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癒しの館 第6話:ミッシェルさん捏造企画

最終更新日2009年11月6日

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癒しの館

第6話

館の周りのじめじめした湿地。
そこがラップの魔法練習場になって早二年になる。
作物も育たない荒地は、落石の魔法を受けて大穴を開けられたり、時には奈落に落ちる亀裂を作られたりした。
それらの魔法は、もう館の敷地内では試すことが不可能だったのだ。
ラップは魔法書の通りに魔法を発動させることは出来たが、館の庭の中だけに限定して魔法を発動させるような、力の厳密なコントロールはまだ未熟だった。
今も上空に飛んで上がったラップは、右手を高く掲げ、雷鳴を呼んで落とそうとしていた。
「あれ?」
荒地の中を細く横切る道に人影があった。
ラップは力を集中させるのを止めた。
人に危害を加えてはいけない。
館には患者として普通の人々がやってくる。
彼らを怖がらせてはいけなかった。

人影は3人連れだった。両親と小さな女の子。
ラップは地面へ着地すると、彼らに近づいていった。
「館に御用ですか?」
ラップが尋ねると、大人の男性がぎこちなく頷いた。
「そ、そうだ。うちの娘を引き取ってもらえないかと連れて来たんだ。」
「……」
聞いて気持ちのいい言葉ではなかった。
ラップは二人が連れている女の子に目をやった。
5~6歳くらいだろうか。
自分が別れの場に連れて来られたとは分かっていない様子だった。
魔法が珍しかったとみえ、ラップを見て目を丸くしている。
「館で大人たちが話を聞きます。付いて来てください。」
ラップは三人の先に立って歩き始めた。

「おにいちゃんの名前はなに?」
女の子がラップに聞いた。
「ラップだよ。」
ラップは答えた。
「ふーん。」
女の子はあまり関心なさそうに答えると、じっとラップの方を見た。
何かを期待している目つきだった。
いささか困惑したラップは、やがて女の子の求めているものに気が付いた。
「きみの名前はなんていうの?」
ラップが尋ねると、女の子は待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
「あのね、わたしはね、ミシェル・ヘンリエッタ・エメライナ・オリアーナ。」
「え?」
まるでお姫様のような長い名前をつらつら告げる女の子に、ラップは面食らった。
「だからー、ミシェル・ヘンリエッタ…」
「あなたはエミーでしょ!」
後ろを歩いていた女性が、鋭い声で女の子の言葉をさえぎった。
「やだ、そんな名前!」
女の子はほっぺたを膨らませた。
ラップは思わず苦笑した。

館の建物に入ると、ちょうど見知った顔が歩いてくるところだった。
「ルイス!」
ラップは癒し手の服を着たルイスに声を掛けた。
ルイスは今年17歳。もうすっかり大人の若者だった。
「珍しいな、何だ?」
ルイスはラップの側で足を止めた。
並んで横に立つと、10歳のラップはルイスの胸ほどの背丈しかなかった。
「子どもを預けたい人が来たんだ。門で待ってもらってる。」
「そうか。じゃあ僕が応対しよう。」
ルイスは先に立って外へ出て行った。

館は、ほぼ例外なく申し出のあった子どもを引き取っていた。
その子がどんな素質を持っているのか、時間を掛けて見極めるためだ。
ルイスは先程の親子と少し話をしたあと、ラップを手招いた。
「二階にエリー…エリザが居るから、ここへ来るように伝えて。」
「わかった。」
「伝えたら、君はもう行って良いから。」
「うん。」
ラップは女の子に手を振った。
「じゃあね、エミーちゃん。」
「いや! その名前はいや! ミシェルかヘンリエッタがいい。」
エミーはまだ名前ごっこをしていた。
ラップは半ばあきれて、空想の名前で言い返した。
「じゃ、ミシェルちゃん。またね。」
「またね、おにいちゃん。」
一瞬で浮かんだエミーの笑顔に送られて、ラップは館に入っていった。

館の二階は病室や診療室だ。
癒し手の子どもは毎日を過ごす場所だが、そうでないラップには滅多に来ない未知の階だった。
癒し手たちとすれ違うとき、幾人かはラップを好奇心の眼で見ていった。
うつむいて、気付かない振りをしながら、ラップはエリザを探した。
病室から出てきたエリザを見つけたのは二階を殆ど歩き通した頃だった。
「エリザ、ルイスが門のところへ来るようにって。」
「あらラップ、門ですって?」
エリザは少し首をかしげて聞いてきた。
「小さな女の子を預けに来た人がいるんだ。」
ラップが言うと、エリザは納得した様子だった。
「わかった、すぐに行くわ。ありがとう。」

