冒険者のバカンス
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修行所に戻る道すがら、アルフレッドは心の内に溜まったものをはき出すように、アヴィンに話し続けた。
「僕は、オルドスに来られて本当に幸せです。たくさんの仲間に混じって修行をするのは全然苦痛じゃありませんでした。魔法は使えるようになれませんでしたけど、他の色々なことを勉強しました。」
その姿はとても素直だった。
だが、ともすれば決断を先送りにしたいという言い訳のようにも見えた。
「戻るにしても戻らないにしても、僕はこれから剣術を極めようと思います。魔法使いと剣士は良い組み合わせだと思ったんです。魔法使いは詠唱の間無防備になりますから、守ってやる人が必要なんです。」
「ああ、そうだな。」
アヴィンは軽く相づちを打った。
「アヴィンさんも、エル・フィルディンからここまで、剣一本で護衛してきたでしょう。僕も自分の腕に自信を持てるようになりたいです。」
アルフレッドは目を輝かせた。
「あ、いや……。そうだな。まだこのあたりの街道で魔法を使うのはためらうものな。腕を磨くのが一番良いだろう。」
アヴィンは、単に魔法を使わなかっただけだと言いかけたが、あえて口をつぐんだ。
実は魔法も扱えると知ったら、アルフレッドががっかりしそうな気がしたのだ。
アルフレッドはティラスイールのいずこかの王族だ。
魔法を理解してもらうためにオルドスに受け入れたのだろうが、ミッシェルは彼に魔法を覚えさせるつもりはないだろう。
だったら余計な願望を吹き込むのは出過ぎたことだと、アヴィンは思った。
「頑張ります。」
アヴィンの考えには気付かず、アルフレッドは力強く請け合った。
「ほら、修行所だ。」
アヴィンは遠くに見えてきた大きな建物を指差した。
「あ、はい! わかりました。」
アルフレッドの顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ俺は行くからな。」
アヴィンはジゼルの家の方へきびすを返した。
「はい。ありがとうございました。」
アルフレッドは一礼し、まっすぐに修行所に向かって歩いていった。
アルフレッドは歩調を速めて修行所へ向かった。
アヴィンと話した事で、自分の心に新しい風が吹いてきたのを感じていた。
オルドスを去りたくない気持ちに変わりはないが、もしここを離れて故国に帰っても、魔法使いとの接点を持ち続ける事も出来るのだ。
アヴィンに言ったような冒険者仲間という意味ではなく、彼らを雇い、使う立場として。
モリスンはもちろん、彼だけでなく他の、今はまだ国中に埋もれているであろう才能も、見いだして、手を携えていくことが出来るかも知れない。
良い組み合わせになれるかも知れない。
『父上は、これからのティラスイールの流れを予想して、僕のオルドス行きを許してくださったのかも知れない。』
滅多に思い出しもしない父親を思い出し、ついでに帰国を促す伝言も思い出して、アルフレッドは大きなため息をついた。
「あれ?」
ふと、アルフレッドは立ち止まった。
今通り過ぎた路地の向こうに、見慣れた後姿があった気がしたのだ。
アルフレッドは数歩戻って路地を覗き込んだ。
二人の少年が、ちょうど路地の突き当りを曲がっていくところだった。
「トランスとクレズ?」
アルフレッドは首をかしげた。
オルドスの魔法修行所は決して楽なところではない。授業は毎日夕方にまで及ぶ。今頃、生徒が外をうろついているはずがないのだ。
『おかしいな。』
アルフレッドは思わず路地に足を踏み入れていた。
最初の曲がり角へ小走りにたどり着くと、アルフレッドは二人の曲がった方を覗き込んだ。
だいぶ先の道を、二人が並んで歩いていた。
アルフレッドは気付かれないような距離をとって、二人の後を歩き出した。
だが、二人を追い駆けていくうちに、アルフレッドはまたしても自分がどこにいるか見失ってしまった。
その事に気付くと、急に心細くなった。
背中に冷たい汗が噴き出したが、もう自力で修行所に戻ることは不可能だった。
せめてトランスとクレズは見失うまいと、アルフレッドは二人が曲がった角を勢い良く曲がった。
「うわっ!」
アルフレッドは目の前に立っていた二人にぶつかりそうになった。
「なんだ、アルフか。」
トランスとクレズが、ほっとした様子で肩の力を抜いた。
アルフレッドと目を合わせると、二人は照れたような笑顔を浮かべた。
「気付いていたのかい?」
アルフレッドは聞いた。
「さっきからね。むやみと道を曲がってきたのに、ずっと付いてくるんだから疑うしかないだろ。」
クレズが言った。
「君たち授業中じゃないの?」
アルフレッドが聞くと、二人は顔を見合わせてにやっと笑った。
「さぼったんだ。」
トランスが答えた。
