路(みち)分かたれても -暫定版-:ミッシェルさん捏造企画
最終更新日2024年2月11日
路(みち)分かたれても -暫定版-
メナート国南部の港町テュエール。
海に面した通りの一角にトーマスたちの拠点はあった。
三階建ての建物は一、二階をプラネトス二世号の船員たちが使っていた。
遠くガガーブの彼方エル・フィルディンに故郷のある者も多く、船を降りている間はここが彼らの家だった。
三階にはトーマスの執務室と居室があり、同じ階にラップ率いる魔法使いたちも住んでいた。
修行場を作るというラップの願いはかない、隣国チャノムの南部に立派な大聖堂が建っている。
そして、様々な人や国の思惑や願望、熱意が混ざったり反発し合ったりした結果、修行場のある場所は一つの国になることが決まった。
国の名前はオルドス。
初代の指導者に指名されたのはラップだった。
彼らの活動の中心はオルドスへ移っていき、とうとう今日、テュエールを引き払うことになったのだ。
コンコン
ノックの音にトーマスは顔を上げた。
「私です。」
扉の向こうで、聞き慣れた声が告げる。
「おお、入れ。」
トーマスが言うと、扉が開いてラップが入ってきた。
「おっ……」
トーマスは思わず驚きの声を漏らした。
ラップは見慣れた旅装束ではなかった。
空色のくるぶしまで隠れる長い衣に身を包み、頭には同じく空色の、大きな帽子をかぶっていた。
「どうしました?」
ラップは黙ってしまったトーマスに尋ねる。
「はは、誰かと思った。見違えたぜ。」
トーマスが答えると、ラップは照れたように笑った。
「おや、地図を剥がしたんですか?」
ラップが壁を見て言った。
「これか?」
トーマスは両手を広げて、机いっぱいに広げた地図を指し示した。
ラップもそばに寄ってのぞき込む。
「ちょっと思いついてな。」
トーマスは地図の一点を指さした。
「オルドスだけど、今は町の印になってるだろう? こいつを首都の印に変えてくれよ。」
それは大きな紙に記した手書きの地図だった。
中央に東西に伸びる山脈が横たわり、山脈のほぼ中央から北へ、大地の裂け目ガガーブが大地をえぐっている。
ガガーブの右側はティラスイール。
左側はエル・フィルディン。
そして山脈の南側がヴェルトルーナ。
ラップとトーマスが二十年ほどの間に船を走らせ大地を歩き、時には魔法で飛んで明らかにしたこの世界の地図だった。
これを描いたのはラップだ。
元々自分の足取りを手持ちの地図に書き込んでいて、興味はあった。
プラネトス号に乗ってからは、航海士たちに専門的な見方、書き方を教わった。
空からの観測を請け負って新しい航路の発見を手伝ったりもしたのだ。
このテュエールにプラネトス二世号の拠点を設けることになった時、執務室にふさわしい贈り物として描き上げたのだ。
「是非ともあんたに書いてもらいたくてな。」
トーマスは言った。
「フム、やってみましょう。」
ラップがペンを取り、地図にかがみこむと、頭の上の大きな帽子がぐらついた。
「おっと。」
帽子が転げ落ちる前に、トーマスが腰を浮かせて帽子を取り押さえた。
「ありがとう。そのまま持っててくれます?」
「任せとけ。」
トーマスは椅子に座り直し、帽子を両手に持って目の前へ掲げる。
「いい手触りだな。しかもこの石、宝石じゃないか?」
帽子の正面に付いた小さなきらめきを見て言う。
ラップは、地図上のオルドスの場所に、首都を表す印を書き込みながら答えた。
「いざという時の備えだそうですよ。」
「売って金に換える? オルドスの大神官サマが?」
「町の外にも出ますからね。皆心配してくれるんです。まあ、少々手厚すぎる気はするのですが。」
ラップは答える。
「ガガーブやら異界やら飛んでった実績があるもんな。そりゃ心配になるか。」
トーマスがさらりと言う。
「…………」
ラップは分が悪いことを悟り、無言で手元に集中した。
小さな町の印から、大きな、国都を示す印へと描き換える。
ちょっとした手直しだったが、ラップは気を引き締めてペン先に集中した。
ラップが望んだ、一つの国の思惑に縛られることのない魔法使いの修行の場。
まさかそれ自体が国という形になるとは思わなかった。
修行の場だけでなく、様々な仕事をこなさなくてはいけない。
だが、同胞たちも前向きに喜んでくれている。
だったら自分も力の及ぶ限り頑張っていこうと思うのだった。
印を描き終わり、ラップはペンを置いた。
「出来ましたよ、トーマス。」
顔を上げてトーマスに声を掛ける。
「どれどれ。」
トーマスは立ち上がり、ラップに並んで地図に加えられた新しい印を見つめる。
「国。新しい国なんだな……」
トーマスがつぶやく。
「乾くまでしばらく触れないでくださいね。それと、国境線も入れるべきと思うのですが、正しい位置は書類を確認しないと……」
いきなり背中にドンと衝撃があり、ラップは言葉を飲み込んだ。
「え?」
隣にいたトーマスがいない。
「どうしました……?」
後ろを振り返ろうとしたラップは、背後から抱きしめられた。
いや、締め上げられた。
強く押さえてくる腕にさえぎられてトーマスの方を向く事が出来ない。
面食らったラップだったが、何が起きたのかと、息を静めて背後に集中する。
ラップの背に押し付けられたトーマスの頭が、肩が、小刻みに震えていた。
『泣いて?』
ラップは目を見張った。
つきあいの長い二人だが、ラップの前でトーマスが泣いたことなど片手で数えきれる。
そんな滅多に感情を揺らさない友人が背中で泣いている。
ラップの胸にも熱く湧き上がるものがあった。
