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冒険者のバカンス

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-6-

アヴィンがジゼルの家に戻ると、家の前でジゼルが待ちかねた顔をしていた。
「ああ、帰ってきましたね。お部屋でオルテガ様がお待ちですよ。」
「え?」
アヴィンは急ぎ足で階段を上った。
「ミッシェルさん、俺に用事か?」
部屋に入るなりアヴィンが聞くと、オルテガが本の山の中から立ち上がった。
「待っていました。迎えに来たんですよ。」
オルテガはアヴィンを修行所へ連れて行った。

「先日紹介したデンケンが、ガガーブ越えの様子を聞きたがっています。」
修行所の奥へ向かいながらオルテガは言った。
「あなたは私のやり方も今のやり方も経験しているので、比べて欲しいそうです。」
「比べるといっても、ミッシェルさん一人の魔法と魔道士十数人の共同魔法じゃ、比較しようがないぞ。」
アヴィンは本気でそう答えた。
オルテガがオルドスに腰を据えて以来、以前は彼一人の力で越えていたガガーブを大勢の魔道士の力を重ね合わせて越えるようになっていた。
プラネトスII世号の魔道士たちは大変な努力をしていた。
風や大気といった自然に訴える者、その力を増幅できる者、さらにそれら複数の力を調和させ安定させる者など、それぞれが己の役割を十二分に果たしていたのである。
『それでも、寄せ集めた力は一人の強大な魔法力にかなわない……。』
それが偽らざるアヴィンの感想だった。
ガガーブに突入している間の不安感は比べ様もなかったのだ。
「貴方の感じることを、そのまま伝えてくれれば良いのです。」
オルテガはデンケンの部屋をノックした。

アヴィンはオルテガに言ったこと、自分の感じたことを包み隠さずデンケンに語った。
「今のガガーブ越えが危険だというわけじゃないんだ。命の危険を感じるようなことはなかった。でも、どうしても、力のバランスが偏る時があるだろう。順風満帆な航海じゃなくて、時化の海を渡っているような。そういうときに不安を感じてしまう。」
「うーん、そうですか。」
デンケンは腕を組んで天井を仰ぎ見た。
「もっとも俺はミッシェルさんをよく知っている。命を預けても大丈夫だと判っていた。不安を感じないのはそのせいだったかもしれないがな。」
アヴィンが言うとデンケンは何度も頷いた。
「ありがとうアヴィンさん。大変参考になりました。」
「俺は船のことは詳しくない。プラネトスII世号の連中に聞けばいいのに。」
アヴィンが言うとデンケンは困ったような顔になった。
「ルーレ船長は、良くやってくれていると仰るのですよ。今まではそれに甘えていたのです。ですが、私の経験でも、オルテガ様のサポートの方がずっと安定しています。ルーレ船長はオルドスの人材の乏しさもご存じなので、強く仰らないのでしょう。」
「私には遠慮無くずけずけと言ってくるのだけどね、ルーレは。」
横で二人の話を聞いていたオルテガが言った。
「ガガーブ越えのことも仰いますか。」
デンケンが尋ねた。
「いや、それについては聞いたことがないな。ただ、人数を少し減らせないかと言ったことがあったよ。」
「私にその話をしていただけましたかな。」
デンケンの言葉に刺があった。
「あなたの自覚しているとおりだよ。ここの人材は承知しているから、皆を困らせるなと釘を刺していった。私としても、皆を叱咤するには時期尚早だろうと思ったのだよ。」
オルテガがさらりと言った。
「そうですか。しかし、そろそろ人材なしとは言われたくないですな。」
「確かにね。何人もエル・フィルディンの魔法大学校から帰ってきていることだし、見直しをするべきかな。」
「あの子達の力はまだ不安定ですから。魔法大学校のラエル様に師事して、やっと基礎を覚えたくらいでしょう。心身とも、今しばらく育ててやらねばなりません。」
デンケンは教え子のことになると彼らを守るように慈しむように言った。


