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冒険者のバカンス

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-4-

アヴィンはオルテガの家に居候することになった。
だが、元々世界中を歩き回っている冒険者だ。
数日もたつと疲れはとれ、時間を持て余すようになった。
オルテガは忙しそうで、毎日修行所に行ったきり夕方まで戻ってこなかった。
「アヴィン様、良いお天気ですよ。散歩でもなさってはいかがですか。」
洗い物を置きに来たジゼルがアヴィンに言った。
「散歩か…。」
アヴィンは窓の外の町並みを見た。
どうせ出歩くなら町の外へ出て行く方が良いのだが、そんなことを言ったらジゼルを心配させるのは明らかだった。
思案に暮れたアヴィンの目に、家々の屋根の向こうに立ち並んでいる風車がうつった。
「あの風車の所へは行けますか?」
アヴィンが聞くと、ジゼルは待ってましたとばかりに胸を張った。
「ええ、もちろん。きれいな所ですよ。ぜひ行ってらっしゃいませ。」

両側に小さな家が立ち並んだ細い路地をアヴィンは歩いた。
こじんまりとした家並みはつつましやかで、活気といっても商人や冒険者が醸し出すそれとは趣を異にしているのだった。
家の中から時折聞こえてくる、魔法を唱える声。
木陰に座り込み、精神を鍛えている姿。
オルドスの活気とは魔法を極めようとする熱意、その魔法でこの世界の役に立とうという願いに他ならなかった。
元々エル・フィルディンと同じ血が流れている人々だ。
ティラスイールの人たちも、そう願えばかなりの確率で魔法を習得できるはずである。
さらに、異界からもたらされた生まれながらに魔法を操る血、強力な魔法力を持ち得る血も、この世界には溶け込んでいる。
オルテガのような並はずれた魔法力を持つ者が、過去にもいたかも知れないのである。
しかし、かつての人々は魔法を否定することを選んだ。
誤解や、不当な扱いを受ける時代が続いたという。
だが長い間忌み嫌われていた魔法使いは、今やっとこの世界で認められるものに変わりつつあった。
それがオルテガたちの苦労の証であり、この街の活気を生んでいる源なのだ。
知り合いになって二十年、魔法の修行の場を作ると言ってからは十五年も経つだろうか。
知己の業績の大きさに、アヴィンは改めて胸が一杯になった。

路地を行き止まりまで歩くと、水路にぶつかった。
水路の向こう側には、何基もの大きな風車が建っていた。
風を受けて羽根が重たそうに回り、建物の土台からは汲み上げた水が絶え間なく水路へ流れ出していた。
水路にはあちこちに魚の大きな群れが見られた。
アヴィンは水路に沿って歩き、橋を見つけて対岸に渡った。
そこは、町中に槌音を響かせている工事現場の近くだった。
「すごい…。」
アヴィンはつぶやいた。
建物はまだほとんど姿を見せていない。
だが周りの足場は三階あたりまで組まれ、オルドスの青空にそびえ立っていた。
「高いなあ。」
あまりのまぶしさに手をかざしてアヴィンは言った。
エル・フィルディンの不思議の一つ、バロアの灯台のようだった。
首が痛くなるほど高く、しかも港町が出来る以前から人々の営みを見つめてきた建物。
きっとここにもオルドスを象徴するような建物が建つのだろう。
そして空の高見から人々の営みを見つめてくれるに違いない。