ラップはトーマスの腕を軽くポンポンと叩いた。
ハッとしたように体が跳ね、腕の力が緩んだ。
ラップはそのすきに後ろを振り向いた。
とっさに横を向いたトーマスの肩に額を押し付けて、両腕で背中を抱きしめた。
「ありがとう、トーマス。修行場を作ると言ってから、あなたには頼りっぱなしでした。」
普段は言葉にすることのない感謝が、するりと湧いてきた。
「あんたはすげえよ、ラップ。俺だけじゃねえ、皆の夢も叶えちまった。」
いつもと違う、涙の絡んだ声でトーマスが言った。
「一人の力じゃありません。オルドスが形になったのは、皆の、あなたの助力があったからですよ。」
「俺の力なんか」
「いいえ。」
ラップは抱きしめる腕に力を入れた。
「思うようにいかない時も見守ってくれたじゃないですか。どれほど心強かったか。私がここまで来られたのはあなたのおかげです。」
トーマスが言葉にならないうめきを上げた。
ラップの背中に腕がギュッと回される。
言葉もないまま、二人はしばらくの間抱きしめ合っていた。
「笑って送り出すつもりだったんだがなあ。」
気持ちが落ち着いて腕を離したあと、トーマスが照れた様子を隠しもせずにこぼした。
「住むところは遠くなっても、なにかと世話になりますし。ちょくちょく会えるでしょう。」
「だといいがな。一介の船長でも目が回るんだ。王様の忙しさなんて想像したくもないね。」
トーマスは机の隅から帽子を拾いラップに差し出した。
「おや。それは困りますね。」
ラップは帽子を受け取ると、まだ慣れない手つきで頭にかぶった。
「国ですからね。人が引き継いでいける形を作りたいんですよ。それが出来たら、私はここに帰ってきますから。」
ラップは言った。
「そうか。」
トーマスは一瞬言葉に詰まった。
「じゃあ、俺はもうしばらく船に乗っているかな。あんたが帰ってきたら一緒に隠居するか。」
「いいですね、それ。」
ラップは目を細めて笑った。
「先に行っててくれ。俺も一張羅着てお見送りするからよ。」
「わかりました。玄関に出てますね。」
軽く会釈をしてラップは部屋を出ていった。
トーマスは天井を見上げた。
「嬉しいこと言ってくれるなあ。帰ってくるって。」
一度止まった涙がまた出てきそうになった。
「でもなあ。あいつらがあんたを手放したりするもんかよ。」
オルドスの魔法使いの中心はラップだ。
ラップが皆をまとめ、あのでかい大聖堂に錨をおろしているんだ。
ラップが居なければ浮足立って散り散りになってしまうんじゃないか。
彼がオルドスを離れられる可能性は低いだろうとトーマスは感じていた。
トーマスは机の上を見た。
描き換えてもらったオルドスの印は綺麗に乾いていた。
「頑張れよ、親友。」
真新しい国都の印を指ではじくと、トーマスはラップたちの出立を見送るため身支度を始めるのだった。
2024.2.11
モバイル版「英雄伝説ガガーブトリロジー」の公式トレイラーが公開されたのは、2023年の11月15日でした。
そのほんの3日前に公開されたメインビジュアルで、今まで影の主役だったミッシェルとトーマスが大きく扱われて大喜びしてたんですが、公式トレイラームービーは遥かに上回る衝撃をもたらしてくれました。
あ、まだ見てなかったら是非見てください。これです。
このムービーの開始後6秒のところに出てくるガガーブ世界のイメージ画。(イメージですよイメージ。断じて惑星だと言ってはいけない。)
何を描いているか理解した瞬間の自分の脳内は『公式とネタかぶったーーーっっ』でした。冷や汗出ました。
ミッシェルさん捏造企画を考えた初期の頃から、一枚の地図にまとめたかったんですよね。
こんな美しい映像で見られるなんて、感涙物です。
モバイル版の配信は日本では未定ですが、韓国では2024年第2四半期(4~6月)を予定とのこと。
自分の性格だと事前情報も攻略情報もあさりまくるでしょうから、その「新しい公式情報」に上書きされる前に、自分の捏造した二人の路が離れていく時を記したいと思ってこの話を書きました。
例によって(?)あらすじでは10行にも満たないメモ書きでした。
極々初期に決めてた場面なので、何やら不適切な単語がある気もしますが、こんなのでした。
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あの地図にオルドスのしるしを書き加えるラップ。後ろから覗き込むトーマス。
筆を置くのを待って、肩に腕を回す。
一つの形の完成。万感の思い。
情を交わすのは最後になるかもしれない。
テュエールの屋敷を引き払うラップ。
トーマスの元には地図一枚が残る。
それは二人が描いてきた人生の縮図だ。
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タイトルに暫定版と付けたのは、この場面の前後の設定が殆ど決定していないからです。
二人が持ち出す話題が変わったりする可能性があります。
特にラップの仲間たちですね。
「オルドス大聖堂にいたあのキャラの名前を拝借する」位しか決まってなかったりします。
もう一つおまけを。
ムービーのガガーブ世界に、公開後たった一日で詳細な解説をされた方がいらっしゃいまして。
こちらも是非ご覧になっていただきたいのです。
拝見した時、感動で絶句しました。(自分がやったらたくさん間違えそう)
X(twitter)のKyte(@_Kyte_)さんのサイトです。
https://kyte.co/?p=132#more-132