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冒険者のバカンス

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-11-

「!!」
オルテガは瞬時に身構えた。
「何だ!」
部屋を出ようとしていた者が、気配を感じて振り向き、叫んだ。
空間のゆがみは、瞬間移動の前触れと見えた。
次の瞬間、一人の少年がオルテガの前に転移してきた。
「クレズではないか!」
デンケンが驚いて声を上げた。
クレズは目の前のオルテガを見、それからきょろきょろと左右を見回した。
その様子に異常を感じて、オルテガは声を掛けた。
「クレズどうしました。何かあったのですか。」
落ち着いた声でオルテガが問いかけると、クレズの視線が再びオルテガの方を見た。
「オルテガ……様。」
「そうです、私です。何があったのですか、クレズ。」
オルテガは慎重に歩み寄ってクレズの両腕を支えるように掴んだ。
「トランスが、怪我を……」
クレズは言った。放心した声だった。
「怪我? どこでですか。」
「空から魔獣が! 強いんだ!」
クレズの言葉は要領を得ない。
しかし、ただ事でないことは容易に知れた。
「クレズ、落ち着いて。トランスはどこにいるのですか?」
オルテガがクレズの両肩を掴み、覗き込むようにして尋ねた。
いつの間にか、クレズの身体はぶるぶると震えていた。
「……か、鏡の……。」
クレズが喉の奥からしぼり出すように言うと、オルテガの表情がさっと険しくなった。
「鏡ですと!」
デンケンが怒りを隠せない声で叫んだ。
「お前たち、町の外へ出て行ったのか!」

「先に行きます!」
オルテガがクレズをデンケンに委ねた。
「オ、オルテガ様?」
「鏡の祠の辺りでしょう。人を寄越してください。」
そう言う間にも、オルテガの魔法力が高まっていく。
「俺も行く!」
横合いからアヴィンが飛び出し、オルテガの腕を掴んだ。
「アヴィンさん!」
デンケンが止める間もなかった。
オルテガは一瞬アヴィンを見、そのまま彼を連れて転移した。
「あ……。」
目の前で二人の姿が消えたのを見たクレズは、安堵したのかそのままデンケンの腕の中へくずおれた。
「クレズ、鏡の祠なんだな? トランスは一人か? 誰かと一緒なのか?」
デンケンは気を失いそうなクレズを揺さぶった。
「アルフと…モリ…ス……」
最後まで言わず、クレズは今度こそ気を失った。
「なに、アルフレッドたちが一緒なのか!?」
デンケンは叫んだ。
「おいっ、クレズ!!」
強く揺さぶったが、クレズは意識を取り戻さなかった。
「大変だ、すぐに人を行かせなくては。」
様子をうかがっていた神官たちが浮き足立った。
「僧兵たちを鏡の祠へ! 回復魔法の使い手も何人か行ってくれ。」
デンケンは矢継ぎ早に指示を出した。
「それから…。」
デンケンは一瞬躊躇した。
彼は覚悟を決めて、ぎゅっと口元を引き結んだ。
「それから、町に来ているアンビッシュの使者の方を、至急ここへ連れて来てくれ!」


トン、と足が地面に着いて、アヴィンはオルテガの腕を放した。
「相変わらず無茶なことをしますね。」
周囲に気を配りながらオルテガが言った。
「愛用の杖も持たないで何を言ってるんだか。」
アヴィンがそっけなく答えた。
「あなたこそ、手ぶらでどうやって魔獣を倒すつもりですか。」
オルテガに言い返されて、アヴィンはハッとして腰に手をやった。
そこにあった剣は、修行所の入り口で預けてしまったのだった。
「しまった。」
舌打ちするアヴィンに、オルテガが助け船を出した。
「エル・フィルディン魔法はここでも有効ですよ。」
「試したのか?」
アヴィンがオルテガの表情を探る。
「もちろん。」
オルテガは自信たっぷりに答えた。
その間も、周囲の気配を探るのに余念がない。
やがてオルテガはある方向に目星を付けた。
「私はトランスを保護します。」
オルテガがアヴィンに手を差し出した。
「魔獣は任せろ。」
アヴィンは答え、オルテガの手を握った。
「頼みます。」
言葉と同時に、二人の姿は再び宙に消えていた。


「くっ、追い払ってもすぐ戻ってくる。」
アルフレッドがこぼした。
空に浮かんだ魔獣は致命傷を与えることが難しかった。
しかも厄介なことに、そいつらは回復魔法を使うのだった。
鋭い爪を持つ四つ足の魔獣も、アルフレッドとモリスンが深追い出来ないために、一旦退いては息を整えて、また襲いかかってくるのだった。
「アルフレッド様、無茶をしてはなりませんよ!」
モリスンはうずくまったトランスを守りながらアルフレッドを気遣っていた。
トランスは、クレズから預かった回復薬をアルフレッドとモリスンに使ってしまい、自分はもう動けない状態だった。
二人も薬草を使い果たし、致命的な怪我こそしていないものの、すっかり息が上がっていた。
『回復魔法を持っているクレズを行かせたのは、間違いだったかもしれない。』
モリスンは後悔の念が押し寄せてくるのを押さえられなかった。
「モリスン、僕のわがままのために危険に晒してしまってすまない。」
不意にアルフレッドが言った。
「な、何をおっしゃいます。」
モリスンは驚いてアルフレッドを見た。
アルフレッドは険しい表情をしていた。
「僕は、こんな事をしてはいけなかったんだ。負けられない。オルドスに迷惑を掛けられない。生きて戻らなくてはならないんだ。」
そう言いきったアルフレッドを、モリスンは頼もしいと思った。
「クレズ殿が応援を呼んでくださるまで、何としても持ちこたえましょう。」
威勢良くアルフレッドに呼びかける。
しかし、魔法力がもうほとんど残っていないことをモリスンは自覚していた。
『せめて一匹でも減らせたらいいのだが。』
モリスンは空にふわふわと浮かんでいる魔獣を睨みつけた。

