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癒しの館 第5話:ミッシェルさん捏造企画

最終更新日2011年7月22日

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癒しの館

第5話

ラップは8歳になった。
館に住みはじめて三年が経っていた。
今は4歳年上のダットン、2歳年上のサム、1歳年下のレミーと同じ部屋だ。
昨年まで部屋の主だったルイスは、周囲の期待通り館の癒し手として大人の仲間入りを果たした。
ルイスの癒しの技は強力で、大人たちの期待によく応えているらしい。

新しく部屋の最年長になったダットンは、ルイスの友だちで攻撃魔法の使い手だった。
彼はラップが館へ来た日、手の甲にかまいたちを浴びせたのだった。
そのため、ラップにとってあまり相性の良い仲間ではなかった。

ルイスが抜けてからというもの、それまでルイスの影で気楽に振舞っていたダットンには試練の日々が続いていた。
小さな子どもたちに草取りを命じ、自分は木陰で休んでいると、いつの間にか子どもたちが四散して遊びだしてしまう。
薬草作りの火の番を他の子どもに代わらせると、その子が目を離して煮詰め過ぎ、台無しにしてしまう。
ユベール薬師に怒られるのは、もちろんダットンだ。
それを周りの子どもがサボるせいだと決め付けて、彼はいつもイライラしていた。
同じ部屋のラップやサムは、ダットンのはけ口にされて閉口していた。
特にラップは、きつく当たられる事が多かった。
今やラップの使える魔法の数はダットンをはるかに超えていた。
風・水・火・土、ラップに扱えない魔法はなかった。
ダットンはその事をうらやんでいた。
ラップは自然と部屋に居つかなくなっていた。

自由な時間にラップの向かう場所は、談話室ではなく館の書庫だった。
最初に訪れたのは薬草学を学ぶためだった。
薬草学は、唯一癒しの才能がなくても取得できるものだった。
ラップは薬草の扱いについては平凡な生徒だったので、館に残って働こうと思うなら、より詳しい知識を身につける必要があった。
草の名前や薬効の種類、または精製方法や使い方を覚えるために書庫の書物を頼ったのだ。
最初はたどたどしく文字から覚えていたラップだが、読むことが楽しくなるにつれ、読書に夢中になっていった。

だがしばらく経つと、ラップの興味は薬草学から他のものへと移っていった。
書庫には多くの書物があり、たわいのない冒険活劇、様々な小説、歴史書、それに魔法について記された本も多かったのである。
魔法の使い方の本、
魔法使いが書き表した紀行本、
魔女の海について記した本、
呪いの本、
古代魔法を解き明かそうと試行錯誤した本、
妖術の本。
中には古代文字で書かれているものもあった。
ラップはそれらの本を手に取るようになっていった。

ユベール薬師と書庫のオズワルドは常にラップを見守っていた。
二人はラップが知識を吸収するのを妨げなかった。
一方で、禁じられた魔法や呪いの恐ろしさについて、二人はよくよく語って聞かせた。
この三年で、ラップの持つ魔法力が強大なことは、誰の目にも明らかになった。
この力を持ったまま、闇の考えに取り込まれることがあってはならなかった。
秀でたものがあるからといって得意になってはいけないと、ラップは教わった。
それは、ラップには身に染みて感じられる教えだった。
最初の頃親しかった仲間は、ラップの魔法力が自分たちを遥かに追い越していると知ると、少し距離を置くようになってしまった。
あからさまに敵対心を燃やすダットンだけではない。
歳が近くて仲の良いサムでさえ、ふざけ合うほど打ち解けることは滅多になかった。
持てる力におごらないこと。
それは、ラップが数少ない仲間と触れ合い続けるために、決して軽んじてはいけないことだった。

今年になって、オズワルドはラップに古代文字を学ぶことを許可した。
普通の言葉でさえまだ勉強途中のラップには、敷居の高い難解な学問だった。
それでも、ぼろぼろになった古文書を読みたくて、ラップは熱心に勉強をした。

ユベール薬師は、既に自分の持つ魔法の全てをラップに教えてしまっていた。
魔法を教わる時間、ラップは書庫の魔法書を調べ、結界や飛行、空間転移といった難度の高い魔法を自習しようと考えた。
どれ一つとっても簡単に覚えられるものではなかった。
だが、それらは館の生活の窮屈さを和らげてくれるものたちだった。

