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Fanfiction 二次創作 封印の地|酒場

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酒場

10 ラップとルーレ

「おはようございます。」
夜明け前。 早々と起き出して甲板に出ていたトーマスに声が掛かった。
「ラップ。大丈夫なのか?」
「まあ、なんとか。」
そう言った友人は、まだ少し疲れの残った顔をしていた。
「昨日の事は覚えているのか?」
「気持ち良く酔いました…。少し羽目をはずし過ぎましたか?」
ミッシェルはいたずらをした子供のような顔をした。
「アヴィンに向かって、『ガガーブを越えたくない。』って言ったのは覚えているか?」
トーマスが畳み掛けるように聞いた。ミッシェルが真顔になった。
「それ、私が言ったんですか?」
「そうだよ。」
「それは…、失敗しましたね。ごめんなさいトーマス。どうすればいいですか?」
「皆の前でアヴィンに謝ってくれよ。なるべく早く。」
「わかりました。出航前に皆さん集まりますよね。」
「ああ。じゃ、その時に頼む。」
すんなりと解決策がまとまって、トーマスはほっとした。

「あの、トーマス。」
ミッシェルが珍しく控えめに声を掛けてきた。
「何だ?」
「本気ですか? こちらで生きて行くつもりというのは。」
「もう聞いたのか。」
「ええ。」
ミッシェルはうなづいた。
「あんたを一人にしては置けないからな。」
「そんなに頼りないでしょうか。」
「そうじゃない。」
トーマスは一呼吸いれて言った。
「この先、何があっても側にいてやる。あんたにも、グチれる相手は必要だよ。追いかけても振り向いてくれない奴なんか忘れちまいな。」
ミッシェルはしばらく表情を固まらせていたが、やがて納得したような笑みを浮かべた。
「……振られましたから。」
「だろ?」
トーマスがにやりと笑う。ミッシェルもその大胆不敵な笑顔に笑い掛けた。

「ティラスイールに住むつもりなら、トーマス、名前を変えませんか?」
ミッシェルが出し抜けに言った。
「名前を変える? どういう事だ?」
トーマスが驚いて聞き返した。
「保険ですよ。」
ミッシェルは言った。
「私は異界で名乗って来てしまいました。ですから、今後ミッシェルという名前は封印です。貴方は、大丈夫とは思いますが、船着場で異界の人たちと話をしていたでしょう? ですから、キャプテン・トーマスという名前も危険です。プラネトスII世号も、姿を見られているので、ティラスイールでは目立たないほうが良いのですが…。」
「ちょっと待てよ。異界と名前を変えることとどうつながるんだ?」
「もし彼らが悪意を持ってこちらの世界に渡ってきたとしたら、彼らの存在を知っている人間を邪魔だと考えませんか?」
「俺たちを消そうとすると…? 悪いほうに考えすぎていないか?」
「可能性ですよ。考えられる以上、予防するほうが安全です。ティラスイールにいる時だけでも、違う名を名乗りなさい。」

ミッシェルの説明に納得して、トーマスは頭をひねった。慣れ親しんだ名前を別のものに変えるなんて、そんなに簡単に出来ることではない。
「ラップはいいよな。ラップで通すんだろう?」
「ええ。元々こちらではそう名乗っていますから。ミッシェルという名も愛着はありますがね。」
「もっと気楽に生きても、ばちは当たらないと思うんだがな。」
「あまりいい予感がしないんですよ。」
「もっと無心に生きなくちゃ。…そうだ。」
トーマスはパンと手を打った。
「ルーレってどうだ?」
「あなたの新しい名前ですか?」
「そう。無心で欲を知らず、自分を信じて突き進む。いいだろう。」
「ルーレって…ルーレットですか? 賭け事のどこが無欲なんですか?」
「俺は勝とうと思って勝っているんじゃないぜ。よし、キャプテン・ルーレ・トーマス。これで決まりだ。」
「キャプテン・ルーレ。悪くないですね。この航海の間に船の皆さんにも納得していただきましょう。」
「襲名披露でもするか。」
「いや、当分お酒は…。」
ミッシェルが慌てて辞退するのを見てトーマスは笑った。
水平線に、朝の光が広がった。出航の朝にふさわしい、いい天気になりそうだった。

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