Junkkits

冒険者のバカンス

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-8-

翌日から、アヴィンは一日の半分を僧兵の訓練に充てることになった。
僧兵になっているのは、ほとんどが入隊の経験もない人々だった。
腕に覚えのある者が隊長になり、ほかの者を指導していた。
アヴィンは彼らに、敵の押さえつけ方を教えた。
もっと豪快な剣さばきを覚えたがる者もいたが、アヴィンはここで必要なのは侵入者を捕らえることだと教えた。
「取り押さえ方を知っていれば、門番に立つときも自信が持てるだろう。」
事実、そうだった。
最初は自信のない様子だった僧兵たちが、最初の半日が終わる頃には腰も据わってきた。
「威勢がよいですね。」
訓練をのぞきに来たデンケンがアヴィンに言った。
「何から教えようと迷ったんだが、昨日の話を聞いたらすぐに役立つことが良さそうだと思ってな。」
「助かります。……その、昨日の話なんですが、あのことでオルテガ様と喧嘩でもなさいましたか。」
デンケンが小声で聞いた。
アヴィンは大きく頷いた。
「放っておけばいいさ。デンケンさんは自分の仕事をすればいい。頼まれていないことまで気を回す必要はないよ。」
「そ、そうでしょうか。もし万一のことが起きたらと、私は心配でなりません。」
デンケンは言った。
「万が一の心配があったら、ミッ…彼の方からあなたに相談があるべきなんだ。大丈夫だと言っているんだろう。放っておけばいい。」
アヴィンの独断を聞いて、デンケンはまだ承知しない様子だった。
「ああ、それと。」
アヴィンは僧兵たちのいる広場へ出て、デンケンを振り返った。
「俺はやはり自分の町へ帰るよ。」
「そうですか。おそらく駄目だろうと思ってはいましたが…。」
デンケンが残念そうに言った。
「出来る限りのことはしていくつもりだ。僧兵の訓練も、他のこともな。」
アヴィンは答えた。

「アヴィンさん! 剣の指導ですか!」
修行所の方から興奮気味の声が届いた。
「おや、困った連中に見つかったな。」
アヴィンが言った。
デンケンが声の方を見て肩をすくめた。
トランスを始めとして、クレズにアルフレッドがやって来た。
「おまえたち、自分の予定はどうした。」
デンケンがトランスとクレズに言った。
「異国の達人の技が見られる機会は滅多にありません。ぜひ見学を所望します。」
悪びれずにクレズが言った。
「同感です。ぜひ許可をお願いします。」
トランスも言った。
「俺は僧兵の指導しか頼まれてないぞ。派手な立ち会いなど期待しないで、自分の義務を果たすんだな。」
アヴィンが素っ気なく言った。
「特別な許可など出せないよ。授業に行きなさい。」
デンケンも言った。
「ん?」
デンケンは二人の後ろにいるアルフレッドに気付いた。
「アルフレッド、今日はどうしたんだね。」
「あ、はい。宿舎にいると、気が休まらないので。今日は授業に出ています。」
アルフレッドが告げると、デンケンは思い当たることがあるようだった。
「いいでしょう。よく考えて結論を出してください。」
「ありがとうございます。」
アルフレッドが頭を下げると同時に、修行所で始業を告げる鐘が鳴った。
「さあ、行きなさい。」
デンケンが追い立てるように若者たちを急かした。

「デンケンさん、彼らはまだ生徒なんですか。」
アヴィンがデンケンに尋ねた。
「ええ、そうです。エル・フィルディンで学んできた瞬間移動などの魔法を、より完成したものに近づけていくのです。」
「そうですか……。」
アヴィンは修行所の方を見た。トランスたちの姿はすでになかった。


