初期版朱紅い雫|疾風のラヴィン
疾風のラヴィン
作: カラムロ・カラムス
第1巻
最初の仕事は、王からの依頼だった。
王家に伝わる秘密の古文書が、盗賊によって盗まれた。
それを取り戻してほしい、と。
掲示板の文字を見て、ラヴィンは鼻をならした。
王家の物が盗まれたのは、確かに一大事かもしれないが、
相手がただの盗賊なら、大して難しい仕事ではない。
このへんでちょっと名を上げて、
冒険者として売り出すのも悪くないな・・・
埃臭い雑踏をかき分け、ラヴィンは都を出た.
街道を外れ、獣が通ったような道をたどり、
盗賊が巣食う洞窟へ。
若いラヴィンの足は軽く、
険しい山も苦にはならない。
あっという間に目標の洞窟についた。
入口をのぞき込むと、
ひんやりとした空気の流れが、
不精に伸ばした髪を左右に散らす。
暴れる前髪のすきまから、黒い空間が見えた。
ラヴィンは小さく頭を振って、
その空間の中に足を踏み入れた。
第2巻
「小僧ッ!」
ケダモノのような腕で蛮刀を振り上げた盗賊たちが、
両側から襲いかかってくる。
古文書は取り戻したものの、
盗賊たちの追撃にあってしまった。
狭い洞窟の中では、駆けることもままならない。
怒り狂った盗賊たちが、あちこちからわいてきて、
たちまちラヴィンを取り囲んだ。
後退を重ねるうち、とうとう、
ラヴィンの背中は、壁までぴったりと寄せられてしまった。
ケダモノたちが、一歩、また一歩と、距離を縮めてくる。
ギラギラした蛮刀が、ラヴィンの頭に届く位置まで迫った。
振り上げられる刃。
黄色い歯をむき出して笑う盗賊。
残酷な笑い声。
その―刹那。
トン、というかかとの音と共に時が止まった。
壁を蹴ったラヴィンの体が空中に踊る。
時の歯車が再び回り出すと、
盗賊どもが、どうと倒れた。
「待て!」
ラヴィンが空中から舞い降りたとき、
凛とした声が空気を打った。
第3巻
声の主はランターンを高くかざした。
よどんだ暗闇の中に光の雲が浮かぶ。
あたりの邪気を払うような姿がくっきりと現われた。
絹の黒髪、黒曜石の瞳。
豹の優雅さをたたえて立つ、ひとりの女性。
盗賊のアジトには、およそ似つかわしくない。
「誰だ」
ラヴィンは剣を鞘に納めて訊ねた。
「その古文書をよこしなさい」
黒髪の女性は、白い腕をラヴィンの方に伸ばした。
「この世には知らなくてもいいことがたくさんあるわ。
今、私にその古文書を渡しても、
罪には問われない。
・・・ご苦労さま、ラヴィン。
これは最初から決まっていた、
あなたの役目なのよ」
第4巻
「誰なんだ、お前は・・・」
ラヴィンは誰に問うでもなく、つぶやいた。
酒場のカウンター。
酔っ払いどもが、けたたましく笑う中で、
ラヴィンの耳には、ただ一つの音しか聞こえていなかった。
洞窟に現われた黒髪の女。
彼女の、弓弦をはじいたように通る声。
・・・ご苦労さま、ラヴィン。また会いましょう・・・
払っても払っても聞こえる幻聴を打ち消すために、
ラヴィンは拳を振り下ろした。
振動で波立つ葡萄酒の中で、
去って行く彼女の姿がゆれた。
俺としたことが、どうして黙って古文書を渡したのか。
冒険者として売り出すチャンスだったのに。
ラヴィンはカウンターにあたり続けた。
第5巻
全く、くだらない仕事だった。
古文書の一件以来、
運にまでケチがついたのかもしれない。
ラヴィンは荷物を肩に担いで、だらだらと街道を歩いていた。
・・・なんだって、こんな、荷物運びなんか。
・・・こんなもん放り出してやる。
ひょいと荷物を浮かせたとき、
ただならぬ殺気が走った。
音はないが、張り詰めた空気が辺りの木立を乱している。
ラヴィンは本当に荷物を放り出し、走った。
「あ!」
目の前の光景を見て、
ラヴィンは思わず声をあげた。
・・・あの、黒髪の女が倒れている。
指先を小刻みに震わせて。
それは毒に冒された証拠だった。
ラヴィンは彼女に駆け寄り、
こわばる細い体を抱き起こした。
「・・・お願い、あの古文書を取り戻して・・・」
紫色の唇からやっと声が漏れ出る。
弓弦の響きは、もはやない。
「待ってろ、すぐに助けてやる!」
ラヴィンは彼女を抱えて走り出した。
第6巻
「ルディ。私の名前は、ルディ。」
医師が去った後、黒髪の女性は静かに話を始めた。
「・・・私を襲ったのは、ただの盗賊じゃない。
この国を滅ぼそうとする恐ろしい組織なの。
やつらは禁断の秘術を記した書を手に入れたわ。
あの古文書は魔獣を操る方法を記した書物・・・」
ルディは寝台の上に身を起こした。
「行かなくちゃ。
やつらが魔獣を操るようになったら、この国は・・・
いいえ、この世界は亡びてしまう!」
「待てよ」
ラヴィンはルディの肩に手を置いた。
「ひとりで行くつもりなのか?」
ルティス:(一読後にセリフありました)
ちょっと・・・
『ルディ』って、どういうことよ?
第7巻
「お前などに・・・お前ごとき者に、
この計画を破られるとは!」
ドルクは、らんらんと光る瞳でラヴィンを見つめた。
髪と髭が逆立ち、握りしめた拳に血管が浮きたつ。
むき出した歯が鋭い牙に変わった!
・・・そして、閃光!
ラヴィンはルディを後ろにかばった。
手を前にかざしながら、必死に閃光の正体を見極める。
ドルクの体が、ゆがみ、波打ち、
大地を揺るがす咆哮が四方に響き渡った。
次にラヴィンが見たものは、もう人間ではない。
魔獣へと姿を換えたドルクだった。
ラヴィンは剣を握りしめた。
第8巻
・・・そして、すべての悪夢は去った。
ラヴィンの肩には、もう剣を振り上げる力も残っていない。
ドルクの醜悪な屍を後に、ラヴィンとルディは洞窟を出た。
金色の光が二人を出迎える。
「あなたは英雄よ、ラヴィン。」
ルディは、そっとラヴィンの腕を取った。
「・・・まさか。俺は英雄なんかじゃないさ」
「じゃあ、なんだというの?」
ラヴィンはルディの言葉を微笑みで受け止めた。
急に起こった風がラヴィンの髪を乱す。
一瞬、前が見えなくなり、そしてまた風が髪を払った。
「さあ。それはこれから決まるさ。」
ラヴィンは風の吹く方向へ指を示した。
「とりあえず、こっちの方へ行ってみよう。
なにか新しいことを見つけに」
疾風のラヴィン -完-
この作品は「初期版朱紅い雫(日本ファルコム)」の作中小説です。
Windows版の同名の作中小説とはまた趣が違っているかと思います。