カヴァロ解放
day2-2
ホテル・ザ・メリトスは町の南の端にある。
バーテンお勧めの高架水路の取り入れ口は、街の最北端だ。
二人は国際劇場の裏手の広場を横切り、ヌメロス軍に占領されている市庁舎は避け、美味しくて評判のパン屋の横道を通って町の北端へ出た。
ウィヨリナ湖へ向かう街道の入り口には、鎧を着けたヌメロス兵が立っていた。
「こんにちは、アヴィンさん、マイルさん。」
高架水路への階段から、一人の少年が駆け下りてきた。
片手に空になった籠を下げている。
「やあ、アルトス。どうしたの、こんな所で。」
マイルが尋ねた。
アルトスは、今通ってきたパン屋、マシューズベーカリーの店員だった。
二人が、脱出騒ぎの前から見知っている数少ないカヴァロ市民だった。
「西の出口の兵隊さんにお昼を届けに。」
「何だ、注文を受けているのか?」
アヴィンが混ぜっ返した。
「街のみんなの方が圧倒的に弱いですから。兵糧攻めは逆効果だって親方が言うんです。僕としては・・・ううん、ちゃんと親方の言う事は聞かなきゃいけないですよね。」
「えらいよ、アルトス。」
マイルがアルトスをねぎらった。
「ね、高架水路の上にヌメロスの兵士はいなかった?」
「はい、誰もいませんでした。じゃ僕、行きます。またクルミパンを買いに来てくださいね。」
アルトスは駆け足で去っていった。
「本当に誰もいないや。静かだね、アヴィン。」
高架水路の取り入れ口には、流れ落ちる水の音が響くばかりだった。
誰が作ったものか知らないが、緻密な造りには高度な技術が要ったのだろうと思わせる。
「腹がいっぱいだと眠くなるなぁ。」
アヴィンがつぶやいた。
「もう。趣を楽しむってこと、アヴィンはしないの?」
「そういうのはよくわからないよ、俺は。日がさして、暖かくて、気持良いから眠くなるんだ。なんかおかしいかい?」
アヴィンは石組みの通路に背中を預けて座り込んだ。太陽を一身に浴びて気持ちよさそうだった。
「おかしくはないけどさ・・・。」
そう言いながら、マイルも隣に座る。
「いい天気じゃないか。」
アヴィンは目を閉じた。
「・・・ウルト村も晴れてるかな。」
マイルが空を仰いで言った。
ミッシェルが現れたのは、ぽかぽかとした日差しに、アヴィンだけでなく、マイルも眠気を覚え始めた頃だった。
「お待たせしましたか?」
いかにも休息状態の二人に、ミッシェルは一瞥をくれた。
「さっそくですが、しばらく来ないうちにいろいろ起こったようですね。先ほどの店で、あなたたちの武勇伝をたっぷり聞かせてもらいましたよ。」
ミッシェルは穏やかな声でそう言ったが、目に宿る厳しい光が、二人を無言で糾弾していた。
居心地が悪くなって、アヴィンたちは立ち上がった。
「ごめんなさい、ミッシェルさん。僕たちも出来れば表に出たくなかったんですけど、とっさの事だったので。」
マイルが下手に出た。
「俺たちが助けないと、例の女性がヌメロス軍の手に落ちてしまうところだったんだ。」
アヴィンは端的に事実だけを言った。
横でマイルがハラハラしているのには気づかない。
「そうでしたか。・・・この街の周辺の謎について、調べて欲しいとお願いしましたよね。」
ミッシェルはそれ以上二人を追及せず、話題を変えた。
「どうでしたか?教えてください。」
アヴィンとマイルは顔を見合わせた。
アヴィンが口火を切った。
「この街の東のウィヨリナ湖に、きれいな声で歌う不思議な女性が現れるというのは、本当だった。俺たちもその女性を見た。名前はアリアさん。カヴァロの歌手かと思ったが、違うようだった。どこに住んでいるのかわからない。」
ミッシェルは頷いた。あまり関心がないという表情だった。
「ヌメロス軍がカヴァロの南の湿地帯にやってきたのは、新しい港を建設するための調査という触れ込みだった。でも、調査をしていたはずのヌメロス兵は、アリアさんを探し出すのが真の目的だったらしい。あちこちで、人を探している連中の姿を見た。」
「それに、街道に変な魔獣・・というか、機械人形が出たんだ。誰が放った物かわからなかった。それがカヴァロを襲ってきて、ちょうど、いい具合にヌメロス帝国のゼノン司令が隊を率いてやって来て機械人形・・・木人を追い払ったんだよ。」
「ほう・・・。」
ミッシェルが先を促すように相槌を打った。
アヴィンとマイルはホッとした。自分たちのした事が無駄だったのではないかと心配だったのだ。
ミッシェルは二人に身振りで座るように促した。三人は並んで座り込んだ。
「連中の言い訳はたまたま木人の事を知ったので助けに来たという事だった。けれど、僕もアヴィンも信じられなかった。ゼノン司令も、街の治安を守るという理由をつけて市庁舎を占拠したしね。案の定、街はヌメロスの支配下に置かれてしまった。街の人たちを治しに現れたアリアさんは、木人を操った濡れ衣を着せられて、ヌメロス軍に捕らえられてしまったんだ。」
