真実の島へ行きましょう
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この章の展開は、実際のゲームとほとんど同じです。あまり情報を入れたくないと思われる方は避けてください。
セリフは、なるべく同じにしないように心掛けました。
波しぶきが舟のへりを易々と越えて身体にかかる。小さな帆は、気まぐれな風を受けて、ばたばたと音を立てた。
漁船は波の間を緩やかに進んでいく。
あちらに行ったりこちらに寄ったり、陸地の方を見ていると、舟が潮の流れに翻弄されているのがよくわかった。
ドークスの村が視界から消えると、ミッシェルは櫂を船床に置いた。
「これでは埒があきません。」
アヴィンはミッシェルのする事を見守っている。
アヴィンは海の事をよく知らない。今、海がどういう状況になっているのか、アヴィンは読み取るすべを持たなかった。
「潮の流れが複雑です。しかもかなり強い流れのようだ。このままでは島に近づけません。」
ミッシェルがかいつまんで説明する。
「どうするんだ?」
「まず、海を鎮めます。」
ミッシェルは愛用の杖を取り上げた。
普段は全身を隠すように覆っているマントが、風をはらんで背中でばたつく。
ミッシェルは足元を確かめ、大きな身振りで杖を中空にかざした。
「海を、鎮める?」
いくらなんでも、そんなことが魔法で出来るとは…。アヴィンは信じられない面持ちでミッシェルを見た。
いつも穏やかで余裕を感じさせるミッシェルが、いくらか緊張しているように見えた。どうやら本気らしい。
アヴィンの不安げな視線に気がつくと、ミッシェルは口元をほころばせた。
「この際、力の出し惜しみはしませんよ。」
身体の前で杖を持つ手ともう一方の手を重ね合わせ、ミッシェルは静かに目を閉じた。
わずかに開いた口の中で、呪文を唱えている。
アヴィンは海とミッシェルに交互に目をやった。 はじめは何も起こらないかと思った。
しかし、詠唱しているミッシェルの周りに薄く光が輝き始め、それは輝きを増しながら幾重にも折り重なって光球となり海に反射してきらめいた。
光の玉の中心で、詠唱を終えたミッシェルが目を開き、杖を天に向かって突いた。
「うわ…」
光の玉がはぜるように形を崩し、あっという間に八方に向けて流れるように飛び散った。
光の消えたあと、海が表情を変えはじめた。
白く砕けていた波がほとんど見られなくなり、舟はゆるやかなうねりの上を進んでいた。
身体にぶつかっていた風さえも、穏やかにそよいでいる。まるで、獣車の荷台からゆりかごに移されたような変化だった。
「…すごい。」
幾度つぶやいたかわからない感嘆の言葉がアヴィンの口からこぼれる。
ミッシェルは平然とした顔で、舟の行く先を見つめていた。真実の島は、まだかすかに黒い点に見えるだけだった。
ミッシェルは再び杖を構えた。
「次は、風にこの舟を運んでもらいます。」
「!!」
これ以上、何を言われても驚かないと思っていたアヴィンだが、ミッシェルの言い出す事はまたもやアヴィンの想像を越えていた。
「そんなこと、どうやって…」
「風を友として、お願いするのです。」
ミッシェルはさらりと言ってのける。海を鎮めたときに比べたら、ずっとリラックスしている様子だ。
アヴィンは、ミッシェルが好んで使うのが風の魔法なのを思い出した。
魔法の修練とは違うのかもしれないが、風を友にするという事は、案外魔法と根が同じなのかもしれなかった。
ミッシェルは杖を高々と掲げ、声を張り上げた。
「風よ!我が小舟を、そのしなやかな抱擁であおり、真実の島へいざなえ!」
その確信に満ちた言葉が消えるか消えないかのうちに、アヴィンは後方から吹きつける一陣の風を感じていた。
帆が風を受けて膨らみ、舟は穏やかになった海面を勢いを増しながら走りだした。
ミッシェルは首尾に満足した様子で腰をおろした。
「私は、魔法も人も同じだと思うんですよ。」
ミッシェルが言った。
「どれだけ良い友がいるかで、その人の人生も変わってくると思うのです。」
「ミッシェルさんには、風はいい友達なんだ。」
「ええ。風と共にガガーブを越えて、新しい友にも巡り会えましたしね。」
あなたもその一人ですよとミッシェルの目が言っていた。アヴィンは笑顔を返すと、舟の進む方向を見やった。
点にしか見えなかった真実の島は、だんだん地平線に線を描くようになってきていた。
「そうだ、これをお渡ししておきます。」
ミッシェルはドークスで手に入れた神木のヒイラギの葉をアヴィンに渡した。
「俺が持っていて良いんですか?」
「是非そうしてください。これは本来、私のかかわる事柄ではないのです。」
ミッシェルの言葉に、そういえばこの人は違う世界から来たのだと考える。
しかしそれは重要な事なのか? 今ここにいるという現実の方が、ずっと大切なようにアヴィンには思えるのだった。
風の助けを受けて、舟は真実の島へ着いた。
島は切り立った崖に囲まれていて、上陸できる場所を探すのに島を一回りしなくてはならなかった。
やっと、崖崩れのあとのような岩場を見つけ、二人はそこに舟をつけて上陸した。
岩場を登りきると、崖の下からは見えなかった大きな建物がいくつも立ち並んでいた。
