Fanfiction 二次創作 封印の地|酒場
酒場
1 ミッシェルとマイル
ヴェルトルーナの仲間たちをそれぞれの故郷へ送り届け、プラネトスII世号は根城にしている、ティラスイールのテュエールの港へ帰っていた。
船の点検と簡単な修理の合間に、陸へ物資調達のために多くの人数が上陸した。
それは、ふたたび大航海の準備であった。ガガーブを越え、エルフィルディンへ向かうのだ。
はるばる呼び寄せた助っ人の二人、アヴィンとマイルを彼らの故郷へ送り届けるためである。
一部の乗組員にとっても、久しぶりの故郷への航海である。船の中は、いつもにも増して活気にあふれていた。
そして、すべての準備が終わった日、プラネトスII世号で皆をねぎらう宴が催された。
船倉からたくさんの酒が運び出され、山海の珍味とともに供された。
「みんな、大仕事のあとにまた大仕事だが、頑張ってくれよ。
出航は明日の午後だ。今日はもう全部忘れて楽しんでくれ。名残のある奴は陸に上がってもいいぞ。
だが、昼になっても戻らなかったら置いて行くからな。じゃ、楽しくやってくれ。」
キャプテン・トーマスの言葉に、待ってましたとばかりに酒の栓が抜かれていく。
今日は無礼講だ。
トーマスはたちまち水夫たちに囲まれてしまったが、やがて両手に酒のビンをぶら下げて人垣から抜け出してきた。
「やっぱり飲んでないな。こういうときは船乗りの流儀に合わせてくれなくちゃ。」
部屋の端の方でおとなしくしていた友人たちに声を掛ける。
「皆さんに合わせていたら胃袋がいくつあっても足りませんよ。」
ミッシェルがもっともなことを言う。
「まず何か胃に納めないと。悪酔いしたくはないからね。」
マイルも同調した。
「情けねぇなあ。」
トーマスは持ってきた二本の酒を目の前にかかげて見比べた。そして、片方のビンをドンとテーブルに置いた。
「こいつはそんなに強くない。三人なら空けられるだろう、飲めよ。」
勝手にコップを寄せて酒を注いでいく。
「ほらよ、アヴィン。あんた、飲めるんじゃないか?」
「どうかな。つぶれるほど飲んだことはないからな。」
「試すんならとことん付き合ってやるぜ。今日は特別だからな。」
並々と注いだコップをアヴィンに渡し、トーマスは嬉しそうに言った。
アヴィンは受け取ったコップに口をつけたが、危うくむせ返るところだった。
「これ、きついぜ、トーマス。」
「んな事あるもんか。ま、ちびちびやってな。」
ミッシェルとマイルの目の前にもコップを置いて、トーマスは乗組員たちの輪に戻っていった。
「アヴィン、船乗りの酒なんか飲むもんじゃないよ。」
マイルが真顔で言った。ミッシェルも相槌を打つ。
「トーマスに付き合ったらあとが大変ですよ。私たちは陸者の楽しみ方をすればいいんです。
そんな強いお酒を楽しむのは、何か胃袋に納めてからになさい。」
「そうかな。」
アヴィンは楽しそうに酒盛りしているプラネトスII世号の船員たちをながめた。
早々と赤ら顔をしている者もいる。皆、とても楽しそうだ。
この陽気な輪の中に飛び込んでみたいとアヴィンは思うのだが、マイルもミッシェルもそうは考えないらしい。
「マイルさんは大活躍でしたね。」
「とんでもない。アヴィンの世話を焼いてただけですよ。何せ、ちょっと目を離すと揉め事に首を突っ込むんだから。」
「お互い様ですね。」
目元で笑いながら、ミッシェルの視線は船乗りたちの真ん中にいるトーマスを追っていた。
自分が酒の肴になっているのは面白くない。アヴィンは席を立ってトーマスのいる一番大きな人垣に入っていった。
「あーあ、アヴィンったら。」
マイルがつぶやいた。
「せっかく忠告してやったのに。」
「仕方のない人ですね。経験してみないとわからないのでしょう。」
ミッシェルはおもしろそうに成り行きを見守っている。
「アヴィンさんって、口で言っているほどお酒に強くないでしょう?」
「たぶん。村にはこんな強いお酒は出回らないもの。」
「トーマスが選んで溜め込んでいるお酒ですからね。折り紙つきの強さですよ。酔いつぶれたりしなければいいのですが。」
「僕たちはお客だから、酔っ払っても眠っていれば済むけどね。」
「二日酔いで部屋にこもるのは格好がつかないでしょう。」
「アヴィンは気にしないよ、きっと。」
マイルが断言したので、ミッシェルは笑みをこぼした。
「もうじきエル・フィルディンへ帰れると思うと、元気が出てきますね。」
マイルはミッシェルに言った。
しばらく食事に専念していた二人だが、そろそろ大丈夫と見当をつけて、トーマスの置き土産にとりかかった。
マイルはちびりちびりと舐めるように味わっている。
「そうですか?・・・寂しくなりますね。」
そう答えたミッシェルは、口酸っぱく言っていたほど酒に弱くはないらしい。琥珀色の液体は、もう半分も残っていない。
「ミッシェルさんはこれから忙しいんですよね。僕たちもお手伝い出来れば良いんだけど。」
「まだどんな物になるやらですよ。ある程度筋道がつけられたら、きっと助けてもらう事になります。
魔法の事も、もっといろいろな事もね。」
ミッシェルはトーマスが注いでいった酒を一気に飲み干した。
「大丈夫なんですか?ミッシェルさん。」
「ん・・ええ、大丈夫・・・。」
ミッシェルは胸を押さえて、大きく息をついた。
「ははは、やっぱり効きますね。身体が焼けるようだ。」
目の下あたりに、ほんのりと赤みが現れる。
「マイルさん、またお二人でこちらに来てくださいね。私には、二人とも大事な仲間ですからね。」
「僕もいいんですか?嬉しいな。」
マイルが言うとミッシェルは頷いた。
ミッシェルの目が、部屋の中央にさまよい出る。
トーマスとアヴィンの姿を認めると、何とも言えぬ優しさをたたえたまなざしが二人に注がれた。
ミッシェルにとって、あの二人はかけがえのない友なのだと見て取れる。
マイル自身はあまりミッシェルと親しくなる機会はなかったが、アヴィンからはいやと言うほど聞かされていた。
気さくで厳しい、若き大魔道師。そんな言葉が誇張でなく、実感を込めてささやかれる人だ。
側に見て、初めて気付いた事もあった。周囲は何でもミッシェルに相談するが、ミッシェルの方はそうでもない。
一人で抱えている事柄が、多いのではないかとマイルは思った。
それでも、苦労しているようなそぶりは全く見せない。
周りにとってはいいだろうが、本人は辛いとか寂しいとか思わないのだろうか。
もっとも、そんな感情はとっくに乗り越えているからこそ大魔道師と呼ばれるのかもしれなかった。
「もう少しいかがです?」
ミッシェルは自分のコップを満たし、マイルにも声を掛けた。
「いえ、僕はもう十分です。」
「そうですか?」
ミッシェルはコップをとりあげて美味しそうに飲みはじめた。