ある日、子どもたちは薬草を摘みに遠出していた。
一口に薬草といっても、簡単に見つかるものも、熱心に探さなくては見つからないものもある。
サムが珍しい薬草を崖下に見つけたので、誰かを下ろして摘んでいくことになった。
身体に綱を巻いて下りていき、登るときには皆で引っ張って身体を引き上げるのを手伝うのだ。
一番軽い小さな子どもを行かせればいいのに、ダットンは自分が下りると言い出した。
「丁寧に採らないといけないからな。俺が自分で行く。」
珍しい薬草を持ち帰れば、館の大人は褒めてくれる。
ダットンは自分が褒められることばかり考えていたのだ。
サムとラップは困って顔を見合わせた。
ダットンはもう12歳。
身体も大きく、重い。
「ねえダットン。僕が下りようか。」
サムが言ってみたが、ダットンは聞かなかった。
片方の端を手頃な木の幹に結ばせると、さっさと自分の腰に綱を巻いて縛る。
「さあみんな、綱を持つんだ。ちゃんと持っているんだぞ。」
仕方ない。
ラップとサムはあきらめて、ほかの子どもと一緒に綱を握った。

ダットンは足場を探りながら崖を下りていった。
上では残りの子どもたちが全員で綱を引いている。
目当ての薬草が視界に入った。
もう少し下りれば手が届くのだが、しっかりした足場がなかった。
ダットンは小さな出っ張りにつま先を置いてゆっくり体重を掛けた。
あと少し、もう少し。
思いきり腕を伸ばした途端、足を掛けていた出っ張りが体重を支えきれずに崩れた。
「うわあっ!」
ダットンは両足をぶら下げて中吊りになってしまった。
「わあっ!」
「どうしたの?!」
崖の上から、子どもたちの悲鳴があがった。
「足場が崩れたんだ。引っ張り上げてよ!」
ダットンは叫んだ。
「無理だよ! 重いよ!」
綱は子どもたちの手を引きちぎりそうにピンと張っていた。
自分たちが引きずられないように支えるだけで精一杯だった。
ラップとサムは崖の際まで進み出てダットンを見た。
足を掛ける場所がなくなってしまい、綱にぶら下がっている。
これでは引っ張り上げるのは至難の技だ。
「館に応援を頼む?」
サムが言った。
「ここからじゃ遠いよ。応援が来るまで待てないよ。」
ラップが答えた。
「木にはしっかり結んだから、落ちることはないと思うんだけど…」
サムが綱を結んだ木を振り返った。
確かにしっかりした太い木で、ダットンの体重でもびくともしていない。
「引っ張り上げる力が足りないんだよね。」
サムは両手で綱を引っ張ったが、ちっとも持ち上がらなかった。
ラップも一緒に力一杯綱を引いたが、それでもダメだった。
「足が掛かるところまで持ち上げないとだめだね。どうしよう。」
ラップは何か魔法が使えないかと考えた。
風を起こしてダットンの身体を浮かせるのはどうだろう。
でも、ダットンの真下から身体を持ち上げるほど強い風を起こしたら、ほかの子どもたちも巻き込まれて大変な事になりそうだった。
何より折角見つけた薬草を台無しにしてしまうだろう。
『風はダメだ。』
他に何か出来ないかと思ったラップは、飛んでみようかと思いついた。
まだ実践した事はないが、詠唱する言葉はしっかり覚えている。
ダットンの身体を持ち上げて飛び上がれば、引っ張る力は少しですむ筈だ。
「サム、僕、ダットンを抱えて飛んでみるから、みんなで引っ張ってくれる?」
「飛ぶ?」
サムは目を丸くして聞き返した。
「うん。飛んでいってダットンを持ち上げてみる。」
「わかった。引っ張れって合図してよ。」
「うん。」

