Junkkits

グラバドルの巫女

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以前書いた「アリア」という短編を踏まえて書いています。
アリアが呼び捨てをしているのは、そのなごりです。

 

 

『倒れそうですね・・・』
部屋の中央で瞑想状態に入っているアリアの気配が揺れている。
ミッシェルは彼女の紡ぐ託宣に意識を集中させながらも、万全とは言えぬアリアの体を気遣っていた。

元々ブロデインへ着いてから体調が思わしくなかった。
レクト島上空に留まる悪しき塊は、ここに住まう全ての人々に重苦しい不安感を与えていたが、巫女であるアリアへの影響は格別に大きいものだった。
しかし、頼りになるのが彼女一人なのも確かだった。
「暦の部屋」に描かれた文様を活性化し古代人の残した物を示してくれるのは、代々彼女の一族が受け継いできた資質だった。
誰にも代わりは務まらなかったのだ。

託宣が終わった。
アリアを動かしていた力が消えると、その細い身体は支えを失ったように崩れた。

無意識に、ミッシェルは動いていた。
アリアに駆け寄り上体を抱え起こす。
疲れきった眼差しに向かって、ミッシェルは言った。
「十分です。あとは私が。」
声が届いたのだろう。表情から力が抜け、アリアは意識を失った。

ミッシェルはアリアを抱きかかえると、足早に彼女の部屋へ向かった。
ウーナやフォルトがアリアを心配して声を掛けてきたが、ミッシェルは全く答えなかった。
「ミッシェルさん、アリアさんは大丈夫なの?」
後ろからフォルトが声をあげる。
答えはない。フォルトはミッシェルに聞こえてないのかと思い、その腕を掴もうとした。「まって、フォルト君。」
傍らからマイルがフォルトの手をさえぎった。
「マイルさん。でも、アリアさんのことが心配で。」
「うん。フォルト君の気持ちはわかるよ。でも今ミッシェルさんに話し掛けてはだめだ。」
マイルはミッシェルの真剣な表情を見つめて言った。
フォルトは意味がわからないとしかめ面をしたが、あえて逆らおうとはしなかった。
「うん、そうだ。」
マイルはひらめいたという顔でフォルトを見た。
「先に行ってアリアさんを寝かす支度をしてあげて。それなら君たちに適任だ。」
フォルト、それにウーナの表情が明るくなった。
「はい、そうします!」
二人はジャンを連れて先に走っていった。
マイルは足早に歩を運ぶミッシェルを見た。傍らでこんな会話があったことすら、魔道師は気づいていない様子だった。

フォルトたちが先回りして、アリアの部屋は入口が開け放たれていた。
ミッシェルはそれを幸いに部屋に入ると、これも支度の整ったベッドにアリアの身体を横たえた。
アリアの様子を気遣うこともなく、ミッシェルは部屋の中を見回した。
頭の中には今しがた見た動きが焼き付けられている。これを何かに書き記すまで、ほかの一切に気を取られることはならなかった。
書き物机に紙とペンが置かれているのを目ざとく見つけると、ミッシェルは駆け寄って、立ったまま一心にペンを走らせ始めた。
「・・・・・・」
その鬼気迫る様子に、フォルトとウーナはあっけに取られて顔を見合わせた。
「ウォン!」
ジャンが二人の気を引くように小さく吠えた。
ベッドに寝かされたアリアは、毛布も掛けられていない。
二人は我に返り、毛布と柔らかな掛け布団をアリアの身体に掛けた。
ウーナがそっとアリアの額に手のひらを押し当てた。
「熱、あるの?」
フォルトが聞いた。
ウーナは手を引っ込めて顔を横に振った。
「ううん、大丈夫。汗もかいていないみたいだし。」
「じゃあ、他に必要なことってある?」
フォルトが聞いたが、ウーナも首をかしげる。
「気が付くまで、そっとしてあげるのが良いかも。」
「そっか。」
二人は肩の力を抜いて、アリアの側に椅子を引っ張ってきて腰掛けた。
その足元にジャンがくつろいだ様子で寝そべる。
することのない二人の視線は、書き物机の前に立っているミッシェルに注がれた。

