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古式の巡礼 第3話:ミッシェルさん捏造企画

最終更新日2010年7月17日

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古式の巡礼

03

その年のラグピック村の巡礼は、ジャックとラップの二人が行くことで決着した。
出発の日までラップを住まわせるのは、当然シュバルが願い出たが、もう一人、立候補した人がいた。
ジャックを山賊と言い、ラップをその仲間ではないかと主張していた男だった。
「決まった事をとやかく言うつもりはない。だが、俺にも納得出来る機会をくれ。その子を預からせて欲しい。」
男はそう主張した。
村長はシュバルではなく、そちらの男にラップの世話を頼んだ。
ラップも、それで男が納得してくれるなら異存はなかった。

村人が引き上げたあと、ラップとジャック、それに年配の男が村長の家に残った。
「君は何歳になるんだ。」
年配の男がラップに尋ねた。
「今年16です。」
ラップは答えた。
「え、お前俺より年上だったのか。」
ジャックが驚いたようにラップを見た。
同じ歳だと思われていたと知り、ラップはいささか衝撃を受けてジャックを見返した。
「鏡って14歳で見るものなんだろ?」
ジャックは村長たちに向かって尋ねた。
「村によって、儀式を行う年齢は違うと聞いたことがある。」
年配の男が言った。
「ラグピックでも女の子一人の時は次の年にまとめて巡礼させたこともあった。16歳でも、鏡は反応してくれるじゃろう。」
村長も言った。
「駄目で元々です。見られなかったときは仕方ありません。」
ラップは二人の発言を受けて言った。
シフールのシャリネで垣間見た映像が、脳裏によみがえった。
今度は残った魔法のおこぼれでなく、本物のお告げが見られるのだ。
返事とは裏腹に、ラップは何も不安に思っていなかった。

それから秋の風が吹くまでの間、ラップはラグピック村で生活した。
歓迎しない人もいくらかはいた。
ラップも魔法を自重して、無用ないさかいを起こさないように気をつけた。
村の男たちに混ざって狩りをしたり、秋の植え付けを前に畑を耕したりした。
休憩時間に村人から、それぞれの体験した巡礼の話を聞かせてもらうのが楽しみだった。
大抵ジャックも一緒にいて、旅のあれこれを想像しては話が弾んだ。
ジャックのお祖母さんは、夏の暑さにやや疲れた様子だった。それでもジャックの決心を自分の事のように喜んでくれていた。

