癒しの館 第2話:ミッシェルさん捏造企画
最終更新日2009年10月15日
癒しの館
第2話
「癒しの館」と呼ばれる魔法使いの屋敷には、十数人の子どもが暮らしていた。
みんな魔法使いだった。
水や火を操る魔法、傷を治す魔法。
覚えている魔法はそれぞれ違ったが、その魔法のために故郷に居られなくなった事は皆同じだった。
涙の跡も乾かぬラップが、年上の少年二人に保護されて館の談話室に現れると、子どもたちは安堵した表情を浮かべてラップを迎え入れた。
誰も家族のことは聞かなかった。
自慢の宝物の綺麗な石を見せてくれたり、輪投げ遊びに誘ってくれたり。
気を紛らわしてくれることが次々と披露された。
「ラップ、顔を拭けよ。」
迎えに来てくれた少年の一人が濡らしたタオルを持ってきてくれた。
「ありがとう。」
ラップは顔をごしごしと拭いた。
冷たかったが涙の跡が残らないようにしっかり拭いた。
「きれいになった?」
タオルを返しながらラップは少年に尋ねた。
「うん。大丈夫だよ。」
少年は請合った。
「お兄ちゃん、名前はなに?」
ラップは少年に聞いた。
「僕はアロン。館の子どもの中では一番年上だ。よろしくな。」
アロンはラップの頭に手を乗せて軽くぽんぽんと叩いた。
「もうじき晩御飯だ。館の大人の人たちに会えるよ。」
「おとなの人?」
ラップは母親と話していた白い服の大人を思い出した。
変わった服を着ている人だった。
「ここは病気の人を診る所なんだ。魔法を使って病気を追い払うんだよ。僕たちの中からも癒し手になって館で働いている人がいるんだよ。」
「ふうん。」
アロンの話は少しばかり難しかった。
病気を治す魔法というのが、ラップには想像がつかなかった。
館の一階には広間があり、そこに全員が集まって食事を取るのが習慣になっていた。
広間の奥手には大人がたくさん座っていた。
皆、昼間見たような白い服を着ていた。
腰紐の色は様々だった。
緑、青が多かったが、赤と紫も見ることができた。
子どもたちは大人とは別のテーブルに座った。
テーブルには湯気の立つ野菜の煮込みとパンが並んでいた。
「今日来たのは君だね?」
ひとりの大人がアロンの隣に座っていたラップに声を掛けた。
その男は赤い腰紐を巻いていた。
ラップはこくりと頷いた。
「名前は?」
男は尋ねた。
「ラップ。」
「ラップ”です”だな。もう一回言ってごらん。」
男はラップに言い聞かせるように言った。
「ラップです。」
ラップはいささか緊張して答えた。
「よろしい。さあ立って。」
男はラップを立たせると、広間に向かって声を掛けた。
「みんな。」
よく通る大きな声で、一瞬で部屋中が静かになった。
「今日から仲間になったラップだ。よろしく頼む。」
たくさんの人に注目されて、ラップはドキドキした。
大人のテーブルの一番端に座っていた老人が立ち上がった。
その人は紫色の腰紐を巻いていた。
「新たな仲間が良き癒し手に、薬師に育つよう願おう。」
老人は手に持ったコップを目の高さに掲げて言った。
「一日の終わりに食のあることを感謝しよう。お疲れさま。」
「お疲れさま。」
みんなが唱和した。
食事の時間が始まった。
「うむ。もう座りなさい。」
男がラップに言った。
「はい。」
ラップは気を付けて、きちんと返事をした。
食事が済むと、ラップたちは片付けに駆りだされた。
その後は寝室のある三階に戻って、自分の部屋や談話室で思い思いに過ごすのだった。
「君は、癒しの魔法は使えるの?」
談話室で、ラップは背の高い少年に話し掛けられた。
アロンとダニーより、少し年下のようだったが、背は二人より高かった。
「いやしの魔法?」
昼から何度か聴いた言葉だったが、ラップにはどういうものか想像がつかなかった。
「知らないのか。それじゃ、何が出来るんだ?」
少年は重ねて聞いてきた。
「風とか水だよ。」
ラップは答えた。
火も起こせるけど、これはあまり自信がなかったので言わなかった。
