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カヴァロ解放

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day10-2

デミール市長の手紙を携えて、アヴィンとマイルは市庁舎へ向かった。
広場は、ひそひそ話をする市民たちがあちこちにいて、ざわついていた。
「大変だ。こんな様子じゃ、ヌメロス兵も警戒しているに違いないよ。」
マイルが顔をしかめた。
「ウェンディが無事に戻ればいいが…。」
アヴィンも眉を寄せた。
あと一日なのに、どうしてウェンディは我慢してくれなかったのだろう。
彼女の戦い方は、皆を窮地に追い込むものではなかったはずなのに。

市庁舎に掛かる橋には、いつもより多く二人の兵士が見張っていた。
「カヴァロのデミール市長の使いで来ました。ゼノン司令に会わせて欲しい。」
マイルが告げた。
すかさず見張りの兵士が言った。
「ゼノン司令は御多忙で面会出来ない。用件はここで承る。」
有無を言わさない口調だった。
おどおどした様子は見られなかった。
『いつもの一般兵じゃない…。』
マイルはふところからデミール市長の手紙を取り出した。
「では、この手紙を渡してください。そして、こちらに捕らわれているウェンディ嬢について、一刻も早く解放をお願いします。」
「承知した。」
「返事をもらって帰りたいので、ここで待たせてもらいます。」
マイルはそう言って見張りの兵士をじっと見た。
兵士は一瞬面倒そうな顔をしたが、手紙を持って市庁舎へ入っていった。

『ワリスの奴、とんだお荷物を背負い込んでくれたな…。』
マイルから手紙を受け取った中隊長は、ゼノン司令の執務室を訪れた。
全く気が進まなかったが、手紙を持ってきた相手も返事をもらうまでは動きそうになかったのである。
「一体何事だ?」
「先程の娘を返せと、市民たちがデミール市長の書簡を持ってまいりました。」
そう言って手紙を差し出す。
ゼノン司令は無言で手紙を開いた。
「娘を解放いたしますか?」
恐る恐る中隊長は尋ねた。
「何を弱腰になっているか。カヴァロの市民共など恐れるに足らぬわ。」
ゼノン司令はじろりと睨みつけて言った。
「娘は行動に不審な点があり、調査中だ。明日返答をすると答えておけ。それよりも、私が留守の間カヴァロの締め付けを怠るでないぞ。奴らを増長させるな。」
「は!」
中隊長は答えるだけで精一杯だった。
『カヴァロの市民たちは本気で怒っているようなんだが…。』
肌で感じる危機感を、彼はゼノン司令に伝える事が出来なかった。

「娘は行動に不審な点があり、調査中だ。明日改めて返答をするので出直していただきたい。」
戻ってきた兵士はマイルとアヴィンにそう告げた。
「何だって?ウェンディが何をしたというんだ。」
アヴィンが見張りの兵士に飛び掛りそうになった。
「だめだよアヴィン!わかった、明日また来ます。ウェンディの安全は保障してくれるんでしょうね。」
「我々は市民に危害を加えるためにここに駐在しているわけではない。」
兵士は感情を見せない顔で答えた。
「……。」
アヴィンが兵士を睨みつけた。
「その言葉、確かに聞きましたからね。行こう、アヴィン。」
マイルが促した。
二人は市庁舎を後にした。

「さっきより人が増えているぞ。」
広場を横切りながら、アヴィンがつぶやいた。
噂を聞いたのだろうか、市民たちが大勢、市庁舎を遠巻きにしていた。
「うん…急ごう。」
二人は足早に国際劇場に戻った。
「アヴィン、マイル、遅かったじゃないか。」
スタンリーが二人を手招きした。
「さっき、ロッコたちが来たんだ。今、市長に会ってる。」
「ウェンディは?だめだったのか。」
ほかの見張りたちも寄って来て心配そうに言う。
「うん、まだ決着がつかないんだ。市長さんに話して来るから。皆にはあとで話すよ。」
アヴィンとマイルは市長の部屋に向かった。


