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カヴァロ解放

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day2-3

「皆さん、一日のお勤めご苦労さま。しばらくのお時間を私たちの歌と演奏でくつろいでください。」
ウェンディの甘さの混じった声が、酒場に響き渡った。
いつもに増して賑わってざわついていた店の中が一瞬静まった。
そして、次の瞬間には、口笛を鳴らす者、拍手喝采をする者たちで店内は沸きかえった。
舞台に上がっているウェンディとテオドラに笑顔が浮かんだ。
「では、『荒野に乙女は手を差し伸べん』から参りますわ。」
ウェンディが、ヌメロスに伝わる伝承歌を紹介した。
荒れた大地を開墾して創立したヌメロス国に、古く伝わる救国の歌であった。
テオドラの伴奏に乗せて、ウェンディの歌声がやせた大地を嘆く人々を歌い、大地の実りをもたらす乙女への願いをつづっていった。

マイルとアヴィンは酒場のすみで不審な者がいないか目を光らせていた。
だが、今日はウェンディたちの公演を知った街の者が数多く、ヌメロス兵は後ろの方で食事をしていて、静かであった。昨日のような騒ぎは起こりそうにもなかった。
「いい歌声だね。」
マイルが高く低く紡がれていくウェンディの声に感心して言った。
「ああ、そうだな。」
アヴィンは生返事をした。
しっかり公演に聞き惚れているマイルを尻目に店内のチェックに余念がないのだ。逆に言えば、あまり歌と演奏の方には関心がないのである。
「おいマイル、見てみろよ。」
アヴィンがマイルの腕をつついた。
ウェンディたちを見ていたマイルがアヴィンを振り返った。
「なんだい?」
「あいつだ。昨日のヌメロス兵だよ。」
アヴィンが目をやったところに、数人のヌメロス兵が立っていた。中に一人、目の周りを紫色に腫らした男がいた。
「うわ。あれ、アヴィンがやったの?」
マイルは尋ねた。
「ああ。お前の浴びた分もお返ししといた。」
さらっとアヴィンが言った。マイルはヌメロス兵と目を合わせないように気を付けながら、もう一度覗きこんだ。男の片目は腫れのせいで半分閉じていた。
「痛そうだね。」
「自業自得だ。」
アヴィンは全く同情していなかった。その兵たちは店の真ん中辺のテーブルに座った。

「やあ、アヴィン、マイル。夜まで仕事で大変だな。」
二人のテーブルに大男がやって来た。昼間見張りを手伝ってくれたトムソンだった。夕刻まで見張りに付いていたのは彼も同じなのだが。
「今、俺の知り合いに声を掛けてきたんだ。半日くらいなら身体を空けてくれる奴が何人かいる。皆、町を守るためなら喜んで手伝ってくれると言ってるぞ。」
トムソンはそう言って二人を見た。マイルが周囲の様子を伺った。
「その話はここじゃない方が良いな。」
「上で話して来いよ。ここは俺が見ているから。」
アヴィンが言った。
「一人で大丈夫かい? アヴィン。」
「大丈夫だ。それに、何かあれば聞こえるだろ?」
「わかった。雰囲気がまずくなったら早めに誰かをよこしてよ。すぐ降りてくるからさ。」
「ああ。」
アヴィンを残して、マイルとトムソンは二階へ上がっていった。
「トムソンさん、手伝ってくれるのは何人ですって?」
メリトス女史の好意で借りている部屋で、マイルはカヴァロの見取り図を広げて、トムソンと臨時の作戦会議である。
「今のところ五、六人だ。猟師仲間と、町の商人たちだよ。」
「今は国際劇場を守るために見張りをしているけど、出来れば、ヌメロス兵を市庁舎に閉じ込めるように人を配置したいんだ。どのくらいの人数で、どこを押さえればいいか、是非意見を聞きたいな。」
「そこまで考えていたのか。うーん、すぐには無理かも知れんな。市庁舎前の広場は市内のあちこちに通じているからな。」
市民のトムソンは、マイルよりもずっと街の実情に詳しかった。
地図を前に、二人の話は延々と続いたのだった。

