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カヴァロ解放

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day12-1

夜が明けた。
「おーい、マイル、アヴィン!」
街道からの呼び声に、マイルは後ろを振り返った。
ロッコたちが四人揃ってやって来るところだった。
マイルは彼らに手を振って挨拶すると、かたわらでぐっすり寝入っているアヴィンを揺さぶった。
「起きなよアヴィン、もう朝だよ。」
「う・・ん・・・。」
アヴィンは眠そうな顔で上体を起こした。
「どうだ?何か変わったことは?」
開口一番ロッコが聞いた。
「何も。交代で見張っていたけど、人も見ないし、船の音もしなかったよ。」
マイルが答えた。
「そうか。カヴァロでは、木人兵を通さないように入口に大掛かりな柵を作っているよ。」
ロッコは水際まで歩いて行くと、じっと前方を凝視した。
「これ、差し入れです。」
ラテルが食べ物の包みをマイルに手渡した。
「今日は久しぶりに物売りの屋台がたくさん出ているんですよ。」
「ああ、ありがとう。」
マイルはまだ温かいその包みを受け取った。

グレイとドルクがやって来て、抱えていた細長い板の束を地面に置いた。
「仮橋になりそうな材木を持って来たんだ。さっそくゼノン司令の様子を見に行こうぜ。」
「用意がいいな。」
アヴィンが立ち上がって一つ伸びをした。
「橋を掛けておくのはまずいんじゃなかったのか?」
「向こうの様子を伺うのに、いちいち仮橋を掛けていては手間だからな。」
グレイが言った。
「人一人渡るのがせいぜいな太さなんだ。武装した兵士や木人兵は渡れねえよ。」
ドルクが詳しく解説した。
「なるほど。」
アヴィンが頷いた。

手分けして材木を壊れた橋の上に設置していく。
さほど掛からないうちに、沼地の奥までの道が開通した。
「よし、様子を見てくるぜ。」
グレイが最初に細い材木の上を渡った。
「僕も行きます。」
ラテルが次に続いた。
「俺たちはここで待機している。用心しろよ。」
ロッコが二人に言った。
「任せとけ。」
グレイが答えた。
「マイル、今のうちに朝ご飯にしようぜ。」
アヴィンが小声でマイルをせっついた。


「全然気配がしねえな。」
「ええ、静かすぎますね…。」
用心しながらいくらか進んだグレイとラテルは、思い切って顔を出して様子を窺った。
「・・・あれ?」
ラテルが思わずつぶやいた。
「誰もいませんよ…?」
二人は顔を見合わせた。
「どうなってんだ?」
グレイは草むらから立ち上がった。
「行ってみるか?」
「ええ。」
二人は姿を隠していた茂みから飛び出した。
昨日ゼノン司令が居座っていた場所には、焚き火をした跡があった。
たくさん人がいた事を示す足跡も数え切れない程だ。
しかし、残っていたのはそれだけだった。
「どこへ行ったんだ…。」
グレイは小島を念入りに調べた。
どこにも、ヌメロスの軍勢はいなかった。
海に目をやっても、太陽に照らされた水平線に艦影はなかった。
「こりゃあ、一体…。」
グレイは水際に寄ってみた。
そこには多数の足跡が残っていた。
よく見ると、足先がみな海側を向いている。
「ここからボートに渡ったのか?」
グレイは半信半疑だった。
ここまで艦が来たのなら、どうして引き上げてしまったのだろう…。
解けない疑問を抱きながら、グレイは元の場所へ戻った。

「グレイさん、こっちにも何もありませんでした。」
反対側を調べてきたラテルが言った。
「ああ、もぬけの殻だな。・・・?!」
グレイはラテルの後ろを凝視した。ラテルが不思議そうな顔をして振り向いた。
「あ!」
何もない空間がゆがみ、そこに一つの人影が現れたのだ。
とっさに剣を抜く構えをしたグレイは、相手に思い当たってハッとした。
「おめえ、あの時の魔道士。」
グレイはつぶやくように言った。
青いマント、色褪せた紅いバンダナ。間違いなくアヴィンと共にいた男だ。
「おはようございます。」
落ち着き払った口調でミッシェルは言った。
「ここにはもう誰もいませんよ。」
「何?」
グレイが信じられないという顔をした。
ミッシェルは重ねて言った。
「兵士は一人も残っていません。ヌメロスの戦艦は、夜更けにゼノン司令たちを拾い上げて抜錨しました。」
「何だって?!」
グレイとラテルは驚いて顔を見合わせた。


