ガガーブトリロジー・30のお題
7.だいすき
セータの宿屋の朝。
「アヴィンあんちゃん、行くぜ。」
斡旋所の前で立ち止まったアヴィンの横を、ラエルが走り抜けていった。
アヴィンは返事もせずに何かに見入っていた。
「ラエルさん、アヴィンさんは?」
宿屋の外で待っていたミッシェルがラエルに尋ねた。
「そこまで来てるよ。斡旋所の所で何か見てる。」
「斡旋所?」
ミッシェルが怪訝な顔をした。
「何か、気になる依頼でも見つけたんでしょうか。」
一緒に待っていたマーティが言った。
「気になるも何も、今はそんな時間はないのですが。」
マーティとラエルにこぼしながら、ミッシェルは斡旋所のカウンターに向かった。
「出発しませんか、アヴィンさん。」
ミッシェルは斡旋所の前でアヴィンを見つけて話し掛けた。
「あ、ああ……。」
アヴィンはためらう表情を見せた。
「なにか?」
ミッシェルは胸騒ぎを覚えた。
「ひとつだけ、依頼を受けたいんだ。」
案の定、アヴィンはとんでもないことを切り出した。
「……私たちは、人の命のかかった旅をしているんですよ。」
ミッシェルの声が低いトーンになったのは、演技でも何でもなかった。
呆れたのである。
「分かってる。だから尚更、人の命が掛かった依頼は放っておけないだろう。」
アヴィンも譲らない構えだった。
ミッシェルはとっさに考えた。今は話し合っても聞き分けてくれそうにない。黙って聞き役に回った方が良さそうだ。
「人命に関わる依頼ですか。」
ミッシェルは気持ちを切り替えて尋ねた。
「ああ。斡旋リストの一番下。」
アヴィンはほっとした表情で見ていたものを指し示した。
「『女の子救出』って奴だ。ドークスヘ行く途中だから手間は掛けない。」
目で追っていくと、ひときわ新しく、しかもあわてて書かれた依頼書があった。
シャッカ洞窟に迷い込んだ女の子を至急救出されたし。
「な、放っておけないだろう。」
アヴィンが言った。
「地図を見せてください。」
ミッシェルはアヴィンに言った。一瞬ためらって、アヴィンはテーブルに世界地図を広げた。
「ここがセータだ。ドークスヘ行く途中で西の山道へ入ると洞窟があるんだ。」
アヴィンの示す先には、三つの洞窟が書かれている。シャッカ洞窟は尤も奥に位置していた。
「ドークスへ行くのと同じくらい遠いじゃないですか。」
ミッシェルは嘆息をもらした。
「二人とも、どうしたんですか?」
マーティとラエルがやってきて声を掛けた。
「アヴィンさんがひとつ依頼を受けたいというのです。」
ミッシェルが言った。
「どれどれ。あ、2800ロゼだよ。美味しい仕事だけどやばくない?」
依頼書をのぞき込んだラエルが言った。
「僕たちは雇われ者ですから、アヴィンさんとミッシェルさんが決めたことならお供しますよ。」
マーティが言った。
「頼む、ミッシェルさん。この仕事やらせてくれ。」
アヴィンが言った。
「ルティスさんを救えないかもしれませんよ。」
ミッシェルは念を押すように言った。
「遅れる時間は、あとで絶対取り返す。」
アヴィンは断言した。
「わかりました。そこまで覚悟しているなら。」
ミッシェルが言うと、アヴィンの顔が嬉しそうにほころんだ。
四人は依頼を受けるとすぐに出発した。
休憩も取らずに歩き続け、山道に入ったのは昼近くになっていた。
「そろそろ昼食にしませんか。」
マーティが進言し、一行はつかの間の休みを取った。
「ふあ~っ、キツイ。アヴィンあんちゃん、ミッシェルのあんちゃん、少しは加減してよ。女の子助ける前にへたばっちゃうよ。」
ラエルが弁当を貪り食いながら言った。
「辛いならやめても良いんだぞ、ラエル。」
アヴィンが言った。
「辛いなんて言ってないやい。」
ラエルは頬をふくらませて抗議した。
「この早さでは、洞窟に着くのは午後遅くになります。女の子を助けてセータに連れ帰ると、明日まで掛かってしまうでしょう。」
ミッシェルが言った。
「予想以上に手間を食っていますよ、アヴィンさん。」
水を向けられてアヴィンは唸った。時間が切迫しているのはアヴィンにも明らかだった。
「だったら、おいらとマーティのあんちゃんで洞窟に行くからさ、アヴィンあんちゃん達はドークスヘ向かいなよ。そっちも人助けのために急いでるんだろ。」
ラエルが言った。
「俺はこの仕事を放り出すつもりはない。」
アヴィンは即座に言い放った。
「でも、ラエルの言うことにも一理ありますよ。二つの目的があって四人で行動しているんです。二人ずつ別々の目的に向かえば解決は早くなります。」
マーティが言った。
