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Fanfiction 二次創作 封印の地|誤算もまた楽し?

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誤算もまた楽し?

「いるか?」
ドアの外から、小さな、しかしはっきりした声が掛かる。
「どうぞ。」
ラップは読んでいた本から目を上げた。
相手を確認するまでもない。
甲板から降りてくる足音で、誰が訪ねてきたかはわかっていた。
軽い身のこなしで入ってきたトーマスは、当たり前のように内側から鍵を下ろすと、慣れた様子でベッドに腰を下ろした。
「久しぶりですね。」
ラップは読みかけの本を本棚へ戻し、トーマスに向かい合った。
「まあな。」
あいまいな返事をするトーマスは、普段甲板で見せる顔よりも穏やかだ。
それはそうだ。
恋人の部屋へ忍んでくるのに、船員たちに見せる厳しい顔つきのままということはないだろう。
「これな、酒場で流行ってるんだ。」
トーマスは紙に包まれた小さなものをラップの手の平に押し込んだ。
ラップが包みを開いてみると、丸いラムネ玉がでてきた。
ほんのり若草色をしている。
「今度はどんな流行です?」
ラップは手のひらでラムネ玉を転がしてから、警戒するような、トラブルを楽しむような顔でトーマスに聞いた。
珍妙な味の食べ物や、食べ物と見せかけた置き物など、彼が陸から見繕ってくる品物にはささやかなトラブルがつきものだった。
「そりゃ、食べてみてのお楽しみさ。」
にやりと笑ってトーマスは言った。
今度も何かありそうだなと思いつつ、ラップはラムネ玉を口に放り込んだ。
たちまちラムネ玉は形を崩し、甘いような苦いような刺激的な味が口いっぱいに広がった。
「あ。」
ラップは口元を片手で覆い、顔をしかめた。
甘味はハチミツではなく、トウキビのようだ。
ほんの少し青臭さが残っている。
それ以外にも何かのエキスが入っている。
「……。」
思い当たるものがあって、ラップは確かめるように上目遣いでトーマスを見た。
この展開を予想していたのだろう。
トーマスの顔がくしゃっと崩れた。
「恋人たちが、一晩楽しく過ごせますって奴だ。」
いかにも楽しそうに返事が返ってきた。
予想通りだった。
ラップは無言でトーマスを睨み返し、少しためらってから、美味とは言えない口の中の物を飲み込んだ。
「……強壮剤ですか。」
ラップはため息をつきながら言った。
「もうちょっとロマンチックに媚薬って言えないか?」
トーマスが不満そうに言い返した。
「同じようなものです。」
ラップはそっけなく断言した。
口の中に残った味から原料を確かめようとしていると、身体が火照ってきた。
まるで唐辛子を食べたような、強い熱感だ。
少し用心した方がよかったとラップは思った。
トーマスに悪気がないのは分かっているが、これはさすがに迷惑だ。

「どうした?」
トーマスはラップの顔を覗き込んだ。
返事はなかった。
「久しぶりに夜明けまで居られるからな。」
トーマスは屈みこんで靴を脱いだ。
帰る気はないという意思の表明だ。
「どうしてあなたが使わなかったんですか?」
静かな声で、ラップが言った。
トーマスは顔を上げた。
「私にこんな事をしても……。」
ラップは途中で言い淀む。
「そりゃ、俺が使ったんじゃ、いつもと同じだろ。たまにはあんたが夢中になるところも見たいじゃないか。」
トーマスは言った。
ラップは何か言おうとして口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
右手で髪をかきあげ、視線がトーマスを避けてさまよった。
言い返せないのだろうとトーマスは思った。
二人の決定的な違いなのだ。
ラップはとても淡白だった。
成人としてあり得ないと感じるくらいに欲がない。
求めには応じてくれても、彼から望んでくることは、まず殆どなかった。
結果、トーマスは港に入るたびに酒場に足を伸ばして、水夫たちと盛り上がって時間をつぶしている。
自分でも面白くないし、ラップも本心はつまらないに違いない。
だから、媚薬の一つや二つ、試したくなるのだ。

