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冒険者のバカンス

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-9-

アルフレッドは宿舎から一人で外出しようとしていた。
トランスたちと約束した時間が迫っていた。
一見いつもの服装だが、肌着の上に革の胴衣を一枚着込んでいた。
そして腰には剣を差していた。
昨日は修行所の授業に出たアルフレッドだが、トランスたちと相談して今日は宿舎から直接集合場所に向かうことにしたのだ。
もちろん、アルフレッドが迷いやすいので、集まる場所は宿舎からまっすぐに外壁に進んだ所にしてあった。
トランスとクレズは授業を抜け出し、アルフレッドを補足すべく一足先にそこに来ているはずであった。
モリスンは修行所に出ているし、アルフレッドの返事を待ちかねて不機嫌を募らせている親善使節の役人も、部屋にこもったまま滅多に外へ出てこない。
『どんな未来が見られるんだろう。』
オルドスのシャリネの鏡に期待と不安を募らせながら、アルフレッドは雑踏の中へ踏み出した。

心配していたように迷うことなく、アルフレッドは町の外壁のところにトランスとクレズの姿を見つけた。
「ちゃんと来れたじゃないか、アルフ。」
トランスが言った。
「ここはちょっと目立つからもっと奥へ行こう。」
クレズが二人を案内した。
「この間より、もう少し東側から町を出るんだ。それに今日はずっと森の中を進んで行かなくちゃならない。念のために薬草を買ってきたよ。」
「僕も、少しだけれど持ってきたよ。」
アルフレッドは懐の道具袋をポンと叩いた。
「魔獣が出なけりゃいいな。俺たちそんなに腕には自信がないからな。見つけたら逃げ出しちまおうか。」
珍しくトランスが慎重なことを言った。
「そうだね。」
意外に思いながらもアルフレッドは少々安堵した。
この分なら、剣を抜くこともないかも知れないと思った。

「この辺りでいいよ。」
クレズが二人に言った。
「よし。行くぞ。」
トランスが二人の方に両手を伸ばした。
「待ちなさいっ!」
三人の来た方向から、人影が飛び出してきた。
「えっ!」
聞き覚えのある声の主に、アルフレッドは思わず振り返った。
「モリスン?!」
トランスとクレズも驚きを隠せなかった。
「どうしてここに……。」
アルフレッドがモリスンに尋ねた。
「私は貴方の従者でもあります。自分の修行だけにうつつを抜かしているのではありません。先日来、お三方の様子がおかしいのは気付いていました。」
モリスンはアルフレッドにつかつかと歩み寄った。
「アルフレッド様、修行生の規律は守らなくてはなりません。許可なく勝手に町の外へ出ることは禁じられております。」
いかめしい顔で告げるモリスンに、アルフレッドは抵抗した。
「しかしモリスン、僕は未来を知りたいんだ。どうしても行かなくては。」
「は?」
モリスンは怪訝な顔をした。
「未来を知る? どういうことですか。」
モリスンは三人を見た。
「俺たちはシャリネの鏡を見に行くんだ。」
トランスが答えた。
「森に、オルドスのシャリネの鏡が安置されているんです。その鏡には未来の予言が映ると聞いたので、確かめに行くんです。」
クレズがモリスンに説明した。
「シャリネの鏡で予言……、そんな話は聞いたことがありません。」
モリスンは眉根を寄せて言った。
「僕たちがその話を聞いたのは、エル・フィルディンのラエル先生からです。昔、オルテガ様がエル・フィルディンの遺跡で未来の出来事を見せたことがあるそうです。」
クレズの説明は的確で、明朗なものだった。
規則を破る者にありがちな後ろめたさや腹黒さはみじんも見られなかった。
三人が、純粋な好奇心から行動に出ようとしているのは明らかだった。
「しかし、許可もなしに勝手な行動を取ってはなりませんでしょう。」
「モリスン、一度だけ見逃して欲しい。僕は明日、身の振り方を決めなくてはいけない。そのための助けが欲しいんだ。」
アルフレッドは必死だった。
モリスンの顔にためらいが浮かんだ。
「アルフレッド様……。」
「俺からもお願いしたい。見なかったことにしてくれ。」
トランスも言った。
モリスンはしばらく押し黙った。
「……私も一緒に参ります。」
やがて顔を上げるとモリスンは言った。
「アルフレッド様がお悩みなのはずっと気がかりなことでした。ですが、見て見ぬふりは致しかねます。予言をする鏡とやら、私もぜひ拝見したい。同行させていただけますね。」
モリスンは三人に言った。
「意外と根性あるんですね。」
クレズが愛想を崩しながら言った。
「俺は構わないぞ。」
トランスも安堵していた。
「モリスン、もしかして本当は……。」
アルフレッドは表面的な言葉を信じられなかった。
モリスンは、もしこの試みが失敗したとき四人で責任を負うために、あたかも自分も興味があるように言っているのではないだろうか。
心配そうなアルフレッドにモリスンは言った。
「あなた様はご自身で道を見つけられるべきです。それが最も良いことだと私は考えております。さあ、参りましょう。」


