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真実の島へ行きましょう

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「ガウェイン殿!」
ヴァルクド神殿の通路に、よく通る声が響いた。
いや、普段ならば巡礼の人々の私語にまぎれて目立つ事のない声だったのだが、今日は巡礼者の姿が全くない。
神殿の中は異様なほど静まり返っていた。
「おお、ミッシェル殿。こんなに早く戻られるとは、一体どうなされた。」
呼び止められた壮年の男は、小走りに駆け寄ってきた若い魔道師に声を掛けた。
ミッシェルはガウェインと並ぶと早速切り出した。
「実は、賢者レミュラス殿と最期まで一緒だったという少年がこちらへ向かったと聞きましたので。ガウェイン殿がお待ちになっていた、あの少年です。彼はまだ、ここに?」
そこまで言ってミッシェルは声を落とした。
「それに、一体何があったのですか? 町全体がざわついていて気になってなりません。警備も厳重になっているようですが。」
「むう。気付いてしまわれたか。」
ガウェインは事も無げに言ったが、その表情には疲労の影が見えていた。
「あろう事か、この神殿内に邪宗教徒が入りおった。不意打ちを食らったのだ。アヴィンはまだここにいるが、今は人と話が出来る状態ではない。」
「襲われた!? 怪我をしているのですか?」
「いや、身体の傷ならここには治療のすべを心得た者が大勢おる。アヴィンは、生きる希望を失ってしまったのだ。」
ミッシェルは眉をひそめた。宗教というのは、心の拠り所を与えてくれるものではなかったろうか。
その総本山で人の魂が癒せないと言われるのは不思議な事に思えた。
「一体どうして? 私が伺っても差し支えないのでしたら、教えていただけませんか?」
「うむ。そうだな。一存では決めかねるな。クロワール殿にも伺ってみよう。一緒に来てくれるか。」
「はい。」
「アヴィンも、年の近い者と一緒ならば、心を開いてくれるかも知れん。」
ガウェインがつぶやいた。
ミッシェルはあえて返答をしなかった。
少年には会いたかったが、この神殿の騒動に巻き込まれるのはあまり望むところではなかった。

神殿の奥への扉をくぐると、そこは巡礼者の入れない最深部である。
ガウェインの後ろについて歩いていたミッシェルは、かすかなうめき声を耳にした。
『わずかだが、邪悪な気配がする。しかも、私は同じ気配を知っているぞ。これは、街道であの少年たちを襲ったのと同じ者の仕業だ。』
あの時、襲撃者には危害を加えず遠くへ退けたのだが、相手は全く懲りない奴だったと見える。
『あの時も呪われた者がいたが…。これは、数段と性質が悪そうだ。』
命を奪うことを目的にしているのだろう。ミッシェルはうめき声の主に同情した。
ガウェインは、彫刻の施された重い扉の前に立ってノックした。
扉が開かれると、先にガウェインが部屋に入り、すぐにミッシェルも招き入れられた。
「また会いましたな、異国の魔道師どの。ここの様子の変わりように驚かれたじゃろう。」
クロワール導師は二人に椅子を勧めるとミッシェルに話し掛けた。
「町全体がざわついておりましたし、旅行者に対する様子も警戒心をはらんでおりました。この神殿への参拝もしばらくの間は中止になっているとか。」
ミッシェルは町で見聞きしたことを話した。
「その通り。それらは全て、邪宗教徒が神宝を奪わんとする企みのためなのじゃ。今、邪宗教徒たちは彼らの神を封印から解き放つため、6つの神宝を血眼になって探しておるのじゃ。アヴィンとアイメルの兄妹が持って来た神宝は彼らがずっと付け狙っていた物じゃった。奴らは神宝を奪うために襲って来た。何とか神宝は守り抜いたのだが、アイメルが刺し殺されてしまったのじゃ。」
ミッシェルは厳しい表情でクロワール導師を見つめていた。導師は、忌まわしい出来事を振り払うように首を振った。
「アヴィンの取り乱しようは尋常ではなかった。何とか理性を取り戻し、一人にしても大丈夫になって安堵しているくらいじゃ。あの子には、辛い事ばかりが降りかかる…。」
「お言葉ですが。」
ミッシェルは二人に向かって言った。
「お二人は、いずれもエルフィルディンの民に慕われ、彼らの日々の悩み苦しみに耳を傾けていらっしゃると存じます。それなのに、何故、その少年を見守り続けるだけなのですか? 手を差し伸べてやらないのですか?」
「我々も、声を掛けたり、外へ連れ出そうとするのだが、かたくなでな。部屋から一歩も出ようとしない。アヴィン一人にかまっている事も出来ないのでな。」
ガウェインが言った。
「彼は、自分の境遇を見つめることから逃げているのではありませんか。大変辛い目にあってきた方のようですが、いつまでもそのままでは心にも身体にも良くないのではありませんか。」
「ほう。」
「やはり…。ミッシェル殿は私が思った通りの人だった。」
ガウェインとクロワールが満足そうにうなずきあった。