ラップは崖のふちに立った。
魔法書にあった詠唱を、慎重に口の中で唱える。
足がふわりと地面から浮いた。
身体のバランスが傾くのを、慎重にまっすぐに整える。
「うわ…。」
サムが感嘆の声を上げた。
そのままゆっくりと、ラップは崖の下へ降りていった。
両手で綱にしがみついているダットンと目が合った。
浮かんでいるラップを見て、ダットンは目を丸くした。
「ダットン、僕が持ち上げるから。」
ダットンが言葉が出てこず、コクコクと頷いた。
ラップはダットンの背中側から両脇に腕を差し入れた。
「サム、持ち上げるよ!」
大声で叫んで、自分も飛び上がる。
二人分の重さは想像以上だった。
少しづつ、少しづつ、飛ぶというより、じりじりと浮かび上がっていく。
みんなの引っ張る力が綱から伝わってくる。
それにも助けられてダットンは持ち上がっていく。
ラップは歯を食いしばった。
魔法の消耗が激しかった。
「ダットン、崖に掴まれる?」
ラップは声を絞り出してダットンに言った。
ダットンは我に返った。
もう大分崖の上の方に差し掛かっていた。
下りるときに使ったしっかりした足場がある。
ダットンは自分でも手足を使って上を目指した。
「もうちょっとだ! 頑張って!」
崖の上からサムやほかの子どもたちの声がする。

ダットンの身体が崖の上に持ち上がると、安堵の声と歓声が上がった。
ダットンもラップも息を切らして地面に身体を投げ出した。
「良かった、どうなるかと思った。」
サムがホッとした様子で言った。
「うん。助かってよかった。」
ラップも言った。
「すごいね、ラップ。」
小さな子どもがはしゃいだ。
ラップは笑顔を浮かべた。魔法が役に立ったことが嬉しかった。

ダットンが身体を起こして座り込んだ。
硬くこわばった表情をしていた。
「あんなことが出来るなら、お前があの薬草を摘めば良かったじゃないか。」
ダットンはラップに向かって言った。
「え…。」
みんなが言葉を無くしてダットンを見た。
「ダットン……。」
ラップは辛くなった。
せめて一言の感謝があってもいいと思った。
「下りるって言ったのはダットンじゃん…。」
「そうだよ。サムが下りるって言ったのに。」
子供たちが口々に言った。
「時間を無駄にしちまった。さあ、もう行くぞ。」
ダットンは周りのおしゃべりを無視して声を張り上げた。
子供たちが納得のいかない表情でダットンを見返した。
「採ってくるよ。」
ラップは呟きながら立ち上がった。
ダットンの事は心から追い出して、魔法の詠唱に集中して、ラップは崖の下へ下りていった。
薬草を摘んで戻ると、ラップはダットンではなく、ほかの子どもにそれを渡した。

館に戻ると、ダットンは真っ先に珍しい薬草を自分でユベール薬師に渡した。
「おお、いい物を採って来たな。誰が見つけた?」
「僕です。」
サムが手を上げた。
「そうか。サムは目が良いな。」
「採るのが大変だったんですよ、先生。」
ダットンが手柄を取ったとばかりに話し出した。
「すみません先生、疲れたので休んで良いですか?」
ラップが話の腰を折るタイミングでユベールに話し掛けた。
ダットンが黙り込んだ。
「疲れた? …ああ、わかった。」
ラップの表情を伺い、ユベールは許可を出した。
「ありがとうございます。」
ラップは一礼して館の建物に入った。
背後で再びダットンがお手柄を言いふらし始めていた。

ラップは書庫へたどり着くと、お気に入りの窓辺に座り込んだ。
せっかく飛行の魔法を成功させたのに、少しも嬉しくなかった。
褒めてもらいたくてした事ではない。
だが、ダットンの窮地を救ったことも事実だ。
ライバル心はさておき、せめて一言、言ってくれても良いのではないだろうか。
「ふう。」
ラップはため息をつき、上半身を倒して机に突っ伏した。
『疲れた……。飛行魔法って、体力をすり減らすなあ。』
もっと身体を鍛えようとラップは思った。
目を閉じると、眠気が襲ってきた。

「ねえ。あなたでしょ、あの薬草を摘んだの。」
突然声を掛けられた。
「え?」
顔を上げると、目の前に年上の少女が立っていた。
館の子どもに女の子は少ない。彼女らは館の女性たちと同居しているので、普段談話室で会うこともなかった。
それでも、目の前にいる少女の名前だけはラップも知っていた。
「エリザさん?」
癒し手で、ルイスの次に館に残るだろうと噂されている少女だった。
「ええ。」
エリザはにっこりと笑った。
ラップより3つか4つ年上のはずだ。
背も伸びていたし、一つ一つのしぐさが大人びていた。