トーマスは手を伸ばし、ラップの頬を指先でつついた。
ラップの身体がびくっと硬直した。
決まりの悪そうな顔でトーマスを見る。
「こんなことは二度とごめんです、トーマス。」
ラップが言った。
思いのほか強い言葉に、トーマスは目を見開く。
「私は、常に不意の出来事に対処できるように、自分を律しています。心構えを解くのも、ちゃんと準備をしてからです。」
ラップは言った。
「こういう物を使うなら、先に一言、言って欲しかったです。」
静かな言い方だったが、強い抗議の意思が感じられた。
「そりゃあ、悪かったな。」
つい、そっけない謝り方になった。
「俺が誘っても、あんたは全然ときめかないってワケだ。」
憮然としてラップを見つめる。
これにはラップの方が慌てた。
「いえ、そんなわけでは……。」
心なしか慌てた声でラップが言った。
「来てくれた事は嬉しいです。私だって、その、あなたと、一緒に……」
一言搾り出すたびに、ラップの頬が赤く染まっていく。
先ほどの不機嫌はどこへやら、トーマスはラップの様子に目を細めた。
『効いてきたんだな。』
手を伸ばし、赤く上気した頬に当てがう。
ラップがこちらを見た。
トーマスを見る瞳が、普段にない切なさを浮かべていた。
「悪かったな。」
今度は素直に謝った。
「ずるいです、トーマス。」
ラップがかすれた声で言った。
頬がますます赤い。
「その分、楽しませてやるから、な。」
優しく言い聞かせるようにささやいて、顔を引き寄せ、唇を重ねる。
舌で押すと、簡単に進入を許された。
それがあまりに無抵抗で、トーマスは驚いて顔を引いた。
「?」
何故?という風にラップが表情を伺ってくる。
自分に何か落ち度があっただろうかと、いぶかしむ様子も見えた。
「上出来だ。」
トーマスは安心させるように、にっこりと笑った。
楽しい時間が過ごせそうだ。

 

トーマスはベッドへ深く座り直し、ラップの手を引いた。
意図がわかると、ラップは椅子を立ちトーマスのすぐ横に腰を下ろした。
もう一度口づけをする。
今度は最初から舌を滑り込ませた。
たちまち絡めとられて、強く吸われる。
ラップの身体はいつもよりずっと熱く、その分情熱的だった。
トーマスは喜びをあらわに、背中に腕を回して強く抱きしめた。
息を継ぐ間さえ惜しんで、二人はお互いを求め合った。
終わりを知らない口づけが、熱く深くどこまでも続く。
ラップが大きく身じろぎをした。
腰が落ち着かない。
トーマスは一層身体を寄せ、片腕で背中を支えながら、もう片方の手を背中からわき腹へと滑らせた。
しばらく撫で回してから、さらに大腿に這わせていくと、ラップがたまらなそうに身をよじらせた。
トーマスの肩にひたいを押し付け、ぎゅっとしがみついて、声をかみ殺している。
思わず笑みがこぼれた。
かわいい。
可愛くてたまらない。
「我慢しなくていいのに。」
ささやいてやると、ラップは首を振った。
「外に、漏れます。結界を、張って、いません。」
息を継ぎながら、ラップは言った。
そういえばそうだった。
普段なら、ラップが魔法で即席の密室を作ってくれるのだが、今日は不意打ちをかけたから何もしていない。
「じゃあ、頼む。」
トーマスが言うと、ラップは顔を上げた。
「出来ません。」
「は?」
自他共に認める大魔道師から、思いがけない言葉が飛び出し、トーマスは思わず聞き返した。
「出来ないだって?」
ラップは頷いた。
そして、大きく息をついてから話し出す。
「魔法は、術者の状況に、強く左右されるものなんです。」
トーマスでも知っている事を言う。
「ああ、知ってる。だからって、あんたほどの人が。」
トーマスが言うと、ラップは薄く笑みを浮かべた。
「普段なら、失敗するなどありえません。でも今は、冷静ではありませんから。」
そう言って、トーマスの口元に唇を這わせた。
温か、というより、熱い熱を受けて、目がくらみそうになる。
「ど、どういうことだ?」
声が裏返ったのは、あまりに思いがけなかったからだ。
そんなトーマスを見て、ラップは嬉しそうに笑った。
「私の恋人はこんなにいい男だって、言い触らしたくてたまりません。こんな気持ちのまま魔法を使ったら、結界どころか、船じゅうに触れ回ってしまいそうです。」
夢でも見ているのかと、トーマスは思った。
媚薬が言わせているのかもしれないが、ラップがこれ程甘い言葉を言ってくれたことはない。
「それでも構いませんか?」
トーマスの目を覗き込み、瞳を輝かせてラップが言った。
ついつい引き込まれて頷きそうになったが、トーマスは危うく思いとどまった。
いくら部下たちが信頼してくれていても。
二人の事を感付いていながら、黙ってくれていても。
船じゅうに睦言を響かされでもしたら、明日からやっていけなくなるのは明白だ。
「待て。魔法は使わなくていい。」
トーマスは、ラップに言い聞かせるように語気を強めた。
「要らないんですか?」
ラップは甘えた声で聞き返した。
いつもとはまるで別人だ。
やはり、薬のせいなのだろう。
こんな甘えた様子を見せてくれるなら、何度だって使ってしまいそうだ。
「いらない。我慢しよう、な。」
トーマスは自然と緩む口元を、何とか引き締めて言った。
頬を両手で包み込み、優しく言って唇を重ねる。
ラップは素直に受け入れる。
胸に、背中に、手のひらを滑り込ませ、着ているものを脱がせる。
おとなしく、されるがままになっていたラップが、キュッとトーマスのシャツを掴んだ。
「あなたも。」
また、甘い声がささやいた。