「シャッカ洞窟にどんな魔獣がいるか分からないだろ。二人じゃ返り討ちに遭うかもしれない。」
「それはそうですが……。」
アヴィンの反論に、マーティはなすすべもない。
「では、女の子を助けたあと二手に分かれてはどうでしょう。私とアヴィンさんはドークスヘ。マーティさんとラエルさんは女の子をセータに連れ帰るんです。」
ミッシェルが言った。
「それいい、賛成。」
ラエルが言った。
「折衷案ですね。洞窟内では四人揃って頼もしく、その後はそれぞれの目的にまっしぐらというわけですね。」
マーティも納得した。
「良いですか、アヴィンさん。」
ミッシェルがアヴィンに尋ねた。
「ああ。そうしよう。」
アヴィンが言い、四人は頷きあった。
「分かれ道だ。」
シャッカ洞窟に入ってしばらくすると、洞窟が右手に分岐していた。
「二人ずつ進もう。行き止まりか女の子を見つけたらここへ戻ってくるんだ。」
アヴィンが言った。
「私は脇道へ行ってみます。」
ミッシェルが言った。
「では僕もそちらへ行きます。」
マーティが後に続いた。
「んじゃ、おいら達はまっすぐだね。」
「ああ。」
アヴィンとラエルは本道を進んだ。
洞窟は深かった。しかし進むのに迷うような枝分かれはなく、アヴィンとラエルは最深部へと進んでいった。
「あ! あんちゃん、あれ!」
ラエルが小声で叫んだ。
「なんだ。ああっ!」
暗闇に目をこらして、アヴィンも叫んだ。
洞窟の行き止まりに、鮮やかな青色の服を着た女の子がいた。その周りを毒々しい姿の魔獣が取り囲んでいたのだ。
「何だ、あの魔獣。見たことがない。」
アヴィンが言った。
「ジャウバックかジャウモスだ。どっちもかなり強い魔獣だぜ。どうする、あんちゃん。」
ラエルがアヴィンの顔を伺った。
「二人を呼びに行くか。でも、一刻を争うよな……。」
女の子の方を見て、アヴィンはためらった。
「おいらに任せな。二人を連れてくる!」
そう言うと、ラエルは素早く呪文を詠唱した。
「そうか、テレポート!」
納得したアヴィンの目の前で、ラエルの姿はかき消えた。
アヴィンは腰の剣を鞘から抜いた。息を押し殺し、音を立てぬように近づく。
女の子はおびえて声も出ない様子だ。それがいいのかもしれない。魔獣はまだ襲いかかる気配を見せなかった。
「全部で三体か。」
アヴィンは剣の柄を握りなおした。
「これはいけない。アヴィンさん、急ぎましょう。」
背後でミッシェルの声がした。
「早かったな、サンキュ、ラエ……あれ、ミッシェルさんだけ?」
振り返ったアヴィンは、きょろきょろとミッシェルの後を見た。
「先に来ました。二人もすぐ来ます。魔獣の注意をこちらに引きつけましょう。」
そう言うと、ミッシェルは靴音を立てて魔獣に近づいた。
女の子を囲んでいた魔獣が、こちらに気付いた!
「エアリアル・ラブリス!」
ミッシェルの杖からうなりを上げて風が襲いかかった。
「シャイン・ブレッド!!」
違う方向から、マーティの声が響いた。
「先に戦い始めちゃうなんて、ズルイぜあんちゃん。エアリアル・ラブリス!」
ラエルからも痛恨の一撃が魔獣を襲った。
「てあっ!」
アヴィンは魔法で弱った魔獣に切り込んでいった。
魔獣はかなり強かったが、二撃、三撃と食らうとさすがに逃げ腰になっていった。
三匹目の魔獣の息の根を止めると、アヴィンは壁に張り付いている女の子に近付いた。
「ケガはないかい。ここは危ない、外へ出よう。」
膝を折って、女の子の目線で話し掛ける。女の子はあたりを見て、訴えかけるように言った。
「バンバンは?」
「ばんばん?」
アヴィンは面食らっておうむ返しに言った。
「うん、クマのぬいぐるみ。魔獣が連れて行っちゃったの。バンバンが一緒じゃなきゃ、わたし帰らないもん。」
女の子はきっぱりとそう言った。
アヴィンは思わずミッシェルたちを見た。
ミッシェルは困ったような顔を、マーティは苦笑いをしていた。
「ぬいぐるみなんてまた買ってもらえるよ。ここは本当に危ないんだ。」
「イヤイヤ、絶対イヤ! お兄ちゃんなんかキライ! バンバ~ン!」
女の子は涙目になってその場に座り込んでしまった。
「…仕方ないな。」
アヴィンは立ち上がった。入れ替わりにマーティが女の子に聞いた。
「そのばんばんを見つければ、帰ってくれるんですね。」
「さがしてくれるの?」
女の子が明るい顔になった。マーティは頷いた。
「僕たちが戻るまで、ここにいるんですよ。」
「うん! わたし、まってる。」
「もう一息だ。手分けして探そう。」
アヴィンは三人に言った。
