White Merry Christmas
(From 英雄伝説IV 朱紅い雫)by あさきさま
「うぅ~~。寒い寒い~」
両手で自分の腕を摩りながら走る一人の少年。
12月も後一週間で終わりを迎えようとしている冬空の下、鉄鋼の町ギアの溶鉱炉は何時にも増して大忙しである。
そんな場の忙しさにはかまわず、少年は友人が担当している一つの溶鉱炉へと真っ直ぐに向かっていた。
やがて、サイズの合わないヘルメットを被った少年が、こちらへ向かって走ってくる少年に気付く。
「おはよう、ラエル。こんな時間に来たってことは、また学校をサボったんだね?」
この最新型の溶鉱炉を任されている少年、ルカが少し呆れた顔で迎えた。
「サボってないよ~。今は冬休みなんだから♪」
と言うなり、溶鉱炉の前で両手を暖め始めたのは自称未来の大魔法使いのラエル。
「そっかぁ。もうそんな時期なんだね」
作業の手は休めず返事をする。
「ついでに言うと、今日はクリスマスイブだよ」
「クリスマスイブ・・・」
今年もこの日がやってきた。
年に一度の、鉄鋼の町が聖なる町へと変容する日。
とは言え、自分は特に何をするわけでもないけれど、ルカには一つだけ楽しみにしている事があった。
「ねえ。ラエルはサンタクロースに何をもらうの?」
やはりクリスマスと言えばプレゼント。そしてサンタクロース。
「サンタ?ルカってばまだそんなの信じてるの?」
今度はラエルが呆れ顔になった。
「サンタなんてのは架空の人物で、現実世界には・・・うぐぐっ」
突然後ろから誰かに首を締められてラエルのセリフはそこで止まってしまった。
「ガキが夢のないこと言ってんじゃねーよ。ルカ、工場長が呼んでたぜ」
「はい。わかりました」
溶鉱炉の見回り人、ラブロアの腕に締められてじたばたしているラエルに苦笑をもらして、ルカは工場長の部屋へと向かった。
この時期は陽が落ちるのが早い。
いつもならとっぷりと暗闇に浸かる時間。
しかし仕事が終わって溶鉱炉から出てみれば、街は夜中にもかかわらず、華やかな光と賑わいに包まれていた。
街の中央には金銀のモールや白い綿を始め、様々な飾りが施されたクリスマスツリー。
あちこちの家の扉には緑鮮やかなリース。
それらは今夜が聖なる夜であることを象徴している。
帰路の途中で、ルカはその町の中央へと足を伸ばした。
ツリーの色とりどりのイルミネーションが足元さえも照らしている。
コン、とつま先で何かを蹴った気がして下を見ると、小さなサンタクロースの人形が転がっていた。
おそらくはツリーに飾られていて、それが落ちてきたものだろう。
サンタクロース。その存在をルカは信じていた。
この町で独り暮らしを始めてから5年。
両親も兄弟もいないこの家だが、イブの夜が明けると必ず枕もとにプレゼントが置いてあるのだ。
初めて、たった一人でクリスマスを過ごしてきたその年から、今までずっと。
夜も更け、そろそろ就寝の時間。
平時はひっそりと佇むこの時も、今日は静寂に包まれる気配はなかった。
そしていつもなら明日のためにと布団にもぐるルカも今日は違った。
窓を開けて、用意した靴下を片手に町の様子と夜空とを交互に眺めている。
「雪・・・降らないかな」
ぽつり、と思わず声に出てしまった。
ツリーを、聖なる夜に包まれた街を見ては毎年思う。
聖夜に降る雪はこの町をどこまで綺麗にするのだろうか、と。
しかし外の冷気からは、雪の降る気配は感じられない。
わかっていても諦めきれず、今年もこうして窓辺に立つ。
「雪、ですか」
突然自分以外の声が聞こえてきて、びくっとした。
身体を乗り上げてゆっくり上へ顔を向けると、一人の青年が屋根に腰をおろしていた。
「こんばんわ」
「こ、こんばんわ」
微笑んで挨拶をする青年につられるように挨拶を返す。
「今夜も冷え込みますね」
「ええ・・・」
突然の訪問客にどう対応して良いのかわからず、やや曖昧な受け答えになってしまう。