「アルフこそ、こんなところで何やってるんだよ。授業も出ないで。」
逆にトランスが尋ねてきた。
「僕は…、理由があって。」
アルフレッドはあいまいに答えた。
「アルフ、君はエル・フィルディンから戻った後、ぜんぜん授業に出てないだろう。」
クレズが言った。
アルフレッドは心臓がどきりとはねた気がした。
「そ、それは……。」
「あれ、そうなのか? もしかして、魔法の才能がないからって退学を言い渡されたんじゃないだろうな、アルフ。」
トランスが悪気のなさそうな顔できついことを言ってのけた。
「気付いてなかったのか、トランス。」
クレズはあきれた顔でトランスを見た。
「オルドスへ戻ってから授業に出ているのはモリスンだけなんだよ。モリスンに聞いても何も答えてくれないから、気になってたんだ。」
アルフレッドは二人から視線をそらし、地面をじっと見つめた。
「ごめん、悪い事聞いたか?」
トランスがアルフレッドの顔を覗き込んだ。
アルフレッドは顔を上げると首を振った。
「いいや。事実だから。退学は言われてないけれど、僕の国…家から、もう帰ってこいって言ってきて。」
アルフレッドは努めて明るく言った。
「え、アルフレッド、帰るのか?」
トランスが聞いた。
「まだ決めたわけじゃない。」
アルフレッドは思わず強い口調で返していた。
そして、自分が熱くなっていることに気が付いて、あわてて付け足した。
「でも、一度家へ帰ったら、もう二度とこういう所へ出してもらえないだろうと思って。迷っているんだ。」
「贅沢なやつだな。」
トランスはそう言ったが、馬鹿にしたような言い方ではなかった。
各々の悩みの質は異なるものだと理解しているのだった。
「帰る家があるなら幸せじゃないか、アルフ。」
クレズが言った。
アルフレッドは肝を冷やした。そうだった。
トランスもクレズも、生まれた場所に居辛くなってオルドスへ預けられたと聞いたっけ。ここは家族に守られて育った人間の方が少ない町なのだ。
「ごめん。」
アルフレッドが謝ると、トランスが片手をひらひらさせて気にするなというそぶりをした。
「人それぞれだろ。それより、付いて来ちゃったんだから俺たちの用事にも付き合えよ。」
トランスが言った。
「え?」
アルフレッドは改めて二人を見た。
トランスが勿体を付けて言った。
「俺たちはこれから、オルドスの鏡を見に行くんだ。」
「……なんだって。」
アルフレッドは自分の耳を疑った。
「オルドスの町の名前になった古いシャリネに安置されていた鏡だよ。」
クレズが言った。
「それは知ってる。でも、そんな……。」
「オルドス大聖堂を建てるために、一時的に町の外に安置されているんだ。オルテガ様が直々に納め直したって話だよ。」
クレズの説明はよどみなかった。
「僕たちがエル・フィルディンへ行っていた間のことだから、調べるのに時間が掛かったよ。仮安置されたことも修行所の先生方しか知らないみたいだしね。」
得意そうに語るクレズにアルフレッドは尋ねた。
「そんなもの、何でわざわざ見に行くんだい。なにか、意味があるの?」
トランスとクレズは驚いたように顔を見合わせた。
「エル・フィルディンのラエル先生に聞いたんだ。昔オルテガ様があちらの遺跡で、シャリネの鏡と同じ現象を起こしたことがあるんだって。」
トランスが言った。
「そのとき、オルテガ様は未来の予言を見せたんだ。アルフ、シャリネの鏡は未来を教えてくれるんだよ!」
「未来の予言……。」
アルフレッドはトランスの言葉を口の中で繰り返した。
「すごいだろ。その話を聞いてから、オルドスに戻ったら鏡を見ようってクレズと相談していたんだ。」
「自分の未来の姿が見えるのかい。」
アルフレッドは二人に尋ねた。
「どんな風に見えるのかはわからない。ラエル先生も自分で見た訳じゃないって言ってたから。でも、見てみたいと思わないか。これから先、自分がどうなっていくのか。」
トランスの言葉にも熱がこもった。
「そんなこと、本当に出来るのかな。」
アルフレッドははやる気持ちを抑えて言った。心の中はあふれてくる期待でいっぱいだった。自分を沈み込ませている悩みが、これで解決するように思えた。
「出来るって。ちゃんと聞いたんだ。そのときの予言はちゃんと役に立ったってさ。」
「どうやって見るのかは行ってみないとわからないんだ。でも、魔法使いなら扱えると思う。鏡が放置されているのは、魔女が巡礼しなくなったせいなんだ。魔女がいなくなってから魔法使いは隠れて生きてきたから、誰も鏡を見られなかったのさ。見る方法が伝わらなくて当たり前だろう。」
「う、うん、そうかな。」
クレズの説に、アルフレッドは同意した。
「もしそうなら、僕も見てみたい、かな。」
自分の気持ちを確かめるように口に出すと、トランスとクレズが大きく頷いた。
「そうだろ、アルフ! よおし、三人で行こうぜ。」