修行所には広い図書館があった。
国中から集められた書物は、生徒にも神官たちにも開かれ、図書館はいつも賑わっていた。
その一画で、トランスとクレズ、それにアルフレッドが頭を突き合わせていた。
三人が見ているのはオルドス周辺の詳細な地図だった。
本の上に、クレズが書いた祠の位置を記した紙片を乗せ、後ろ側から近づく道を探しているのだ。
「アルフレッド様。」
突然三人の頭上に声が降ってきた。
三人はびっくりして顔を上げた。
「モ、モリスン。」
アルフレッドは動転して声を詰まらせた。
「何をしておいでですか。」
モリスンの口調は親しみのあるものではなかった。
「ちょっと調べ事だよ。」
アルフレッドはモリスンを地図の見えない方向へ引っ張った。
「さようですか。宿舎で気が休まらないのはわかりますが、いつまでも態度をはっきりさせないのは使者の方にも失礼かと思います。」
モリスンはあたりに聞こえないような小さな声で言った。
「殿下のご判断を、何人もの人が待っています。」
「わかっている。あと二日だけ待ってくれ。」
アルフレッドは唇を噛みしめて言った。
「……そうですか。日を区切って、よろしいのですね。」
モリスンが確認するように言った。
「ああ。必ず決めるよ。」
アルフレッドは答えた。
「では使者の方には私からお伝えしておきましょう。」
モリスンはやっと笑顔を浮かべて言った。
「頼む。」
念を押して、アルフレッドはトランスたちのところへ戻った。
モリスンはじっとその姿を見つめていた。


「ミッシェルさん、聞きたいことがあるんだ。」
夕食時、アヴィンは黙って食事をしているオルテガに言った。
「なんです。」
オルテガは答えた。が、顔はアヴィンの方を向いていない。
それには構わずアヴィンは尋ねた。
「トランスたちはまだ修行を続けるのか。俺は、彼らにはもう仕事をさせてもいいんじゃないかと思ったんだが。」
オルテガの目がアヴィンを見た。
「それは私たちの決めることです。アヴィンは口を出さないで欲しい。」
落ち着いた、反論を許さないような口調でオルテガが言った。
「俺はここに来るまでの間、彼らと旅をしてきた。若い分、落ち着きの足りないこともあるけど、十分色々なことが出来ると思う。でも、デンケンさんに聞いたら彼らはまだ修行を続けるんだってな。」
アヴィンも一歩も引かなかった。
「彼らの力が安定するまで、育てる必要があるのです。」
オルテガは食事の手を止めた。
「基礎を覚えたら、あとはそれぞれの成長に任せたらどうだ。エル・フィルディンの冒険者だって、一つか二つ魔法を覚えたら、あとは自己習練だぞ。」
「どうしろと言うんです。」
「トランスのような生徒を早く卒業させたらいいんだ。人員不足が解消するだろう。」
アヴィンは言った。
「魔法力の高い者は、それ程多くないんです。ガガーブを越えるための魔道士を優先して増やしたいので、トランスたちを町の用事に使いたくない。」
「でも、オルドスにやってくる人は増え続けているんだろう? どんどん声を掛けていったら良いじゃないか。」
「しかし、それでは町の安全が……。」
オルテガの言葉にとまどいが混ざった。
「最初の頃のように大事に育てていては、今の規模に追いつかないんだろう。だからミッシェルさんもデンケンさんも困り果てているんじゃないのか。」
アヴィンが言った。
「ヴァルクドの正神殿に倣ったんなら、賢者や神官長なんかも見習えばいいんだ。必要だから色々な役職が置かれているんじゃないか。」
「…………。」
オルテガはじっと考え込んだ。
「別に急がなくてもいいじゃないか。じっくり町を育てていけよ。」
アヴィンは軽い気持ちで言った。
「アヴィン、貴方は大事なことを忘れている。私たちには限られた時間しかないんだ。異界には、あれが残っているんだよ。」
オルテガは小声で、だがはっきりと言った。
「…………だったら尚更、早いところ方針を決めないと。」
アヴィンはオルテガの迫力に圧倒されそうになりながら言い返した。
「急ぎすぎて、失敗することは許されないのです。」
「もう失敗する規模じゃない。直接すべてに目の届く規模でもない。矛盾しているぞ、ミッシェルさん。」
オルテガとアヴィンはしばらく無言で睨み合っていた。
「オルドスは……」
オルテガが切り出したときだった。
「今日は賑やかですことね。」
ジゼルが会話に割り込むように飲み物を運んできた。
「冷たいものを召し上がって、頭を冷やしてくださいな。」
冷えた葡萄酒が二人の前に置かれた。
オルテガはフッと息を吐き、肩の力を抜いた。
「部屋に持って行っても構いませんか?」
オルテガがジゼルに尋ねた。
「ええ、どうぞ。何かつまむ物もお出ししましょうか。」
「いや、構いません。」
ジゼルに言い、それからオルテガはアヴィンに言った。
「続きは上で。まずは腹ごしらえしましょう。」