用事の済んだラップは、館の外へ出ることはせず、ほかの子どもたちが魔法の指導を受けている庭へ出た。
「何だラップ、今日は魔法はおしまいか。」
いきなり横合いから声を掛けられた。
ラップはぎょっとして声の主を見た。
「今日は外へ出てきたんだ。珍しいね。」
「フン、また誰かが愚痴ったんだろ。引っ張り出されたんだよ。」
庭の日当たりの良い壁に、ダットンが暇を持て余した様子でもたれていた。

今年14歳のダットンは、館に残れそうな薬草学の知識もなく、独り立ちして出て行くだろうと思われていた。
そのため彼は荒れていた。
畑仕事をしない。
食事当番もサボる。
薬草学や魔法の授業にも出ない。
出たとしてもまわりに突っかかる。
部屋でもいつも寝転がっていて、ラップやサムに当り散らした。
ユベール薬師もダットンの荒れ具合には手を焼いていた。
怒るとしばらくは言うことを聞くのだが、芯から矯正したわけではなく、また元に戻ってしまうのだ。
ラップは彼に自分の魔法を見せるのが嫌だった。
ラップだけでなく他の子どもたちにまで当り散らすからだ。
館の外へ魔法実践の場を求めたのは、少なからずダットンの影響もあった。

「人を案内してきたんだ。もう時間が少ないから畑を手伝うよ。」
ラップは無駄と思いながらも言葉を付け加えた。
「畑の仕事、一緒にやる?」
「やだね。」
一言、きっぱりと拒絶された。
ラップはダットンの勧誘をあきらめて、庭の中央へ進んでいった。
庭ではユベール薬師が攻撃魔法を教えていた。
ラップは頭を下げて挨拶すると、何か畑仕事がないか尋ねた。
今日必要な野菜の種類と数を教わると、ラップはさっそく収穫に取り掛かった。

「こんばんは先生、ラップ。」
「こんばんは。遅かったね、エリザ。」
書庫での古代文字の授業はずっと続いていた。
「こんばんは、エリザ。では、早速始めよう。」
オズワルドは二人を促した。
ラップは古代文字で書かれた魔法の本を開いた。
今では、ラップも実際に本を使って勉強していた。
文字を読むことが勉強だった最初の頃と違い、今は、そこに書かれた内容についてオズワルドやエリザと話し合うことが出来た。

「やることが沢山あったの。疲れちゃったわ。」
休憩時間にエリザは大きく背伸びしてみせた。
「この間呼びに行ったときも忙しそうだったね。」
「そうなのよ。ルイが雑用を押し付けるし…。」
そう言いながらも、エリザの表情は楽しそうだ。
ふと、エミーのことを思い出して、ラップはエリザに元気にしているかと尋ねた。
「エミー?」
エリザは怪訝な顔をした。
「そんな子いたかしら。」
エリザが覚えていないのに驚き、ラップはあわてて説明した。
「僕がエリザを呼びに行ったとき、ルイスが会ってた子だよ。自分ではミシェルとかヘンリー…ヘンリエッタだったかな。そんな名前を言っていたけど。」
「ああ、あの子ね。」
エリザは顔を曇らせた。
「何かあったの?」
ラップは心配になって尋ねた。
「あの子、もういないわ。家事手伝いの口があって、すぐ引き取られていったの。」
エリザが声を落として言った。
「どうして?」
ラップは逆に声を強めて尋ねた。
「あの子ね、魔法使いじゃなかったのよ。」
エリザはますます声をひそめた。
「え?」
ラップは返す言葉を無くした。
「たまにあるのよ。きっと訳があって養えないんでしょう…。でも、館は魔法使いのための場所だから。」
エリザの言葉に現実を垣間見て、ラップは複雑な思いに駆られた。
手の平をぎゅっと握り締める。
「家事なら僕たちもやっているじゃない。あの子一人くらい仲間に入れてあげてもいいのに。」
「それに魔法の修行もね。普通の子どもを助けてくれる場所は他にもあるわ。でも、魔法使いを引き取ってくれる施設は滅多にないのよ。」
エリザはラップの怒りがこもった拳を両手で包んだ。
「小さな魔法使いをいつでも受け入れるためには、普通の子には違う道に行って貰わなくてはならないの。わかるでしょ。」
「わかるけど…。」
ラップは辛くなった。
お姫様のような名前で呼ばれて、ニコニコと笑っていたエミーの顔がいつまでも消えなかった。

