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冒険者のバカンス

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-7-

「トランス、クレズ、どこへ行くんだ?」
アルフレッドが前を行く二人に問いかけた。
「鏡は今、町の外にあるんだろう。門へ行かないのかい。」
「ああ、そうだ。」
トランスが前を向いたまま答えた。
三人は大門の正反対、壁に囲まれた居住区に来ていた。
「大門の番人は、用事のない者を外に出させてくれないからね。他の方法で出ていくしかないじゃないか。」
クレズがアルフレッドを振り返って答えた。
「えっ! 黙って抜け出すつもりなのかい?」
アルフレッドは驚いて叫んだ。
「大声出さないでくれよ。誰が聞いているか分からないんだぞ。」
トランスが小声でたしなめた。
「ごめん。」
「何も悪いことをする訳じゃないんだ。ただちょっと外出するだけなんだから。」
「でも、どうやって。」
アルフレッドは周りを見回した。
町全体を囲む壁は、途切れることなく続いていた。
「だから、エル・フィルディンで特訓してきた瞬間移動が役に立つんじゃないか。」
トランスが目配せした。
「鏡の祠はこの壁の北側にあるんだ。森の中を歩かなきゃならないけど、一番の近道だよ。」
クレズも言った。
二人を交互に見たアルフレッドは、観念したように言った。
「僕は黙って付いていくよ。二人の魔法力にお任せする。」
「瞬間移動はトランスにやってもらう。実は、僕は目に見える範囲にしか移動出来ないんだ。」
クレズが言った。
「え、そうだったの。」
アルフレッドが聞いた。
「うん。見えていれば、風車のてっぺんにだって飛べるんだけどね。見えていないと隣の部屋でもダメなんだよ。」
クレズはさほど気にしていない様子で、ちょっと肩をすくめて見せた。
「気合いが足りないんだよ、クレズは。もっと集中したら、どこにだって飛べるはずさ。」
トランスが言い返した。
「僕のことは良いから、人が来ないうちに行こう。」
クレズが頬をふくらませて言った。
「ああ、そうだな。アルフ、俺と手をつないで。」
トランスが片手を差し出した。
「うん。」
アルフレッドが手を握り返すと、トランスはもう一方の手をクレズと繋いだ。
「いいか、一瞬だけど足下が何もなくなるからな。びっくりして手を離すなよ。」
トランスはアルフレッドに注意すると、目を閉じて魔法を唱え始めた。

「よし、着いた。」
トランスの声に、アルフレッドは目を開けた。
周りに深い森が広がっていた。
そして三人の背後に、オルドスの町の外壁があった。
「大丈夫だったかい、アルフ。」
クレズが声を掛けてきた。
「ああ、平気。」
アルフレッドは答えた。
「ここから北へ少し歩けば、祠へ続く道に出るはずだ。そこからは楽になると思う。」
クレズの指した方角は、木々の生い茂る森だった。
「行こう。」
トランスが先に立って歩き始めた。

木々の下に密生する低木や雑草はやっかいだったが、力の有り余る三人の少年にとって、大きな障害にはならなかった。
程なく三人は、細い道に行き着いた。
「この道の先に鏡の祠があるはずだよ。」
クレズが言い、三人は先を急いだ。
森は途切れることなく続き、木漏れ日がきらきらと三人を照らした。
「トランス、ちょっと待って!」
突然クレズが叫んだ。
先を歩いていたトランスが立ち止まった。
「どうした?」
クレズは前に進んで先頭に立ち、用心して道を進んだ。
そして、少しばかり進んだところで、じっと地面を観察し、二人を振り返った。
「ここに、結界が張られている。」
「ええっ。」
アルフレッドは目をこらしたが、地面にもどこにも、何も見あたらなかった。
「そんなもの、破ったって構わないだろ。」
トランスが先に進もうとしたが、クレズは両手を広げて道を塞いだ。
「どんな結界かわからないんだ、用心しなくちゃだめだろう。」
「結界を破ったら、爆発する、とかかい?」
おそるおそるアルフレッドが言った。
「そういう仕掛けの可能性も否定出来ないね。爆発なんて起こったら、オルドスじゅうの人が駆けつけてくるかもしれない。」
クレズが答えた。
「お宝が隠してある訳じゃないんだ。そんな大げさなことはしてないだろう。」
トランスが主張したが、クレズは譲らなかった。
「さすがに爆発はしないと思うけど、この結界はおそらくオルテガ様が張ったものだよ。もし誰かが結界に触れたら、オルテガ様は気付くかも知れない。」
「自分の張った結界って、遠くで誰かが破ったら気付くものなのかい?」
アルフレッドが尋ねた。
クレズは首を横に振った。
「普通は張りっぱなしで、見張っていないと思うけどね。どういう結界か僕には判断が付かないし、危険を冒して触れてみる気にもなれないな。なんと言っても、オルテガ様はすぐ側にいらっしゃるんだし。」
クレズはきっぱりと言った。
「結界があるってことは、祠が近いってことだよな。どうにか、近づけないのか。」
トランスがじれったそうに道の先を見やった。
「結界はこの道に張られているみたいだ。森の背後から近づけば大丈夫かも知れないよ。」
周囲を観察してクレズが答えた。
「今から行くか?」
トランスが聞いた。
「予想と違ったからなぁ。僕は出直した方が良いと思う。次の授業までに戻らないと気付かれるよ。確か次はデンケン先生の授業だ。」
「そうだっけ……悔しいな。」
トランスは未練たらしく道の先を凝視した。
「ここまでは誰にも見つからずに来れたんだ。迂回ルートを探してみるよ。次に来るときは祠まで着いてみせる。」
クレズが請け合うと、トランスはやっとあきらめがついたようだった。
「悪いな、アルフ。今日はここまでだ。」
アルフレッドの肩をポンと叩き、トランスは今来た道を戻り始めた。


