Junkkits

真実の島へ行きましょう

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-11-

ミッシェルはため息をついた。
『私も少し休んだ方がいいのでしょうね。』
眠っている間は少なくとも忘れていられる。魔法力も切れかかっていた。
ミッシェルはレアを繰り出すのをやめ、目を閉じた。幸い、眠りはすぐにやってきた。

温かな手のひらが背中をさすっている。
誰? 俺、寒いよ。
温かな胸にすがりつく。 ぬくもりに包まれてほっとする。
知っている。この、温かい手のひらのこと…

数時間ののち。
一眠りしたミッシェルは、アヴィンの身体がだいぶ温かくなってきたことに気が付いた。
『もう、いいでしょう。』
体に回された手をはずして離そうとするが、アヴィンは無意識にすがり付いてくる。
「アヴィンさん?」
気が付いたのかとミッシェルが声を掛ける。だが、アヴィンは目を開かなかった。
参ったなあと思いつつも受け止めてやる。実際のところ、あまり気持ちの良いものではなかった。
腕の中でアヴィンが身じろぎした。
「…ミッシェル…。」
身体を寄せながら、アヴィンがつぶやいた。
「えっ…」
ミッシェルは体中から汗が吹きだしたような感覚に襲われた。気持ち悪い…ではなくて、どちらかと言えば、心地よかった。
だが、自分が嬉しいと感じたことを、ミッシェルは受け入れられなかった。
「ア、アヴィンさん!」
狼狽したミッシェルは、アヴィンを乱暴に揺さぶった。
「ん…う、ん…。」
「起きてください、アヴィンさん。」
アヴィンがうっすらと目を開けた。
「気が付きましたか? ガウェイン殿の船に助けられました。もう大丈夫ですよ。」
「そうか、良かった…。」
アヴィンの頭がだんだんはっきりしてくる。そして、自分がミッシェルにすがり付いていることにも気が付いた。
「わっ、な、なんで、ミッシェルさんと一緒にいるんだよ。」
アヴィンは飛び上がって起き、寝台の端のほうで赤くなった。ミッシェルはともかくほっとした。
寝台から降りて思いきり伸びをする。それからアヴィンに言った。
「あなたは海で具合を悪くして、気を失っていたんですよ。あまり冷たくなっていたので、暖めていました。」
「そう…ありがとう。」
アヴィンは何とか答えたものの、まだ顔が引きつっている。さっきまでの自分の姿は棚に上げて、ミッシェルはその姿に苦笑した。
「どういたしまして。ガウェイン殿に知らせてきますね。」
「俺も行く。」
寝台から飛び降りて、アヴィンは自分の格好に気が付いた。船乗りの服を着ている。
「ミッシェルさん、俺たちの服は?」
「今乾かしてもらっています。神木のヒイラギの葉でしたら、そこに。」
寝台の隣のテーブルを指でさす。アヴィンは布を広げて、ヒイラギの葉を確かめた。ちゃんとあることを確認して元に戻す。
「よし。行こう、ミッシェルさん。」

甲板に上がると、皆が声を掛けてくれた。
「もう大丈夫なのかい?」
「命拾いしたな。」
愛想のいいほうではないアヴィンだが、皆の言葉は嬉しかった。笑顔を振り撒きながら、アヴィンはガウェインの姿を探した。
船尾近くの甲板にガウェインはいた。
「おお、気が付いたか、アヴィン。」
「ありがとう、ガウェイン。おかげで助かった。」
「わしよりミッシェル殿に礼を言え。ずっと側にいてくれた。」
「うん…。」
アヴィンは照れくさそうにミッシェルを見た。ミッシェルもどんな顔をしたらいいのやら、困ってしまう。
「これはわしの船だ。ヴァルクドに近いところまで送ってやろう。気兼ねなくゆっくりするといい。」
「わかった。一回りしてくる。」
アヴィンは目でミッシェルを誘った。ミッシェルは首を振ってアヴィンに答えた。
「私はガウェイン殿とお話がありますので。ゆっくり行ってらっしゃい。」