紺色のローブに包まれた青年。その外見は旅人のように思える。
「あの、そんな所で何を?」
「町を見渡してみたくなってしまいまいしてね。ああ、勝手に登ってしまってすみません」
青年の気持ちは十分すぎるほどわかる。
聖なる夜へと変化した町は「鉄鋼の町」の名からは想像も出来ないほど綺麗だから。
ただ、何故自分の家の屋根の上から、なのかはわからないが。
「ところで。雪が見たいのですか?先ほどから空を見上げてばかりいますが」
「見てたんですか?」
悪びれた様子もなく青年は穏やかな笑顔で肯定した。
「・・・雪が降ったら、町がもっと綺麗に見えるんじゃないかと思うんです。でも、今はまだ雪の降るような極寒ではありませんから」
「・・・そうですね」
「それでも一度見てみたいんです。雪とイルミネーションに照らされたこの町を・・・」
そう言って、少年はまた空を見上げた。
屋根の上の青年は腕を組んで少しばかり何か考えていたようだったが、やがて少年と同じように夜空を見上げた。
しばらくの間、沈黙が流れた。
「やっと来ましたね」
「え?」
と、彼の視線をたどると、こちらへ走ってくる一人の青年にぶつかった。
紅いバンダナに、不精に伸ばした茶色の髪。
彼の旅仲間なのだろうか、と思考をめぐらせているうちにバンダナの青年は少年の家の前まで来ていた。
「おーい、終わったぜ」
ここへつくと同時に発せられたそのセリフに、ローブの青年が微笑した。
「さて、そろそろ行かなくてはなりません」
言うやいなや、彼はすっとその場から消え、次の瞬間にはバンダナを巻いた青年の隣に姿を現していた。
ラエルもよく使っているテレポートの魔法。やはり旅人なのだろうか。
「聖なる夜には奇跡が起こるかもしれませんね。それでは失礼」
「えっ、あの・・・」
少年が何も言えないうちに、二人の姿は何処かへと消えていた。
「・・・奇跡?」
聖夜に似つかわしい言葉。
名も知らぬ人が、最後に残した一言は少年をそこへ留めるには十分だった。
ルカは青年たちの消えた一点を見つめたまま、そこを動こうとしなかった。
右手には相変わらず、クリスマスのための靴下が握られていた。
「どうでしたか、アヴィン。今年のお仕事は」
「どうでしたか?じゃねーよ、ミッシェルさん。いきなり一人でやってみろなんて言われて俺、めちゃくちゃ焦ったんだぜ。練習でも、一人で誰かの家に忍び込んだ事なんてなかったのにさ」
ぶつぶつとバンダナの青年、アヴィンが不満を吐き出す。
「今のあなたなら、任せてもいいと判断しました。その様子だと成功したようですしね」
「まあ、そうだけど」
それでも、抜き打ちテストのような事をさせられたことには違いなくて、アヴィンの不満は収まる事を知らなかった。
ぷいっとそっぽを向き、ミッシェルから視線をはずした事で、今度は今自分達がいる場所に疑念を抱いた。
「なあ、なんで俺達はこんな所にいるんだ?仕事はあの町で終わりだろ?」
仕事が終わった事で、アヴィンはすっかり自分の家に戻ってきたのだと思っていたが、辺りを良く見ればそこは人っ子一人いないどこかの街道。
「まだ、一つだけ残ってます。先ほどの少年にはまだ何もあげていません」
「さっきの青い髪の子か?」
ええ、と頷き先ほどの少年の事をアヴィンに話した。
そしてわざわざ人気のない、どことも知れない街道へ来た理由も。
「ここで雪を降らせる・・・できるのか?そんなこと」
表情は崩さないが、そのセリフにはほんの少しだけ不安と懸念が混じっている。
それを察して言葉ではなく、ミッシェルは自信に溢れた笑みを返した。
固かったアヴィンの面持ちがふっと緩んだ。
「それでは、ここで待っていてくださいね」
そう言うとミッシェルは姿を消した。
ミッシェルの向かった先は、おそらく空高い何処か。
アヴィンもそこから動かぬまま、冷たさを含む夜空を見上げた。
数秒の後、遥か上の方で何かが光を放っているのが見受けられた。