何枚か、一心不乱に書き綴っていたミッシェルは、しばらくしてやっと手を止めた。
書いたものを机に広げ、間違い探しでもするように読み返していく。
やがて紙を一まとめにすると、ミッシェルは満足げに大きな息をついた。
やっと邪魔をしても大丈夫そうだった。
ウーナとフォルトが声を掛けようとしたその時、二人の背後から声が掛かった。
「問題はありませんかな、魔道師殿。」
フォルトたちは驚いて後ろを振り返った。二人のすぐ後ろに立っていたのは、この国の摂政スティグマだった。
『い、いつ入ってきたのぅ。』
『僕も全然気付かなかったよ。』
二人は首を縮めてひそひそと話した。
部屋の扉は開いたままだったが、フォルトもウーナも、スティグマの足音を聞いていなかったのである。
ミッシェルはスティグマの方を向くと、真顔でうなずいて見せた。
「あなた方のお手元に、写しを作りますか?」
ミッシェルは手に持った紙の束をスティグマに向けて差し出した。
「逡巡している時間はありません。すぐ行動に移るべきです。」
「おお、直ちに取り掛からせよう。」
スティグマは足早にミッシェルに近寄ると、大切そうにそれを受け取った。
「後ほど原文はお返しする。」
「はい、お願いします。」
スティグマはまたも足早に部屋を出て行った。後ろ手で閉めていった部屋の扉が、バンと大きな音を立てた。

「う・・・」
アリアが、かすかな声をたてた。
「アリアさん!」
フォルトとウーナが同時に叫んだ。
ミッシェルは今初めてアリアに気付いたような顔をして、二人の後ろからベッドを覗き込んだ。
うっすらとアリアが瞳を開いていた。ちゃんと目の焦点は合っている。自分を取り戻しているようだった。
「アリアさん、気分はどうですか?」
ウーナが聞いた。
「身体が重いですが、頭はすっきりしています。」
そう言ってアリアは身体を起こそうとした。
「大丈夫?」
フォルトとウーナがアリアの背中を支えてそれを助ける。
二人はアリアの背中側にいくつもクッションを置いて、起こした身体を支えられるようにした。
「ありがとう、フォルト君、ウーナさん。」
アリアは二人ににっこりと微笑みかけ、それからミッシェルを見上げた。
「ミッシェルさんにも、ご迷惑を掛けました。」
「とんでもありません。」
ミッシェルはにこやかに応じると、何かを思い出したように書き物机に戻り、短い手紙をしたためた。
再びミッシェルが振り向くと、アリアはウーナから飲み物を受け取ってのどを潤したところだった。
「フォルト君、ウーナさん。二人にお使いを頼んでも良いですか?」
ミッシェルは二人の前に今書いた手紙を差し出した。
「これをトーマスに手渡して欲しいんです。私から、緊急だと言い添えてください。」
フォルトは緊張した面持ちで手紙を受け取った。
「手渡すんですね。」
確認するようにフォルトが言った。
「ええ。おそらく船にいると思いますが。」
ミッシェルが言うと、フォルトは任せておけとばかりにうなずいた。
「大丈夫です。僕たちでちゃんと探して渡しますから。ウーナ、ジャン、行こう。」
フォルトが声を掛けると、ジャンは大きく伸びをして起き上がった。
「あ、待って、フォルちゃん。」
ウーナはアリアから空のコップを受け取ると、サイドボードに置いて足早にフォルトたちの後を追った。

「二人とも元気ですね。」
感心したような、付いていけないとあきらめたような口調でミッシェルはつぶやき、部屋の扉をしっかりと閉め直した。
「こんな時なのに明るく振舞ってくれて。皆さん励みに思っているでしょう・・・」
アリアはミッシェルが改まった様子で目の前の椅子に座るのに気付いた。
いつもに増して真剣な厳しい表情に言葉を飲み込む。
ミッシェルはアリアを見つめたまま、しばらく動かなかった。
「あの、ミッシェル?」
普段と様子が違うことを感じ取って、アリアがいぶかしげな顔になる。
反応のないミッシェルにじれて、つと手を伸ばしてミッシェルの腕に触れた。
「!」
ミッシェルは呪縛から解けたような顔になった。
「何か良くない予兆でもありましたか?」
先ほどの自分が困難を招くことをしたのかと、アリアは不安になった。
「いいえ、違います。」
ミッシェルは言い訳をするように首を横に振った。それから決心を固めた様子で立ち上がった。
「え・・?」
アリアが小首をかしげた一瞬のことだった。
そのままミッシェルに、すっぽりと抱きしめられていた。
力強い両腕が背中に回されて身動きできない。
頬が柔らかなマントに押し付けられ、その奥からミッシェルの胸の鼓動がかすかに聞こえる。
自分の置かれた状況に息を呑んだアリアは、それでも取り乱さなかった。
ミッシェルは、簡単に自分の理性を投げ出すような人ではなかった。それに、先程から何か様子がおかしい。
ミッシェルは両手をアリアの肩にそっと置いた。少し身を引き、アリアの耳元に唇を近づける。
熱い息が掛かり、アリアは思わず体を震わせた。
その耳元に、ミッシェルが囁きかけた。かろうじて聞き取れる、小さな声だった。
「この城は信用なりません。」
アリアはハッとした。ミッシェルの声は冷静そのものだった。
「十分に気をつけて。」
やはり小声でそう言うと、ミッシェルはそっと体を離し、アリアを見つめた。
笑顔でいるものの、その瞳は真剣だ。
アリアは了解のしるしに小さく頷いた。

