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真実の島へ行きましょう

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-5-

ドークスの情報は、本当に少なかった。
真実の島の伝説は知っている者もいたが、ただの伝説と思われていたし、奇跡を起こす聖水を持ち帰ったという話も聞かなかった。
大昔の神々についても、みな首を横に振るばかりだった。
一方、偽善の海がいつも荒波を立てているというのは本当で、小さな船などではとても真実の島へはたどり着けないという事だった。
漁村のドークスに大きな船などあるはずがない。最悪の場合、自分の力を使うしかないと、ミッシェルは覚悟を決めた。

アヴィンは相変わらず少し先を一人で歩いている。
いや、ミッシェルの方に、彼の横に並ぶ気持ちが起こらないのだ。
自分の責任を果たしていない気がして、ばつが悪いのだが、ミッシェルはアヴィンと話したくなかった。
口を開けばきっと、彼の態度を非難してしまう。先程からのいらいらが、消えていかないのだ。
実のところ、旅の仲間がどういうものか、ミッシェルは今まで知らなかった。
長い間旅を続けているミッシェルだが、そのほとんどを一人で過ごしてきたのだ。
たまたま同じ道を行く人と同道する事はあっても、次の町へ着けば別れるものであったし、何よりミッシェルの移動手段は、通常の人のそれとは異なっていた。魔法の力を使って、国と国を一瞬で移動していたのだ。
魔法を恐れる人の方が多いミッシェルの世界では、これは他人には告げられないやり方だった。
そんなわけで、今、アヴィンを託されている事は、ミッシェルにとって初めてと言っていい事態だった。
うまが合わないからといって、袂をわかつことのできない相手。
しかもまだ一人前というには未熟な若者だ。
それに、気が付いてしまっていた。
人との付き合いに関しては、ミッシェルもまた未熟なのだという事に。
一朝一夕でこんな自分が大人の態度を取れるとも思えない。
お互いに傷つきながら乗り越えていくしかないのだろうか。

「ミッシェルさん!」
アヴィンが叫んだ。
顔を向けると、アヴィンが腰の剣を抜くのが目に入った。ハッとして杖を構え、あたりを窺う。
「どこに?」
油断なく目を配りながら、アヴィンの側へ移動する。
こんな場合は気に入るの入らないのと言っていられない。命があってのものである。
ミッシェルの横合いの茂みから、緑色をした大きな魔獣が現れた。見たことのない魔獣だった。
「こいつ、ラケルタ竜だ。何で、こんなところに。」
アヴィンがいつになく真剣に構えているのがわかった。ミッシェルも、いつでも一撃が放てるように気持ちを集中する。
と、ラケルタ竜の後ろから、白い毛むくじゃらの魔獣と、一つ目の魔獣がぞろぞろと現れた。
「6匹ですね。」
ミッシェルも事態の深刻さには気が付いている。
しかし、一つ目の奴とはさんざん戦いを経験済みだった。残りの2匹に気をつければいいはずだ。
「竜のおこぼれにあずかってるんだ。」
アヴィンがはき捨てるように言った。
それが合図でもあったかのように、ラケルタ竜と一つ目の魔獣たちが、襲いかかってきた。
ミッシェルの放ったつむじ風が、ラケルタ竜を襲う。
今まで、大概の魔獣がこの一撃で背中を見せて逃げ出していった。
しかし、この魔獣は違っていた。あちこちの皮膚が引き裂かれても、竜はひるまなかった。
「!」
致命傷にならなかったと悟ったときには、目の前に竜がいた。
ひゅっと風を切る音がして、ミッシェルはわき腹に鋭い痛みを感じた。
「あ、つっ。」
思わず膝を付く。杖で体を支え、傷の上に手のひらを当てて回復の呪文を唱える。
その間も、痛みをこらえて周りを見る。竜はアヴィンとにらみ合っていた。竜の体に刀傷が開いていた。
『もう一撃ずつ当てれば、倒せる。』
ミッシェルは立ち上がった。しかし、竜に狙いをつけるよりも前に、ミッシェルは一つ目の魔獣に取り囲まれていた。
アヴィンと離されてしまったのだ。
「なんと、抜け目のない…。」
杖をかざし、雷撃を呼ぶ。ミッシェルを取り囲んだ壁の半分が吹っ飛んだ。
再び竜を狙ったミッシェルの前に、白い物が踊り出た。もう一匹の魔獣だ。
「なにっ。」
不意を突かれて動けなかった。再び、腹に強烈な痛みを覚える。ミッシェルは膝を折った。
「う、うぅ…」
額に脂汗がにじむ。
とっさに回復の呪文を掛けてはいるが、体の柔らかい部分を傷つけられて、立つ事もおぼつかない。
『やられる…。』
せめて一撃くらいは当ててやろうと、杖を握りなおし、顔を上げた。いない。白い魔獣はラケルタ竜の方へ移動していた。
竜と対峙しているアヴィンが心配になった。傷さえふさがれば立って戦える。ミッシェルの回復魔法ではしばらく時間がかかるが…。
だが、ミッシェルの周りを再び一つ目の魔獣が取り囲んだ。
「そんなばかな。」
4匹の一つ目魔獣。さっき確かに2匹、雷撃を浴びせたはずだ。
「まさか…」
自分の置かれた状況も忘れてアヴィンの方を見る。
緑色の竜のそばに白い毛むくじゃらの魔獣がいる。 白い魔獣が竜の傷に回復魔法を掛けている!
血の気が引いた。
あの2匹が相手ではいくらアヴィンでも危ないと思った。
どうすればいい? 今はここから動けない。ミッシェルは自分を取り囲んだ一つ目の魔獣をにらんだ。
『傷付いた仲間を助けて回るのが習性なら、あるいは…』
腹に当てていた手を離し、杖を両手でしっかりと握る。狙いすましたつむじ風が、魔獣共を切り裂いた。
よろよろと逃げていこうとするのを一匹づつ仕留めていく。そして一匹だけ、とどめを刺さずにおいた。
ミッシェルはまた腹に手を当てた。自分の使える回復魔法をじれったいと感じるのは初めてだった。
肩で息をしながら、目は白い魔獣を追った。案の定だった。奴はこちらへやって来た。
ミッシェルはアヴィンを見た。大丈夫のようだ。ひどい怪我は負っていない。
ミッシェルは雑念を払って意識を集中した。自分の魔法力を出し切ってでも、致命傷を与えるつもりだった。
「エアリアル・ラブリス!」
風がうなり、竜巻となって魔獣に襲いかかった。一つ目は肉塊に成り果てた。白い魔獣も全身を切り裂かれてもがいていた。
「アヴィン、魔法を封じて!」
ミッシェルは大声で叫んだ。傷がズキンと痛んだが、かまってはいられない。
「でも!」
アヴィンがこっちの事情を察して異を唱える。
ミッシェルはあせった。白い奴が自分に回復を掛けてしまったら、アヴィンは2体を相手にしなくてはならなくなる。そうなったら勝ち目はない。
「早く!」
ミッシェルが言うと、アヴィンも心を決めたようだ。
ラケルタ竜をけん制しながら、さっき渡された小ビンを取り出し、口にくわえて封を切った。そして、ミッシェルと魔獣の方に転がした。
たちまち、霧のようなものが立ち昇り、ミッシェルは自分の回復魔法が効き目をなくしたことを知った。
白い毛むくじゃらの魔獣も、おのれの魔法が効かなくなった事を悟った。
全身の傷にのたうちながら、そいつは怒りの矛先を目の前の人間に向けた。
『魔法を封じたら、尻尾を巻いて逃げ出すかと思ったが…、計算違いでしたか。』
ミッシェルはもう襲い掛かってくる魔獣に対抗するすべがなかった。逃げようにも、動けない。
観念したミッシェルはせめてマントで頭を覆い、致命傷を避けるしかなかった。

