Junkkits

カヴァロ解放

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day6-3

「おい、調節機械っていうのはどこにあるんだ。」
三人が山に分け入ってすぐ、ワリスがいらいらして言った。
「この峠を上りきってすぐのところだ。あんた、兵隊のくせに体力がないんじゃないか?」
トムソンがワリスの感情を逆なでするようなことを言った。
「うるせえ。こんな重い鎧を着けているんだぞ。山歩きなんざ出来るかってんだ。」
いかにも貧乏くじを引いたという様子で、ワリスは答えた。鎧に兜、ヌメロス兵は重装備でも有名だった。
マイルは、二人の後ろを歩きながら、久しぶりの開放感を味わっていた。街の中に閉じ込もっていた事が、自分の神経をいかにさいなんでいたか、気付かずにはいられなかった。トムソンも、それにこのワリスという兵士も、なんだか険しさが抜けてしまった気がする。
もしかしたらアヴィンは、昨日のお詫びにこの外出を譲ってくれたのかもしれない。マイルにはそう思えた。
『さっきはずいぶんな言い方をしちゃったものな。』
朝のやり取りを思い出して、マイルは恥ずかしくなった。滅多に感情的にならないのがマイルの自慢だったのだが、今朝は感情を止められなかった。自分が一人悩んでいる間に、頼りになるミッシェルに相談をしていたアヴィンが、うらやましくて・・・。アヴィンが肩の重荷を下ろしたように思えてしまって。
『街に戻ったら、謝っておこう。』
いつもの自分に戻れたんだから、もう大丈夫だ。マイルは前向きに考えることにした。
「こいつが歩けないって言うんなら、さっさとエキュルにでも逃げようぜ。なあ、マイルさん。」
遅れがちなワリスを尻目にトムソンが言った。
「トムソンさん、冗談もいいかげんにしないと。」
マイルは苦笑した。全く、このすがすがしい空気ったら、大の大人をいたずら好きの腕白小僧に変えてしまう。悪乗りしたい気持ちを押さえて、マイルはワリスの顔色もうかがうのを忘れなかった。
ワリスに殺気だった視線で睨まれて、トムソンが慌てて弁解した。
「はは、冗談だよ。睨むなよ、兵隊さん。俺だって街の安全が第一だ。さあ、もうひと息だぜ。」

半時間ほど登って、三人は峠に着いた。
頂上から眺めると、少し下ったところに石造りの水路が通っていた。水路にくっつくようにやはり石で出来た建物があり、そこから下流へ、ちろちろと細い流れが出来ていた。
「あそこだ。」
トムソンが言った。
三人は、建物目指して降りていった。

「ここだ。この水路の水がカヴァロへ流れているんだ。」
トムソンは石造りの水路をぽんぽんと叩いて言った。。
「へえ、調整ってここでするの?」
マイルは建物の扉を開いた。
中は薄暗く、ひんやりと湿っていた。どこからか、水流の音が聞こえていた。
「ああ、そうだ。余分な水をここから流して、街へ向かう水量を減らすんだよ。」
「能書きはいいから、さっさとやれよ。」
二人に向かってワリスが言った。
「わかったよ、兵隊さん。あんたはそこらで涼んでな。」
トムソンはそう言って、建物の中にはいった。
「手伝おうか?」
マイルは尋ねたが、トムソンは首を振った。そして、ワリスに聞こえない声で言った。
「作業は慣れてるから大丈夫。それより、あの兵隊に気をつけろよ。」
「そうだね。わかった。」

