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冒険者のバカンス

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「ところで、オルテガって?」
四人が立ち去るとアヴィンはオルテガに尋ねた。
「ああ、今はそう呼ばれているんです。」
オルテガは答えた。
「オルドスの制度を整えるのに、ヴァルクドのバルドス正神殿を参考にしました。役職などもほぼ引き写しにさせてもらったので、まとめ役として大神官オルテガの名を頂戴することになったんです。まあ、中身は相変わらずの私ですよ。」
オルテガは謙遜したが、アヴィンは改めてオルテガを見つめた。
ヴァルクド神殿の大神官というのは、実質的な町の統率者なのである。
つまり、この街はオルテガのものなのだとアヴィンは理解した。
「魔法を普及させるために、こんな大掛かりなことをしたのか。」
アヴィンは周囲を見渡した。
魔法使いが忌避されているこのティラスイールで、こうも正面からその存在を主張するとは。
「バルドスが消え去ってからも、正神殿は人々の支えになって存続しているでしょう。それならば、神がかりにならない組織も在りうるのだと思いました。オルドスに信仰する神はありませんが、病を治す魔法はある。ここで修行することで、自分の村にも医者が得られるんです。日々の安心を与えてくれるものなら、理解も得られやすいですからね。」
オルテガは淡々と話した。
ここまで理想を実現させるのは、並大抵の苦労ではなかっただろうが、そんなことはおくびにも見せなかった。
「往来には活気があるし、その上ミッシェルさんが治めているなら、この町は安泰だな。」
アヴィンは心からそう告げた。
「ありがとう。」
オルテガが嬉しそうに答えた。

「ところで、魔法大学校からの親書を預かっているんだが、これはミッシェルさんに渡せば良いのかな。」
アヴィンが聞くとオルテガは首を横に振った。
「担当の者に渡してもらいましょう。案内しますよ。」
「いや、教えてくれれば自分で行ける。」
アヴィンは遠慮したがオルテガはお構いなしだった。
「どうせ戻るところです。一緒に行きましょう。」
そう言うとオルテガは先に立って歩き始めた。
「それにしても。」
アヴィンが肩を並べると、オルテガは言った。
「何故アヴィンがあの子たちに付いて来たのですか。」
アヴィンはそれを聞くと不思議そうな顔をした。
「どうしてって。俺はてっきりミッシェルさんの依頼だと思っていたぞ。」
「いいえ。こちらからはいつも通りに送り出したんです。護衛していただくのはブリザックの港までのつもりでした。」
オルテガが腑に落ちない様子で言った。
「じゃあ、魔法大学校が気を使ったんじゃないかな。」
アヴィンが言った。
「気を使った?」
オルテガが戸惑った様子でつぶやいた。
「ああ。」
アヴィンはうなずいた。
「俺だって、だてに王族と付き合いがあるわけじゃないぜ。」
アヴィンはオルテガを見て言った。
「……気付きましたか?」
オルテガは声を低くした。
「ああ。でも、ここでする話じゃないようだな。」
アヴィンも声を潜めた。
「気を使わせてすみませんね。」
オルテガは肩をすくめた。
「依頼は直接俺を指名してきたんだ。ブリザックまでじゃなく、オルドスまで送り届けてくれって話だった。自分に勝るとも劣らないワルガキが二人もいるって、ラエルが言っていたよ。」
「ああ。トランスとクレズには、ラエルでも手を焼いたんですね。」
オルテガが笑った。
「まったく、久しぶりに子供と一緒に旅をしたよ。」
アヴィンも笑って言い返した。
「俺も、途中までは本当に彼らのお守りだと思ってた。」
「そうですか。お手数をかけましたね。」
「でも、ラエルが言っていたぞ。三人とも十分な力を備えているって。それなら護衛に付くのもやりがいがあるってもんだ。」
「そうですか。ラエルがそんなことを。」
オルテガは嬉しそうに言った。
「あの人はよほどの相手でないと認めてくれませんからね。これは修行に出した甲斐がありそうです。」