小さな星に紛れ込むようにきらきらと。
ミッシェルがあそこで魔法を使っているのだろうと悟り、その一点だけをじっと見てみる。
やがて、白い小さな粒が空からひらひらと舞い降りてきた。
「これは・・・」
降りつづける幾つもの粒のうちの一つを、掌で受ける。
冷たい感触。掌の体温に溶かされて、白い粒はみるみるうちに透明な雫になっていく。
「雪だ!」
夜空に漂う無数の粒。
それは暗闇に、星より鮮明に映る冬だけの白。
舞い降りる雪に感嘆していると、何時の間に戻ってきたのか背後からミッシェルの声がした。
「これで今年の仕事も終わりです」
「あっ。お疲れさま、ミッシェルさん」
アヴィン同様、雪を掌で受け止めていつもの穏やかな笑みを彼は浮かべる。
これだけの大業をしたというのに、当の本人は疲れの色を全く見せない。
毎年毎年、この底知れない力にアヴィンは驚かされてばかりだった。
「あの子もこの雪を見てるといいな」
「きっと、見ていますよ」
「・・・そうだな。よしっ、帰ろうぜ。ミッシェルさん疲れてるだろうから俺がテレポートで送るよ」
「心遣いはありがたいのですが、生憎あなたが使うとどこにとばされるかわかったものじゃありませんから遠慮しておきます」
まだまだ未熟な彼が使う魔法には少しばかり問題があるという事を、ミッシェルはこれでもかと言うほど知っていた。
アヴィンがテレポートを使って、目的地へたどり着いた事なんて一度もないのだから。
「そこまで言う事ないだろっ。俺だってがんばってるんだぜ」
「ええ、わかってますよ。明日からまた一人前のサンタクロースを目指して特訓しましょうね」
「ああ!」
「あっ」
今年もきっと降ることはないだろうと諦めていた白銀の雪。
それが今、降り注いでいる事を知り、街中がざわめいた。
が、それはすぐに歓声へと摩り替わった。
サンタクロースと出会った少年も、もちろんその様子を窓から見ていた。
「もしかして、さっきの人・・・」
根拠も何もないけれど、ルカは確信した。
先ほど屋根の上にいたあの青年がサンタクロースだったのだ、と。
あの青年が「雪」をプレゼントしてくれたのだ、と。
静かに降る雪は賑わいの光を反射し、更なる光を生み出す。
靴下には収まることの出来ない、大きな大きなプレゼント。
想像以上に美しくなった町並みを眺めながら、ルカはあの青年に・・・サンタクロースに心から「ありがとう」と言った。
END
-★-あさきさんのあとがきです-★-
と、そんなわけで誰が主人公かよくわからないパラレルクリスマスネタでした(自爆)
書いた本人はミッシェルさんが主役と思ってるんですが、どうもルカ視点が多いのでルカが主役かな?(苦笑)
元ネタはカモミールさんの描かれた少し前のトップ絵(バナーにも使われているイラスト)です~。
最初「人知れず活躍するミッシェルさんとアヴィンの二人組み」というのが浮かんできたのですが、それに「クリスマス」と言うイベントを付け加えることで、「サンタクロース」と言う職業(?)設定になりました。
本文だけではわかりにくいと思うので、少し補足。
ミッシェルさん→一人前のサンタさん、アヴィン→見習いサンタさんです(笑)
上司と部下(謎笑)、もしくは先輩後輩のような関係なのです。
-★-カモミールの喜びの声です-★-
素敵なお話をありがとうございます~!
屋根の上のミッシェルさんが、とっても神秘的で似合ってます~!人じゃないみたい(笑)。
アヴィンには、一人前より半人前が似合うな~なんて思ってしまったのは、このごろの読書傾向のせいでしょうか(汗;;)。しかも、アヴィンったら冬の格好じゃないですよね。
……ま、いいか、一人じゃないし。
せっかくの時節ネタを、お正月にアップしてすみません。
せめてものお詫びに、 元になったイラストを聖夜バージョンにしてみました。
クリスマスのオフタイム二人はどんな風に過ごしたんでしょ(^^)。