ラテルが皆を呼びに行った。
「ミッシェルさん!」
アヴィンとマイルは、ミッシェルの姿を見ると一目散に駆けてきた。
「お疲れさまでした、二人とも。」
ミッシェルは笑顔を浮かべた。
「ミッシェルさん、言いたい事がある。」
マイルがミッシェルの前に立った。
「昨日のあの魔法、危ないじゃないですか。」
マイルはじっとミッシェルを睨みつけた。
「あなた方は気付いてくれたのだと思いましたが。」
ミッシェルは穏やかに言い返した。
マイルは一瞬目を見張った。
「アヴィンが警告だろうって言ったけど…。でも、あんな危ないやり方をしなくたっていいでしょう。一言、言ってくれれば良かったのに。」
マイルがなおも食い下がっていると、二人のやり取りを聞いていたグレイが口を出した。
「あの雷、本当にあんたの仕業だったのか?」
ロッコとドルクもやって来て、やり取りに耳をそばだてた。
「ええ、そうです。」
ミッシェルが正直に答えた。
「そ、そうかよ……。生きた心地がしなかったぜ。」
グレイが言った。
雷自体の恐さに加え、あのような技を扱う目の前の男が怖かった。
「アヴィンの魔法を見てはいたが、あなたの魔法はまた桁違いですね。」
ロッコがミッシェルに言った。
「……そうですね、申し訳ありませんでした。」
感情を押し殺した顔で、ミッシェルが謝った。
「とっさの事でしたので、驚かせてしまったようですね。しかし、ゼノン司令がカヴァロを離れた以上、あなたたちもヌメロス兵も、命を賭ける必要はありませんでした。」
ミッシェルは言った。
「高みの見物しやがって。あの場にいて同じ事が言えたら誉めてやるよ。俺たちは自分の故国を守るために必死になっていたんだぜ。」
グレイは気に入らない様子で言った。
ドルクやラテルもグレイに同調する気配だった。
ミッシェルは言った。
「命を賭けて向かって行っても良かったというのですか?本当にそうでしょうか。」
ミッシェルはグレイを見た。
「もしもゼノン司令がここで客死していたら、カヴァロは、いえ、メルヘローズはヌメロス帝国に申し開き出来なくなったはずですよ。」
「う…」
グレイが絶句した。
感情を剥き出しにしていたグレイの顔が、たちまち引き締まったものに変わっていく。
それは、不審が消えていくさまでもあった。
「すまねえ。あんたの言う通りだ。」
グレイが言った。
「あの時は俺たちは四人とも、目先の事しか考えられなくなっていた。まったく恥ずかしい限りだ。止めてくれてありがとう。」
ロッコが言って、ミッシェルに手を差し出した。
「いえ、どういたしまして。」
ミッシェルはロッコの手を取った。

「それで、ゼノン司令はヌメロスへ帰ったのでしょうか?」
ロッコが聞いた。
ミッシェルはかぶりを振った。
「船は沖合いで方向を変え、右手へ向かっていきました。おそらく、彼らが向かったのはオースタンでしょう。」
「オースタン?!」
どうしてそんな単語が出てくるのかと、ロッコは目を丸くした。
「はい。」
ミッシェルは小さくうなずいただけで、それ以上何も語らなかった。
アヴィンとマイルはそっと目配せした。
ゼノン司令と闘う役は、二人からもう一人の仲間へと引き継がれたのだ。