しばらく立ち止まったあと、アヴィンは風車の方へと足を向けた。
風車の並ぶ場所は公園になっていた。
緑が敷き詰められ、所々に色鮮やかな花壇が設けられていた。
水路のふちに座り込み、釣り糸を垂れている老人もいた。
子どもの姿はほとんど見られなかったが、この町が修練の場であることを思えば、それも肯けることだった。
「ん?」
アヴィンは水路の柵にもたれている少年の姿を見つけた。
金色の柔らかな髪が水面の青に映えていたが、彼の表情は冴えなかった。
少年は両腕を柵に預け、前で重ねた両手の上に頭を乗せて、ぼんやりと水面を見つめていた。
「アルフレッド!」
声を掛けると、少年は驚いた様子で振り返った。
「アヴィンさん。」
「どうしたんだ?」
アヴィンはアルフレッドの横に並んだ。
「いいえ、別に。」
アルフレッドはまた水路の方に向き直った。
「修行所へ行かなくて良いのか? ミッシェル…オルテガは今日も朝から忙しそうだったぞ。」
アヴィンが聞くと、アルフレッドは眉をしかめた。
「いいんです、僕は。僕は、魔法の修練に来たのではありませんから。」
まるで自分に言い聞かせるように言って、アルフレッドは柵をぎゅっと握り締めた。
アヴィンはどう声を掛けたものかと迷った。
魔法を鍛えに来たのでないなら、何のためにオルドスへ来たのか。
なぜ、さらなる修行を積むためにエル・フィルディンへ行ったのか。
アルフレッド自身に、修行に掛ける熱意はなかったのか。
少年の真意を測りかねて、アヴィンは言葉が継げなかった。
「僕は、本当は来る予定ではなかったんです。ここで修行をするのは、モリスン一人のはずでした。」
黙ってしまったアヴィンにアルフレッドが言った。
「何度も父に願いたてて、やっと一緒に来ることが出来たんです。オルテガ様の計らいで、ガガーブの彼方にまで足を運ぶことも出来ました。でも…。」
アルフレッドは口をぎゅっとつぐんだ。
「もう帰って来いと、国元から言われてしまって。」
そういうことかとアヴィンは納得した。
あの頃の自分とほぼ同い年。
世界の広さをその身で実感した頃のことは、アヴィンにとっても大切な思い出だった。
旅ばかりしている訳にはいかないと見晴らし小屋へ戻ったのは、大きな区切りが出来たからだった。
もしそれがなかったら、何年も冒険の旅をしていたかもしれない。
そのくらい、未知の世界は魅力的だった。
アルフレッドはどういう決断を下すのだろう。
アヴィンは興味を持って見守った。

「僕は、もうしばらく此処に居たいのです。国元へ帰っても、まだ仕事を任されるわけではありませんし、学ぶことはここでも出来ます。」
アルフレッドは子供のように言い、それから口をぎゅっとつぼめて黙りこんた。
未練たっぷりだなとアヴィンは思った。
だが苦楽を共にした仲間と離れたくないのは当たり前のことだ。
「正直に言えば良いじゃないか。ひょっとしたら滞在を延ばしてくれるかもしれない。」
アヴィンが言うと、アルフレッドは驚いてアヴィンを見た。
「とんでもない! 無理を言って来ているんです。これ以上国を空けると言ったら、何を言われるかわかったものではありません。」
アルフレッドは考えられないという口調で言い返した。
「そこまでわかっているなら、悩む必要はない。君があきらめれば済む事だ。」
「う…。」
アヴィンの言葉にアルフレッドは詰まった。
「アルフレッド、もしあきらめられないなら、自分の意見を伝えるしかないだろう。わがままでも、それが君の気持ちなんだ。口にしなくては伝わらない事だってあるんだぞ。」
アヴィンの言葉に、アルフレッドは大きく目を見張った。

「邪魔したな。」
アルフレッドが考え込んでいるのを見て、アヴィンはきびすを返した。
考えをまとめるのに、他人がいては邪魔だろうと思ったのだ。
「あ、待ってくださいアヴィンさん。僕も戻ります。」
意外なことにアルフレッドはアヴィンの後を追ってきた。
「何だ、ゆっくり考えなくて良いのか?」
「それはそうなんですけど、実はちょっと…。」
アルフレッドはばつが悪そうな顔をした。
「しばらく離れていた間に、道を忘れてしまって。」
「なに?」
アヴィンがあっけに取られた顔をした。
「どうやって帰ろうかと困っていたんです。モリスンも一緒じゃないし。」
困っている割にあっさりとアルフレッドは言った。
アヴィンはため息をついた。
オルドスはそんなに大きな町ではないのだが。
それに、この町に関してはアルフレッドの方が大先輩なのに。
「わかった、一緒に戻ろうか。」
どうせする事もないのだからと、アヴィンはアルフレッドを送ることにした。
「ありがとうございます!」
アヴィンの返事を聞いて、アルフレッドは心から安堵した表情を見せたのだった。

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