「遺跡だ…。」
アヴィンは目の前の廃墟を見渡した。朽ちた建物や太い柱が空に向かって伸びている。
「それも、かなり高度な文明だったようですね。」
あとから登ってきたミッシェルが言った。
「聖なる水はどこにあるんだろう。」
「ともかく、探しましょう。」
二人は手分けして遺跡の中を探し始めた。
遺跡の奥へ進んでいったアヴィンは、突き当たりの崖に大きな扉が作られているのを見つけた。
「ミッシェルさん、この扉は?」
「ほう。どうやらこの島の内部には神殿があるようですね。ここが入り口でしょう。」
ミッシェルは扉に近づき、あちこちに触れてみた。
「この扉は開きますか?」
「いえ。ここは開きませんよ。」
「どうして?」
「とても強力な封印が施されています。これは、私にも解除できません。」
ミッシェルが言うと、アヴィンはがっくりとうなだれた。
「そんな…。せっかくここまで来たっていうのに。」
「ほかに出入り口がないか探しましょう。」
ミッシェルがアヴィンを励まして捜索に戻っていく。
島の上空は雲に覆われて重く暗かった。雲のせいだけでなく、そろそろ日没が近づいている頃合だった。
「ん?」
アヴィンは遺跡の側の窪みに目をつけた。何か、暗い空洞のようなものが見えた気がしたのだ。
地盤が崩れるのを警戒しながら覗きこむと、確かに人が潜れるほどの穴が開いていた。
真っ暗ではなく、なにやらぼんやりと薄明かりが見える。アヴィンは穴の周囲を足でけった。いくらか土が落ちて、穴がその分広くなる。
「ここから入れるかもしれない。」
アヴィンはミッシェルに声を掛け、先に穴へもぐりこんだ。
足元は、穴が開いたときに崩れたらしい瓦礫でごろごろしていた。
「神殿…か?」
どこからも明かりなど差していないのに、穴の中は淡く浮き上がって見えた。
それは、地上の遺跡にも劣らぬ、荘厳な造りの建物だった。
アヴィンが降り立ったのは、通路らしいところだった。見通しはあまりよくなく、迷路のようにも見えた。
「これは盲点ですね。」
あとから入ってきたミッシェルがつぶやいた。
「落盤が余所者の進入を許してしまうなどとは、この神殿を建てた人たちは思いもよらなかったのでしょうね。」
「おかげで中に入れた。」
「まったくです。さて、…下、でしょうかね。」
辺りの気配を探りながらミッシェルが言った。アヴィンには是非もない。二人は下へ降りる階段を探した。
歩いてみると、そこはやはり迂闊にはいった者が奥へ入り込めないような隠し通路になっていた。
「ありましたよ。」
ミッシェルが行き止まりに階段を見つけた。そこを降りると、何ともいえないすがすがしい空気が身体を包んだ。
アヴィンは伺うようにミッシェルを見た。ミッシェルはうなづいた。
数歩先に進むと、広い空間に出た。
今までの通路よりよほど明るく、広間の様子がはっきり見て取れた。
一体どうやって光りつづけているのか、中央に並んだ燭台には炎が灯っていた。
アヴィンは広間の中央へ歩いていった。
燭台の並んだ先は数段高くなっていて、その部分の四隅には、その舞台を守る結界のように四本の柱が立っていた。
舞台に立ったアヴィンの目の前に、透明な水を満々とたたえた泉があった。
「これが、聖水…。」
胸にくるものがあった。見つけたのだ。これで呪いを解く薬ができる。
アヴィンは神木のヒイラギの葉を取り出して聖水に浸した。アヴィンの手のひらの上で、ヒイラギの葉は一瞬清らかな光を放った。
「これでルティスさんも助かりますね。」
ミッシェルが言った。
「ああ。」
アヴィンはヒイラギの葉を懐にしまった。
「この先には何があるんでしょう。」
ミッシェルは先に進んでいく。ここへ来て、ミッシェルはこの島そのものに、より関心を示しているようだった。
アヴィンも舞台を降り、さらに神殿の奥へ向かった。
程なく、道は行き止まりになっていた。ミッシェルはそこに立って、見ていた。アヴィンも横に立って、それを見上げた。
それは一枚の壁画だった。
「2匹の竜が戦っている…。」
戦意をむき出しにして、争っている姿が描かれていた。そのいずれにも、アヴィンは醜悪なものを感じてなじめなかった。
これは、今の大地のような…。正神殿と邪宗教徒が神の名のもとに血を流しつづけている姿の様にも見えた。
「これは一体…。ドークスの人々の祖先は、この竜を崇拝していたのだろうか?」
「私には、そのようには見えません。ここが彼らの聖地であるなら、ドークスの人々の態度は解せません。彼らはあがめると言うよりもむしろ恐れていました。だとすれば、おそらく。」
「警告、か?」
「はい。」
アヴィンは再び二匹の竜を見た。互いを傷つけあう竜。そこからは、平穏な時代のかけらもうかがえない。
「もう、たくさんだ。こんなのは神じゃない。争って、血を塗り重ねるのに終わりはない。」
一人一人は理解しあう事もできるのに。崇めるものが違う事が、刃を向ける理由になるなんて。
アヴィンの中にも、それはある。忘れようにも忘れられない事がある。
それが誤りであるとわかっていても、争いあう歴史が、敵視する事をよしとしている。
アヴィンは壁画に背を向けた。
「行こう。ルティスが心配だ。ヴァルクドへ戻ろう。」