「……しかし、市民を人質に取られている状況で決起する事は…。」
デミール市長は難しい顔をして押し黙った。
「街の空気が一変しています。今更、何も起きなかった状態に戻す事は出来ません。ヌメロス側が武力で押さえようとする前にこちらが決起しなくては、チャンスは失われてしまいますよ。」
市長に決断を迫っているのはロッコだった。
「……。」
デミール市長は立ち上がって明り取りの窓から広場を見下ろした。
広い窓ではなかったが、そこから見ても幾人もの市民がたむろしているのが見えた。
『もう一日…この苦しい決断を先送りできるはずだったが…。』
デミール市長は悲痛な顔をしていた。
決してロッコたちを信用しないのではなかった。
彼らの事は信じている。
だがそれ以上に、事実を知らされて右往左往するであろう市民たちが心配でならなかったのである。
指導者として、果たしてこれが最善の決断かどうか…。
事態がどう転ぶかは、蓋を開けてみなくてはわからないのだ。

「市長さん、ただいま戻りました。」
アヴィンとマイルが市長室へ入ってきた。
「おお、どうだった?」
ぱっと顔を上げたデミール市長は、二人がウェンディを連れていないと知ると顔を曇らせた。
「直接ゼノン司令に会う事は出来ませんでした。手紙の返事はこうです。『ウェンディには行動に不審な点があり、調査中。明日改めて返答をするので出直してほしい。』…彼女の安全は保障してくれるようです。」
マイルが務めて冷静に報告をした。
「あのお嬢さんには会えなかったのか?」
グレイが聞いた。マイルは頷いた。
「橋の所の見張りも二人に増えていたし、片方は年季の入った兵士でした。街の人たちもたくさん集まりだしていて、不穏な感じです。」
「デミール市長、一刻も早く決断を。そして、広場にいる市民たちを何とかしなくてはいけません。今のままではただの暴動になってしまう。」
「うむ……。」
デミール市長は再び窓の外を見やった。
そこへ、新たな客人がやってきた。

「すいません、こちらの人がどうしても市長さんに会いたいと言って。」
トムソンがフードをかぶった男を連れてきた。
顔はフードに隠れて殆ど見えない。その上、身体は長いマントを着ていて、足元しか見えなかった。
「このような形の訪問をした事、非礼をお詫びする。」
「あっ!」
声を聞いて、ロッコが最初に気付いた。
「貴方は…。」
デミール市長も思い当たって言葉を飲み込んだ。
深々とかぶったフードの下から、射抜くような強烈な視線が覗いていた。
「大使!」
ロッコが驚いて小さく叫んだ。
男はフードを脱いでロッコに軽く頷くと、デミール市長を正面から見た。
「国の機関の代表としてではなく、我が信念の主の代弁者として参りました。デミール市長、お願いします、決起してください。そして、決起と同時にヌメロス大使館を占拠してください。」
ヌメロス国の駐在大使は言った。
「なんと、よろしいのですか?」
デミール市長のほうが慎重に答えた。
「大使館内は私がすでに説得を終えております。説得に応じない者は拘束しております。ヌメロス大使館は、申し入れがあり次第、無血開放するでありましょう。」
「大使…。」
「どうか、投降した者に危害を加えないと約束してください。そうすれば、我々が兵士たちを説得し、武装を解除させます。この先の、我々の行動の為にも、カヴァロには成功していただかなくては。」
虫の良い事ばかり頼んでしまうが、と、大使は言った。
「デミール市長!」
ロッコが熱意を込めて市長を見た。
「……。」
アヴィンとマイルはじっと事の成り行きを見守った。
二人が口を出す事ではなかった。

「お約束しましょう。」
デミール市長はヌメロス大使に歩み寄った。
「もとよりカヴァロにヌメロス国と敵対する理由はないのです。あなたたちが剣を収めるならば捕虜にするだの、拘束するだのという気はありません。」
「おお、それでは。」
デミール市長は大使の手を両手で押し包んだ。
「私からもお願いしたい。ゼノン司令をどうにかしろなどとは言いません。一般の兵士たちを、一人でも多く説得してください。たとえゼノン司令が絶対的な権力を持っていたとしても、動く駒がなくては作戦は成り立たないのですからな。」
「わかりました。」
「市長、それでは…?」
秘書官が念を押すように聞いた。
デミール市長は言った。
「予定を変更しよう。今から街の皆さんを広場へ集めておくれ。きっかけと言うにはあまりにも恐ろしいが、みなの力を合わせてウェンディを解放させようではないか。」
「わかりました。」
秘書官がさっと厳しい表情を顔にのぼらせた。
「ロッコ君。」
「はい。」
「今からの作戦は君にゆだねる。市民とヌメロス兵の衝突が起きないように、目を配ってやってほしい。」
「わかりました。」
ロッコが言った。
「アヴィン君、マイル君。」
「はい!」
「ここの見張りはいい。予定通り、それぞれの持ち場についておくれ。ほかの人たちにも、十分な働きを期待していると伝えてほしい。」
「わかりました!」