「ダットンがお手柄のことは全部話してくれるよ。」
ラップが皮肉を込めて言うと、エリザはクスクスと笑った。
「拝聴してきたわ。片手に命綱、片手に薬草を持っていたなら、どうやって崖を上ったの?って聞いたの。そうしたら、顔を真っ赤にしていたわ。」
エリザは笑いをこらえて言った。
余計なことをするなあと、ラップは眉をしかめた。
きっとみんなの目の前で言ったんだろう。
部屋に帰ったら、間違いなくダットンは機嫌が悪いだろう。
「ほかの子がね、あなたが崖の下へ飛んでいって薬草を採ったって言ってたの。」
エリザはラップの前に身体を乗り出した。
「本当に飛んだの?」
秘密の話をするみたいに、小さな声で尋ねられた。
「本当だよ。」
ラップは普通に答えた。
「すごいわね。」
エリザが目を見張った。ラップは小さく笑った。
「ダットンみたいにわがままな人は甘やかしたらダメなのよ。もっときつく言ってもいいのに。」
エリザはまるで日頃のダットンを知っているかのように言った。
「ダットンとは同じ部屋なんだ。僕らがいじめられることはしないで欲しいんだけど。」
ラップはエリザに進言した。
「あら。ごめんなさい。」
エリザは意外そうに口元に手を当てた。

「ねえ。あなた、ラップ君よね?」
突然自分の名前を呼ばれてラップは目を丸くした。
なぜ初対面に等しいエリザが自分の名前を知っているのだろう。
「そうですけど。」
ラップは当たり障りなく答えた。
「オズワルド先生から聞いたんだけど、古代文字の勉強を始めたんですって。」
「はい。」
「どのくらい読めるの?」
「まだ、ほんの少し。」
何故そんなことを聞かれるのだろうとラップが不思議に思うと、エリザはまたにっこりと笑った。
「私も前から勉強中なんだけど、ルイが働くようになってから一緒に勉強する相手がいないの。良かったら時間を合わせて勉強しない?」
「え…。」
「オズワルド先生もその方がご負担にならないと思うの。どう?」
断る理由はなかった。
独学では勉強の進みは遅かったし、先生に聞くほどでもない疑問は、話す相手もいなかった。
「僕はいいですよ。」
ラップは答えた。
エリザは当然の答えが返ってきたというように頷いた。
「良かった。それじゃ先生に話してみるわ。よろしくね。」
エリザはサッと手を差し出した。
ラップは面食らった。
おずおずと手を出すと、エリザはぎゅっと力を込めて手を握った。
「じゃあ、またね。」
エリザはそう言うと、さっと書庫を出て行った。

ラップはふぅと息をついた。
『ちょっと強引な人だなあ。』
でも、何だがいい気分だった。
館に同じ事に興味を持つ人がいたことが嬉しかった。
本棚を見回して、所々にある古代文字を眺める。
古代文字だということは分かるようになったが、読む力はまだまだ頼りないものだった。
仲間と一緒に勉強できたら、覚えるのも早くなるかもしれない。
そう考えると楽しみに思えた。
しかし、ルイスが古代文字を勉強していたとは知らなかった。
『ルイスなら当たり前かな。』
ラップは思った。
ルイスは頭もいいし知識も豊富だ。
古文書に興味を持っていたとしても不思議ではないと思えた。

ラップは毎日館の敷地を走ることにした。
強い魔法を使うためには、強い身体が必要だと感じたからだ。
館の本館から女性たちの住む別館へ、さらに庭に広がる畑の横を抜けて走る。
館を取り巻く壁に沿って何周かすると、気持ちよく汗をかき、身体も軽くなった。

数日経った頃、ラップは庭の隅にある古びた建物に目を留めた。
建物の入り口が開いていて、人影が見えたのだ。
それに中の様子も気になった。
それまでは倉庫だと思っていたのだが、チラッと祭壇のようなものが見えたのだ。
ラップは走るのをやめて建物に入っていった。