「アヴィン、どうかしましたか。」
その夜、自分の寝台に寝転がって、じっと考え事をしているアヴィンにオルテガが尋ねた。
アヴィンは机で本の整理をしているオルテガを見ると、深いため息をついた。
「ちょっとな。」
「昼間のことですか。ガガーブ越えの。」
「いや、違う。」
アヴィンの返事は素っ気なかった。
「では、僧兵の訓練を頼んだことですか。」
「……それも違う。」
アヴィンの気乗りしない返事に、オルテガは疑問を深めた。
「では何を考え込んでいるんです。」
オルテガは席を立ち、アヴィンの寝台に腰掛けて尋ねた。
アヴィンは迷惑そうな顔をした。
できるなら話さずにやり過ごしてしまいたい様子だった。
オルテガはじっと待った。
「デンケンさんが、オルドスに住む気はないかと聞いてきたんだ。」
しばらくして観念したようにアヴィンが言った。
「なんですって。」
オルテガは面食らった。
「デンケンが、そんなことを……。それで、貴方は何と答えたんです。」
「まだ、答えていない。故郷に家族がいることは伝えたけどな。」
アヴィンがオルテガを見た。
「私が知っていれば、そんなことは言わせなかった。許してください、アヴィン。デンケンには私から断ります。」
「いや、俺の答えは決まっている。自分でちゃんと断るつもりだ。ミッシェルさんの手は煩わせない。ただな、俺はがっかりしたんだ。」
アヴィンは身体を起こして寝台に座った。
「ほかの魔道士と争いになったとき、どうして最初からみんなに助けを求めなかったんだ。」
間近でアヴィンに睨まれて、オルテガはあせった。
「その話もデンケンから……?」
「そうだ。」
アヴィンは頷いた。
「一人で抱え込むなよ。そりゃ、話したところで何の役にも立たないかも知れない。ミッシェルさんに出来ることのほんの一部分しか、俺たちは代わりになれないよ。だけどそれでも、話し合うのが仲間じゃないか。」
「皆を巻き込むことにもなってしまいます。」
オルテガは言った。
「周りはそんな風に考えないと思うぞ。」
アヴィンが言い返した。
「ここの人たちにとって、ミッシェルさんは大切な人だろう。誰だって大切な人は守りたいと思うものだ。その人に頼られたいと思うものだ。もっと色々押しつけて、苦労させてやれば良いんだよ。」
「アヴィン……。」
オルテガは逃げるように立ち上がった。
その背中にアヴィンは言った。
「誰にだって、一人でやれることの限界はある。ミッシェルさんだって同じだと思う。自分に出来ないことは他の人を頼ればいいんだ。俺も、頼られたことは精一杯手伝っていくつもりだ。そういうことが積み重なって、大きな結果が出るんじゃないのか。」
「…………。」
オルテガは答えなかった。
「今のままでは、デンケンさんが可哀想だ。」
オルテガに言ったのか、そうでなかったのか。
アヴィンのつぶやきはいつまでも彼自身の耳に残った。

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