ワリスは兜を脱いで、建物の下流で顔を洗っていた。
「山道は大変だったね。」
出来るだけさりげなく、マイルはワリスに声をかけた。
「仕事だからな。」
無愛想にワリスは言った。片目の周りの、アヴィンが一撃をお見舞いした場所は、まだくっきりと紫色になっていた。
「こんなことを聞くと、不愉快かもしれないけど・・。」
マイルは聞きたいと思っていたことを口に出した。ワリスがじろりと睨んだが、マイルは続けた。
「昨日、どうしてウェンディにひどいことを言ったの?」
「ウェンディ? ああ、あの歌手か。」
ワリスは一人で納得すると、じろじろとマイルを見た。
「あんたも傭兵だそうだが、この街の連中に腹が立たねえか?」
「え? いや、そんな事はないけど・・・。」
マイルは予想もしなかったことを聞かれて首を振った。
「はっ。いいねえ、そんなにのんびりやれて。」
ワリスは手の甲で濡れた顔を拭いた。
「ここは、ヌメロスと違いすぎる。贅沢だ。俺の村じゃ、いつだってぎりぎりの生活なんだ。」
ワリスの声に怒りが混ざった。マイルは、思わぬ真剣な言い分に、黙って耳を傾けた。
「せめて俺が稼がなきゃと思って軍に入ったんだ。でもよ、ここでも自分が食っていくのが精一杯なんだ。村に仕送りも出来やしねえ。へへっ、いろいろとガンバラねえとな。」
ワリスは人が悪そうににやっと笑った。どうも、まっとうな事をしている顔ではなさそうだった。マイルは尋ねた。
「がんばるって、何を?」
「あんたには関係ない話だ。ん?水が増えたぜ。」
ワリスはマイルの問いに答えなかった。マイルが足元を見ると、建物から排出される流れが、急に勢いをつけ、水量も増え始めた。
「調節機械が動いたんだよ。」
「動いてみりゃあ、大した事してねえな。本当にあいつが操作しなきゃいけなかったのかよ。」
ワリスはぶつぶつ文句を言いながら、兜をかぶった。
「用が済んだなら、さっさと戻るぞ。」

「ワリスさん、さっきの話だけど。」
カヴァロへ戻る道すがら、マイルは何事か考えていたが、街の外周の壁が木々の間から見え始めた頃、思い切ってワリスに話し掛けた。
「あん? 何だ?」
ワリスは不信そうな目をマイルに向けた。
トムソンも、何故こんな奴に声を掛けるのかといぶかしんでいる。
「僕の村も、農業が収入の小さな村だ。カヴァロみたいな商店もないし、食べ物だって売ってない。ぎりぎりではないけど、恵まれた村でもない。だけど、豊かになりたいとは思わないよ。」
「じゃ、何で傭兵になんかなったんだよ。」
「友だちのためさ。生き別れた家族を探していた友だちの為。そして、僕を知り、僕を信じてくれた仲間のためさ。・・・お金を稼いでも、こうして家族や仲間と別れて暮らしては、楽しみも何にもないだろう?」
「いい暮らしって奴には、金が要るんだよ。男が村を捨てて出てきたんだ。残した女や年寄りの分まで稼がなきゃならねえんだよ!」
「そんなにがむしゃらになって、何を買うんだ? あんた、金が手に入ったら、あっという間に使い切っちまいそうだな。」
「うるせえ!」
ワリスが突然立ち止まって、腰の剣に手をかけた。
「ちょ、ちょっとまて、待てよ、おい。」
トムソンが狼狽して後ずさりした。
マイルは二人の間に割って入った。
「言い過ぎだよ、トムソンさん。謝りなよ。・・・ワリスさんも、簡単に殺傷沙汰を起こしたくはないでしょう? ヌメロスのゼノン司令って、とても怖い人じゃないですか。」マイルが言うと、ワリスは身体を硬直させた。
「ちっ、黙りやがれ!」
剣から手を離し、ワリスは下り坂をいいことに、ずんずん先に歩いていってしまった。
「ああ、怖かった・・・。」
トムソンが肩をすくめた。
「本当に、刺激するとまずいですよ。何をむきになっているかわからないけど、あの人は・・・。」
「自分しか見えてないのさ。ヌメロスの連中なんか、皆同じだ。」
トムソンは毒づいた。
「それより、追い付こうぜ。あいつにくっ付いてなけりゃ、街の入り口で追い返されちまう。」
「そうだね。急ごう!」
マイルとトムソンは、駆け足でワリスを追った。


「アヴィンさん、今市長と会っているあの男、一体何者なんです?」
スタンリーがアヴィンに尋ねた。
無理もない。土地勘のないアヴィンと違い、スタンリーや街の人たちは、一目見て話を聞けば、相手がどこの出身か言い当ててしまうだろう。
「アリアさんの脱出を手伝ってくれた、ヌメロスの隊長がいただろう?」
気が進まなかったが、スタンリーたちの表情は真剣だったので、アヴィンはかいつまんでロッコの素性を話した。
「ヌメロス兵なのか、あいつ。」
話を聞いていた市民の一人が、縁起でもないとつぶやいた。
「そんなことないさ。俺は、市庁舎前で起きた騒ぎを見てたぜ。ゼノン司令の直属兵に囲まれたのに、たった五人で包囲を突破しちまったんだ。」
ほかの市民が言った。
「市長に会って、どうするつもりなんだろう。」
「さあ、それは俺にもわからないが・・・。」
アヴィンは口ごもった。
「ヌメロスの皇帝は、元の王家を出し抜いて自分が皇帝に居座ったんだろう? 今のヌメロスに不満を持っている奴も多いんじゃないのか。」
「反乱軍ってことか。」
「ずいぶん手荒に粛清したって、カヴァロタイムズで読んだぜ。反乱の指揮を取れるような奴は残っていないんだろう。」
「カヴァロを助けてくれるんなら、そいつらも本気だってことかな。」
市民たちは口々に言うが、アヴィンはそれに加わることが出来なかった。国の名前や大まかな情勢は頭に叩き込んだものの、所詮は付け焼刃の知識である。何か意見したとして、それが的外れかどうかさえ、感触を掴むことが出来ないアヴィンであった。