アヴィンは船尾へ行った。
船のうしろには何も見えなかった。真実の島も、島の上空に垂れ込めていた暗雲さえ、もう見えなくなっていた。
マドラムと剣を交えたのが、同じ今日の出来事とは思えなかった。
『ボルゲイドが俺の命を奪えと命じた…。奴は確かにそう言った。結局俺は正神殿と邪宗教徒との争いから逃れられないのかな。だとしたらこの先、俺はどうすればいい?』
真実の島でミッシェルが見せてくれた託宣の光景も気になる。
『なんだか、考える事が増えてしまったな。』
神々の争いのこと。託宣で見た場所のこと。それに、命を狙われていること。
どれもが大事で、とても一つに絞り込めない。まず、何をしたらよいのだろうか。
『一度、山小屋へ帰ってみようか…。』
マイルとシャノンのことを、自分で伝えたい思いもあった。
ガウェインが知らせを出してくれたはずだが、マイルの両親はアヴィンの口から話を聞きたいと思っていることだろう。
アヴィンは考え事をしながら、舷側を伝って船首へ歩いていった。
舳先に立つ船乗りの横に並んだ。行く先も一面の海だった。よほど沖合いを通っているのだろう。どこにも陸地らしい影はなかった。
「ヴァルクドにはどの位で着くんですか?」
「お。元気になったな。」
船乗りはアヴィンを見てそう言った。船に助け上げられたとき、余程疲れきって見えたのだろうとアヴィンは思った。
「風が良くないんでな。明日の早朝かなぁ。」
「明日!」
アヴィンはびっくりした。今朝、真実の島を発つときには、あと三日かかると踏んでいたのだ。
これなら十分、間に合うに違いない。
「あんたたち、若いのにけっこうやるんだってな。よかったら皆に冒険談をしてくれよ。この船の連中、そういう話が大好きだからさ。」
船乗りが言った。気さくな話し方をする人だった。
「俺なんかとても。でも、あの人の話なら俺も聞きたいな。」
アヴィンはミッシェルを振り返った。ガウェインと並んでいても、全く不釣合いに見えない。
こうして見ると、やはりミッシェルは只者ではないと思えた。
「あの人、すげえ魔道師だな。さっき、自分たちの居場所を風を吹いて知らせてきたんだ。魔法をあれだけ自分の思う通りに操れる奴、見たことないぜ。うん、きまりだ。今夜が楽しみだな。」
船乗りは一人で上機嫌だ。
アヴィンもミッシェルに話をねだろうと決めた。ミッシェルの世界の話を、まだろくに聞いていない事に気付いたのだ。

夜の当直交代があった後、アヴィンとミッシェルは船の談話室に集まった船乗りたちと、楽しいひと時を過ごした。
ミッシェルは、旅の間に見聞きした話を披露して、皆を飽きさせなかった。
異世界から来た事を隠さなかったので、話す事はいくらでもあった。
昼間、舳先に立っていた船乗りは、とりわけて強い関心を示していた。彼は、いつか自分もガガーブを越えたいのだと言った。
アヴィンは皆に混じって熱心に話を聞いていた。
だが、勧められて少しだけ酒を飲んだのがいけなかった。いつのまにかうとうとと眠ってしまった。
気が付いたのは、自分の寝室だった。
どうやって戻ってきたのか覚えがない。 目が覚めたのは、扉の開く音がしたからだった。
ランプの明かりがともされ、気配でミッシェルが戻ってきたのだと知った。
「ミッシェルさん。」
アヴィンは呼び掛けた。
「アヴィンさん? 起こしてしまいましたか?」
「いいんだ。楽しかったよ、さっきの話。」
「私も、驚きましたよ。こんなに関心を持ってくれる人たちがいるとはね。特に、ガガーブを越えたいと言っていた彼、あれは本物ですね。いろいろ聞かれて、こんな時間になってしまいました。」
ミッシェルはマントを脱いで、自分の寝台に腰を掛けた。嬉しそうだなとアヴィンは感じた。
それにちょっと酒が回っているみたいだ。
「いつか俺も行けるかな。ミッシェルさんの世界へ。」
「そうですね。その時は歓迎しますよ。」
ミッシェルはつぶやくように言った。それから、しばらく何か考えている様子だった。

「アヴィンさん。」
ミッシェルはちょっと改まってアヴィンを呼んだ。
「明日になると慌しいでしょうから、今、言っておきます。」
「何ですか?」
「本当は、行きたかったんですよ、あなたの家に。」
「え?」
「真実の島で、あなたが誘ってくれた事はとても嬉しかったんです。できるなら一緒にこの世界の謎を解いていきたいくらいです。」
「ミッシェルさん…。」
「この旅で、私は仲間というものを知りました。そして、別々の道を行く苦しさも知りましたよ。どうか、気を付けて。いい旅をしてください。」
「なんだよ。別れのあいさつみたいじゃないか。まだ明日もあるんだぜ。」
アヴィンは笑った。 ミッシェルはつられて笑おうとしたが、笑い顔がひきつった。
ミッシェルは立ち上がってランプを消した。アヴィンには見られたくなかった。
『なんで涙が出てくるんだろう。』
最初からわかっていたことなのに。この短い旅だけの仲間なのだと。それなのに、迫った別れの時が辛い。
仲間とは、こんなにも強い絆を分かち合うものなのだろうか。
「お休みなさい、ミッシェルさん。」
アヴィンが言った。 彼はわかっていない。まだ何日か、旅の余韻が続くものと思っているだろう。
だが、実際は明日なのだ。ミッシェルはもう決めていた。
「おやすみなさい、アヴィンさん。」
つとめて冷静に答えてやる。
ほかに道はない。自分の選択は正しいと、ミッシェルは確信していた。

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