建物の中は薄暗かった。
明かりは点っておらず、中の空気はひんやりと湿っていた。
正面に古びた祭壇があって、鋭く尖ったガラスのような物が備えてあった。
先程見かけた人影は祭壇の前にいた。
「オズワルド先生。」
ラップは見覚えのある後ろ姿に声を掛けた。
「うん、ああ、ラップか。おはよう。」
「おはようございます。何をしてるんですか?」
「掃除をしようと思ってな。丁度いい、手伝いなさい。」
オズワルドは手に持っていたほうきをラップに差し出した。
「え。」
ラップは一瞬ためらった。
「何か言ったか?」
「いえ、わかりました。」
ラップはほうきを受け取った。
「祭壇の上から順に、埃を落としていくんだ。」
「はい。」
ラップは靴を脱いで祭壇の途中まで登り、掃除を始めた。
埃は白く積もっていて、数ヶ月の間掃除をしていない様子だった。
祭壇の正面中央に置かれた三角錐の埃を払うと、そこに人影が映った。
「あれ?」
ラップは気を付けてもう一回ほうきを動かした。
表面に映った人影も同じ動きをした。
「これ、鏡ですね。」
ラップはオズワルドに言った。
「うむ。魔法の鏡と言われておる。」
オズワルドは周囲の棚や壁の埃を叩きながら言った。
「魔法の鏡?」
ラップはしげしげと鏡を覗き込んだ。
ほうきで掃ったくらいでは汚れは取りきれず、映っているはずのラップの顔もわからなかった。
「なんでも昔、魔女がこしらえた物らしい。今も時折参拝の者が来るのでな。巡礼の季節になると掃除をしておくんだよ。」
オズワルドはラップに向かってボロ布を放り投げた。
ラップはその布で、鏡を丁寧に拭き上げた。
興味津々に覗き込んでいる自分の姿が見えるようになった。

鏡と祭壇と床の埃を取り終えると、ラップは珍しそうに祭壇を眺めた。
「ここでは何をお祈りするんですか?」
「いや、祈りを捧げるのではないらしい。巡礼者は特別な短剣を鏡の前に供えるそうだ。そうするとお告げが見られるらしい。」
「らしいって、先生は見ていないんですか。」
ラップはオズワルドを振り返った。
「そのときには巡礼者以外の者は外に出るのだよ。長いことここを預かっているが、お告げを見たことはないな。」
オズワルドはラップからほうきを回収すると建物の外へ出て行った。
「ふうん。不思議なものですね。」
ラップも後を追って外へ出た。
外の空気は乾いていて澄んでいた。
ラップは深呼吸すると、身体に付いた埃をバタバタと叩いて落とした。

「そういえば、エリザがお前と一緒に勉強をすると言っておったが。」
オズワルドも身体に付いた埃を払いながら言った。
「はい。」
ラップは答えた。
「あちらは大分進んでおるぞ。まあ良かろう。今夜書庫へ来なさい。」

ラップは数日に一度、エリザと共にオズワルドから古代文字の指導を受けることになった。
エリザは、読み書きの基本を習っているラップと違い、実際に古代文字で書かれた本を訳しながら学んでいた。
ラップは自分の学習をしながら、オズワルドとエリザのやり取りを聞き、断片的ながらも興味深い古代文字の世界に触れた。

エリザは時々、ルイスお勧めの本をラップに紹介してくれた。
ラップが読みたがる魔法の本とは、一味も二味も違う本たちだった。
癒しの魔法習得のコツ。
癒し手の心得大全。
薬草の加工を補助する魔法。
呪い祓いの薬草学。
書庫のどこにあったのか、全く見当もつかなかった。
ルイスはきっと、書庫の隅々まで頭の中に入っているに違いない。

「どうしてこの本を僕に?」
一度ラップはエリザに尋ねた。
「ルイがあなたに読ませたいって言ってたの。」
エリザはいつも、ルイスのことをルイと呼んだ。
二人はきっと親しいのだろうとラップは感じていた。

ルイスの意図は、はっきりとは分からなかった。
ただ、ラップが突き詰めたいと願う攻撃魔法の本は、一冊も勧められなかった。
館のために勉強しろと言われている気がして、ラップは少し気が重かった。

(2009/10/30)
(改訂 2011/7/22)

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