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カヴァロ解放

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day12-2


―エピローグ―


在カヴァロ、ヌメロス大使館。
そこは表向き、カヴァロ市との今後の和平を探り、また自国の弁明に奔走していた。
しかし建物の奥深くでは、母国に対する小さな反逆の芽が、確実に育ち始めていたのだ。
「これから出発いたします。」
ヌメロス大使の前に並んだのは、揃いの服装を着込んだパルマン隊の四人であった。
「もう行くか。」
大使は言葉の端に一抹の寂しさをにじませて言った。
「はい。二手に分かれて、それぞれの仕事を全うさせたいと思います。」
ロッコが答えた。
「ラテルとドルクの二人が海を渡り、事の次第をご報告いたします。私とグレイはこのメルヘローズをくまなく歩き、潜伏しているヌメロスの残兵に声を掛けていくつもりです。」
「うむ。どちらも大切な役目だ。身辺には十分気を使うのだぞ。特に君たちはな。」
大使はラテルとドルクに向かって言った。
「リスクを考えると親書を託すことすら出来んが、君たちが私の心を代弁してくれたまえ。」
「はい、確かに承りました。」
ラテルが感激した面持ちで答えた。
「では、行って参ります。」
四人は一礼して部屋を辞した。


大使館の地下室には、大使の説得にもかかわらず、現在のヌメロス帝国に執着する兵士が閉じ込められていた。
もっともゼノン司令が残していった兵士は殆んどが生粋の軍人ではなかったので、主義主張を頑なに守ってここに閉じ込められているのは、わずかな兵士のみであった。
多くの兵士は大使の説得を受け入れ、武装を放棄して本国に帰る日を心待ちにしていたのである。

「俺はもうダメだ・・・。」
ゼノン司令脱出の捨て駒となったワリスも、この地下室に閉じ込められていた。
せっかく掴んだ出世への糸口は、カヴァロの人々の前に脆くも崩れ去っていた。
今ワリスの頭を占拠しているのは、ごまかしても、うそを塗り重ねても隠し切れない、出世街道を外れた自分自身の姿だった。
こんなはずではなかった。
あれもこれも上手くいくはずだったのだ。
「頭抱えて何を悩んでるんだ?」
不意に声を掛けられて、ワリスがビクッと飛び上がった。
「てめえ…。」
地下室を窓から覗き込んでいるのはドルクだった。
「人をあざけりに来たのか?俺はいいさらし者だな。」
ワリスは自嘲気味に言い放ち、自分の言葉に傷付いたように頭を抱え込んだ。
「ちくしょう、ちくしょう…。」
「まっとうな生き方を捨てたあんたが悪いんだ。村へ帰って汗水垂らして暮らせよ。」
ドルクが言った。ワリスは驚いて顔を上げた。
「そんな事が出来るかよ。羽振りのいい所を見せちまって、今更一文無しの姿を晒せるわけねえだろう?」
ワリスは自分をあざ笑った。
「俺は帰るぜ。」
ドルクは言った。
「なに?」
「もう自分の稼ぎを人に託すのは真っ平だしな。軍にも未練はないし、お前たちへの借金を返すには、村に戻って働くしかねえ。」
「は、まじめなこった。」
「ヌメロスは変わるんだ。俺だって本当は一緒に剣を持って戦いたい。だが今はほかの事で戦うさ。俺の手で、畑を耕す事でな。…あんたもやり直せよ。田舎の連中は何も知らないんだろ?」
「……。」
ワリスが視線を落とし、じっと自分の手を見つめた。
「じゃあな。縁があったら本国で会おう。」
ドルクの姿が窓から消えた。
ワリスは両手を目の前にかざし、ずっと動かなかった。


ホテル・ザ・メリトスの酒場で、シャオとレイチェルのお別れ会をかねた昼食会が開かれていた。
「レイチェル、本当にもうしばらく滞在なさらない?『星屑のカンタータ』をぜひ聴いていただきたいわ。」
「ごめん、ウェンディ。私たちやっぱり旅芸人だもん。それに、カヴァロが無事だってこと知らせて回りたいの。」
レイチェルはそう言ってウェンディの申し出を断った。
「残念なのねん。共演してくれって言われたら、残ってたかも知れないよ~ん。」
シャオが横から口を挟むと、レイチェルは真っ赤になった。
「お父さん!!なに恥ずかしいこと言ってるのよ!」
レイチェルがシャオの背中をど突いた。
「うおっ、ごほっ、ごほっ。」
シャオが思わずむせると、酒場中がどっと笑いに包まれた。

