Fanfiction 二次創作 封印の地|酒場
酒場
5 トーマスとマイル
宴は盛り上がっていた。だが、先程から宴気分はどこへやらで、そわそわしている者がいる。
「俺、上に行って来る。」
「キャプテン。」
ルカがたしなめる。トーマスはでまかせ丸出しの言い訳をした。
「ちょっと風に当たってくるだけだよぉ。」
それを聞いてルカがため息をつく。
「もう。そんな言い訳しなくたっていいでしょう。」
ルカは周囲に聞こえないくらいの声でささやく。
「見て来てください、実は僕も気になっちゃって。」
「何だ、ルカも気になってたのか。早く言えよ、そういうことは。じゃ、行ってくらあ。」
トーマスはスキップしそうな軽やかさで部屋を出て行った。
「二人とも心配性だね。」
二人のやり取りを隣で聞いていたマイルがルカに言った。
「マイルさんこそ、よく心配せずにいられますね。」
「だって、心配する事でもないしね。」
「そうですか?…僕はいまいち安心できなくって。ラップさんの押しの強さを知っていますからね。さらに酔っているんですから。」
「酔ったくらいで心配する事もないと思うんだけどな…。僕、おかしいかい?」
マイルが真顔で尋ねる。
「普段だって誰も逆らえないのに…。酔ったラップさんなんて、どう扱ったらいいかわかりませんよ。
キャプテンもアヴィンさんに押し付けちゃったし。義兄さんがあしらえるわけないし…。」
ルカが答えた。
「そうか、アヴィンが帰らないとお姉さんが困るんだね。いい姉弟だな。」
「いや、今度遊びに行ったら怒られちゃうから…。わかるでしょう?」
「あ、そういう事か。…うん、わかるね。」
マイルが笑い顔で答えた。ルカも笑った。
「そういえば、ルカ君はアヴィンの心配をしているけど、キャプテン・トーマスが心配しているのはミッシェルさんなんだね。」
「もちろん! キャプテンの一番大事な友人ですからね。あ、戻ってきた。」
部屋に入ってきたトーマスを目ざとく見つけてルカが聞いた。
「キャプテン、どうでした?」
「どうもこうも。」
トーマスは両手を広げて肩をすくめて見せた。
「甲板にはいなかったよ。」
「え?」
「どっちかの部屋に行ったみたいだな。 そこまで確認するつもりはないからわかんないけどさ。
ま、俺はラップがおとなしくなってくれりゃ、一安心なんだ。」
トーマスはそう言って腰をおろし、酒瓶に手を伸ばした。ルカは収穫無しと知ってがっかりした。
「トーマスさんも、ミッシェルさんの事は気にかかるんですね。」
マイルが空いているコップを差し出しながら言った。
「サンキュ。まあ、俺の右腕だからな。しかも考えている事が計り知れないときてるからなぁ。
ある程度は把握しておきたい奴だよ。」
トーマスはそこでくくっと思い出し笑いをした。
「酔っぱらった時に考える事まで計り知れないとは思わなかったけどな。
あいつ、アヴィンを帰さないなんて言い出しやがった。」
「・・・へえ。」
さすがのマイルもこれにはちょっと驚いたようだ。表情にはわずかしか出ないが、一瞬息を飲んだのがわかった。
「ラップも、アヴィンが一番突っ込み易いってわかってるんだろうな。あいつはラップに逆らうなんて考えもしないからな。」
「そうだね。さっきもおろおろして、見苦しいったら・・・。」
マイルが容赦ない事を言う。
「アヴィンに任せたのは無理だったかな。ああいう時のあしらいぐらい、身につけたかと思ったんだがな。」
「アヴィンに機転のいる事を頼むのは、無理ってものだよ。器用に立ち回れないのがいいところなんだから。」
「なんだそうなのか? じゃ、俺の人選ミスか。」
トーマスはぽりぽりと頭を掻いた。
「まあ、何とかしてくれるだろう。けど、ガガーブを越えない、はまずかったよな…。
注意しないとな。いくらラップでも、あれは困る。」
トーマスは部屋を見渡した。
「みんなが聞いちまったからな。明日にでも本人から訂正させないと。気に病むことがあるとすぐに影響が出るんだ。」
「船長さんは苦労が多いね。」
「船は生き物だよ。そこいらの連絡船とプラネトスII世号とじゃ、全然生きの良さが違うだろう?」
「うん、わかる。舳先に立っていると乗組員が的確に動いているのがわかるものね。」
「そうそう。へえ、あんたも冒険者向きなのかな。いい事言うじゃないか。」
「僕は旅を続けるつもりはないよ。僕は、もう今度の旅で満足したんだ。」
マイルはそう言って遠くを見る顔つきになった。
「アヴィンと一緒に旅立ったときは、志半ばで挫折しちゃったからね。僕はどうしても、ちゃんと最後まで歩き通したかったんだ。
今度の話があったときに、チャンスだと思った。それで、村のみんなに迷惑をかけてもアヴィンに付いて来た。
・・・とても充実した旅だったよ。最後にはすごい事になったし。あの戦いに、僕は参加した。それだけでも十分だと思っているんだ。
今度は村で、生きていくんだ。」
「アヴィンといい、あんたといい、何でそう小さなところに帰って行きたがるんだかね。」
「それは、やっぱり待っててくれる人がいるからじゃないかな。トーマスさんも、いい人が出来たらわかるよ。」
「よく言うよ。俺の恋人はこのプラネトスII世号だぜ。」
「それなら、恋人のところに帰る気分、わかるでしょう?」
「ふ、まあな。でもよ、船が恋人なら、大海原も恋人だろう?
俺は港で待っている船に帰る時より、船に乗って港から出航していく時の方がずっとか好きだぜ。」
トーマスは自分の言葉に満足している様子だった。
「トーマスさんは冒険者だもの。僕たちはそうはなれないよ。
家族があって、家庭があって、それを守りながら生きていくのも変わらない僕たちの使命だもの。
これからの人生をウルト村に埋もれて過ごしても、僕は後悔しないよ。」
「20年経って同じ言葉が出てきたら信じてやるよ。」
トーマスはマイルの前に酒を掲げて見せた。
「気長な賭けだね。」
マイルも自分のコップを掲げた。