Fanfiction 二次創作 封印の地|酒場
酒場
4 ミッシェルとアヴィン1
アヴィンは、嫌がるミッシェルを抱えるようにして甲板へ連れて行った。
はじめは離せと言って聞かなかったミッシェルだが、アヴィンの手を逃れたとたん、よろけて膝をついてしまった。
「意地を張るなよ、ミッシェルさん。酔いが回ってるんだよ。」
「・・・・・・。」
アヴィンはミッシェルの肩を支えて歩き出す。今度はミッシェルも静かにしてくれた。
甲板に出ると、気持ちのいい風が二人に当たる。アヴィンは船尾にミッシェルを座らせた。
『トーマスは適当にあしらえなんて言ったけど…。』
アヴィンには、そんな器用な事は出来なかった。まして、相手がこのミッシェルでは。
この人に対して、適当なんて出来やしない。真剣にぶつかり、応じてもらうのが一番すっきりとするやり方だ。
そりゃあ、当の相手のミッシェルが酔っているのは認めるが、だからと言ってあしらい方を変える気にはなれないのだった。
アヴィンはミッシェルを見た。甲板の向こうの闇をじっと見ている。
肩が上下しているのは、酔いがそうさせているのだろうか。アヴィンの視線を感じたのか、ミッシェルはこちらを向いた。
「何か?」
周囲を安心させる穏やかな目。・・・わからない。酔っているのか、しらふで言っているのか。
普段から何を考えているのか知れないところがあるが、今は全く見当もつかなかった。
「さっきの、ガガーブに行ってくれないって言うの、本気じゃないだろう?」
アヴィンは一番気になる事を聞く。それがミッシェルの神経を逆なでしていると、気が付いてはいない。
「明日の事は、頭にありません。」
ミッシェルの答はあまりにもつれなかった。アヴィンは深くため息を付いた。
決して、アヴィンをいじめたいわけではない。ただ、少しの間自分の甘えに付き合って欲しいのだ。
ミッシェルはなかなか同意してくれない友人にいらだっていた。
闇の太陽を葬った後、ミッシェルはこれから先の事にずっと思いを馳せてきた。一区切りはついたものの、これは終わりではない。
事は今も進行中で、いずれ、こちらの世界にも影響が及ぶ事は必須なのだ。
しかも、たぶんそれが確実に現れるのは、ミッシェルの故郷であるティラスイールだ。
ミッシェルのよく知っている場所に、魔女の通り道と噂される場所がある。
あの道は、異界のかつての首都・・・レオーネと少女が隠れ住んでいるところへ繋がっているのだ。
200年使われていないと異界の女王は言ったが、ティラスイールでは今でも時折り魔女の海で発光現象が見られる。
移動が行われていないだけで、回廊は今も繋がっているのだ。それが知れれば・・・。
それらの事は、トーマスには洗いざらい話している。とことん話し合い、結論を導き出すのが二人のやり方だ。それに不満はない。
だが、その過程でどうしても出てくる不安や、自分の小ささや、なすべき事の途方もなさへの憔悴は、トーマスには打ち明けにくいのだった。
彼の後ろには、このプラネトスII世号があり、乗組員たちがいる。
トーマスに不安を打ち明ければ、それはめぐり巡って船の士気に影響するのではないか。
そうでなくても、トーマスに余分な負担を掛けることになるのではないか。そう考えると、言葉は行く先を失う。
そんな時にアヴィンとマイルが乗船してきたのだ。ミッシェルは話し相手が出来たと喜んだ。
しかし、二人は故郷に帰ることを楽しみにしていた。二人に、長い遠征を頼み込んだのはミッシェルである。
不安を打ち明ける道はまたも閉ざされ、今、ミッシェルを酒に酔い潰れるところまで追い込んでいる。
楽になる方法は一つ。すべてを開放してしまう事だけだった。
「この数日、これからなすべき事を考えていて、私は自分が押しつぶされそうでした。」
ミッシェルはつぶやいた。アヴィンが聞いてくれているのはわかっていた。
「異界の人たちがどんな結論を出すのか、私たちが、どんな準備をしていけばいいのか、考える事はいくらでもあるんです。
そして、どれもが可能性なんですよ。ありえないと決め付ける事は出来ない。
私たちはまだ仲間も少ないし、一体どうやって事を成していったら良いのか考えあぐねていました。」
ミッシェルがそんな事を話すのは初めてだった。アヴィンはじっと耳を傾けていた。
「そこへ、さっきのトーマスの一言がね、私をそそのかしたんです。明日の事は忘れてしまえってね。」
「忘れたいと思いました。こんな辛い事から逃げてしまいたいと。でも、私はそんな風に出来ていないんです。
ところが、だんだん気分がこう、おおらかになっていくんですね。お酒に助けられました。
そうして私は、今の事だけを考えるようになったんですよ。」
「今の事って?」
「・・・ですから、全部忘れて・・・。私はガガーブを越える役目を忘れます。貴方は、故郷に戻る事を忘れてしまうんですよ。」
アヴィンは面食らった。そういう仮定の話は苦手だった。
「ええと、つまり、明日の事は棚に上げてしまうってことか?」
「ああ、そう。そうです、アヴィン。やっとわかってくれましたね。」
ミッシェルの口元に笑みが浮かんだ。
「そんな事して、何かいい事があるのかい?」
「ありますよ。だって…」
言いかけて、ミッシェルは極上の笑い顔を浮かべてついとアヴィンに寄り添った。
「いつまでも一緒にいられるじゃないですか。」
「・・・・・・」
ミッシェルが元気を取り戻したのと反対に、アヴィンは忘れていた酔いが胸に突き上げてくるのを感じていた。
ずっとまともそうな事をしゃべっていたので油断していた。今のミッシェルは、どこかでタガが外れているのだった。
「風に吹かれて、だいぶ気分がよくなりました。船室に行きましょう。語り明かしましょうよ!」
ミッシェルはアヴィンの腕をつかんで引っ張った。
「ちょっ、待って、離してくれっ、ミッシェルさんっ!」
今度はアヴィンがむなしく抵抗する番だった。