巡礼の前日、二人は揃って村長の家に招かれた。
巡礼の心得を聞き、細かなしきたりを教わった。
「村を出発するときに渡す銀の短剣は、宿屋に見せればタダで泊めてもらえる。船に乗るのもタダだし、通行証の代わりにもなる。」
村長は言った。
「そんなに便利な物なんだ。」
二人は驚きを隠せなかった。
ラップは通行証になると聞いて、そっと胸を撫で下ろした。
「これ程便利な物だから、盗っ人に狙われることもある。ジャック、いつも肌身離さず身につけているのだぞ。」
村長はジャックに念を押した。
「わかったよ。」
ジャックは頷いた。銀の短剣は、正式なラグピックの村人であるジャックが持つことになっていた。
「最初に向かうのはディーネのシャリネじゃ。これはミッシェルが詳しいじゃろう。」
「はい。」
ラップは頷き、持参したティラスイールの地図をテーブルに広げた。
「すげえ。こんな物持ってるんだ。」
ジャックは物珍しそうに地図を眺めた。
「ラグピックはどこだよ。」
ジャックに促され、ラップは地図の上の方を指さした。
「ここに手書きしてあるのがラグピックです。そばにあるのが水晶湖です。」
ジャックが指差された場所を見てふむふむと頷いた。
「シャリネに入ると鏡を置いた部屋がある。そこの台座に銀の短剣を置くのじゃ。そして心を静めて待つ。」
村長が鏡の見方を教えた。
「わかった。」
ジャックが頷いた。
「シャリネは全部で五ヶ所ある。順番通りに廻るのじゃ。ディーネの次はテグラ、次にイグニス、シフール、そしてオルドスじゃ。」
村長は言った。
「ちょ、言葉だけじゃ判んねえよ。」
ジャックがぼやき、村長は地図を指でなぞりながら教えてくれた。
「ディーネからラグーナへ行き船に乗る。ニーリに着いたら大陸の反対側まで歩いてネガル島へ渡るんじゃ。漁師町が沢山あるから、交渉のしどころじゃな。ネガル島にテグラのシャリネがある。」
村長の指差す場所を、ラップは頭に叩き込んだ。
「ネガル島から対岸のネルバへ渡る。しばらくは歩いてテュエールの港からボルトへ渡る。イグニスは険しい山の頂上じゃ。」
「山登りなら慣れてるさ。なあ、ミッシェル。」
ジャックが声を掛けても返事はなかった。
「おい、ミッシェル?」
呼び掛けられて、やっとラップは顔を上げた。
「すいません、ちょっと考え事を…。何ですか?」
「イグニスは山登りだってさ。俺たちなら慣れてるから平気だろ。」
「あ、ああ。そうですね。」
ラップは曖昧に言った。
「ひよっ子どもが、泣くでないぞ。」
村長が笑いをこらえて言った。
「南へ山を降り、アンデラを通って国境まで行く。そこから北上してシフールを目指すんじゃ。」
ラップは懐かしい思いでシフールの文字を見た。そして、村長の指が動くより早く、オルドスの場所を探し当てる。
「オルドスは東に進んでチャノムへ入り、南下した所じゃ。これで五つ全部じゃな。」
「思ったより長いな。」
ジャックが言った。
「若者の足なら歩き始めればあっという間じゃよ。帰りはギドナ砂漠を越えてフォルティアに戻り、ルードから海沿いの街道を通ってラグーナまでくるんじゃ。そこからは知った道じゃ。」
「ありがとうございます。よく分かりました。」
ラップは村長に礼を言った。

ラップは床へ入っても寝付けなかった。
『テュエールを通るのか……。』
事件から三年経っていた。だが、出来るものなら避けて通りたい町だった。
『他の海路はないかな。ネルバからボルトへ直接渡る船とか……。』
港へ着いたら、可能な限り探してみようとラップは思った。
ジャックに、あの事件を知られたくなかった。

「おい、ミッシェル、起きてるか?」
外から声がした。ジャックだ。
「起きてるよ。どうかしたの。」
ラップは声のする方に向かって話し掛けた。
「眠れなくてさ。外へ出てこいよ。」
ラップはため息を付いた。ジャックは気楽でいい。
何のためにラップがこの家で世話になっているか憶えていないのだろうか。
「わかった。家の人にことわって行くよ。」

ラップは眠っていた男を起こし、断りを入れてから外へ出た。
辺りは暗闇だった。ラップは指先に炎を灯した。
「お、何だそれ。」
少し離れたところからジャックの声がした。
「魔法の火だよ。」
ラップは答えた。
「へえ、便利だな。ちょっと歩こうぜ。」
ジャックは仄かな明かりを頼りにどんどん歩いていく。
ラップは灯す炎を少し大きくして足元を照らしながら後を追った。

ジャックは柵の張り巡らされた崖のそばに寝転がった。
ラップは黙ってその隣に座った。
「明かりを消してみろよ。」
ジャックが言った。ラップが魔法を止めると、辺りは暗闇になった。
陸も、海も漆黒の闇。だが、空には無数の星がきらめいていた。
「うわ……。」
ラップはその美しさに見とれ、ジャックを真似て仰向けに寝てみた。
視界一面の星が、今にも降り注いでくるようだった。
旅をしていて、幾度夜中に歩き回っていたか知れないが、じっくりと空の星を眺めた事は数少なかった。
獣に襲われる危険もなく、安心して四肢を伸ばしていられる今が幸せに感じられた。
明日巡礼の途に付けば、また緊張の日々が始まるだろう。

