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真実の島へ行きましょう

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明け方近くに甲板が騒がしくなり、アヴィンたちは目を覚ました。程なく、陸地が見えてきたと報告する声が聞こえた。
甲板に出ると、朝日が昇る前のしらじらとした海に、昨日は見えなかった陸地が細く黒く見えていた。
その、正面あたりに一筋の煙が立ち昇っていた。
「アヴィン、先に食事をしてくるといい。まだ十分時間はある。」
二人の姿を見かけてガウェインが言った。
「あの煙は?」
「陸に獣車を用意させてある。その合図だ。今日はわしも一緒に行くからな。」
「至れり尽せりだな。」
アヴィンは感心して言った。
「ガウェイン、ルティスの具合は? 俺たち、急いで戻ってこれたとは思うんだが。」
アヴィンが尋ねるとガウェインは答えた。
「わしが出てくる時には相変わらずだった。大丈夫とは思うが、急ぐに越したことはないだろう。」
「そうだね。」
アヴィンは自分を納得させるようにうなづいた。

ミッシェルは、行き交う船乗りたちの中に、目当ての人間を見つけて近付いていった。
「おはようございます。」
「ああ、昨夜は付き合わせて悪かったな。」
「楽しかったですよ。ところで、つかぬ事を伺いますが、邪宗教徒の本拠地というのは、ヴァルクドから近いのですか?」
まるで世間話のような顔で、ミッシェルは聞いた。船乗りが怪訝な顔をした。
「カテドラールか? 今は陸伝いには行けないぜ。船なら渡れないこともないが、どっちにしろ信者じゃない者が近づく所じゃない。」
「そうですか。ありがとうございます。」
にこやかに答えたあと、ミッシェルは声を落とした。
「この事は、誰にも言わないでくださいね。」
「?」
「ガウェイン殿やアヴィンさんにもですよ。」
何事もないような顔で言ったミッシェルだったが、相手は、目を細めてよくよく考えてから請け負った。
「わかった。それより、昨日の話、考えてくれたかい?」
ミッシェルはにこりとした。
「ええ。お手伝いしますよ。ただ、今はやることがあるので、その後になりますが。」
「俺も船を手に入れなけりゃ、はじまらねえ。じゃあ、あんたの仕事が終わったら、また訪ねてきてくれよ。」
「わかりました。」
ミッシェルはその場を離れかけてふと気付いた。
「そうだ、あなたのお名前は。」
「船乗りトーマス。そう言ってくれりゃ、どこの港でも通じるぜ。」
「トーマスさんですね。それでは、いずれまた。」

「神木の葉はちゃんと持ったな。」
「ああ。」
「よし、出発だ。」
船を海岸に着けると、少し上の道で獣のいななきが聞こえた。
アヴィン、ミッシェル、それにガウェインは船を下りて獣車に移り、ヴァルクドの町を目指した。
御者台にいたアヴィンは、やがて草原の彼方に壁に囲まれた町を見つけて、胸がいっぱいになった。
獣車はヴァルクドの街中を通り、神殿の中庭に止まった。
一行は最高導師クロワールに帰還のあいさつをした。
「アヴィン、戻ってきたか。」
「クロワール様。ただいま真実の島から戻りました。」
「うむ。ご苦労じゃった。あいさつよりも病人じゃ。さ、行ってやりなさい。」
「アヴィン、わしが処方しよう。」
ガウェインが言った。アヴィンは懐から神木の葉を取り出してガウェインに渡した。
「頼む、ガウェイン。」

アヴィンは一足先にルティスのいる部屋を訪れた。
「お帰りなさい。聖なる神木の葉は?」
ルティスの看病をしていた修道士がアヴィンに聞いた。
「今、ガウェインが処方している。」
アヴィンが答えると、修道士は顔を輝かせた。
「そうですか。それはよかった。」
「ルティスの具合はどうなんだ?」
「相変わらずです。」
修道士は寝台のルティスを見やった。アヴィンものぞき込む。
ルティスは苦しそうな表情を浮かべていた。顔色が、ずいぶん悪くなったように見える。
意識はあるらしいが、目を開けたり、話をする気力はないようだった。
そこへ、わずかな液体の入った小さなビンを持って、ガウェインたちが入ってきた。
「出来たぞ。これを飲ませれば、ルティスの呪いは解けるはずだ。」
その声を聞きつけたのか、ルティスが苦しそうな声を絞り出した。
「あんたたち…なぜ…、あたしなんかを…助けようとする…。」
「苦しんでいる者を助けるのに理由なんか要るものか。」
アヴィンは語気強く言った。その勢いに押されてルティスが口を閉ざす。
ガウェインが小ビンを傾けて薬を飲ませようとする。しかし、間断なく押し寄せる痛みのせいか、ルティスはなかなかじっとしない。
「薬はこれだけしかないんだ。ああこう言っていて、こぼすなよ。」
文句を言いつつも、アヴィンはルティスの頭を支えて、ガウェインが薬を与えやすくなるようにした。
薬が一滴、また一滴とルティスの唇に滴っていった。小さなビンはすぐに空になった。