そんなことを話しながら二人がやってきたのは、オルドスの魔法修行の中心である修行所だった。
「お帰りなさいませ、オルテガ様。」
入口に立っていた門番が背を正してオルテガを迎え入れた。
「デンケン殿はいるかな?」
オルテガが聞くと、門番は得意げに奥を指した。
「先程、修行に出していた者たちが戻りまして、デンケン様に到着の報告をしていると思います。」
「そう、ありがとう。」
オルテガはさっさと奥へ進んでいく。アヴィンが続こうとすると門番があせって声をあげた。
「オルテガ様、お連れの方の武器をお預かりしなくても?」
「ああ、そういう決まりなのか。」
アヴィンが腰の剣をはずして預けると、やっと門番はほっとした顔になった。
「失礼しました。お帰りの際には声を掛けてください。どうぞ、ごゆっくり。」
門番は笑顔を浮かべてアヴィンを通した。
「結構、物々しいな。」
門番に聞こえないところまで来ると、アヴィンが言った。
「街の入り口でも一人づつ呼び止めていたよな。何かあったのか?」
探るような目つきでアヴィンはオルテガを見た。
「魔法は便利なものですが、それだけに、よこしまな動機で手に入れたいと思う人間も現れてしまうのです。」
オルテガは静かに言った。
「特にこの修行所には、様々な思惑を持った者がやってきます。いずれ、悪しき心の持ち主が入り込めないように、活動出来ないようにしたいと思っているのですが。」
「そうなのか。何もかも順調というわけではないんだな。」
「まあそんなところです。さ、こちらです。」
オルテガは廊下の奥の、両開きの扉を開いた。

そこは両側に扉の並ぶ回廊になっていた。
扉の作りは質素だったが、アヴィンは何か触れがたいような緊張した空気を感じた。
オルテガは部屋のひとつをノックした。
中からすぐ返事があり、二人が部屋に入っていくと一人の神官が机に向かって書き物をしていた。
「オルテガ様。どうされました。」
デンケンはペンを置いて尋ねた。
「何か面倒を起こした子でも?」
「いいや。紹介したい者があってね。デンケン、こちらはエル・フィルディンのアヴィン。私の友人で、アルフレッドたちを警護してオルドスへ連れて来てくれた。」
オルテガは傍らのアヴィンを紹介した。
「魔法大学校から預かり物があるそうだ。」
「おお、そうですか。はじめまして、アヴィン殿。デンケンと申します。この修行所のまとめ役を仰せつかっております。」
デンケンが椅子から立ち上がってアヴィンの手を取った。
そうして見ると、デンケンはアヴィンといくらも歳が違わないようであった。
「アヴィンです。これが魔法大学校から預かってきた親書です。」
アヴィンは肉厚の封書を取り出すと、デンケンに手渡した。
「これはご苦労様です。」
デンケンは親書を広げ、一読してからオルテガに手渡した。
オルテガはさらっと読み下すと、再びデンケンに返した。
「親書は確かに受け取りました、アヴィン殿。遠路はるばるご苦労様でした。」
デンケンが言った。
「どうだったかな、久しぶりのあの子たちは。」
オルテガがデンケンに尋ねた。
「いやもう、またあの二人に悩まされるかと思うと、たまりませんな。」
デンケンは眉をしかめて答えた。
「彼らはどこへ?」
「大聖堂の建築現場でしょう。早く見に行きたくてうずうずしておりましたからな。」
デンケンは机の脇にある窓の外を見つめた。
「そうですか。若者は疲れを知らないね。」
オルテガは頼もしそうに言った。
「全くだ。一緒に旅をしてこちらまで若返った気分だよ。」
アヴィンも相づちを打った。

「そうだアヴィン殿、お疲れでしょう。こちらの宿舎には風呂の用意もございますぞ。どうぞ自由にお使いください。」
デンケンが言った。
「それはかたじけない。使わせてもらおう。」
アヴィンは答えた。
「宿舎にご案内しましょうか。」
デンケンが言うと、オルテガが割って入った。
「いや、彼は私のところに泊めるよ。」
「いいのか、ミッシェルさん。邪魔にならないか。」
アヴィンは尋ねた。
「何を水臭いことを言っているんですか。向こうの話を聞かせてください。」
オルテガが答えると、アヴィンは一瞬目を丸くして、それから笑い出した。
「好奇心は相変わらずだな、ミッシェルさん。」
「いや、そんなつもりでは…。」
口篭もるオルテガを見て、今度はデンケンの方が目を丸くする。
「いやはや、貴方にもそんな表情をすることがおありなんですな。誰かをアヴィン殿の案内に付けましょうか。」
「ああ、そうしておくれ。アヴィン、夕方には戻るから先に家へ行って休んでいてください。」

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