「俺のばあちゃん、ラグピックで生まれたんだけど、巡礼の年になる前に山賊の男に惚れてさ。村を飛び出したんだ。」
ジャックが言った。
「山賊?」
驚いてラップは聞き返した。
「うん。話し合いの時に言われてたとおりさ。俺も山賊のガキだ。二年前によその山賊団に襲われて、仲間は殆ど死んじまった。親父たちも死んで、食えなくなってここへ戻ってきたんだ。」
ジャックの声は悲しみという程悲痛でなく、仲間を失った出来事がジャックの中で消化されつつあるのを表していた。
「ばあちゃんにとっては故郷だけど、俺はよそ者だ。今でも俺なんかが巡礼に行く意味があるのかなって思うんだぜ。」
ジャックがこちらを向いて言った。
「お祖母さんの夢を叶えてあげられるじゃないか。それに、村の人も感謝してる。」
ラップは言った。
「伝統が守られたって? 俺はどうでもいいけどな、そんなのは。」
ジャックはつまらなそうに言った。
「それより世界中を見て回れるってのが凄いよな。金もかからないし。」
「……そうだね。」
ジャックの現実的な考えに、ラップはいささか落胆した。
巡礼を行う人たちが皆、その事に意義を見出しているわけでもないのだ。
ラップは体を起こして座り直した。
ジャックはジャック、自分は自分だ。
魔女の巡礼をたどることで、少しでも魔法使いの謎に触れられたらいい。そう思った。

海に視線を向けていたラップは、その時水平線の辺りに、淡い不思議な光を見つけた。
「あれは、何だろう?」
ラップは身を乗り出した。ジャックが起き上がる気配がした。
「何だ?」
「ほら、海と空の境のあたり。また光った。」
淡い光は、ゆっくりと光ったり消えたりを繰り返していた。
「船じゃないのか。」
ジャックは言った。
「そうかな。」
ラップは首をかしげた。
船のカンテラにしては光が淡いのではないか。それに、これ程遠くまで光が届くものだろうか。
「あれは魔女の島だな。」
不意に二人の後ろから声が掛かった。
「誰だよ!」
ジャックがバッと振り向いて警戒した。
「俺だ俺だ、怪しい者じゃない。」
声が言った。
ラップは落ち着き払って、もう一度魔法で明かりを灯した。
「あ、ミッシェルが世話になっているオヤジ。」
明かりに浮かび上がったのは、先ほどラップが断りを入れてきた男だった。
「悪いな。夜中に密談かと思ったら放っておけなくてな。」
男は歯に衣を着せることなく言った。
「ちぇっ。で、証拠は見つかったのかよ。」
ジャックが男に絡んだ。
「いいや。」
男は首を振った。
「しばらく側で暮らして、ミッシェルが悪い奴じゃないのはわかったさ。お前が婆さん想いなのもな、ジャック。」
「今更持ち上げても遅いね。」
ジャックは憎まれ口を叩いたが、声音は嬉しそうだった。
「あの、魔女の島というのは何ですか。」
ラップは男に聞いた。
「ああ。魔女がやってきたっていう島のことだ。」
男は答えた。
ラップは再び海を見た。
「あれ。」
先程まで点滅を繰り返していた場所には、もう何も光っていなかった。
「消えてしまった。」
ラップはしばらく見ていたが、光が点くことはなかった。
「あそこに島があるのですか。」
ラップは男に尋ねた。
島があるとしたら、光は灯台のものだろうか。
「いや、何もないらしいぞ。」
男の答えは、さらにラップを混乱させるものだった。
「え? 何も無いって。」
「あの光が出る場所には何も無い。島がないんだ。だけど、魔女たちはあそこから来たって言ったんだとさ。古い古い、巡礼の魔女たちの話だ。」
「島もないところから来たって? デタラメ言ってるんじゃないか。」
ジャックが言った。
「まあ、あそこは魔女の海だからな。何か不思議があってもおかしくないさ。」
男は簡単に片付けた。
ラップは混乱していた。何かからくりがあるのだろうと思った。だがそれが何なのかわからない。
「さあ、少しでも体を休めておいたほうがいいぞ。まだ十分眠れる時間だ。」
男が言った。
「しょうがないなあ。」
そう言いながらもジャックは立ち上がった。
「じゃあな、ミッシェル。また明日。」
「おやすみ。」
片手を軽く上げて、ジャックは闇の中へ溶け込んでいった。
ラップは海の方を見た。魔女の島と呼ばれた仄かな明かりは、もう光ることはなかった。