ラケルタ竜は強かった。攻撃を仕掛けるたびに、アヴィンも無傷ではいられなかった。
ミッシェルの方が心配だったが、助けに行ける状況ではなかった。
だが、ミッシェルが魔法を封じるように叫んだとき、彼の姿を見てアヴィンは背筋が冷たくなった。大怪我をしているじゃないか。
「くそう。」
アヴィンは剣を構えなおした。
『決めてやる!』
竜に向かって突進する。大きく跳んで、頭上から振り下ろす。確かな手ごたえがあった。
着地して、横っ飛びに攻撃をかわし、そのまま反す力でなぎ払った。
竜がどさりと倒れるのをアヴィンは見ていなかった。
「ミッシェルさん!」
白い魔獣を跳ね飛ばし、容赦なく剣を突き刺した。魔獣は断末魔の叫びをあげて動かなくなった。

アヴィンは剣から手を離した。
怖いものを見るように、魔獣が襲いかかっていた人を見た。動かない。
頭部は厚いマントでかばわれているが、体中につめ跡が付けられている。 アヴィンはそっとマントを取った。
頭も顔も傷はなかった。口元に手をかざす。首筋に手を触れてみる。息がある。脈もあった。
アヴィンはその場にへたり込んだ。
「よかった…。」
安堵感から涙が出てくる。目をしばたたかせながら、アヴィンは気付け薬を取り出した。頭を抱きかかえ、唇に垂らしてやる。
「う…」
反応があった。
「ミッシェルさん、…ミッシェルさん!」
名前を呼ぶと、ミッシェルは薄く目を開いた。
「アヴィンさん?…無事、でしたか…」
「魔獣は全部倒した。今、治すから。」
プレアラの護符を取り出す。体力を万全に回復させてくれる護符である。
ミッシェルはされるままになっていたが、身体に力が戻ってくるとアヴィンに言った。
「あなたのお守りを全部使わせてしまいましたね。」
「そんな…。アイテムなんかいつだって手に入る。それより、あなたが無事でよかったよ。」
アヴィンは心底そう思った。ミッシェルは身体を起こそうとしたが、アヴィンに止められた。
「傷の消毒をした方がいい。あとで熱を持つとまずい。」
護符で回復したのだから大丈夫だろうとミッシェルは思ったが、今はアヴィンの言うことにも一理あると思えた。
深い傷を受けたわき腹と腹に、炎症を防ぐ薬が塗られ、布が巻かれた。
アヴィンが自分の治療に満足した様子を見て、ミッシェルはアヴィンの腕を取った。
「え?」
一体何事と見返すアヴィンにミッシェルは言った。
「今度はあなたの番ですよ。」
さっきから気にかかっていたのだ。アヴィンの利き腕に深い傷があった。
「痛くなかったですか?」
「気が付かなかった…」
アヴィンの返事にミッシェルは目を丸くした。回復魔法を唱えながら、傷の上に手をかざす。
『こんな大怪我に気付かなかったのは、私を心配していたからでしょうね。』
ミッシェルの心の内に熱いものがこみ上げた。先程まで感じていた重荷は、とっくにどこかへ行ってしまっていた。

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