「では私は先程の分岐を見てきます。」
ミッシェルは手短に言うと、ふっと姿が見えなくなった。
「……ミッシェルさんもテレポート使いなんだ。」
アヴィンは驚いてつぶやいた。
「しかも、ほとんど詠唱なしで発動させていますね。」
マーティが感心したように言った。
「おいら、入り口から見てくる。」
ラエルがぶすっとした顔でテレポートの詠唱に入った。
「世界一の大魔法使いは返上だな、ラエル。」
アヴィンが言うとラエルが口をとがらせた。
「おいらだってあのくらいの年になれば、もっと凄い魔法が使えるようになるよ。一緒にしないでよね。」
詠唱の邪魔して、と文句を言ったあと、ラエルの姿も見えなくなった。
「僕たちは入り口に向かって探しましょう。」
マーティが言った。
「ああ、そうしよう。」
アヴィンは答え、二人は手分けしてバンバンを探し始めた。
アヴィンとマーティは、入り口から探してきたラエルと合流したが、ぬいぐるみを見つけることは出来なかった。
三人が女の子のところへ戻ると、女の子は期待を込めて三人に尋ねた。
「お兄ちゃん、バンバン、見つかった?」
「ごめん、まだなんだ。」
アヴィンが答えた。
「そう……。」
女の子はうつむいた。
「遅くなりました。」
ヒュッと風の音がしたと思うと、ミッシェルが皆の側に現れた。
目を丸くした女の子が、ミッシェルをつぶさに観察する。ミッシェルは片手に杖を持ち、もう片方の手はマントの下で見えなかった。
「バンバンは?」
女の子が尋ねた。
「これですか?」
マントの下から、少しくたびれたクマのぬいぐるみが取り出された。
「わあ、バンバン!」
女の子はミッシェルに駆け寄ってぬいぐるみを受け取った。
「バンバン、よかったですねぇ。」
まるで姉妹にするように女の子はぬいぐるみを撫で、声を掛けた。
「さあ、洞窟から出よう。」
アヴィンが話し掛けると、今度は元気な返事が返ってきた。
「うん!」
洞窟を出ると、案の定もう日は暮れていた。
「丸一日、掛かってしまいましたね。」
厳しい顔でミッシェルが言った。
「この子の命には代えられないさ。」
アヴィンはぬいぐるみを抱きしめている女の子に言った。
「このお兄ちゃんたちが、おうちへ連れて行ってくれるからね。」
アヴィンはマーティとラエルに女の子を預けた。
「ラエル、頼む。報酬は二人で分けてくれ。」
「太っ腹なこと言っちゃって。ちゃんとあんちゃんの取り分も残しとくからね。」
ラエルが言った。
「斡旋所には事の次第を話しておきます。帰り道にでも寄ってください。」
マーティが言った。
「んじゃ、そろそろ行くよ。」
ラエルが女の子の手をしっかり握り、マーティに声を掛けた。
夜道を子供連れで歩くのは危ない。ラエルがテレポートを使って送り届けることになったのだ。
「アヴィンさん、ミッシェルさん、夜道ですから充分気を付けて。」
マーティは二人に声を掛けると、ラエルの横に立った。
「ああ、ありがとう。じゃあね、バイバイ。」
アヴィンが女の子に声を掛けると、女の子は急にラエルの手を振りほどいてミッシェルに駆け寄った。
「は?」
何事かと凝視するミッシェルに女の子は言った。
「バンバンを見つけてくれてありがとう。おじちゃん、だいすき。」
とまどい顔のミッシェルの表情が、たちまち崩れた。
「気を付けて帰ってくださいね。」
目を細めて声を掛ける。
「バンバンがいるからへいき。ねぇ、バンバン。」
女の子は元気よく答えた。
「おーい、行くよぉ。」
ラエルが女の子を呼んだ。
「バイバ~イ!」
女の子はテレポートするまでずっと、二人に手を振っていた。
「我は命ずる、天と地の狭間より、来たれ、姿なき翼よ。テレポート!」
ラエルの詠唱が終わると、三人の姿はもうどこにもなかった。
「無事に行ったようですね。」
ミッシェルが言った。
「依頼完了だ。」
アヴィンは大きく伸びをした。
「ドークスまで、夜通し歩き続ける覚悟はありますか?」
重ねてミッシェルが聞いた。
「……これから?」
「はい。」
ミッシェルは何でもないかのように言った。
「ミッシェルさんもテレポートで運んでくれたら良いのに。」
アヴィンはぼやいた。
「自分の足で遅れを取り戻すと言ったのはアヴィンさんですよ。」
ミッシェルはさらりと言い抜ける。
「わかった。おじちゃんの足には負けないぞ。」
「何か言いましたか?」
「何にも! さあ、行こう。」
アヴィンは先に立って歩き始めた。
「聞こえましたけどね。」
ミッシェルは口の中でつぶやき、クスリと笑うとアヴィンの後に続いて歩き始めた。
Fin
2004.4.29