「いよいよだな。」
部屋に駆け戻り、ずっとはずしていた胸当てや長剣を身に着けながら、感慨深そうにアヴィンが言った。
マイルは壁に立て掛けてあったブーメランを袋から取り出すと、吟味するように目の高さに掲げた。
「そうだね。やっと僕の分身を背負えるよ。」
アヴィンは笑った。
「そんなに大切だったんだな。」
「もちろんさ。剣だと思い通りに扱えないんだから。」
腰に帯びていた短剣をはずし、代わりにブーメランを背負う。
「アヴィンと別行動なのは心配だけど、お互い気を付けて頑張ろうね。」
「ちぇっ、子供みたいな心配するなよ。俺は一人で行動するわけじゃないぞ。」
アヴィンは愛用の紅いバンダナを頭に巻き、ぎゅっと締めた。
「うん、そうだけどさ。」
マイルは言った。
「いよいよ正念場だね。精一杯頑張ろう。」
「あったりまえだ。」
アヴィンの言葉は自信に満ちていた。
二人はパンと手を合わせると、意気揚揚と部屋を出た。

酒場に降りると、うなだれてテーブルに突っ伏すレイチェルが目に入った。
「どうしたんだ、レイチェル。街の人が立ち上がるぞ。」
「私がしっかりしていたらこんな事にならなかったのに…。」
レイチェルが小さな声で言った。
「さあ行こう。一緒に戦ってくれるんだろ?」
アヴィンはレイチェルを促した。
「ウェンディに何か遭ったらどうしよう。ここを出て行くのが恐いわ。私、街の人に合わせる顔がないわ。」
アヴィンを見上げたレイチェルは、いつもの勝気な様子がなく、すっかりしょげ返っていた。
「レイチェルにはまだ出来る事があるだろ?自分に出来る事をしないで泣いているなんて、そのほうがよっぽど情けないぞ。」
アヴィンはレイチェルの隣に立ち、じっと目を見て言った。
「…アヴィン…。」
「レイチェルは戦えるし、街の人が怪我をしたとき治す事も出来る。大事な俺たちの戦力だよ。ここで泣いていたら、この先ずっと後悔する事になるぞ。」
アヴィンの言葉がレイチェルの心に染み込んでいく。
やがてレイチェルはにこりと口の端を動かした。
「…うん、そうだよね。ありがと、アヴィン。」
「市長さんが予定を早めて決起すると決めたんだ。出入り口を取り戻しに行くぞ。」
「!! わかったわ。」


「食事だよ。」
ワリスではない、人懐こい声がして資料室の扉が開いた。
ウェンディはつと顔を上げた。
鎧を着込んだ兵士が、皿を片手に立っていた。
「大した物はないけど、ここへ置いておくよ。食欲が出ないかもしれないけど、少しでも食べるといいよ。」
兵士はそう言って皿をテーブルへ置いた。
ウェンディはかすかに肯くことで答えた。
「あんたをこんな所へ閉じ込めたくないんだがなぁ。堪忍しておくれよ。」
兵士の瞳が、すまなさそうにしばたたいた。
「あんた、歌を歌ってくれた人だろう?懐かしかったなあ。子供の頃、よく歌ったんだよ。」
ウェンディは、一瞬自分が捕らわれている事も忘れた。
「私の歌を聞いてくださったのね。」
兵士はうなずいた。
「なんかなあ、歌声を聞いていると、故郷へ帰りたくなっちまったよ。」
「ああ・・・。」
『良かった。私の歌は無駄ではなかったんだわ。』
ウェンディは両手を胸に押し当てた。
「ごめんな、お嬢さん。辛抱していてくれ。」
兵士はすまなさそうに言うと扉を閉めた。
がちゃりと鍵の閉まる音がした。

『なんて親切な人たちでしょう。』
ウェンディは思った。
権力や武力を傘に着る兵士もいるけれど、ごく普通の人たちもたくさんいる。
ここが争いの場になるなんて、考えただけでも恐ろしかった。
『私に、何かできる事はないのかしら…。』
ウェンディはテーブルの上の皿を手に取った。
冷めたスープとそれに漬されたパン。ふっと笑みがこぼれた。
「今は食べることかしら。」

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