「あれ?」
マイルがつと首を伸ばした。
つられてアヴィンが見ると、酒場の入口でミッシェルがきょろきょろしているのが見えた。
「ミッシェルさん!」
アヴィンが手を上げて呼んだ。
ミッシェルは二人と同じテーブルに座ると、あらためて賑やかな酒場を見渡した。
「祝勝会ですか?」
「そんな感じかな。一緒に闘ってくれたシャオさんとレイチェルが、もう出発するんですよ。」
マイルが教えた。
「そうですか。ところで、マイルさん。私はどのくらいの時間眠っていたんでしょう?」
「えーと、丸二日かな。」
マイルが言うと、アヴィンがそうだという風に頷いた。
「二日ですか。では、早急に様子を探った方がいいですね。」
ミッシェルは二人がやっと聞き取れるような小声で言った。
「身体はもう大丈夫なのか?」
アヴィンが聞いた。
「ええ。もうすっかり元気です。ご心配をおかけしました。」
「ミッシェルさん、僕たちもあまりカヴァロに長居しない方がいいと思うんですけど。」
マイルが声を潜めて言った。
「僕たち三人とも魔法を使うところを見せてしまったし、目先の危険がなくなったカヴァロの人たちの好奇心が、こっちを向くかもしれないし。調査する事は終わったんだから、引き上げ時だと思います。」
「心残りもなくなったしな。もうどこへでも行けるよ、ミッシェルさん。」
アヴィンも言った。
ミッシェルは二人を交互に見つめて、小さなため息をついた。
「何をおっしゃっているんですか、二人とも。」
いささか不機嫌そうなその声に、二人は少し緊張する。
「この街で大暴れして、ヌメロス軍にも名前を知られてしまって。ヌメロスに潜入して、調べ事をしてもらいたかったのですが、これでは危険すぎて頼めませんよ。」
「それは…。」
二人は言い返す言葉もなくうなだれた。
ミッシェルは効果が効き過ぎたと言い直した。
「実は、あなたたちがカヴァロにいる間にもいろいろありまして。今、こちらの船はうかつに動かせない状態なんです。」
ミッシェルは言葉を選んで説明した。
カヴァロには有名なカヴァロ・タイムズという新聞がある。
そこの記者が執拗にトーマスとコンタクトしたがっているのは、ミッシェルも承知していることであった。
「ここを引き払ったゼノン司令の軍は、彼の潜入しているオースタンへ向かったと思われます。あちらで何か起こる可能性が非常に高い。私もまだ確信を得てはいませんが、一連の出来事には深い関連があるようなんです。万一の場合を考えると、彼の足を奪うわけには行かないのですよ。」
ミッシェルの言う事を一言でまとめると、アヴィンとマイルは、ヌメロスに行けないという事だ。
プラネトス二世号が動けない以上、二人が海を渡る術はない。
正式な通行許可証など持ってはいない二人であった。
「それじゃ、俺たちは何をすればいいんだ?」
アヴィンが聞いた。
「当分この街にいてください。」
ミッシェルが笑顔で言った。
「そんな!」
二人は同時に叫んだ。
「状況が変わったら、すぐに迎えに来ます。でも今うかつに動くのは良くないんです。わかっていただけますよね。」
ていねいな言葉が逆に二人の気持ちを圧迫する。
とても異を唱えるどころではない。
元はといえば、アヴィンたちのわがままから生じた事態なのである。
ここでおとなしくしていなければ、ミッシェルの怒りを買ってしまいそうだった。
「わかったよ。でも、早く迎えにきて欲しいな。」
しおらしくアヴィンが言った。
「今の状況を把握して、また来ますよ。放り出すつもりではありませんから、そう心配しないでください。」
ミッシェルは深刻な顔になった二人に、努めて明るく声を掛けた。
「さて、動くにしても何かお腹に納めませんとね。」
ミッシェルはテーブルに盛られた大皿から、料理を取り分けはじめた。
アヴィンとマイルはそんなミッシェルを横目で見ながら、この先にぽっかりと開いた空白な日々を思ってため息をついていた。