「ここがもっと、魔法をのびのび使える国になれば良いのにな。」
アヴィンが言った。
オルテガとデンケンが、びっくりしたようにアヴィンを見た。
「一緒に付いて来て驚いたんだ。エル・フィルディンにいる間はふんだんに魔法を使っていた彼らが、船を下りた途端、武器でしか戦わなくなった。俺も彼らに合わせて魔法を使わずに戦ったが、それほどこの世界の魔法に対する意識は厳しいんだな。」
アヴィンの言葉にデンケンはしばし絶句した。
「そうでしたか……。そうですね、魔法のことは私たちの大きな課題です。いつかそちらの世界のような、剣と魔法が調和した世界になりたいものです。」
デンケンは当たり障りなく答えた。
「魔法を使うことが普通になれば、適性のある人が魔法を使うことも増えるだろう。そうしたら人材には困らなくなる。行き来する船を増やすことだって出来るんじゃないか。」
「気軽におっしゃる。我々にとって、それは夢物語ですよ。」
デンケンはアヴィンに言った。
「デンケン、アヴィンに当たっても仕方がない。焦ってはいけないよ。」
オルテガがやんわりと言った。
アヴィンが言い過ぎたと気付いて顔に血を上らせた。
「すまない、言葉が過ぎたようだ。」
アヴィンはデンケンに頭を下げた。
「私こそすみませんでした。人を育てるというのは、なかなか思うようにいかないものでして。」
デンケンもアヴィンに謝った。
「今しばらく、成長を待つ時間が欲しいね。いずれはアルフレッドのように、魔法を持たない人々にも門戸を開いていきたいが、何よりもまず、共に働いてくれる人が欲しい。」
オルテガが言った。心の底から願っているように聞こえた。
デンケンも同じように思っているのだろう。真剣な表情で頷いている。
アヴィンは、オルテガが丸一日修行所から戻ってこられない理由が判ったような気がした。


「そうだ、アヴィンさん。」
デンケンがアヴィンに向き直って言った。
「はい?」
「オルドスに滞在されている間、ここの僧兵たちに剣の稽古を付けてやっていただけませんか。」
「俺の剣は自己流だが、それでも構わないか。」
「ごく基本的なことをお願いしたいのです。基礎を身に付けている者も少ないのです。」
デンケンの言葉には切実な響きがあった。
「わかった。手伝わせてもらうよ。」
「ありがとうございます。オルテガ様よろしいですか、アヴィンさんをお借りしても。」
デンケンが問うとオルテガは頷いた。
「根っからの冒険者にオルドスの日常は退屈なようだからね。アヴィンも身体を動かしている方が楽でしょう。」
「まあな。そろそろ退屈しのぎに町の外へ散歩に行きたいと思っていたところだよ。」
アヴィンが答えるとデンケンはさも恐ろしそうに目を見開いた。
「この辺りの魔獣は侮れませんよ。ではさっそく段取りを付けましょうか。僧兵の詰め所は修行所の隣です。隊長と一緒に予定を組んでみましょう。」
デンケンは立ち上がった。
「頼むよ、デンケン、アヴィン。」
オルテガが二人に言った。
「ミッシェルさんは?」
「私はこれからアンビッシュの使節の方と会見があってね。」
オルテガの口ぶりから、それが気の進まないものだということが聞き取れた。
「急かされますな。何か理由でもあるのでしょうか。」
デンケンが言った。
「特に伏せてある理由も無いようだ。単に決断を待てないのだろう。使者の方の性格に由来することだと思うよ。」
オルテガが言った。
「困ったものですな。はっきり言ってやればよろしいのに。」
「公式な使者ではそうもいかないだろう。まあ、こちらは私に任せて。」
オルテガはデンケンに言った。
「お願いします。ではアヴィンさん、行きましょうか。」