トランスは、町の中と外を二度往復して三人を連れ出した。
前回と違って、外壁の周囲はうっそうとした森だった。
四人はお互い触れるほどに近寄り、クレズの調べた記録に従って祠の方向へ進んでいった。
「こうも見通しが悪いと、方向を見失いそうですね。」
下生えの雑草をばりばりと踏みつけながら、モリスンが誰にともなく言った。
「そうですね。」
クレズが答えた。
「祠の背後から近づこうとしているので、全く道がないんですよ。方向の調べはちゃんとしてきましたから、こちらへ進めば大丈夫なはずです。」
「クレズは頭を使うことには強いんだ。任せていいよ、モリスンさん。」
トランスがしんがりから言った。
「それは承知しております。ただ、どうも、森が深いなと思いまして。」
「そうだな。町の近くではこんなに暗くならなかったな。」
トランスは頭上を仰ぎ見た。
辺りは昼と思えないくらい暗かった。
木々が覆い被さって、日の光を遮っていた。

どれくらい歩いただろうか。
先頭を歩くクレズが立ち止まった。
「どうしたんだ。」
すぐ後ろを歩いていたアルフレッドが聞いた。
「前の方で音がした。」
クレズが緊張した声で言った。
「魔獣ですか。」
モリスンがアルフレッドをかばうように前に出た。
「どこにいるんだ。」
トランスが腰に差していた剣を抜き、用心しながら前に進んだ。
「トランス動くなよ、音がわからないだろ。」
クレズが叫んだ。
「魔獣が動けばわかるよ、心配するな……!」
いきなり頭上に影が差した。
とっさに身をかがめて上方を仰ぐと、大きな魚型をした魔獣が降下してくるところだった。
「なんだこいつ!」
トランスが剣で魔獣をなぎ払った。魔獣はふわっと浮き上がり、剣の届かない高さからこちらを伺った。
「降りてこないと手の打ちようがない。」
アルフレッドがつぶやいた。
「いや、大丈夫です。」
モリスンが手に持った杖をかざした。
「ファイア!」
掛け声と同時に、魔獣を炎が包み、魔獣は身体をよじらせて一層高いところへ上がっていった。
「お、当たった。」
トランスがにやっと笑った。
「安心しないで。致命傷ではないからまた降りてくるかも知れません。」
モリスンが皆に言った。
誰もが頭上を気にしていた。
「うわあっ!」
クレズが悲鳴を上げて横っ飛びに飛び退いた。
いつの間に近づいたのか、灌木の間から、鋭い爪を光らせた四足獣が二体も襲いかかってきた。
「危ない!」
トランスがクレズの前に立ち、魔獣に対峙した。
カンと金属の打ち合う音がして、トランスの剣が茂みの中に飛ばされた。
「うっ。」
トランスは手の甲をぎゅっと掴んだ。
剣をはね飛ばされた際、魔獣の爪に切り裂かれたのだ。
「トランス、大丈夫か!」
クレズが自分のロッドを魔獣に向けた。
「フリーズ!」
魔法で発生させた氷に閉じこめられ、魔獣の動きが止まった。
アルフレッドは自分の剣を抜き、もう一体の魔獣に斬りかかっていった。
斬りつけたら、全力で後ろに退いた。
魔獣の腕が届く範囲にいたら、その鋭い爪で深手を負ってしまいそうだった。
「ファイア!」
モリスンも後ろから魔法で援護した。
数回の攻撃の後、魔獣はいきなり背を向けて灌木の茂みの中へ逃げ出していった。
「アルフ、モリスン、フリーズが解ける!」
クレズが二人に言った。
魔法の氷に亀裂が入っていた。
アルフレッドは魔獣の背後からその首筋に狙いを定めた。
モリスンもいつでも魔法を打てる体勢をとった。
パキンと音を立てて、氷が四散した瞬間、アルフレッドが飛びかかり、魔獣の首を剣で斬りつけた。
魔獣はおぞましい叫び声を上げ、めちゃくちゃに両手を振り回した。
「っつ!」
アルフレッドは腕に細く赤いすじを作った。
「とどめは私が!」
モリスンがファイアを一撃し、魔獣はぶすぶすと焦げた臭いを発してその場に倒れた。

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