昼食会も終わりに近付いたころ、パルマン隊の四人が酒場を訪れた。
酒場の中は、解放の立役者の登場にひときわ盛り上がった。
あちこちで乾杯に付き合わされた四人は、最後にアヴィンたちのテーブルへ寄った。
「アヴィン、マイル、それにミッシェル。お別れを言いに来たんだ。」
グレイが三人に握手を求めながら言った。
「君たちもカヴァロを出るのかい?」
マイルが尋ねた。
「そうなんだ。捕虜から聞き出した情報では、ゼノン司令は皇帝から新たな命令を受けていたらしい。アリアの捕獲に失敗したカヴァロより、魅力がある作戦なんだろう。気になるんだが、別の国の事だし、俺たちの手には負えない。俺たちは自分たちの仕事に戻ることにしたんだ。」
ロッコが言った。
「俺とグレイはメルヘローズに残っているヌメロス軍を、本国に戻るよう説得するつもりだ。もうゼノン司令はいないから、皆こちらの意見を聞いてくれると思っている。」
ロッコが言うと、ラテルが横から口を出した。
「僕とドルクさんはヌメロス本国へ渡ります。隊長に事の次第をお知らせして、それから僕は、父に、報告に行きます。」
墓参りをするのだとラテルは感無量の表情で言った。
「志の高いお坊ちゃんと別れたら、俺は故郷へ戻るつもりだ。これからのヌメロスのためには、ちゃんと畑を耕す者が必要になるだろうからな。」
ドルクはラテルを茶化すように言った。
いつもは食って掛かるラテルも、今日ばかりはニコニコとしているだけだ。
「土を耕して生きるのが一番だな。俺も同感だ。」
アヴィンがドルクに言った。
ドルクは信じられないといった顔をした。
「アヴィン、あんたも田舎じゃ畑仕事か?」
ドルクが聞くと、アヴィンは笑って頷いた。
「ヌメロスが落ち着くのはまだ先だろうが、立ち上がっちまったものは後戻りできねえ。あんたたち、まだ傭兵を続ける気なら、カヴァロの大使館を通じて志願してくれよ。」
グレイが三人に言った。
「これからの事はまだ考えていないんだ。でも、ありがとう。機会があったらヌメロスにも渡りたいよ。」
マイルがそつなく答えた。
「ミッシェルさん、貴方は、アヴィンたちとも俺たちとも次元の違う事を考えているような気がする。貴方の行動が、俺たちの追い風になってくれるように願っています。」
ロッコはミッシェルに向かって言った。
ミッシェルは肯定するでもなく、否定するでもなく、黙って微笑んだだけだった。

「それじゃあ、皆さん、お元気で。」
四人は酒場の隅まで聞こえる声で別れを告げた。
「あなたたちもお元気で。」
「またカヴァロへ来てくれよ。」
たくさんの声がかえってきた。
「ええ、必ずまた来ます。」
パルマン隊の四人は、酒場に集う人々に礼をし、それから自分たちでもお互いに再会を約束して、二人づづに別れて発っていった。


「父さん、私たちもそろそろ行こうか。」
レイチェルがシャオに言った。
「潮時だね~ん。日暮れまでに次の村へ着きたいのねん。」
シャオはテーブルのご馳走に少々未練を残しながらも立ち上がった。
主賓の出立に、酒場に集まった人々は見送りをするためホテルの入口へと移動をし始めた。
「私も出発するとします。」
がやがやとした雰囲気の中、ミッシェルが二人に告げた。
「マイルさん、もし私たちについて弁明が必要な状況になったら、ここのオーナーのメリトスさんに相談なさい。」
「え?良いんですか?」
マイルが心配そうに言うとミッシェルは苦笑した。
「初対面でここの出身でないと見抜かれました。あなたたちについても疑問に感じていたそうです。あの人の胸一つに納めてくれるそうですので、頼ってください。」
「わかりました。メリトスさんには、今までも助けられていたんです。これで少し安心しました。」
マイルはホッと肩の力を抜いた。

そっと人知れず出発するとばかり思っていたミッシェルは、出入り口の人垣にウェンディとテオドラの姿を見かけると声を掛けた。
「あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが、女性が心を開く一番の条件というのは何でしょうか?」
アヴィンとマイルはミッシェルの後ろに付いていたが、このぶしつけな質問を聞いて、思わず顔を見合わせた。
ミッシェルが女性の事を話題にするなんて、今まで一度も聞いた事がなかった。
「…それって、その相手に恋人になって欲しいということですの?」
ウェンディが好奇心を見せて答えた。
「いいえ。ただ、私を信じて打ち明けて欲しいと思っているのです。」
ミッシェルの口調は、全くいつもと変わりがない。
「悩み事の相談かしら。私でしたら口の堅い方になら打ち明けるかもしれませんわ。」
「悩みを打ち明けるなら、一緒に悩んで欲しい人を選ぶわ。頼りがいのある人っていうのも大事だわ。」
テオドラが言った。
「そうですか。難しそうですね。」
ミッシェルは真剣な顔で考え込んでいる。
アヴィンとマイルは首をひねった。
『一体、相手は誰だろう?』
お互い同じ事を考え、同じ結論に達して首をかしげる二人だった。
『見当がつかないや…。』