それから、アリアは大きく息をついた。
ミッシェルが伝えようとしたことは判った。内密にそれを伝えるために恋人の振りをしたことも。
だが、さすがに疲れた。
アリアは後ろに倒れこみ、クッションの中に身体を沈めた。
黒髪が宙を舞い、白くなめらかな肌の上に文様を描くように落ちた。
「大丈夫ですか? アリア。」
ミッシェルがあわてた様子でアリアを覗き込む。
「驚きました。」
アリアは抗議する眼差しでミッシェルを見上げた。
「すみません。」
ミッシェルは素直に謝った。
そのままミッシェルは言葉を続けた。
「あなたの騎士が到着するまで、代わりとなって守りたいと思っていました。ですが、時間が許してくれなさそうです。」
真顔で言うミッシェルに、アリアは目を見張った。
ミッシェルははっと自分の口元を押さえた。言うつもりのなかった言葉だった。
「あ…、その、すみません。」
途端にしどろもどろになる。
これでは先程の振る舞いに下心があったと告白したようなものだ。
ミッシェルは全身から汗が噴き出すような恥ずかしさに囚われた。
アリアの頬も見る見るうちに赤く染まった。
二人はそれぞれに顔を赤らめ、居心地の悪い沈黙を甘受した。

ミッシェルは己の迂闊さを呪った。プカサスでパルマンがアリアを救い出したと知った時、自分の気持ちは封じておこうと決めたのに。
そもそも彼らが出会ったのは、ミッシェルがアリアに出会うより前の事なのだ。
その絆は強く、叶わないことをはっきりと感じていた。
それでも、少しでも役に立ちたくて、手を差し伸べたくて、側にいて、いや遠く離れていても見守ってきた。
だが、これから異界に発つ。彼女を守れない場所へ赴く。
その焦りが口をついて出てしまった。

「そろそろ行きます。」
ミッシェルは自分にけじめを付けるように宣言した。
「皆さんに集まってもらわなくてはなりません。貴女は休んでいてください。後で呼びにやります。」
ミッシェルはクッションに埋もれているアリアを窺った。
目が合うとアリアは言った。
「あなたは、私が独り占めして良い方ではありません。」
大分疲れさせてしまっようで、アリアは横になったままだ。
いや、彼女は今何と言った。
ミッシェルは、その穏やかだが明確な拒否の意思を受け入れるしかなかった。
胸が痛んだ。
アリアは一度目を伏せた。
「ですが、感謝します。」
再び顔を上げたアリアは、微かに笑みをたたえていた。
「ありがとう、ミッシェル。私のもう一人の騎士。」
「!」
その言葉に、自分がどう動いたのか。
ミッシェルは気が付くとアリアに覆いかぶさるように、寝台へ両手をついていた。
「アリア・・」
やっと声を絞り出し、ミッシェルはそっとアリアの頬に手を触れた。
「きっと、帰ってきます。」
「ええ。あなたもお気を付けて。」
言いようのない幸福感がミッシェルの全身を駆け巡った。
他に気持ちを伝える方法を思いつかず、ミッシェルは想い人の額に、震える唇を押し付けた。

 

 

 

 

2009/7/30


また、同士のいないカップルに萌えてしまった馬鹿者です。
でも自分の萌えを抱え込んで吐き出さないのでは、もしかしてどこかに居るかもしれない同士に出会うことすら出来ないじゃあありませんか。
やっぱりここは正直にお披露目してしまうことに、と思ったのです。

ミッシェルさんが女性慣れし過ぎていると感じる方があるかもしれません。
書いてる本人もちょっと思いました。
でもほら、某モテモテ船長の船に6年も乗ってますから。
港に着けば、酒場に繰り出して情報収集の手腕を余すところなく披露してくれたでしょう。

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