「推測の花盛りかな?」
国際劇場から、ロッコが出て来た。
「あんた、ヌメロスの人だってな。」
「ああ、そうだ。」
市民たちの注目を浴びて、ロッコはきっぱりと答えた。
「合同で作戦会議を開いてくれるように市長さんに頼んできた。俺は、隊長が本国から追われる身になったときに国に背いた。もう戻るつもりはない。この街を、メルヘローズを救うのが俺の隊長の意思なんだ。」
「あんたの言うことを、はいそうですかって信じると思うのかい?」
スタンリーが聞いた。アヴィンははっとした。
周りの市民たちも、二人のやり取りに耳をそばだてている。
「そんなおこがましいことは考えていないさ。だが、俺たちには新しい情報も入ってくる。あんまりいつまでも睨み合っていると、取り返しがつかなくなるぜ。」
ロッコが答えると、その場の全員が押し黙った。
「取り返しがつかないって、どういうことだ?」
アヴィンが尋ねた。
「それは、明日だ。会議の席で言わせてもらうよ。言いたい事がある人は来てくれ。多くの意見があったほうがいい。」
「僕は行かせてもらう。」
スタンリーが言った。
ロッコはにやりと笑って、スタンリーに手を差し出した。
「悪いが、明日あんたの意見を聞いてからにさせてくれ。」
スタンリーは悪気のない顔で答えた。
「そうか、・・そうだな。」
ロッコもしつこくなく、さっと手を下げた。

「おーい、アヴィーン!」
遠くから呼び声がした。
「! マイル!」
国際劇場の裏手から、マイルとトムソンが戻ってきた。
「大丈夫だったか?!」
アヴィンは二人に駆け寄った。
「うん、何とかね。」
「水路の調節はばっちりだ。もう水が引き始めているからな。」
トムソンは安堵した顔で言った。
「奴は?」
アヴィンはマイルに尋ねた。
「心配したような事はなかったよ。でも、なんか腹黒い奴だね。」
「そうか・・・とにかく、無事に済んでよかった。」
「市長さんに報告に行ってくるよ。」
マイルとトムソンはそのまま国際劇場に足を向けた。
「もしかすると、君なのかい? 隊長を援護してくれた傭兵っていうのは。」
横を通り過ぎるマイルに、ロッコが声を掛けた。
「え?」
マイルはびっくりして足を止めた。
「ブーメランで助けてくれたっていうのは君かい?」
マイルは目をぱちくりして、助けを求めるようにアヴィンを見た。アヴィンは大丈夫だといわんばかりに頷いて見せた。
「ええ、ブーメランを投げたのは僕ですが。」
「そうか! 隊長から、ぜひお礼を言って欲しいと頼まれているんだ。君のおかげで無事にアリアさんを脱出させることが出来た。感謝しているってね。」
「いや、そんな・・・。当然の事をしたまでですよ。」
「高架水路の上で、俺たちは手が出せなかった。本当にありがとう。」
「ええと・・・、貴方は?」
突然感謝されて、マイルはわけがわからなかった。
「ああすまない。俺はパルマン隊のロッコと言う。カヴァロの解放に一肌脱ぐつもりだ。よろしくな。」
「そうですか。僕はマイルです。よろしく、ロッコさん。」
マイルは一礼すると国際劇場に入っていった。その横顔になにやら安堵した様子が伺えて、見守るアヴィンも胸をなでおろしたのだった。

その日のうちに、明日、今後の作戦を話し合うことが町の有志たちの間に伝えられた。ヌメロス側を刺激しないように、代表の者を出席させて欲しい旨も言い添えられていた。受け止め方は様々であったが、いよいよ後戻りの出来ない道へ進むのだということは誰の目にも明らかであった。

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