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真実の島へ行きましょう

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-3-

出発の朝になった。
アヴィンは、ミッシェルに勧められて一室に臥せっているルティスを見舞った。彼女はまだ眠っていた。
「昨晩もろくに眠れなかったのだ。やっと眠ったのだから、そっとしてやったほうがいい。」
側に付いていた修道士が小声で教えてくれた。確かに、ルティスの呼吸は苦しそうだった。
特に自分から掛ける言葉もなく、アヴィンは呪いを解く薬を手に入れるため旅立つことを伝言した。
そして、ガウェインとクロワールにあいさつをすませた二人は、いよいよ真実の島へと歩き始めたのだった。

「ミッシェルさん。」
ヴァルクドの町を出てすぐに、アヴィンが声を掛けてきた。
「何ですか?」
ミッシェルはアヴィンの声のトーンから、何を聞かれるか想像が付いた。
アヴィンは一瞬口をつぐみ、何の警戒もない返事が返ってきたことに驚いているようだった。
「昨日言っていた、魔法のこと。本当なのか?…黒魔法と白魔法を両方使えるって。」
「ええ。こちらの世界では、二つの魔法を同時に覚えてはならないそうですね。でも、私の世界には、そういう決まり事がないのです。」
アヴィンは信じられないという顔をした。
「俺がじいさんから教わったのは、黒魔法と白魔法と精霊魔法は、必要とする力が違うから、どれか一つしか覚えられないという事だった。ミッシェルさんは、二つの魔法を使いこなす力を持っているのか?」
「さあ、どうでしょうか。でも、賢者殿がおっしゃった事の正しさは感じます。二つ以上の力を持つと、全てが自分に出来てしまうような錯覚を覚えてしまいます。それは、自分の力に溺れるきっかけにもなります。どれか一つだけを選ぶ事で、危険を未然に防いでいると思いますよ。」
ミッシェルは、思いがけず賢者レミュラスの言葉を聞く事が出来て、目を輝かせた。
「住んでいる場所が違うだけなのに、たくさん魔法を覚えたり、覚えられなかったりするのか?」
アヴィンが納得出来ないようにつぶやいた。
「こちらの世界では、古くから魔法の習得にどれか一つを選ぶという取り決めがあるようですね。私の世界では魔法そのものが、あまり一般的でないのです。古くは魔女が諸国を巡礼したと言い伝えられているのですが、それも数百年前の事。魔法使いは、回復魔法を持っていれば役に立つと理解してもらえますが、そうでないと辛いのですよ。」
「それじゃ、あなたの世界でも、皆が全部の魔法を使うわけじゃないのか。」
「もちろんです。私は、自分の世界でも普通ではなかったようですから。」
思わず、言わなくてもいい事までポロリと口に出る。アヴィンは気にとめた様子もなかった。
そのまま、会話は途切れてしまい、二人は無言で歩きつづけた。
日が高く昇り、歩き続けの体には、うっすらと汗が浮かぶ。
予定では、二日目に途中の港町セータに入り、さらに一日でドークスの村へ着くつもりだった。
大人の男の足でもかなりの強行軍であった。
ドークスから偽善の海を渡るのと、結界に守られている遺跡へ入るのとに、どの位の時間がかかるかわからない。
縮められるところで、時間を節約しておきたいというのが、ミッシェルの考えだった。

