Fanfiction 二次創作 封印の地|スイーツスイーツ
スイーツスイーツ
「こんにちは、アヴィン。」
突然声を掛けられて、アヴィンは畑仕事の手を止めた。
聞き馴染んだ声だ。
「ミッシェルさん。」
いつものように、畑の外には到着したばかりの魔道師が微笑んでいた。
アヴィンは仕事を切り上げることにし、鍬を持って畑を出た。
「ルティスは港に着いたのか?」
アヴィンが尋ねると、ミッシェルは頷いた。
「ええ。お元気そうでしたよ。」
ミッシェルが乗っているプラネトスII世号に、ルティスの弟ルカも乗っている。
遠くへ出ていた船が母港へ戻ったと知らせを受けて、ルティスは見晴らし小屋を空けていた。
「それより、プレアウッドでアイメルさんに会いましたよ。賢者様のお世話をしているとか。」
ミッシェルはアヴィンと連れ立って歩きながら言った。
「ああ、少し前からな。」
アヴィンは井戸水で農具を洗い、手足を洗った。
その間言葉は無かった。
引き締まった顔に、いささか寂しげな様子が覗くのをミッシェルは見てとった。
「本当ならシャノンが身の回りのお世話をする番だったらしいんだが、彼女、ウルト村へ通いつめてるからな。」
アヴィンは少したってからつぶやいた。
「……マイルさん、大変ですね。」
「全くだ。その気がないなら断ればいいのに、びしっと言えないんだよな、マイルの奴。」
アヴィンの語気は少々強い。
マイルとアイメルが良い雰囲気なのだと聞かされたことがある。
二人の仲が発展していかないことを、アヴィンはじれったく思っているのかもしれなかった。
「他の女性関係をちゃんと終わらせてくれれば俺はかまわないんだよ。」
とこぼしていたのだが、状況は今も変わっていないらしい。
生来優しい性格のマイルがシャノンを振り切るのは、誰の目にも至難のわざだった。
ミッシェルは元気と自己陶酔が得意な少女を思い浮かべて、心の底からマイルに同情した。
濡れた手足を拭き、ついでに顔も拭いたアヴィンに、ミッシェルは小さな包みを差し出した。
「何だい?」
布で包まれた、小ぶりの壺のような物。
「アイメルさんから預かってきました。手作りのデザートだそうです。」
それを聞いてアヴィンの目が輝いた。
口元が自然にほころぶ。
「ありがとう! いやぁ、久しぶりだ。」
素直な反応にミッシェルは笑みをこぼした。
アヴィンは包みを受け取ると、さっそく中を開けて見た。
「栗のシロップ煮だ。ミッシェルさん、今晩のデザートにしよう。」
アヴィンはそう言うと、大事そうに包みを抱えて見晴らし小屋へ運んだ。
ミッシェルは後ろに付いて行きながら尋ねた。
「お邪魔ではありませんか?」
アヴィンがくるっと振り向いた。怪訝そうな顔をしている。
「久しぶりじゃないか。泊まってってくれよ。」
真顔で言われては、ミッシェルにも断る理由はなかった。
見晴らし小屋の入口にも、大きな栗の木が枝を伸ばしていた。
トゲトゲの毬に気をつけながら、ミッシェルはアヴィンを追って扉をくぐった。
妹を探す旅を終えたアヴィンは、この見晴らし小屋に帰ってきた。
アイメルと、そして間もなく旅の仲間だったルティスが一緒に住むことになった。
会いに来るたびにアヴィンの表情は充実していった。
最初に出会ったときの打ちのめされたアヴィンを思うと、同じ人物かと首を傾げるくらいに笑いが溢れるようになった。
自分はもうここを訪れるべきではない。
夕食の時間、アイメル手作りの栗のシロップ煮を取りにアヴィンが席をはずした間、ミッシェルは考えに沈んだ。
訪れる度に自分に向かって言い聞かせていることだった。
ミッシェルはアヴィンが幸せを得ていく姿を見たかった。
絶望を乗り越え、旅の目的を果たしたことを自分のことのように喜んだ。
今のアヴィンの暮らしぶりはミッシェルの願いそのものだった。
だが、自分の存在がアヴィンの幸せの妨げになってはいけない。
今はまだ自制出来ているが、そのうち船で未知の世界へ発つことになっている。
そうなったときに未練を残さずにいられるか、ミッシェルは自信を持てずにいた。
アヴィンは迷惑な様子を見せない。
いつも笑って歓迎してくれる。
