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春の日に

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アヴィンとマイルの壮大な旅から一年が経った。

ぽかぽかと暖かな春のある日、村を歩いていたアヴィンは、ユズ姉が白い大きな物をテラスに広げようと悪戦苦闘しているのに目を留めた。
「何やってるんだ、ユズ姉?」
「ちょうどいいところへ来たわ、アヴィン。手伝ってちょうだい。」
言う事を聞いて当たり前、な口調で言われ、アヴィンは渋々テラスに上がった。
ユズ姉が格闘していたのは白いひらひらしたドレスだった。
春風にあおられて舞い上がろうとするそれは、たっぷりフリルが付き、布が幾重にも重なった品物だった。
まるでフィルディン城で見た貴族の女性のようだとアヴィンは思った。
二人掛かりでドレスをテラスに広げると、ユズ姉は服が舞わないようにしっかり止め付けた。
「これで大丈夫ね。ありがと、アヴィン。」
そう言って一息つくユズ姉と、白いドレスを交互に見て、アヴィンは尋ねた。
「これってさ、ユズ姉の服?」
気取られないように尋ねたつもりだったのだが、ユズ姉はたちまち機嫌を損ねてしまった。
「あなたねえ、絶対私の服じゃないって思ってるでしょ?」
「そ、そんな事ないよ。誤解だったら。」
「ふーん・・・ま、そういう事にしてあげるわ。」
ユズ姉は疑いの眼差しで言った。
「こんな服、一体いつ着るのさ?」
アヴィンはついうっかり聞いてしまった。
言った側から自分で青ざめていく。
「あ、いやその・・・えっと・・・。」
うろたえまくったアヴィンを見て、ユズ姉は大笑いをした。
「馬鹿ねえ。誰も自分の服だなんて言ってないじゃない。これは村に伝わる花嫁衣装なのよ。」
「へ?」
アヴィンが間の抜けた声を出した。
今度こそ、ユズ姉と花嫁衣裳なんてミスマッチで想像も出来ないなんて、口が裂けても言えなかった。
アヴィンだって自分の命は惜しいのだ。
「あ、そっか。アヴィンはこの服を着た花嫁さんを見てないもんね。マイルの母さんが嫁いできた時に着たのよ。私、大きくなったらこの服を着て花嫁さんになるんだって、胸をときめかせたのよね~。・・・ちょっと、なんて顔してるのよ。」
自分の世界へ行ってしまったユズ姉を茫然と見ていたアヴィンは、正気に返ったユズ姉に睨まれて飛び上がった。
「あ、それじゃ俺、もう行くから。」
ほうほうの体でテラスを飛び降りたアヴィンは、少し歩いてから振り返った。
「ユズ姉、その服アイメルたちに見せてやってもいいか?」
「いいわよ。好きなだけ見においで。」
「サンキュ、ユズ姉。」
アヴィンは小走りに駆け出した。
「アイメル・・・アイメルなのかしらねぇ?」
全く鈍感なんだからと思いながら、ユズ姉はアヴィンを見送った。

「アイメル、ルティス。」
見晴らし小屋に戻ると、アヴィンは一緒に暮らしている二人を呼んだ。
「アヴィン、お邪魔しているよ。」
「こんにちは、アヴィン様。」
「おかえりなさいお兄ちゃん。」
「おかえり、アヴィン。」
食堂のテーブルに、いつもの仲間も来ていた。
親友マイルと、その恋人・・・志願のシャノンだ。
「マイルもいたのか。ちょっといい物を見に行かないか?」
アヴィンが言うと、みんな興味を持ってアヴィンを見た。
「何ですの?」
シャノンが好奇心を抑えられずに聞いてきた。
「ユズ姉が村に伝わる衣装を日に干しているんだ。とても綺麗だったよ。見てもいいって言うからみんなで行こう。」
「ああ、花嫁衣裳だね。」
マイルが思い当たって言った。
「まああ、見たいですわ!」
シャノンが小躍りして叫んだ。
隣でマイルが自分の失言に頭を抱えた。