二人が勉強を終えて書庫から出てくると、少し離れた廊下でルイスとダットンが話し込んでいた。
「なあ、ルイス。君の口利きで俺も館に残れるように言ってくれよ。」
「ここへ残すかどうかは、僕のような若輩者が進言できることじゃない。君の実力次第だ。努力したらどうだい。」
すがるように頼み込むダットンに対して、ルイスの口調は粗雑ではないものの冷ややかだった。
「今から頑張ったって、俺の実力じゃ残れないよ。なあ頼むよ、お願いだ。」
「君の行いが不真面目な事は、癒し手の中でも知られているんだ。そういうものは、自分の力で変えていかなくては駄目だろう?」
子ども時代、いつもダットンを連れ歩いていたのに、今のルイスはダットンに何の情けも掛けなかった。
「俺とあんたの仲じゃないか! 助けてくれたって良いじゃないかよ!」
ダットンは声を荒げた。
「ダットン、ルイに不正を働けというの?」
エリザがダットンに向かって叫んだ。
ダットンもルイスも、そこではじめてエリザとラップが居ることに気付いた。

「何だよお前ら…。」
ダットンは自分のなりふり構わない行動を見られていたと知って狼狽した。
「エリー、立ち聞きは良くないな。」
ルイスは神妙な顔つきでエリザとラップを見た。
ラップはなぜか胸がどきどきした。
「勉強が終わったところなの。聞くつもりではなかったのよ。」
エリザは言い返した。
「ちぇっ!」
ダットンははき捨てるように言って駆け出した。
「おい、誰にも言うなよ!」
ラップに向かって威嚇するように言うと、ダットンはその場を走り去った。

「やれやれ、困った奴だ。」
ルイスは呟くように言った。
「ルイ、助けてあげるの?」
エリザが尋ねた。
ルイスは首を横に振った。
「子どもたちの去就は、本当に僕たち若い者には口を出す権利がないんだ。君もダットンも、収穫祭の前にはやきもきするだろうね。」
ルイスがエリザを見返す眼差しは温かかった。
「エリザは大丈夫だよ、ね。」
ラップもエリザを励ましたくて言った。
「ふふ、ありがとう。」
エリザはラップに向かって笑った。

「ラップ。僕のアドバイスはあまり活用してくれていないようだね。」
ルイスがラップの方を見た。
彼の視線はラップの抱えた本の、古代文字で書かれた題名を読んでいた。
「相変わらず魔法三昧かい。」
ルイスはラップの愛読書に幻滅したようだった。
「僕には攻撃魔法が自分の魔法なんだ。」
ラップはくじけないで言い返した。
「攻撃魔法を極めても、使いどころがないじゃないか。荒地を魔法で掘り返してなんになる。強力な魔法を覚えて、何に使う? 幻のドラゴンのうろこや聖獣の角を取ってきてくれるのかい?」
ルイスが畳み掛けるように自分の意見をぶつけてきた。
「君には期待しているのに。」
まっすぐにラップを見る目は、心からラップを案じて正しい道へ進ませようと燃えていた。
「期待? 僕が館のために働くこと?」
ラップは聞き返した。
「他に何があるんだ? 僕らはここで育ててもらった。自分の力を尽くして次の世代を育てるのが正しい道だろう。」
ルイスは答えた。
「僕は薬草学を究められないよ。そういうものには向いていないと思う。」
ラップは手に持った魔法書をしっかりと抱えなおした。
「そんなことないだろう。古代文字を覚えたなら、その知識を生かしたらいい。今できる処方を覚えるだけじゃない。僕たちですら手を焼く病や呪いはたくさんある。それらに作用する処方を古い文献から探すことだって出来るだろう。ラップ、君の考え方一つで道は開けるんだ。努力してくれ。」
ルイスの主張は正論過ぎていて、ラップの気持ちを追い込んでいく。
「でも……。」
ラップはとうとう答えられなくなった。
ルイスの望む未来の自分の姿がくっきりと見えた。
古文書を紐解きながら薬草の調合を試みる、あるいは指示する姿。
野山で採集をする姿。
小さな子どもたちに簡単な攻撃魔法を教えている姿。
そこには自身の魔法力の全てを掛けて、何かに打ち込む姿はなかった。
『いやだ。』
言葉に出して言えなかったが、ラップは明確に自分の意思を確認した。