「ちょっと待って。治すですって?」
ミッシェルが確認するようにマイルに尋ねた。マイルは頷いた。
「アリアさんは自分の歌声で大怪我でも何でも治す事が出来るんだ。それが、怪しい力だとでっち上げられて捕まってしまった。」
「・・・・・・。まさか。」
ミッシェルは口の中でつぶやいた。
「街の人たちはアリアさんを信じていたから、彼女を救う作戦を考え出したんだよ。この街に来ていた、ほらトーマスの言っていた旅芸人の一座。彼らが中心になって、それに、元々は彼女を付け回していたヌメロス軍の隊長もなぜか加わって、ヌメロス兵を国際劇場に招待している間にアリアさんを救出したんだ。」
「万が一のことがあったら手伝おうと思って、マイルと二人で国際劇場の屋上に忍び込んでいたんだ。旅芸人たちは無事にカヴァロから落ち延びさせたよ。俺たちは・・・街の人に見つかっちゃったんだが。」
アヴィンの話が終わっても、ミッシェルはすぐには反応しなかった。
アヴィンとマイルは顔を見合わせた。
「旅芸人のマクベインさんには、私も先ほど会いました。お元気そうでしたよ。」
しばらくしてミッシェルが言った。
「本当か?良かった、無事なんだな。」
「ええ。・・・そうか、あの村にはただならぬ秘密がありそうだ。何でもいいです、その女性の事を教えてください。」
ミッシェルは半ばうわの空であった。
ミッシェルの頭脳が大車輪で思考しているのだろうと知れた。
それは、アヴィンやマイルには預かり知らぬ世界であった。
「教えると言っても、アリアさんと言って、黒髪のほっそりした人だよ。この街の人ではなくて、とてもきれいな声で歌を歌って、その歌が、聞いた人の怪我を治してしまうんだ。」
狐につままれた口調でマイルが説明した。
「アリアさんですか。・・・わかりました。」
ミッシェルが立ち上がった。
「さて、失礼しますよ。」
「何だ、カヴァロに泊まるんじゃないのか?」
アヴィンが尋ねた。
とんでもないという顔でミッシェルがアヴィンを見た。
「そんなに余裕のある身ではないのでね。幾つか回りたいところも出来ましたし。」
「ミッシェルさん、さっきマクベインさんに会ったと言いましたけど、移動に空間転移を使っているんですか?」
マイルが心配そうに言った。
「長い距離ではないですから。」
ミッシェルが答えた。
実際、転移を使わなければ、みなのまとめ役など出来るものではないのだ。
「でも、こことトーマスのいる砂漠と、海上のプラネトスII世号と、全部空間転移を使って移動しているんだろう? そんな事を続けていると疲れが溜まるぞ。」
アヴィンが言った。
「そうですよ。せっかく街に来るんだから、ここで一泊するだけでも体が休まりますよ。ミッシェルさんは僕たちの要なんですから。」
マイルも同じ事を言った。
二人から心配されていると悟り、ミッシェルは仕方ないといった顔で約束した。
「・・・わかりました。今度来るときには、この街で休むようにしましょう。」
それから二人に向かって言った。
「あまり、この街で顔を覚えられたくないんですが。あなた方にしたって、出来れば表に立って行動することは控えてもらいたいのです・・・。」
「乗りかかった船だ。今更、後には引けないんだよ、ミッシェルさん。人手が足りないんだ。」
アヴィンがきっぱりと言った。
「この街には、芸術家肌のおとなしい人が多くて、戦力になりそうな人は大事なんですよ。僕も、今更引くわけにはいかない。」
「そうですか。」
二人の決意を聞いて、ミッシェルもあきらめたらしい。
「仕方ありませんね。私はお手伝い出来ませんが、お二人とも、くれぐれも自重して、大事にならないように。今後、ヌメロス帝国へ偵察に行くことも十分考えられます。出来れば、その姿を記録されて手配されるような事がないようにしてください。」
「むつかしいですね。気を付けます。」
マイルが言った。
「なるようにしかならないさ。」
「アヴィン・・・」
マイルが呆れ顔でアヴィンを見た。ミッシェルもため息をついてマイルに言った。
「マイルさん、くれぐれもお願いしますね。」
「はい、まかせて下さい。」
二人は了解の合図に頷きあった。
アヴィンが面白くないという顔で二人を睨んだ。
「なんだよ、二人して。」
「では、失礼。」
ミッシェルは軽く頭を下げると、一瞬宙に浮かび、掻き消えるように転移していった。
「二人で俺を子ども扱いして・・・。」
アヴィンの怒りは途中で矛先を見失ってしまった。
「ははは、自覚はあるんだね、アヴィン。」
「あのなぁ・・・」
「そろそろ、見張りに戻る時間だよ。アヴィン先生、よろしく頼むよ。」
マイルはまだ二言三言言いたそうなアヴィンをせかして、国際劇場へ戻っていった。