「アヴィン、マイル、私たちは興行しながらヌメロスへ向かうわ。あなたたちは傭兵に志願するの?」
レイチェルとシャオに挨拶をすると、レイチェルは二人の予定を尋ねてきた。
「いや、まだ決めてないんだ。しばらくカヴァロで今後の事を考えるつもりなんだよ。」
マイルはそつなく言い逃れた。
「ヌメロスへ行くのか。気をつけてな。縁があったらまた会おう。」
アヴィンも言った。
「ええ、きっとね。」
「シャオさんもいろいろありがとうございました。道中気をつけて。」
「きっとまた会えるよ~ん。君たちも、また元気なところを見せて欲しいのねん。」
「はい、そちらこそお元気で。」
「レイチェル、もしマクベインさんたちに会ったら、カヴァロは自由になりましたって伝えてね。」
ウェンディが言った。
「うん、もっちろん。私もウェンディも大活躍したって教えてあげるわ。」
レイチェルは得意満面で答えた。
「レイチェル、そろそろ行くだよ~ん。」
「うん。じゃ、皆さんごきげんよう!」
シャオとレイチェルはアヴィンたちや街の人に見送られて出発していった。


「一気に寂しくなるなぁ。」
アヴィンがポツリと言った。
マイルが見ると、アヴィンはじっとミッシェルを見ていた。
用事のなくなったカヴァロに残されるのが、我慢ならないという顔付きだった。
マイルは吹き出しそうになってあわてて顔をそむけた。
ミッシェルもアヴィンの言いたい事はわかったようだった。
「状況が許せば迎えにきてあげます。せいぜい故郷へのお土産でも買い込んでいらっしゃい。」
諭すように言ったが、アヴィンの顔付きは変わらない。
「それなら、私が調べるつもりだった事を代わりに調べてくれますか?」
ミッシェルが提案すると、やっとアヴィンの顔がほころんだ。
「ああ、いいとも。」
「では、この街の図書館で水底の民に関する資料を探してください。それと、現政権に代わってからのヌメロス帝国の動向と、周辺の国の動きに関する資料ですね。あと、レオーネの事もこの街ならいろいろとわかりそうですね。」
「・・・それを全部調べろって言うのかい?」
アヴィンが、一転してげんなりした顔で尋ねた。
「ヌメロスに渡って調べてもらうのは危険ですからね。」
しれっとミッシェルが言った。
「そんなぁ。」
がっくりと肩を落としたアヴィンの横で、マイルがミッシェルに答えた。
「わかりました。僕とアヴィンでちゃんと調べておきます。」
「話が早くて助かりますよ、マイルさん。」
ミッシェルはにっこりと笑った。
「マイル、安請け合いするなよ。」
アヴィンが言ったがマイルは取り合わなかった。
「他にする事ないんだから、調べ物だって有難いでしょ。」
「そりゃ、何もする事はないけどさ…。」
「後々のためですから。よろしくお願いします。」
いかにもやる気のないアヴィンに、ミッシェルは辛抱強く言い含めた。
「では、私も行きます。」
ミッシェルはさっと身を翻してカヴァロの街の中へ消えていった。


「マイル、これからどうする?」
ミッシェルの立ち去った方向をぼうっと見ていたアヴィンは、しばらくたってからマイルに聞いた。
「どうするって…、今言われた事をするしかないじゃないか。」
マイルは答えた。
「僕たちのせいで予定が狂ってるんだから、せめて言われた事はやらなくちゃ。」
「………だよな。」
アヴィンは大きなため息をついた。
調べ物が苦手だと知っているのにこの仕打ちだ。
ミッシェルの計画にない事をした報いは当分収まりそうにないと、アヴィンは身をもって感じたのだった。

「アヴィンさん、すぐに『星屑のカンタータ』の公演がはじまりますわ。今度こそアヴィンさんをご招待させていただきますからね。」
ウェンディが横から口を出した。
「え?!」
アヴィンは冷や汗をたらしてウェンディを見た。
「お、俺はそういうのは苦手で……。」
たじたじとするアヴィンの腕に、ウェンディはにっこりと笑って自分の腕を絡ませた。
「ご家族へのお土産話にしてくださるでしょう?」
ウェンディの周りにいた人々が、それはいいと口々にはやし立てた。
「うう・・・。」
「忙しそうだね、アヴィン。」
マイルがこらえきれずに笑い出した。
「こら、マイル! 他人事だと思って笑うな!」
アヴィンが顔を真っ赤にして怒鳴った。
周りに笑いの輪が広がった。
アヴィンは皆を見渡した。
マイルもウェンディも笑っていた。
笑顔がいっぱいだった。
数日前まで、笑い声が全く聞こえなかった街とは思えなかった。

「ったく、人のことおもちゃにして…。」
アヴィンはつぶやいた。
でもその目は嬉しそうに輝いていた。

-完-

2002.6.22

さらまんだーさんから「お先に失礼」なミッシェルさんのイラストを頂きましたv

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