アヴィンは修行所の入口で自分の剣を返してもらうと、デンケンと連れ立って僧兵の詰め所へ行った。
そこで半日程度の稽古の予定を組むと、さっそく当番の兵を相手に立ち会いを始めた。
「いかがですか。」
数人と打ち合ったところで、デンケンがアヴィンに声を掛けた。
「鍛え甲斐がありそうだな。」
アヴィンは答えた。
「そうですか。よろしくお願いいたします。」
「ああ。」
「私はこれで失礼しますが、その前に少しだけよろしいですか。」
デンケンはアヴィンを詰め所の中に誘った。

隊長の部屋を借り、人払いをすると、デンケンはアヴィンに椅子を勧めた。
「デンケンさん、いったい……。」
アヴィンは不可解な顔をしてデンケンの前に座った。
「アヴィンさん、貴方はいつまでオルドスに滞在されますか。」
デンケンは単刀直入に尋ねた。
アヴィンは面食らった。
この男は何を聞き出そうとしているのだろう。
「テュエールでプラネトスII世号の準備が整うまでだ。ここへ来てもう何日か経つから、せいぜいあと十日くらいだろう。」
アヴィンは答えた。
「そうですか。」
デンケンは何事か考える様子だった。
「これは私一人の考えなのですが……。」
デンケンは意を決するように真剣なまなざしでアヴィンを見た。
「アヴィンさん、オルドスに住まうつもりはありませんか。」
「…………」
それは、全く予想していない問いかけだった。
アヴィンは目を見開いた。
「ご覧になったように、オルドスの中はどこも人手不足です。この数年で、急速に町の拡大が進んだためです。私たちの町がこの世界で認められるために、今が正念場だというのに、手が回らないことばかりです。一人でも多く仲間を集めたいのです。」
「俺は故郷に家族がある。」
アヴィンは言った。
「ここの台所事情には同情するが、気軽に住まいを移せる立場じゃない。」
「ご無理は承知です。私としては、貴方のような方にオルテガ様の側を守っていただきたいのです。」
デンケンの言葉に、アヴィンは眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「この数年で、今までの努力が実り、多くの人が修行所へ学びに来るようになりました。オルドスの人口も増えたため、良からぬ者が紛れ込んでも、私たちが気付きにくくなってしまったのです。」
デンケンの説明は要領を得なかった。
「不審者が忍び込んだとしても、ミッシェルさんに危害が及ぶことがあるのか。今の言い方だと、実際に事件が起きたようにも取れるけれど。」
アヴィンは疑問を口にした。
ミッシェルの桁外れの強さを知っているだけに、デンケンの心配が過ぎたもののように感じられたのだ。
「貴方には隠し事は出来ないようですね。」
デンケンは小さくため息をついた。
「これから話すことは口外なさらないでください。昨年、オルテガ様はとある魔道士と対決をなさいました。」
「!!」
アヴィンの顔に衝撃が走るのを見て、デンケンは続けた。
「幸い、両者の間には和解が生まれ、今は何も問題はないとオルテガ様より聞いております。ですが、我々の誰一人として、オルテガ様に魔道士の接触があったことに気付けなかったのです。我々がそれを知ったのは、魔道士が誰の目にも見える形で攻撃を仕掛けてきてからでした。それまでの間、あの方はお一人で対峙しておられたのです。」
デンケンの悔しそうな言い方が、アヴィンにはよく理解出来た。
「魔法使いとして、オルテガ様に並ぶほどの者が、このティラスイールには存在するのです。怖ろしいことです。でも、オルドスの意義を、我々の試みを、潰されるわけにはいかないのです。だからあの方を守って欲しい。それを託せる人をずっと探していました。」
「デンケンさん……。」
「お願いします、今一度考えてみてください。」
デンケンはアヴィンに頭を下げた。
「このこと、ミッシェルさんは知らないのか。」
アヴィンは尋ねた。
「私の一存です。オルテガ様には相談しておりません。」
「そうか……。」
アヴィンは考えこんだ。
「お返事はすぐでなくとも構いません。」
デンケンが言った。
「ああ。しばらく考えさせてくれ。」
アヴィンはデンケンに答えた。
デンケンが部屋を出て行ってからも、アヴィンはしばらく思案に沈んでいた。

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