それに甘えて、ずるずると通って来てしまう。
心底アヴィンの生活を応援するなら、来るべきではないのだ。
ましてや、ルティスが留守と判っている時を狙って訪れるようなことは。
「何だい、真剣な顔をして。」
いつの間に戻ったのか、アヴィンが尋ねてきた。
「いえ、少し考え事をね。」
ミッシェルは適当なことを言い訳した。
「ふーん。」
目の前につやつやした栗の皿が置かれる。
アヴィンに聞いた事はある。
自分の訪問は迷惑になっていないのかと。
アヴィンは理解出来ない様子だった。
迷惑なわけがないとアヴィンは答えた。
それはミッシェルの欲しい答えではなかった。
アヴィンの心の中で、自分はきっとルティスとは別の場所にいる。
アヴィンにとって、自分に向ける笑顔と彼女に向ける笑顔は別の意味を持っているに違いない。
自分は決して、生涯を通して寄り添いあう関係を望まれていない。
たまに訪れる友人として、歓迎されているに過ぎない。
彼女と同じ場所には立てないだろうか。
いや、それを願ったら、アヴィンを悩ませるだろう…。
『まったく、矛盾している…。』
ミッシェルは心の中で愚痴をこぼした。
見守るだけで十分と思いながら、アヴィンの中で大きな位置を占めたいとも思う。
これはわがままだ。
何処かで折り合いをつけなくてはいけない事だ。
アヴィンはまだミッシェルの迷いに気付いていない。
今のうちなら引き返すことも可能なはずだった。
「食べないのかい、ミッシェルさん。」
アヴィンが尋ねる。
ミッシェルはハッと我にかえった。
アヴィンが怪訝な顔をしてミッシェルを見ていた。
彼の前の皿はとっくに空で、ミッシェルはあわてて栗を一粒口に放り込んだ。
「何かあったのか? さっきから変だぞ。」
アヴィンが重ねて聞く。
ミッシェルは首を横に振った。
「そうか? …まあ、いいや。美味いだろ、アイメルの手作りデザート。」
笑顔で聞かれて、まるで味わう余裕のなかったミッシェルは、気を落ち着かせながらもう一粒口に入れた。
しっとりとした甘さが口いっぱいに広がる。
不思議と、人の気持ちを穏やかにさせる甘さだった。
「美味しいですね。甘さがしつこくなくて、アイメルさんらしい。」
感想を言うと、アヴィンの表情が一層得意げなものになる。
「だろう? 修道院で暮らしていただけの事はあるよな。俺やルティスだと、旅をしながら自給自足だったから、味付けなんて二の次だったし。」
「……」
今それを聞きたくない。
ミッシェルはアヴィンの視線を避けて、皿にのった最後の栗を口に入れた。
「第一、時間を掛けて作るようなものは、旅には向かないよな?」
同意を求めてくるアヴィンが恨めしい。
アヴィンには、ミッシェルの心の中の葛藤はわからないのだ。
ミッシェルは腰を浮かせて、アヴィンの肩に手を伸ばした。
「え?」
目を丸くするのに構わず顔を寄せる。
もう一方の肩も掴み、唇を重ねて、舌先でアヴィンの唇をこじ開けようとする。
甘いシロップの味がミッシェルの意図を伝えたのか、アヴィンは逆らわずに唇を開いた。
口の中の栗を、半分アヴィンの口へ押し込む。
アヴィンがそれを噛んで二つに割った。
半分に割れたカケラはそれぞれの口中に残った。
ミッシェルは満足げに唇を離した。
「何でいきなり……」
アヴィンは顔を赤らめていた。
「欲しそうに見えました。」
いたずらっぽく笑う。
「ちゃんと自分の分は食べたよ。そんな子供みたいなこと…。」
アヴィンは抗議するが、本気でないことは言葉の勢いでわかる。
ミッシェルはホッとした。
今は二人の時間を邪魔されたくない。
心の何処かで、なけなしの理性が我に帰れと主張していたが、それすらも邪魔だった。
「じゃあ、もう要らないんですか?」
ミッシェルは再びアヴィンの肩を引き寄せた。
「もう食べ終わったじゃ…」
言いかけて、ミッシェルの言っている意味に気付いて、アヴィンの頬にさらに赤みが差した。
ミッシェルは顔を間近に寄せてアヴィンの返事を待った。
「…欲しい、よ。」
上ずった、かすれるような返事を聞いてから、ミッシェルは目を細めて、深くアヴィンに口付けた。
2009.12.5
一月ほど前ブログに書いた短編の萌え増量版ですv。