「え?」
ミッシェルは自分に矛先が向くとは思わなかったので、二人の言葉の真意を図り損ねた。
クロワール導師が、居住まいを正して、ミッシェルに言った。
「どうか、アヴィンに会ってやって下さらんか。確かに我々は、アヴィンを腫れ物のように扱ってしまったかもしれん。しかしそれは、この目で、惨劇を目の当たりにしてしまったためじゃ。私たちは巡礼の人々に接する時のようには、アヴィンに対して冷静になれないのだよ。だがあなたは違う。言うべき事をあの子に言ってやれる。どうか、あの子の心を開かせてやって欲しい。」
「私が、ですか?」
ミッシェルは言われた事の重さに驚きながらも、どんな方法をとれば少年が救われるだろうかと考えた。
何よりもまず、ここを離れるべきだろう。出来るならば何か目的を与え、自分の中の暗闇に落ち込む隙を与えないことだ。
それから…、そばにいて、見守ってやる者も必要だ。話し相手になり、余計なことは言わず、少年の回復を見守ってやれる者。
『…もしかしたら、ガウェイン殿は初めから私にこの役を頼むつもりだったのだろうか。』
痛手を受けたこの神殿の復興に、クロワール導師もガウェインも多忙なはずだ。
旅の身のミッシェルに少年を託したいと思ったとしても不思議ではなかった。
どうも思わぬ方向に丸め込まれてしまったようだ。
「もしも私がお引き受けするとしたら、まず彼を他の場所へ連れ出します。しかし、何か目的がないと、気持ちを切り替えさせることは難しいでしょうね。」
「ふむ、目的とな…。」
「ガウェイン、真実の島のことをお願いしてみてはどうじゃ。」
「真実の島?」
はじめて聞く名前にミッシェルは注意を向けた。
「ああ、それがいい。ミッシェル殿、この大陸の北の端に、真実の島と呼ばれる小島がある。そこには太古の遺跡があって、遺跡に湧き出る泉の水に神木の葉を浸せば、どんな呪いでも解く薬になると云われているのだ。」
「そのような場所がこちらの世界にあったのですか。」
「ただ、遺跡には強い結界が張られていてな。若い頃島に渡った事があるが、私はとうとう中には入れなかった。ミッシェル殿なら結界を解き、中へ入れるかもしれん。実は今、アヴィンのほかにも施すすべのない者があるのだ。」
「先ほど、強い呪いの気配を感じました。苦しんでいる方がいるのですね。」
「ずっとアヴィンを付け狙っていた邪宗教徒の娘なのだが、自分のしてきた事に疑問を抱き、かつての仲間に刃を向けたのだ。今の邪宗教徒が、信仰の徒とは違う道に堕ちた事を悟ったのだろう。なんとか助けてやりたいが、この神殿の結界の中にいても、回復させることが出来ないのだ。今のままでは半月持つまい。」
「そうですか。アヴィンさんは、その娘さんのことはご存知なのですか?」
「襲撃のあった時に共に戦っている。呪われた事も知っているはずだが、果たして覚えているかどうか。」
ガウェインは半ばあきらめたように言った。
「わかりました。」
ミッシェルは立ち上がった。
「ミッシェル殿、それでは?」
「アヴィンさんに会わせてください。彼を伴って、真実の島へ参ります。」
「おお。」
「行ってくれるか。」
「詳しい事は後ほど伺います。まずは、本人を動かしませんと。」
思わぬ成り行きになったが、少年を預かる事で賢者レミュラスの晩年の話なども聞けるだろうし、真実の島という、太古の遺跡にも足を運ぶ事が出来るのだ。実りのある旅が期待出来そうだとミッシェルは考えていた。

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