「こんにちは、お邪魔します。」
「いらっしゃいルティス。みんなもゆっくりしてってね。」
ユズ姉は一同を花嫁衣裳の側に案内した。
「まあ、綺麗だわ。」
アイメルが感動の面持ちで言った。
「あのこれ、触ってみてもいいですか?」
「いいわよ。優しくね。」
ユズ姉はまんざらでもない様子だ。
年の近い話相手がマイルとアヴィンしかいなかったこの村に、ルティスとアイメル、それにシャノンが増えて、姐御肌のユズ姉は何くれと相談に乗ったりして忙しい。
「胸のところ、刺繍がしてあるわ。こんな手の込んだ物、誰が作ったんですか?」
ルティスが聞いた。
「刺繍はね、それを着る花嫁さんが少しづつ手を加えていったのよ。まだびっしり刺されていない場所が残っているでしょう?」
ユズ姉の言葉に、三人の目がドレスを見つめる。
「本当ですわ。脇の方はまだそんなに手が込んでいませんわ。」
シャノンが目ざとく見つけて、二人にドレスをつまんで見せた。
「次は誰の番かしらねー。」
ユズ姉は三人の後ろに立っているアヴィンとマイルに一瞥をくれた。
「!!」
二人は「逃げよう!」という表情で顔を見合わせた。

「おお、何か騒がしいと思ったら、お前たちじゃったか。」
そのとき後ろからロアン長老がやって来た。
「こんにちは、長老さん。」
みんなは口々に挨拶した。
「だれぞ婚礼の予定があるのかな?」
ロアン長老は目を細めて娘たちを見た。
「マイルにはこんな元気な娘がいるし、アヴィンもいい伴侶を迎えて、わしも肩の荷が下りた気分じゃ。あとはユズにいい婿殿が来てくれればのう。」
「おじいちゃん!」
「長老、誤解ですってば~。」
ユズ姉とマイルが叫んだ。
「イヤですわ、長老様ったら。シャノン恥ずかしいですぅ。」
きゃっきゃと顔を赤らめたシャノンがマイルに寄りかかった。

「・・・お兄ちゃん?」
ぽそっとアイメルがつぶやいた。
「?」
みんなもアヴィンを見た。
「おやおや。」
ロアン長老はしてやったりという顔でニコニコした。
アヴィンとルティスはお互いを見つめたまま、そのまま時を止めてしまったようだった。
ほんのりと赤く染まった頬が、お互いの気持ちを素直に表わしていた。
「こほん。」
ロアン長老が咳払いをすると、二人はハッとして視線をはずし、うつむいた。
「アヴィン。」
「は、はい。」
アヴィンは顔を上げた。
「ルティスさんが見晴らし小屋へ来て、一冬過ぎたの。」
「はい。」
「二人の決める事じゃろうから差し出がましい口を利くのもなんじゃが、このまま成り行き任せにせず、けじめをつけてはどうじゃ?」
「長老・・・。」
アヴィンは頬を紅潮させていた。
「村の者たちも楽しみにしとるでな。」
ロアン長老はルティスに向き直った。
「ルティスさん。」
「はい。」
「あなたがアヴィンのところへ来たとき、もう心は決まっておったと思うのじゃが、この子はまことに口下手での。わしらは半年もやきもきしっぱなしじゃ。不器用で、生真面目で、取り立ててずば抜けたところなどない若者じゃが、きっとあなたを大切にしてくれるじゃろう。」
ロアン長老の言葉に、ルティスは恥ずかしそうに目を伏せてうなづいた。
「ええ。わかっています。」
普段の彼女からは想像できない、消え入りそうな声でルティスは答えた。

「邪魔者は退散するかの。さあさ、みなも来なさい。」
ロアン長老はそう言い、妙に静かになってしまった一同を連れてテラスから去っていった。
アヴィンとルティスは二人きりになった。
ルティスは花嫁衣裳を手に持ったまま、もじもじしていた。
アヴィンはチラチラとそんなルティスを見ながら、逡巡していた。
「ルティス。」
行き詰まるような長い沈黙のあと。
アヴィンは熱いまなざしでルティスを見つめた。
「なあに、アヴィン?」
いつものように勝気に振舞おうとしたルティスだが、かすれて上ずった声が彼女の思惑を裏切った。
ルティスは精一杯の元気を振り絞ってアヴィンを見つめた。
「きっと、ルティスに似合うと思ったんだ。」
アヴィンがドレスに目をやって言った。
「ルティス、その服を着て、俺と結婚式を挙げて欲しい。」
「アヴィン・・・!!」
ルティスも、感動に震えた眼差しでアヴィンを見つめた。


春の盛りの頃、ウルト村に久々の婚礼を告げる鐘が鳴り響いた。

2002.3.13


おかしいなあ。どうしてこんなオチに・・・。
告白オチのはずだったのに、なぜ婚礼まで言及したかな。むう~。

やはり一週間足らずで練り上げようというのが間違いだったのでしょうか。
ロアン長老なんかを出張らせてしまったのが間違いだったのでしょうか。
脳裏をチラチラと横切っていたのは「太陽の王子ホルスの冒険」の一場面、婚礼衣装を村の娘たちが力を合わせて縫い上げていくシーンです。ウルト村ならそういう風習が残ってても違和感ないな~と思って使ってみました。

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