「かまいたちは出来るか?」
少年の隣にいた、別の子どもが聞いてきた。
またも知らない言葉だった。
ラップは首を横に振った。
「かまいたちって、何?」
「なんだ、知らないのか。」
ラップに尋ねた子どもは得意そうに言った。
「手、出してみな。」
言われるままに、ラップは片手を差し出した。
「これが普通の風。」
子どもはラップの手の上で魔法を唱えた。
手の甲をくすぐるような、弱くて柔らかな風が起こった。
「こっちがかまいたちだ。」
子どもは別の詠唱をすると、ラップの手の上で物を切るような仕草をした。
「痛いっ!」
ラップは思わず声を上げた。
手の甲に赤い筋が付いていた。
何人かがラップたちの方を注目した。
「ダットン、ルイス、何やってんだ。」
ダニーが聞きとがめて寄ってきた。
「実演してたんだよ。なあ。」
ダットンと呼ばれた子どもがラップに同意を求めた。
ラップは答えられなかった。
傷付けられた手をかばい、ラップは唇を噛み締めた。
「この子はかまいたちも癒しの魔法も知らなくてね。さあ、これが癒しの魔法だ。」
背の高いルイスが、傷付いたラップの手を取ると、傷に自分の手を重ねた。
傷の付いたあたりがじんわりと温かくなった。
ラップは自分の手と、術を掛けているルイスの顔を交互に見た。
ダットンは声に出して魔法を唱えていたが、ルイスは唇がかすかに動いているだけだった。
「ほら、もういいよ。」
ルイスが手をどけると、そこにはもう傷跡はまったく残っていなかった。
「うわあ・・」
ラップは傷のあった辺りを触ってみた。
傷もなく、痛みもすっかり消えていた。
「君は攻撃魔法の使い手なんだね。せいぜい頑張るんだな。」
ルイスはそう言い残して談話室を出て行った。
ダットンも追い掛けるように出て行った。
「ラップ、お前俺たちと同室だって。もう寝るぞ。」
ダニーに言われ、ラップはまだ手の甲をさすりながら後を付いていった。
「人を実験台にして謝らないなんて最低な奴らだ。」
部屋に入ってからダニーは一人で愚痴った。
アロンは、本を見ながらそれを聞き流していた。
ラップは寝巻きに着替え、自分の使うベッドに腰掛けて、ダニーの演説を拝聴していた。
ベッドの脇には布袋が一つ置かれていた。
中に入っていたのは数組の衣服と寝巻きで、ラップがいつも使っていたものだった。
それを見たときは少し悲しくなったが、昼間のように大泣きすることはなかった。
この「癒しの館」は、確かに魔法使いには居心地の良いところだった。
何よりも仲間が側にいるのが心強かった。
ダニーがルイスとダットンを糾弾しているのも、自分をかばってくれているようで嬉しかった。
「ダニー。」
お喋りが一段落したところで、アロンが口を挟んだ。
「ラップはこれからここに住むんだ。ルイスたちとも上手く付き合わなきゃならない。ダニーの考えを押し付けるのは良くないよ。」
「馬鹿言うな。」
ダニーはアロンの主張を聞くと、言下に否定した。
「ルイスは確かに頭がいい。魔法も得意だし強力だ。でも奴には思いやりが足りないんだよ。小さい子に魔法をあてさせるなんて、危険極まりないことだ。」
「それは確かにそうだけど。でもラップが自分の考えを持つ方がいいと思うんだよ。」
「まだ5歳だ。自分で考えるのは無理だよ。なあ、……」
ラップのベッドを見て、ダニーは口をつぐんだ。
「あれ、いつの間に…。」
アロンも苦笑する。
ラップは仰向けに寝ころんで、ぐっすり眠っていた。
二人は協力してラップを布団に寝かしつけた。
「まっすぐ育つかな、こいつ。」
ダニーがつぶやいた。
「お前が変な事吹き込まなきゃ大丈夫。」
アロンが言い返した。
「変とは何だ。傷つけられる前に覚悟させたいだけだ。ここで癒し手以外の子どもが重宝されることはないぞ。アロンが一番分かってるくせに。」
ダニーの追求に、アロンは唇を噛んだ。
「…仕方ないさ。攻撃魔法が役に立つことなんてないんだ。」
(2009/10/15)