午後になると、アヴィンの歩みが目立って遅くなってきた。
先を歩いているミッシェルが振り返ると、うつむいて、気乗りしない様子で歩いてくる。
「どうしたんですか、アヴィンさん。」
声を掛けながらも、観察はやめない。
アヴィンは顔を上げて少し歩調を早めたが、先に進みたくない様子は消えなかった。
ひょっとしたらとミッシェルは思った。
『アヴィンたちが邪宗教徒に襲われていたのはこの街道だった。つらい思い出の場所に行きたくないのだろうか。』
しかし、ドークスへ行くにはこの道を通るしかない。
いくらいやでも、そこはあきらめて我慢してもらうしかないのだ。アヴィンが追いつくのを待って、ミッシェルは並んで歩き始めた。
「だいぶ歩きましたね。夜まで歩き通せば、一日でセータに着くかも知れません。」
「ああ。」
アヴィンは抑揚のない声で答えた。あまり触れたくないという様子である。
「つらい気持ちはわかりますが、進まなくてはならないんです。」
ミッシェルは言った。アヴィンは心外だという顔をした。
「わかってる。」
とげのある声が口をついて出る。しかし、すぐにアヴィンは言い直した。
「わかっています。通らなくてはならない場所だ。でも…。」
アヴィンが言葉を探している間、ミッシェルはじっと見守っていた。
せかしてはならない。アヴィンが自分自身を見つめる時間を見守るのが、自分の役目なのだ。
「ミッシェルさんは、俺がボルゲイドの雷撃を受けたあとにあの場に来たんですよね?」
「ええ。そうです。最初の一撃は防げませんでしたが、あなたたちに放たれた攻撃はほとんどはね返しました。」
「教えてください。その時の様子を。マイルは、マイルは俺たちより先にボルゲイドに攻撃されたんだ。…ミッシェルさん、マイルの様子を見ていますか?」
アヴィンがすがるような目でミッシェルを見た。
「私が襲撃者を追いはらったとき、あなたと妹さんは雷撃を受けて気を失っていました。ルティスさんは呪いを受けていた。もう一人の青年は…。」
ミッシェルは淡々と続けようとして、はっとアヴィンを見た。アヴィンが立ち止まった。
「話してください。俺は知りたいんだ。」
ミッシェルも立ち止まる。アヴィンが傷つく事をわかっていながら、あのとき見た事を見たとおりに話し続ける。
「もう一人の青年は、瀕死の状態でした。」
アヴィンの顔に衝撃が走る。アヴィンも、一目だけだがマイルが倒れた姿を見ている。
おそらく、助かるような状態ではないというのも、自身で感じていた。
だが、こうして冷静に状況を見ていたミッシェルに言われると、あらためて心をえぐられるようなショックを受けた。
「至近距離で強力な魔法を浴びたのです。私の回復魔法では、とても救う事は出来なかったでしょう。」
「そう、なのか。」
アヴィンが涙声になっていた。両手を硬く握りしめ、耐えようとするが、あふれる涙が抑えられない。
「アヴィンさん…。」
ミッシェルはその様子を見て、もっと遠まわしな言い方をするべきだったかと後悔した。
下手に言葉を飾り、事実をぼかして伝えるのは、ミッシェルには苦手な事だった。
泣かれるのはさすがにつらい。
ミッシェルはアヴィンの手を引いて、街道の脇へ連れて行った。転がっている岩の、手ごろなものに座らせる。
アヴィンはこぼれる涙もぬぐわず、嗚咽をこらえようともしなかった。
頻繁ではないものの、人の行き交う街道である。なんだか自分が泣かせてしまったようでばつが悪い。
ミッシェルは困惑顔でアヴィンの隣に腰をおろした。
「少し早い時間ですが、テントを張りますか?」
アヴィンに言う。
返事はない。無理もないのだが。
ミッシェルは立ち上がって、テントを張れる場所を探す。人目を気にしなくてすむ場所でなら、いくらでも泣いてくれてかまわなかった。
むしろ、つらい思いや悲しさを、泣く事で吐き出してくれた方が、立ち直りが早いというものだ。
「ミッシェルさん。まだ、歩ける。」
背後から声を掛けられた。振り向くとアヴィンが立ち上がっていた。目は真っ赤だが、涙は拭われている。
「日暮れまでには時間がある。先に進もう。」
「大丈夫ですか?」
ミッシェルは聞いた。
歩ける事についてであったが、この先に控えている、その現場に行っても大丈夫なのか? という気持ちも込めていた。
「わかってる。大丈夫だ。」
アヴィンは言った。気丈な子だ。
「では、進みましょう。」

その場所に、先に気付いたのはアヴィンの方だった。
壊れた獣車はもう片付けられ、事件を思い出させるものは何一つなかったが、その場所の事はアヴィンの脳裏に焼きついていた。
アヴィンはマイルが倒れていた場所へ近づいた。
こんな時、人は何に向かって祈るのか。
アヴィンには、祈りをささげるものはなかった。くるりときびすを返し、側の草むらに分け入って、アヴィンは花を摘んだ。
事情を知らない人が見たら、似合わない事この上ないと思っただろう。
ミッシェルはそんなアヴィンを温かい目で見た。彼の行動は理解できた。
ミッシェルは先程アヴィンの立っていた場所で、腰をかがめ、大地に手のひらをかざした。
なにか、邪悪な気配でも残っていないかと思ったのだ。
「……」
「何か、わかりますか?」
アヴィンが隣にしゃがみこんだ。摘んできた花を、草むらにそっと置く。
「マイル、どこにいるんだ。シャノンも一緒なのか? 生きていたら、会いに来てくれ。…きっと、また会えるよな。マイル…。」
熱いものがこみ上げてきたのだろう。アヴィンは天を仰いだ。
『これは、…何か別の力のようだが…』
ミッシェルは立ち上がった。
「時間が経ち過ぎましたね。なんとも言えません。」
大地に感じた気配については告げなかった。今アヴィンが知ったところで、どうなるものでもない。
「私が去ってから、貴方が気付くまでの間に何が起きたのか、知っているのはこの大地だけです。シャノンさんとマイルさんがなぜ姿を消したのか…。不思議な事です。」
ミッシェルの言葉にアヴィンはうなずいた。
納得しているわけではないだろう。だが、知りたかった事には十分答えられたと思う。
「さあ、そろそろ本当に夕暮れですよ。夜中まで歩いてセータに行く気力はありますか?」
ミッシェルが聞くとアヴィンは首を振った。
「あの町は楽しい思い出がありすぎる。通るだけにしたい。この辺りで野宿しよう。」
少し残念な答えだった。この旅で宿屋に泊まれそうなのはセータの町だけだったのだ。
だが、そんな事はおくびにも出さず、ミッシェルはにこやかに答えていた。
「わかりました。テントを張りましょう。」

旅の一日目が終わろうとしていた。
アヴィンは不安定な気持ちを抱えてはいたが、生来の気性は、彼がいつまでも過去にこだわる事を許さないだろうと思われた。
率直な物言いには感心する事も多い。
この同行者をすっかり気に入っている自分に、驚きすら覚えるミッシェルだった。

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