Fanfiction 二次創作 封印の地|酒場
酒場
7 トーマスとアヴィン2
昇降口の下でドアの閉まる音がした。重い足音が階段を上がってくる。
「よぉ、色男。」
トーマスは船長室のドアを開け、上がってきた男を手招いた。
「付き合えよ。」
「・・・休ませてくれないか?」
アヴィンはもうたくさんだという顔をした。
「何で。あんたの部屋は下だろ? 休もうって奴が甲板に出てくるかよ。」
からかうようにトーマスが言う。
「頭を冷やしに来たんだよ!」
アヴィンの言葉が強くなる。
「ま、ラップの相手をした後じゃ、疲れ果てるのもわかるけどな。ちょっとでいいんだ。あんたに頼みたい事がある。」
トーマスは片目でウインクした。
「・・・・・・。」
アヴィンはしぶしぶうなずいて、トーマスの部屋に入った。
「飲むか?」
「もういい。」
すげなく答えて、アヴィンは部屋の壁にもたれた。本当に具合がよくないようだと気付いて、トーマスは寝台を明け渡した。
「横になっていいぜ。話さえ聞いててくれりゃ。」
アヴィンはほっとした様子で身体を横たえた。
「眠ってしまうかもな。」
「好きにしな。ラップの相手をさせたのは悪かったよ。でもありゃあ、あんたじゃなきゃ収まりそうもなかったからな。」
「何であんなにからんでたんだ? いつものあの人とは大違いだった。」
「そりゃあ・・・。って、アヴィン、気が付かなかったのか?」
「何が?」
「どうしてラップが荒れてたかだよ。」
「さあ…。」
アヴィンの生返事を聞いて、トーマスは肩をすくめた。
「あいつの気持ちもわかるな。」
「だから何なんだよ!」
「ラップはあんたが好きなんだよ。」
アヴィンはそれがどうしたという顔をした。こいつには、人を好きになる事の奥深さって奴はわからないに違いない。
「あんたをエル・フィルディンに帰したくないのさ。それが望めない事とわかっていてもな。」
「一晩言われ続けたよ。残るつもりはないのかって。・・・俺は一刻も早く帰りたいのにさ。」
「心になくても、一緒に旅をしたかったとか、言ってやればよかったのに。甘い言葉を聞きたかったんだよ。」
「そうなのか?」
「女心みたいなもんさ。あいつ、ぎりぎりまで自分を押さえちまうからな。」
「うそは言いたくないよ。今は俺、帰らなきゃならないから、残れないって言ったんだ。ミッシェルさんはあきらめきれない様子だったけど・・・。」
「ガガーブを越える時が心配だよ。」
トーマスは大げさにため息をついた。
「あいつの魔法次第だからな。心の中で帰したくないなんて思われていちゃ、どんな影響が出るかわかったもんじゃない。」
「・・・・・・・。」
アヴィンが押し黙る。
「明日にでも気が向いたら、機嫌を取ってやってくれよ。酒が抜ければちゃんと冷静な判断が出来るはずだ。」
「そうする。」
アヴィンは真顔で請け負った。帰れないんじゃ困ると、その口調が語っていた。
「ところで俺の用件なんだがな。」
トーマスが切り出した。
「一番大切なのは今言ったラップの事だ。皆、今夜のラップの様子が変だったのは気にしていたからな。あんたとうまく話がついて、ガガーブを越えるにも気持ちの整理がついたとわかりゃ、安心するんだ。船乗りってのは結構迷信深いからな。俺も皆を安心させたい。頼むぜ、アヴィン。」
「俺じゃなくてミッシェルさんの問題だろうが。」
「あいつが一人で解決できない事だから頼んでいるんじゃないか。あんたも今は帰るしかないんだろうが。フォルトが来年招待してくれるとか言っていたし、その時に会おうとか何とか、あいつが希望を持てるような事を何か考えてやってくれ。」
「・・・努力してみる。」
あまり気乗りしない様子でアヴィンは答えた。
「おお、頼むぜ。」
トーマスはアヴィンの気持ちは無視して念を入れた。アヴィンが部屋の隅に向かってため息をついた。
「それともう一つ。これを、届けてもらえないかな。」
トーマスは引出しから何通かの手紙を取り出した。
「アヴィン、俺はこのままラップと一緒にティラスイールへ行く。あっちの世界で骨をうずめるつもりだ。これは、エル・フィルディンで世話になってた人たちへの挨拶状だ。急がなくていいが、届けて欲しい。」
アヴィンは手紙を受け取った。宛名を確かめる。
「セータ船員酒場、バロア酒場、・・・女ばかりだな。」
「まーな。ブリザックだけは直接あいさつに行くけどな。」
「あとは面倒になるといけないから手紙で済ますんだな。」
「知った風な事を言うなよ。あともう一通、こいつはなんならオヤジさんに頼んでくれてもいい。」
「また女だな?」
アヴィンはしたり顔で手紙を受け取ったが、宛て名を見て息を飲んだ。
「トーマス、あんたあの人たちと知り合いだったのか?」
身体をはね起こして問いただす。
「俺はちょっと世話になったくらいだよ。ただの船乗りと賢者の弟子じゃ、付き合いもあいさつ程度だったしな。けどよ、ブリザックから姿をくらませてからは、あっちこっちで見かけたってうわさを聞くと気になっちゃいたのさ。あの時は言えなかったが、あんたが苦しみを終わらせてくれたんだよな。ありがとうよ、アヴィン。」
「トーマス・・・」
アヴィンは手紙の名宛人を見直した。
カナピア島ドミニク様。
「俺たちのいいあねさんだったんだ。いきがってた頃からさんざん世話になっててな。」
「わかった。俺から届けることにする。」
アヴィンは預かった手紙を懐に入れた。
「じゃ、行くぜ。」
「何だもう行っちまうの?」
「俺はもう休みたい。」
ここで折れたら、睡眠時間が削られた上に胃袋が悲鳴をあげる。アヴィンは決して誘いに乗るまいと構えていた。それを見てトーマスは吹きだしそうになったが、かろうじて我慢する事に成功した。トーマスはアヴィンに言った。
「ラップの事、まじめに考えてやってくれよ。あいつはすべての世界の希望かも知れん。ちょっとした事なんて言っているが、これから始めようとしているのはとんでもない大事業だ。俺は、ガガーブを越えさせてくれたあいつの為だったら、何でもする。あんたにまでそうしろとは言えないが、エル・フィルディンで一番うまく立ち回れそうなのはあんたなんだ。これからもずっと、俺たちの仲間でいてくれ。手助けが欲しい時には手伝ってくれ。頼む。」
「・・・わかってる。」
アヴィンはうなずいた。
「俺だって、・・・あの人は大事だ。今日は、酔ってるから・・・悪いな、ひどい事を言っているだろう。」
「まったくな。ま、気にしちゃいないぜ。さっさとおねんねしな。」
「ああ。」
アヴィンはまた重い足取りで階段を下りていった。
「なんでアヴィンなんだろうな・・・ラップの奴。」
トーマスは一人つぶやいた。