爽やかな秋の朝、大勢の村人が村長の家の側に集まっていた。
ジャックは村に伝わる巡礼の衣装を身に着けていた。
まじない紐を首に掛け、動きやすいゆったりした上着に、腰当ても付けている。
ラップはマントを羽織り、頭にはバンダナを巻いたいつもの姿だった。

村長が儀式用の服を着て現れた。
「ジャック、それにミッシェル。揃っておるな。では今から銀の短剣を授ける儀式を執り行う。」
二人は、緊張した面持ちで、村長の家の段々の下に立った。
一段高い場所に村長夫妻が立って二人と向かい合った。
「風が息吹を届け、炎が体を温めてくれるように。大地が一日の糧を、水が疲れを癒してくれるように。そして、二人の行いを空が微笑みで見守ってくれるように。ここに銀の短剣を授与する。」
形式通りの言葉が述べられて、村長がジャックの前に銀の短剣を差し出した。
ジャックが真面目な顔で銀の短剣を受け取った。
「気を付けて行くんだぞ。」
村人が二人に声を掛ける。
「帰りを待ってるからな。」
ラップを寝泊りさせていた男が言った。
「任せとけ。行こうぜ、ミッシェル。」
ジャックは先に立って歩き出す。ラップも後に続いた。

集落を出ると、すぐにジャックと祖母の暮らす小屋が見えてきた。
「あっ。」
ジャックが声を出した。見ると、シュバルと数人の男が、ジャックの祖母を小屋の入り口に連れ出していた。
老婆は何枚もの毛布に包まれて、男たちに支えられていた。
「祖母ちゃん。」
ジャックは祖母に駆け寄った。
「おお、見違えたよジャック。一人前の旅姿だ。」
祖母が嬉しそうに言った。手を伸ばすのもすんなりといかない様子に、ジャックが顔を近づける。
祖母はジャックの顔に触れ、髪に触れた。
「行っといで。あたしの分まで旅をしてきておくれ。」
「うん。祖母ちゃんも無理すんなよ。すぐ帰ってくるからな。」
ジャックが声を掛けると、祖母は何度も頷いた。
「ああ、わかったよ。」
ジャックはシュバルたちにも礼を言った。
「ありがとう、おじさんたち。祖母ちゃんを頼むよ。」
「気を付けて行ってこいよ、ジャック。それにミッシェル。」
「ああ。」
「はい。」
二人は揃って答えた。

山道に出るところで村の門番と挨拶を済ませると、いよいよ巡礼の旅の始まりだった。
「寄り道はしない。一日も早くここへ帰ってくる。協力してくれよ、ミッシェル。」
ジャックは真顔でそう言った。
「わかったよ。」
ラップも答えた。
「よし、じゃあ出発だ。」
ジャックは勢いよく山道を駆け下りはじめた。
「あ、待って!」
ラップも慌てて後を追った。
『あれ、こんな光景をどこかで……。』
ジャックの背中を追いながら、ラップは不思議な感覚にとらわれていた。前にも同じ様な光景を見た気がする。
それがいつ、どこでだったのか思い出せないまま、ラップは山道を駆け下りていった。

 

(2010.7.17)

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