唇を噛み締めて見つめ返すラップに、ルイスは根負けしたようだった。
「よく考えてくれ。それじゃあ、もう遅いから二人とも早く部屋へ戻るように。おやすみ。」
「おやすみなさい、ルイ。」
「…おやすみなさい。」
立ち去るルイスの背中を見送ってから、ラップは言葉を吐き出した。
「どうしてこんな魔法を持っているんだろう。」
高ぶる気持ちを抑えて言葉を絞り出す。
「癒しの力だったら、ルイスと同じ力だったら迷わないのに。僕は自分がどこまで出来るのか知りたいよ。何が出来るか確かめたらいけないの?!」
今までに、これほど強く自分を押し通したいと思ったことはなかった。
「ラップ…。」
エリザは言葉もなく、ただ見つめてくれるだけだった。
感情を表に出したことが恥ずかしくなって、ラップはエリザと別れ部屋に戻った。

館の薬師になること。
それは、望みうる最高の成功だろう。
書庫の全てを読み尽くすことも出来るだろうし、食べることにも寝る場所にも困らず生きていけるだろう。
逆に、薬師にならず独り立ちを選ぶなら、まず食べることに生活の大半を費やすことになるだろう。
勉強をする時間も減るだろう。
住む家も探さなくてはいけない。
そして肝心の攻撃魔法は、役に立つどころか周囲の人々を恐れさせてしまうだろう。
『薬師になった方が良いんだろうか……。』
ラップは書庫から借りてきた古代魔法の本を手に取った。
竜に化ける魔法…大陸から大陸へ移動する大魔法…
この本を書いた魔法使いは、全ての技を使えたのだろうか。
こんなに憧れるのに、役に立たないというだけで習得する事をあきらめなくてはならないのだろうか。
もしかして、強い魔法に憧れるあまり、周囲が見えなくなっているのだろうか。
ルイスの助言に反抗してしまうのは、そのせいだろうか。
考えても答えは出ない。
ラップの心は晴れなかった。

明確な答えの出ないまま、夏が過ぎた。
この夏、ラップは以前より熱心に薬草学と取り組んだ。
採集や干したり煮出したりの加工はそれほど得意ではなかった。
しかし書物から多くの知識を取り入れ、どの薬草のどの部分が何に効くか、採集の頃合いはいつなのか、蓄えた知識を少しづつ実際の採集に生かせるようになった。
もっとも、攻撃魔法の修練もあきらめていなかった。
相変わらず地面におびただしい数の穴をあけたし、難しい魔法の実現にも取り組んでいた。

秋の収穫が終わり、エリザとダットンに去就の告げられる日が来た。
ダットンは、結局ルイスの忠告も聞かず、勉強に取り組まなかった。
食堂にどっかと座ったダットンに周りには、近寄りがたい空気が漂っていた。
片手に書類を持った大人が、テーブルにやってきた。
「今年独り立ちする者を伝える。」
子どもたちが一斉に注目した。
「エリザ、館の癒し手に推薦だ。」
「はい、ありがとうございます!」
エリザが立ち上がって晴れ晴れした顔で答えた。
「ダットン、君は独り立ちだ。」
続けて予想通りの結果が伝えられると、ダットンは座ったまま唸った。
子どもたちは隣同士でひそひそと囁き合った。
慣例で、去就の告げられた子どもは立ち上がって、受け入れるか否かを答えるのだ。
実際には独り立ちを拒否したところで館には残れないのだが、毎年受け継がれている形なのである。
「ダットン、返事をしなさい。」
重ねて言葉を掛けられると、ダットンはテーブルを両手でバンと叩いて立ち上がった。
「ちくしょう!」
一言叫ぶと、ダットンは食堂を走り出て行った。
食堂は一気にざわついた。
子どもたちはもちろんのこと、大人たちも眉をひそめたり声に出して不快を表したりした。
これからは落ち着いて部屋で過ごせる。
少しダットンを気の毒に思いながらも、ラップはホッとため息をついた。
誰かがラップの腕をつついてきた。
「サム。」
同室のサムが隣に立っていた。
「やっと平和が訪れるぞ。」
サムの表情も明るかった。
「うん。」
ラップも頬を緩めた。

「静かに。」
子どもたちに向かって、声が響いた。
「騒ぐでない。静かにしなさい。」
皆の視線が集まった。
食堂のざわめきも小さくなった。
声の主は去就を伝える書面にチラッと目をやると、すぐに顔を上げた。
「ラップ。」
「えっ?……」
名前を呼ばれて、ラップは一瞬わけが分からなかった。
周りの子どもたちが再びざわつきだした。
「君は独り立ちだ。」
まっすぐにラップを見て、慣例になっている言葉が告げられた。
サーッと頭から血の気が引いていった。
何も言葉が出てこなかった。
周りの音も消え、人々の姿も視界に入らなくなった。
立ち上がることさえ忘れて、ラップはただ呆然としていた。

(2009/11/6)

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