「さて、カヴァロへ戻るのでしたらご一緒させてください。」
ミッシェルがアヴィンとマイルに言った。
「いいのか?…あっちの方は。」
アヴィンが聞くとミッシェルは肩をすくませた。
「気にはなりますが、今は焦っても仕方ありませんし。しばらく休んで、それから追い掛けます。」
ミッシェルの笑顔に疲れた影が差していることにアヴィンが気付いた。
「休むって、今、テレポート出来ないのか、ミッシェルさん。」
アヴィンが真面目な顔で聞いた。
「わずかな距離なら問題ないのですがね。」
さらりとミッシェルが言った。
「何をしたんですか?」
マイルがいぶかしんで尋ねた。
「木人兵を載せた艦を、ここへ着けるわけにはいきませんでしたから。」
ミッシェルが言った。
アヴィンとマイルは思わず海に目をやった。
ミッシェルが海や風を思い通りに操る事は、アヴィンが実際に目撃して知っていた。
そして、アヴィンから散々旅の思い出を聞かされたマイルも、その事実を承知していた。
「…海や風にお願いしたのか?」
アヴィンが尋ねた。
ロッコたちは、話の途方もなさにあっけに取られている。
「まあそんなところです。」
ミッシェルは少々照れた顔で答えた。
「守ってくれてたのか。ありがとう、ミッシェルさん。」
アヴィンが破顔した。
「いえ、私はジラフを出た旗艦を追って来ただけですから…。」
謙遜したミッシェルは、ふらっとよろめいてマイルの肩にぶつかった。
「えっ!」
マイルがびっくりしてミッシェルを見た。
「ミッシェルさん、眠っていないんですか?」
マイルが聞いた。
肩に触れるミッシェルの気配が、とてつもなく消耗していたのだ。
「少しは休みましたよ。艦がここを離れてから…。」
ミッシェルは答えた。
言葉尻がはっきりしないのはいつものミッシェルらしくない。
「それって夜更けだったんだろう?」
あきれたようにアヴィンが言った。
「せめて、ちゃんと立っていられるだけの体力が必要だよ。」
マイルがブーメランを構えて魔法を放つ体勢をとった。
「プレアラ!」
癒しの光がミッシェルを包んだ。
ミッシェルは身体の具合を確認するように手足を伸ばした。
「ありがとう、マイルさん。これで、なんとかカヴァロまで歩けそうです。」

「とんでもねえ奴だな、あんた。」
じっとやり取りを見ていたグレイがミッシェルに言った。
「そんな人じゃない、か。なるほどね。」
「え?」
首を傾げたミッシェルをよそに、グレイは楽しそうに笑った。
「さあ、それじゃあ戻ろうぜ。」
ドルクが言った。
「早くカヴァロの人たちを安心させてやりましょう。」
ラテルが言った。
「ああ、カヴァロへ戻ろう。凱旋だ。」
ロッコが言った。


「ミッシェルさん、ありがとう。」
しばらく歩いた頃、突然アヴィンが言った。
「どうしたんですか、いきなり。」
笑顔のアヴィンにミッシェルが聞いた。
「側で一緒に戦ってくれなくても、ミッシェルさんは戦友だな。」
満足そうなアヴィンの言葉を聞いて、ミッシェルも顔をほころばせた。
「あなた方も、頼もしい仲間ですよ。」
ミッシェルはアヴィンとマイルの肩に自分の腕を乗せた。
この魔道士がそんな親しげな様子を見せるのは初めてで、アヴィンとマイルはびっくりして目を見交わした。


カヴァロの南口は、にわか作りのバリケードに塞がれていた。
バリケードの上にも、街の城壁の上にもたくさんの人影があった。
「おーい、ヌメロスの様子はどうだ。」
街を囲む壁の上から、スタンリーが声を掛けてきた。
ロッコはアヴィンたちを見た。アヴィンは大きく頷いた。
やはり大きく頷くと、ロッコは街に向かって大声で言った。
「ヌメロスの戦艦はゼノン司令を乗せて沼地を離れた。ここにはもう、ヌメロス軍はいないぞ!」
「カヴァロは解放されたんだ!」
アヴィンも大きな声で叫んだ。
たちまち、待ち受ける人々が歓喜に沸き返った。
「やった!ヌメロスを追い払ったぞ!」
「自由だ、自由だぞ!」