二人でベッドへ倒れこんだ。
望む場所に触れてやると、喉の奥から声が漏れた。
背に腕を回し、叫びをこらえているのが余計にトーマスの気持ちを煽った。
あっけないだろうと予感がしたが、まさにラップは簡単に登りつめた。
「良かったか?」
顔に掛かった前髪を払ってやりながら、トーマスはラップを覗き込む。
薄く目を開いて、ラップが頷いた。
トーマスは、はやる気持ちを抑えながら、ラップの身体に覆いかぶさった。
全身に火照った熱を感じて、本能が掻き立てられる。
首筋に、胸元に、口付けを落としていく。
不意にラップがトーマスの両肩を掴んだ。
彼にしては強い力で、トーマスは何事かと顔を上げた。
その途端、ぐるりと体が回転した。
見上げると、髪を乱したままのラップの顔が間近にあった。
「なんだよ。」
お楽しみはこれからなのにと抗議すると、ラップが言った。
「今日は私の番でしょう?」
「なに?」
トーマスは思わず顔をしかめた。
「薬を使ってまで、欲しかったんでしょう?」
ラップは小さな声でささやき、トーマスの鼻のてっぺんに軽く口付けた。
「…………」
何か言わねばと思ったまま、トーマスは固まった。
『どうしてそうなるんだ。』
思考が停止して、ついでに呼吸も忘れそうになった。
長い硬直のあとで、トーマスはふーっと息を吐いた。
ラップは笑顔で見下ろしている。
だが、その笑顔の下にべつの感情があるような気がしてならなかった。
「怒ってるのか。」
トーマスは聞いた。
一瞬、ラップが真顔になった気がした。
「いいえ。起こってしまった事はどうにもなりません。」
優しい声で返事が返ってきた。
『やっぱ、怒ってるよな、これは。』
トーマスは確信した。
元々、ラップは声を荒げることがない。
微妙な声音や表情の違いで判断するしかないのだ。
「……わかった。」
トーマスは降参した。
「頑張り過ぎるなよ。」
せめて一口だけ嫌味を言うと、ラップはまた笑った。
「それは薬に聞いてもらわないと。」
「強くはないさ。朝には元通りだった。」
トーマスは言った。
口に入れるものだけに、自分で一度試してある。
「そうですか。」
ラップがツンとした声で答え、トーマスは失言に気付く。
酒場でのお遊びは、話題にしないのが暗黙の了解だったのだ。
「では、朝まで付き合ってください。」
ラップは腰を落とし、身体を重ねてきた。
普段のラップには見られない力強さは、トーマスが仕掛けたいたずらのせいか、それとも怒りの強さか。
おかしい。
こんなはずではなかった。
いつもより情熱的な夜を、自分が楽しむつもりだったのに。
恋人に抱かれながら、トーマスは思った。
『それでも、まあ……』
ラップが熱い一面を見せてくれた。
甘える様子もしっかり目に焼きついている。
これから情の薄いところを見せたら、今夜のことを思い出してもらおう。
トーマスは、ラップの身体をしっかりと抱き直した。
朝は、まだ遠い。

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