「どうだ?」
アヴィンは手を離した。
「…頭の痛みが、消えていく。」
ルティスは固くつぶっていた目を開いた。額に寄っていた縦じわが消えた。
息づかいもせわしなかったものが、深い、穏やかなものに変わってきた。
「苦しくない。…呪いが解けたんだわ。」
ルティスはアヴィンとガウェインを見た。
「効きおった。まさに奇跡だな。」
ガウェインが言った。
「良かった。」
一緒に部屋に来ていたクロワール導師も言った。
「これでもう大丈夫ですね。」
ミッシェルもほっとした様子で言った。
「本当に良かった。でも、呪いは解けても身体の消耗が激しいのですからね。ゆっくり休んで体力を回復してください。」
修道士がルティスに言った。
「・・・・・・」
「返事は?」
アヴィンがルティスを促す。
「わかった。」
ルティスは答えた。元気だったら文句の一つも言いそうなところだったが、今はそんな気力もないのだろう。
「それでいい。」
アヴィンは一人、納得していた。
事の成り行きを見ていたミッシェルは、ルティスの回復の様子を見て安心した。
「やれやれ、これで肩の荷が下りましたよ。」
「ミッシェルさん。」
ルティスが声を掛けた。
「はい?」
「世話になりました。」
「いいえ。私はアヴィンさんに付いて行っただけです。養生して、早く元気になってください。」
そして、出来ればアヴィンさんの助けになってやって欲しいですよと、心の中で付け足した。

「さて、私はこれで。」
「えっ…?!」
アヴィンがびっくりして振り返った。
「帰るのか?」
ガウェインが言った。
「はい。アヴィンさんやルティスさんの事が気になって、つい長居してしまいましたが。一度自分の世界へ帰ろうと思います。」
「ミッシェルさん……。」
アヴィンは言葉にならなかった。
「また、会えるかな?」
ガウェインが聞いた。
「ええ。また参ります。実は、ガウェイン殿の船の船乗りと約束をしましたので。」
「船乗り?」
「確か、トーマスさんとか。彼に付き合う約束をしましたので。その時には必ずお伺いします。」
「そうか。それは楽しみだ。では表まで送ろう。」
「ありがとうございます。」
ミッシェルとガウェイン、それにクロワールは部屋を出て行った。呆然と立っていたアヴィンは、はっとして後を追った。

「ミッシェルさん、待ってくれ!」
アヴィンがうしろから呼び止めた。
「どうしてこんなに急に。少し休んでから出発したっていいじゃないか。俺、もっとちゃんとお礼を言いたいし。」
しかしミッシェルは黙って首を振るだけだった。
どう頼んでも、ミッシェルが自分の意思を変えることはないのだ。そのことだけがアヴィンにはわかった。
「アヴィン、あまりお引き留めするんじゃないぞ。」
ガウェインが振り向いて言った。
「すぐに参ります。先に行っていてくださいますか。」
ミッシェルが答えた。ガウェインとクロワールは先に扉をくぐっていった。

「ミッシェルさん、前から決めていたんだね。今日、出発すること。」
アヴィンはミッシェルに聞いた。
「ええ、そうです。」
「教えてくれていたら良かったのに。」
「ごめんなさい。なかなか言葉にしづらくてね。でも、あなたが立ち直ってくれて嬉しいですよ。これで私も、心残りなく出発できます。」
アヴィンの返事はなかった。ミッシェルは扉に向かって歩きかけた。
『心残りなく?』 
胸につかえているものが、ミッシェルの足を止めた。 ミッシェルは振り返った。
アヴィンはミッシェルを見ている。ミッシェルはちょっとためらい、それから言った。
「アヴィンさん。私はあなたが好きですよ。」
アヴィンが驚いたように目を見張り、それから、はじけそうな笑顔になった。
「俺も、大好きだよ!」
アヴィンの笑顔がまぶしかった。何だか、一人で悩んでいたのがばからしくなった。
別々の道を行くからといって、自分の思いまで封じ込めることはなかったんだ。
友は友。大切に思う気持ちは、ずっと持ち続けていればいいんだ。
ミッシェルも笑顔になった。
「見送ってくれますか?」
「もちろん。」
二人は連れ立って歩き出した。

アヴィンは去っていくミッシェルを見送った。
アヴィンは再び一人になった。だが、今度はさみしさを感じなかった。
ガウェインや、神殿の人々や、冒険者の仲間たちや、ルティスまで…。
周囲にいる人たちと切り離されてはいない自分を感じることが出来た。
ひとりじゃない。
たとえひとりで行動していても、心の中にはみんながいる。…ミッシェルもいる。
だから、大丈夫だ。
アヴィンはきびすを返した。神殿へ。長く厳しい本当の旅へ向かって。

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