不意に辺りが夜のように暗くなった。
「何だ?」
アルフレッドとモリスンは警戒して上空を見上げた。
魔獣も異常を感じているように、ゆらゆらと身体を動かしていた。
ひゅん、ひゅん。
空の方から、白い光が流星のように降り注いできた。
「危ない!」
モリスンは身体でかばうようにしてアルフレッドを光から守った。
光が地面に突き刺さり、土をえぐる音がバラバラと続いた。
魔獣の荒れ狂った叫び声もした。

「大丈夫ですよ。」
すぐ近くから、誰かが声を掛けてきた。
「あ……。」
反射的に顔を上げて、アルフレッドは声をなくした。
トランスの横にかがみ込むようにして、オルテガが片膝を付いていた。
片手は宙に掲げられ、そこから発せられた力が結界を作って、白い光の攻撃から皆を守っていた。
「オルテガ様!」
アルフレッドとモリスンは口々に叫んだ。
「よく保ちましたね。もう大丈夫。戦いの決着が付くのを待ちましょう。」
オルテガは結界の外の魔獣を見やった。
つられて視線を向けたアルフレッドの目に、両手を前に突き出して構えを取るアヴィンの姿が映った。
「アヴィンさん、素手で何を?」
アルフレッドは思わず立ち上がった。
「彼はエル・フィルディンで剣と魔法を極めた人です。」
オルテガが言うと二人とも驚いた顔をした。
「オルドスへ送ってもらう間、アヴィンさんが魔法を使うところなんて一度も見ませんでした。」
アルフレッドが言った。
「ええ。使わなかったようですね。」
オルテガは答えた。
「アヴィンさんは、ティラスイールの事情を知っていて……。」
アルフレッドは言葉を飲み込んだ。
四つ足の魔獣が突進してきて、結界に阻まれうなり声を上げた。
「二人とも、もっと私の側へ。」
オルテガがアルフレッドとモリスンに言った。
二人が側へ寄ると、オルテガは結界の大きさを縮め、その分一層強く張ったのだった。

「ようし、効いているな。」
魔獣の背後から第一撃を見舞ったアヴィンは、再び詠唱に入った。
空に浮いている魔獣がいるからには、こちらも空から攻撃するのみだ。
「シャイン・ブレッド!」
白く輝く光のシャワーが、辺り一面に降り注いだ。
四つ足の魔獣がどうと倒れた。
空に浮いていた魔獣も、一体が地面に落ちて動かなくなった。
「あと一匹。」
そいつも空に浮かんでいた。
今の攻撃に恐れをなしたか、高い位置に上がって警戒している。
魔獣の関心は、アルフレッド達を離れ、完全にアヴィンに向いていた。
『逃げるなよ。』
そう念じながら、アヴィンは魔獣との間合いを詰めた。
「スリープ!」
そのとき魔獣の背後から、オルテガの声が聞こえた。
とたんに魔獣の動きが緩慢になった。
ひれのばたつきが鈍くなり、高度を下げてくる。
アヴィンはニヤリとした。
ここは一撃必殺を狙える場面だった。
アヴィンは両手を前に揃え、力を集中させた。
「浄化の光と共に昇華しろ。」
アヴィンは腰を入れて渾身の魔法を解き放った。
「リーン・カルナシオン!!」
「うわっ…。」
魔獣の真下の地面から、まばゆい光の柱が立ち昇った。
その強い光は目を閉じてもまぶたの内側に入り込んできた。
アルフレッドは思わず両腕で目をかばった。
再び目を開いたとき、そこにはもう魔獣の姿はなかった。
「凄い、跡形もないなんて。」
アルフレッドは放心したようにつぶやいた。

「おーい、大丈夫か?」
アヴィンがこちらへ駆けてきた。
「ご苦労様。衰えていませんね。」
オルテガがアヴィンをねぎらった。
「スリープは助かったよ、ありがとう。」
アヴィンがオルテガに言った。
「アヴィンさん、ありがとうございました。」
アルフレッドが礼を言った。
「トランス一人かと思ったら、二人も悪戯坊主が増えているんだものな。」
アヴィンに皮肉られ、アルフレッドは言葉をなくした。
「けが人はどうなんだ。」
怪我の様子を見ているオルテガに尋ねる。
「気を失っていますが命に危険はありません。じきに他の者が来るでしょうから、診てもらいましょう。モリスン、祠のあたりに人が来るはずです。ここへ来てもらって。」
「承知しました。」
モリスンは、オルテガが指差した祠の方へ走っていった。

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