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エスフィンの夜

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異界から渡ってきた音楽家が暮らしていた部屋で、ミッシェルは目を覚ました。
まだ夜明けには早いと思い、そして、この世界では光に満ちた明け方は来ないのだろうと思い直す。
あたりはしんと静まり返っていた。ここまで一緒に旅をしてきた少年少女もぐっすりと眠っていた。
ミッシェルは床を抜け出して外へ出た。
「おや?」
そこで、戸口の脇にうずくまっている人影を見つける。
「アヴィン?」
呼ばれて、人影が動いた。
「ミッシェルさん。もうお目覚めかい?」
「どうして見張りなんか・・・。眠っていないのですか?」
「マイルと交代で眠ったよ。」
「言ってくれたら私も手伝ったのに。」
ミッシェルの言葉に、相手はとんでもないという顔をする。
「あなたには大事な仕事が待っているじゃないか。せめて俺たちに出来る事はやらせてくれよ。」
「そうですか。ありがとう、恩に着ます。」
「よせよ、水臭い。」
「隣、いいですか?」
返事は待たず、ミッシェルはアヴィンの隣に腰をおろした。

異界の王宮は、音もない静けさだった。
ミッシェルたちのいる離れはもちろん、女王の宮殿も明かりを落として暗闇の中にたたずんでいた。
周囲には、乏しい日の光のためか、立ち枯れた樹木が化石のように闇に浮かぶ。
空に目をやれば、星は見えず、どんよりとした物に覆われているのがはっきりとわかった。
「こんなところまで来てしまいましたね。」
ミッシェルが言った。アヴィンがチラッとミッシェルを見た。
「覚悟のうえだ。」
そっけないほどの返事が返ってきた。不安を口にしないのは、アヴィン流の気の使い方なのだろう。
「私たちの世界は、三つではなく、四つに分かれて千年もの時を過ごしていたのですね。
尤も、ここでは時の流れが異なっているようだけど。」
「そうだな。」
「レオーネさんに会うのが最優先ですが、こちらの世界の人たちとも手を携えていけたら良いですね。」
「あの、占星術師ともかい?」
アヴィンが言った。昼間会ったレバス13世という男のことだ。
「探りを入れにきた事を隠しもしなかったぜ、あいつ。」
「そうですね・・・」
ミッシェルは昼間の出来事をまざまざと思い出した。
レオーネを尋ねて女王宮を訪れたミッシェルたちは、レオーネに会う事こそ出来なかったが、
女王から消息を知る手がかりを得る事が出来た。
異界から人が来た事が伝わったのだろう。レバス13世は息子を伴ってミッシェルたちに会いに来た。
『しかし、あれは・・・』
まさしく腹の探り合いだった。レバス13世とレオーネは相容れぬ立場にあったらしい。
レオーネを尋ねてきたミッシェルたちは、レオーネ側の人間だと思われたのだろう。
会見ははなはだ冷たいものだった。

「俺たちが『闇の太陽』を葬る事が出来るなら、この世界にある『異界の月』も爆発せずに済むんだろう?」
アヴィンが聞いてきた。
「ええ、おそらくは。」
友人の言葉の中に、わずかな希望にすがり付こうとする必死を感じて、ミッシェルの言葉は少なくなる。
猶予はほんの数日しかない。
「今出来る精一杯の事をしましょう。レオーネさんに会いましょう。そして、闇の太陽を葬るすべを手に入れましょう。」
珍しく思いのこもった口調になる。 アヴィンがミッシェルを見た。
「安心したよ。いつものミッシェルさんだ。」
緊張が解けて、屈託のない笑顔が覗いた。
「そんなにいつもの私と違っていましたか?」
「異界へ来てからは笑うところなんか見てなかったよ。いつも何かを考えているみたいだったし。」
「あなたたちを不安にさせるとは、私も修行が足りませんね。」
ミッシェルは言った。
「私たちの世界を守る事は、この世界を守る事にもなります。
まずは世界が救われてからですが、ここの世界の人たちも、生き方を変えていくべきかもしれない。
そんなことが話し合えるようになれば良いですね。」
「女王選びで揉めてる場合じゃないよな。」
「彼らには大切な事なのですよ。・・・女王の能力を考えれば、私たちにだって無関係とは言えないかも知れませんよ。」
「うん・・・。」

女王宮で人の活動する物音が聞こえてきた。目をやると、部屋に明かりが灯り始めていた。
「朝か。」
アヴィンがつぶやいた。空を仰ぐ。先程と変わらない漆黒の空。
離れの建物の中でも、誰かの立てる物音がした。
「さて、また一日が始まりますね。」
ミッシェルは立ち上がった。そして、すっと手を差し出した。アヴィンは一瞬怪訝な顔をしたが、ふっと笑ってその手を取った。
「今日が正念場だな。」
「ええ。」

未来は決まっているものじゃない。
運命は定められたものじゃない。
自らの運命を切り開いた友が、新しい道を見つけ出す力を与えてくれる。
固く手を握りながら、ミッシェルは心でつぶやいた。

終わり 010126


異界の、レオーネの住んでいた建物で一泊するミッシェルさんたち一行。
確か最初に考えたときはフォルト君の登場もあったはずなのですが・・・。
主張の弱い主人公は生き残れないという見本でしょうか(笑)。

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