飲み物を片手に、オルテガは窓辺に立った。
アヴィンは寝台に腰掛けて、オルテガが話し出すのを待った。
「ほんの数年前まで、オルドスはもっとずっと小さな町でした。魔法使いしかいなくて、町全体が修行所のようだった。私たちはあちこちの国へ行き、魔法が病気やケガを治せることを説明して回っていました。」
オルテガが切り出したのは、思いも寄らない話だった。
「アンビッシュの王家に魔法使いが仕えていると聞いて、私は一度挨拶に伺ったのです。その後しばらくして、オルドスのことが各国の間で話し合われ、彼らは一つの結論を出しました。あの大聖堂が完成したら、オルドスは町でなく、一つの小さな国として歩み始めることになっているのです。」
「国?!」
アヴィンは驚いてオルテガに聞き返した。
オルテガは頷いた。
「オルドスがどこかの国の町でしかなかったら、他国の人々は気軽に修行を受けられないかも知れません。私たちが平等をうたっても、自分たちの属する国と意見が異なってしまうかも知れません。どの国の人にも平等に修行の場を与えるため、オルドスが一つの独立した国であることが望ましいと決まったのです。」
「……それで、しっかりさせなくてはと焦っていたのか?」
アヴィンが言った。
「焦っていたのかな、私は。……私も、デンケンも。」
オルテガは喉を湿らせるために杯を傾けた。
「そうだろう。俺もまさか、そんな大きな話になってるなんて気付かなかった。」
「あと半年もしたら、各国にお願いした応援の役人たちがオルドスに入ってきます。そうしたらまたここの雰囲気も変わるでしょうね。」
オルテガは外を眺めた。
「おかしなものです。自分が望んで始めたことなのに、この町は私の手を離れていく。」
「それが発展しているってことなんだろう。」
「そうかも知れないけどね。大神官などと言われて町に縛り付けられているのは、たまらないものだよ。」
オルテガが口元に皮肉な笑いを浮かべた。
「……まてよ、それじゃ、ミッシェルさんは王様?」
アヴィンが思い当たって聞いた。
「王制は敷きません。シャリネを守る大神官が国の長を兼ねることになります。」
オルテガが答えた。
「同じ事じゃないか。」
「とんでもない。王というのは普通血縁で引き継ぐものです。オルドスの大神官は素質で引き継ぐものですよ。全く違います。」
「どっちにしてもすごい話だ。」
アヴィンは感心して言った。
「覚悟していたつもりでしたが、いつの間にか振り回されていたようです。デンケンに謝らないと。あの人はなにかと大変だっただろうに。」
オルテガのつぶやきは、いつもの彼のそれに戻っていた。
「すみませんが、ちょっと出てきます。」
オルテガはアヴィンに断ると気持ち足早に階下へ降りていった。
玄関を出る音がして、足音が修行所の方へ向かっていく。
アヴィンは安心して残った酒をあおった。

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