真実の島へ行きましょう
-3没版-
その日、太陽が大地に沈もうという頃、二人は分かれ道に出た。
といっても、片方の道はとうにすたれて、雑草が生え放題だったのだが。
ミッシェルは先に立って歩いていたが、しばらくたってもアヴィンが付いて来ない事に気付いて振り返った。
アヴィンは、分かれ道の道しるべの前に立っていた。
「どうしたんですか?」
来た道を戻って、ミッシェルは朽ちかけたその道しるべを覗き込んだ。
「こちらの本道がセータへ行く道ですね。もう一つはカ・テド・ラ・ル?」
「気付かなかった…この間も通ったのに!」
アヴィンが叫んだ。一体何事かと見るミッシェルなど眼中になく、アヴィンは雑草だらけの道へ走り出していった。
「アヴィンさん! どこへ行くんですか!」
ミッシェルの声も、全く届いていない。背の高い草の向こうへ、アヴィンの姿はたちまち見えなくなった。
置いてけぼりを食ったミッシェルは唖然としていた。一体、何が起こったのだろうか。
急ぐ旅だというのに。 もうすぐ日暮れだというのに。
こんな、消えかかった旧道に入り込んで、魔獣に襲われたらどうするつもりなのだろう。
『やれやれ。アヴィンさんは単独行動が得意な人らしいな。よりにもよってこんな時間に街道から外れるとは。』
ミッシェルは空を見上げた。
だんだんと空が赤みを帯びてくる。今道を外れたら、日が落ちるまでに戻ってくる事は不可能だ。
このさびれた街道の方で野宿になる。それも、アヴィンが何処まで行ったかわからない。あまり遠くまで行っていなければいいが。
『カテドラールというのは彼が神宝を託された神殿の名…ん?、とすると、ここは邪宗教徒のテリトリーか。用心したほうがいいか。彼を一人にしてはいけないな。』
ミッシェルは杖をかざすと一言二言呪文を唱え、ふっと空に掻き消えた。
アヴィンの後を追うのはさして困難ではなかった。なぎ倒された草が道になっていた。
アヴィンは旧道を外れることなく、川のほとりまで来ていた。
橋は壊され、対岸に進めなくなっていた。川岸に、アヴィンは立ち尽くしていた。
ずっと走ってきたのだろう。まだ肩を上下させていた。
ゆとりがあるなら彼の好きにさせてもいいところだが、今は一分でも惜しい。すでに夕暮れて、空は一面の夕焼けだった。
軽やかに着地すると、ミッシェルは、何の説明もされていない怒りもあってつかつかと歩み寄った。
そして強い口調で問いただそうとしたその時、アヴィンが息を切らしているのではなく、泣いているのだと気が付いた。
「!?」
ミッシェルは、怒りをかろうじて抑えこんだ。アヴィンを責める言葉を心にしまいこみ、改めて声をかけた。
「アヴィンさん。日が沈んでしまいます。今日はここにテントを張るしかありません。明るさが残っているうちに仕度をしないと危険ですよ。」
返事はなかった。ミッシェルの我慢も、限界だった。
「アヴィンさん!」
ミッシェルの声に怒りがこもった。
「私たちは急ぎの旅に出たんですよ。わざわざ街道を外れて、こんな所へ来るなんて。何の説明もなしに、勝手に行動されては困ります。さあ、テント張りを手伝ってくださ・・・うわっ!」
注意をこちらに向けようと、アヴィンの肩に手を置いたのだ。アヴィンがはっとしてこちらを見た。
そして次の瞬間、ミッシェルは殆ど体格の変わらない青年を、かろうじて抱きとめる羽目になったのだ。
『何てことだ!』
ミッシェルは一緒にひっくり返らないように足を踏ん張り、この気まぐれな旅の友に心の中で悪態を付いた。
『これは、どうやら大変な事を引き受けてしまったようだ。アヴィンさんは、まだほんのちょっとした事で取り乱してしまう。神殿にいる時の方がまだましだった。』
ミッシェルは今更ながら、おのれの見通しの甘さを嘆いた。
そして、人の胸を借りて泣いている青年を、改めてじっとながめた。
ミッシェルのマントにしがみついて顔を伏せ、肩を震わせている。しばらくその様子を見ていて、ふと、気付く。
もしかしたら、泣き叫ぶまいとしているのではないか? こらえきれない嗚咽が漏れてはいるが・・・。
ミッシェルはアヴィンの肩に両手を置いて静かな声で言った。
「泣いてしまいなさい、アヴィンさん。」
アヴィンの震えていた肩が止まった。押し殺した息づかいが、まだ、ためらっている事をうかがわせた。
『世話の焼ける人ですね・・・』
ミッシェルはアヴィンの頭をそっと抱き寄せてやった。ついでにもう一言、耳元で付け加える。
「こらえる必要はないんですよ、アヴィン。」
まるで母親が子供を抱いているみたいだとミッシェルは思った。アヴィンが、ぎゅっとマントを握り締めた。
「うっ、ううっ。」
腕の中で、アヴィンが声をあげて泣き出した。身体が崩れ落ちそうになるのを、慌てて支える。
「父さん・・・母さん・・・アイメル・・・」
『そうか。妹さんだけでなく…』
ミッシェルはやっと合点がいった。
このあたりがアヴィンの生まれ故郷なのだ。そして、多分彼にとって最も悲しい場所なのだ。
知らずとはいえ、そんな場所を歩かせてしまったのは、無神経だった。せめて、この涙が枯れるまで泣かせてやろう。だが…。
『日が落ちてしまうな。』
ミッシェルは紅から紺へと変わっていく空をにらんだ。周りの森は闇に没し、二人の周囲も暗闇に包まれていく。
その中で、ミッシェルはアヴィンを抱えたまま立ち尽くしていた。
ああ、ここが書きたかったのに(笑)。
なんともまあ、自己満足っぽいですが、アヴィンがミッシェルさんの腕の中で泣くところが書きたかったんです。
カットもあったのに、書き直した方では、腕の中で泣いてくれませんでした。(マイルではやっぱり弱かった。)
設定のチェックせずに書いた自分が悪いのです。ぐしぐし。
カテドラールって、ヴァルクド-ブリザック間にあるんですね。
真実の島へ行く道中とは、全く関係ない所で、地図でそれを確認した時は、泣きたくなりました。
本当に、このシーンから膨らみ始めた話だったので、ショックが大きかったです。