別の意図を持っていることが非常に多くなってしまったんです。だから、誰も信用出来なくなっていました。」
「一体誰がそんな事を?」
「わかりません。社内の嫌がらせか、ライバル会社の罠か、ヘッドハンティングの性質の悪いものか。どれであっても、私の自由を奪ったという意味では同じことですけれどね。」
「ひどい事をするんだな。」
アヴィンは不愉快そうな顔をした。ある意味アヴィンも被害者なのである。
「そんなこんなで疲れきっていたときに、あなたに会ったんです。自分の気持ちで私に関心を持ってくれたあなたにね。」
「…そうだったのか。俺も最初はあなたへの好奇心だったりしたしな。迷惑だったんだな、ミッシェルさん。」
「いいえ、アヴィンの気持ちは損得じゃなくて、憧れみたいなものでしょう?」
「ああ、少なくとも損得なんて考えてないよ。」
「それだったら良いのですよ。あなたがいくら私の事を知ってくれても、ちっとも困りません。むしろ、私は嬉しいです。」
「そうか。良かった。」
アヴィンはホッとした。
部屋に着くと、ミッシェルはアヴィンを背中からそっと抱きしめた。
「アヴィン。私もあなたの事を知りたい。…何もかも知りたいですよ。」
耳元にささやきかける。
「ミッシェルさん…。」
言外に含まれている願いに気付かない程、アヴィンは子供ではなかった。
冷えかかっていた身体に一気に火がともった。
アヴィンは腕の中で身体の向きを変え、ミッシェルを見た。
ミッシェルは、いつになく真剣な顔をしていた。
アヴィンはミッシェルの胸に、上体をもたせかけた。
「いいよ。」
ミッシェルが息を飲んだのが聞こえた。
「でも。」
アヴィンはミッシェルの顔を覗き込んで言った。
「今日じゃなくて、今度、あなたが帰ってきた時にそうして欲しい。」
「な…アヴィン、どうして!」
ミッシェルが思わず叫んだ。
「?」
アヴィンはミッシェルの反応にびっくりしていた。
「明日から離れ離れになるって言うのに、どうしてだめなんです!?」
ミッシェルは重ねて聞いた。
未練がましいとは思わなかった。
許してもらえないなどと、想像もしていなかったのだ。
アヴィンはミッシェルが期待していた事を悟った。
申し訳なさで胸が一杯になる。
だが、アヴィンとしてもこれはうかつに譲れなかった。
「だって…、だって俺、何か約束がなかったら、二ヶ月なんてとても待てないよ。」
アヴィンはすがりつくように言った。
「…それは…。」
アヴィンの切ない表情を振り切ることが出来ず、ミッシェルは言葉を失った。
「タイミングを誤りましたね。」
しばらくして、ミッシェルは自嘲気味にそうつぶやいた。
「え?」
アヴィンが聞き返す。
ミッシェルは口元をほころばせた。
言う前から、アヴィンの返事が聞こえてくるようだった。
「ベッドに入ってから言えば良かったです。」
ミッシェルがささやくとアヴィンは顔を赤くして口を尖らせた。
「…それでも、駄目なものはダメだぞ。」
予想通りの返事が返ってきて、ミッシェルは笑った。
「ええ、あなたが望まない事はしませんよ。もっとも、あなたから望んでくれるようには頑張りますけどね。」
ミッシェルはアヴィンに言った。
「ずるい、ミッシェルさん。」
アヴィンは抗議した。もっとも抗議するような声ではなく、ずっと甘みを帯びていた。
「このくらい、権利があってもいいでしょう?」
ミッシェルは再びアヴィンを抱きしめた。首筋に顔を埋める。
「ン…しょうがないな…。」
アヴィンもミッシェルの背に腕を回した。
「朝まで離しませんよ。」
吐息のようなささやきが、アヴィンの耳に吹き込まれた。
「ああ…。」
アヴィンは背筋を震わせてミッシェルにしがみついた。
おまけの続きでございます。
前回、あんまり反応がなかったので、今回は表現を押さえる事に苦心してみました。
まあ何とか形になったかなと思っております。
でも、今回も大きな山を逃してしまった。
残念ですわ~。