バリケードをくぐって街に入ると、一行は街の人たちの熱狂的な歓迎に迎えられた。
押し寄せる人の波にもみくちゃにされそうになったところを、デミール市長の秘書たちに迎えられて市庁舎へと向かった。
「ありがとう、ロッコ君、隊員の皆さん。ありがとう、アヴィン君、マイル君。」
デミール市長が市庁舎の前で六人を出迎えた。
「カヴァロを解放してくれてありがとう。まことに素晴らしい働きだった。感謝しているよ。」
「いえ、俺たちは皆さんの後押しをしただけです。元はといえば、俺たちの国が原因の事です。感謝なんて、とんでもない。」
ロッコはそういったが、市庁舎を取り巻く市民たちから口々に感謝の言葉を浴びせられ、今にも感激に泣き出しそうな顔をしていた。
「ヌメロス大使館で、大使がお待ちかねだ。後のこともよろしく頼むよ。」
「はい、承知しました。」
ロッコとデミール市長は固く握手した。

「アヴィン君とマイル君も、よく戦ってくれた。君たちがいなかったら、我々は最初から挫けていたかも知れない。本当にご苦労だったね。」
デミール市長は二人にも握手を求めた。
「俺たちは手伝っただけです。カヴァロの人たちは、全然気持ちが負けていなかった。だから街を取り戻せたんだと思います。」
アヴィンは言った。
「うん、うん。ありがとう。ゆっくり滞在して、疲れを癒してくれたまえ。メリトスさんも大喜びだ。」

市民たちの間を、パレードよろしく護衛の市職員らに守られて、アヴィンとマイルはホテル・ザ・メリトスへ戻ってきた。
酒場にはメリトス女史が待っていた。
「英雄の凱旋ね。長い間ご苦労さま。」
「あ、はい…。」
デミール市長と話した時と違って、アヴィンは言葉が出てこなかった。
「メリトスさんの配慮のおかげで、心身充実した状態で解放のお手伝いが出来ました。ありがとうございました。」
マイルがにっこりと笑って礼を述べた。
「お粗末さま。最上級の部屋に移ってもらいたいところだけれど、カヴァロの解放を知ってやって来た人たちで部屋が一杯なのよ。あの部屋で良かったら、疲れが取れるまでゆっくり滞在してちょうだい。」
「ありがとうございます。」
マイルが答えた。
「そうだ、もしわがままを聞いてもらえるなら、俺たちの友人に寝台を一つ貸してもらいたいんですけど。」
アヴィンがメリトス女史に言った。
「ご友人?」
メリトスが聞き返した。
「はい。俺たちにアドバイスをくれた人なんです。」
マイルが隣で冷や冷やしていたが、アヴィンは構わずに言った。
「そう、わかったわ。一緒の部屋で良いでしょ?あなたたちの部屋に追加の寝台を運んであげるわ。」
メリトス女史は即断した。
「ありがとうございます。」
アヴィンとマイルは一緒に頭を下げた。

「では休ませていただきます。」
ミッシェルは部屋に通されるとすぐ寝支度をし、二人に挨拶をした。
「ひょっとすると、長時間目を覚まさないかもしれません。心配は要りませんから、放っておいてください。」
そういう声に張りはなく、朝方マイルの掛けたプレアラの魔法も、殆んど消費しきっているのが明らかであった。
「ああ、わかった。」
「お休みなさい、ミッシェルさん。」
アヴィンとマイルが答えると、ミッシェルはメリトスが計らってくれた衝立の向こうへ姿を消した。
ミッシェルを一目見たメリトスが、疲労の度合いを見抜いて一人になれるよう気を配ってくれたのだ。
「俺も一眠りしよう。」
アヴィンが大きなあくびをした。
「昨夜は久しぶりの野宿だったもんね。」
マイルも大きく腕を伸ばし、そのまま自分の寝台へひっくり返った。
「…終わったんだね。」
マイルがアヴィンを見た。
「ああ。」
アヴィンも寝台に深々と身体をうずめた。
身体が寝台に張り付いてしまったように、身動きをするのさえ面倒くさい。
「これからは、トーマスの出番だね。」
「ああ…。俺たちもヌメロスへ行くのかな。」
アヴィンはマイルを見やった。
「さあ。それはミッシェルさんが起きてみないと。」
マイルは答えた。
目がとろんとしているのは、マイルも疲れ果てている証拠だろう。
「そうだな。おやすみ、マイル。」
「おやすみ、アヴィン……。」
マイルは目を閉じた。
アヴィンもまた、急激な眠気に襲われた。
まぶたが重くなって視界を閉ざした。
襲い来る眠気に意識を譲り渡し、アヴィンは深い眠りに引き込まれていった。

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