「アヴィン。一人かい?」
バーテンが声を掛けてきた。
「ああ。今日は街の人が多いな。」
「ウェンディとテオドラの無料公演とあっちゃね。たとえヌメロス兵がいようとも、そんなもんはお構いなしさ。みんな、星空のカンタータが延期になって、がっかりしていたからな。」
「それ、あの時に国際劇場でやっていた曲だってな。」
アヴィンはかろうじて聞きかじっていた知識を披露した。バーテンは嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ。劇場のすぐ側の人はウェンディの歌声を聞けたんだ。ここでもちょっとだけ聞こえたんだぜ。」
バーテンはカウンターにとって返し、グラスを運んできた。
「アヴィン、あんたいけるんだろ? これは俺のおごりだよ。」
「彼女たちの公演が終わるまで酒は控えてるんだ。」
「大丈夫だよ。テーブルを見てみろよ。」
そう言われて見回すと、確かに街の人ばかりが目に付いた。
ヌメロス兵は真ん中に一組と、舞台から一番離れた席に一組残るだけだった。
「なんだ。連中のための公演なのに、さっさと帰っちまったのか。じゃ、有難くいただくよ。」
アヴィンはグラスを受け取って一口飲んだ。
「なあ、詮索するのは俺のシュミじゃないんだけどな。」
バーテンがアヴィンに言った。アヴィンはグラスを持ったまま無言でバーテンを見た。
詮索されては困る人間だという事を知られたのだろうか?
「あんたの相棒、女に手を出すのが早い方か?」
アヴィンは思わず吹き出した。
「げほ・・・いっ、一体どうしてそんな話になるんだ?」
「昼間、いい娘を見つけたって話してたんだよ。この街に来て何日になるか知らないが、素早い奴だと思ってさ。まああの顔なんだから、もてるんだろうけど。」
「なんかの間違いだろう? カヴァロに入ってからずっと一緒だけど、そんな様子はなかったぜ。」
「でもな、女を誘うのにいい場所があるかって聞くから、高架水路のところを教えてやったんだぜ。」
バーテンが周りに聞こえない声で言った。高架水路と聞いて、アヴィンはやっと事態が飲み込めてきた。
「それは・・・。」
まだ咳き込みながら、アヴィンは、バーテンには説明のしようがないと気が付いた。ミッシェルの事を話すわけにはいかないのだ。
「俺も、知らなかったな。案外本気な相手だったりしてな。」
アヴィンは適当に取り繕った。
「なんだ、あんたも知らないのか。どの娘がおめがねにかなったのか知りたかったんだがな。」
「マイル本人に聞いてみてくれよ。」
「そうするか。時にアヴィン、あんたの方は誰かいい人がいるのか?」
「俺は、故郷に家族がいるんだ。」
アヴィンが顔をほころばせて言うと、今度はバーテンの方が絶句した。
「へえ・・・一人もんじゃなかったのか。そりゃ、良かったな。」
「どういう意味だよ・・・。」
「いやいや、チャンスが巡って来るのは人それぞれさ。あんたはきっと最初のチャンスを逃さなかったんだろう。ふーん。家族を残してまで傭兵家業か。あんたの村もいろいろと厳しいんだなあ。」
こいつ本当は詮索しているんじゃないかと、アヴィンはバーテンを見上げたが、相手はアヴィンの境遇に同情的なまなざしを送っているだけだった。

「皆さん、今日は本当にありがとう!」
舞台から、ウェンディの弾んだ声が響いてきた。
「お、客が戻ってくるぞ。じゃあな。」
「ああ。」
小走りにカウンターへ戻るバーテンを見送ったが、アヴィンはわだかまりを拭えなかった。
やはり、探られていたような気がする。
こういう駆け引きは、アヴィンにはどうにも苦手であった。
「よう、昨日はひでえ事してくれたよな。」
また目の前に立った奴がいる。
いいかげんうるさくなってキッと睨みつけた相手は、昨日やりあったヌメロス兵だった。片目の周りが腫れて紫色になっていて、見るからに痛々しい。
「あんたか。わびを入れに来たのか?」
アヴィンはつい相手を逆なでする事を言っていた。
「冗談じゃねえ。今日は飲んじゃいねえんだ、表へ出ろよ。」
ヌメロス兵の方も吹っかけるつもりだったらしい。まさに売り言葉と買い言葉である。
「ウェンディたちにちょっかいしないのはほめてやるよ。だが、俺にはあんたとやり合う理由がない。」
「こっちにはある!こんな顔をさらして、やり返さずにいられるかってんだ。」
ヌメロス兵はアヴィンの襟首を掴んだ。そこまでされて断れるものではない。
「後腐れなしだぞ。」
アヴィンは相手を突っぱねて言った。
「おう。こっちも上にバレるとやばいんだ。一回こっきりで片つけようぜ。」
二人は店を出て行った。
ヌメロス兵の座っていたテーブルを横切るとき、仲間の兵たちは目を背けてこちらを見ようとしなかった。
『・・・・・・』
仲間は止めるのをあきらめた代わりに、見ない振りを決めたのだろうか。何とはなしにアヴィンは気にかかった。
カウンターでバーテンが目配せした。アヴィンは小さく頷いた。

ホテル・ザ・メリトスの裏手の水路の脇で、ヌメロス兵は剣を抜いて構えた。
「剣を抜け!」
アヴィンは剣の柄に手をかけたが、抜こうとはしなかった。
「お前、命を掛けるつもりなのか?」
アヴィンは尋ねた。
「あったりめえだ!」
血気にはやった返事が返ってきた。
『参ったな・・・。』
アヴィンは困った。剣は愛用のものだが、防具が心もとない。ヌメロス兵も非番らしい格好だが、相手が素人兵でないことは昨日気が付いていた。 今日は酒も飲んでいないようだし、本気で剣を交えたらお互い無傷で済むとは思えなかった。
ヌメロス兵は切り込む隙をうかがっている。相手の腫れあがった目が、うまく見えていないように細められるのをアヴィンは見た。
「・・・・・・。」
アヴィンはゆっくりと剣を抜いた。
「アヴィン! 早まるな!」
後ろでマイルの叫び声がした。他にも、まわりにいつの間にかたくさんの人の気配がしていた。アヴィンは空いている手を背後に向かって軽く振った。
「どりゃあっ!」
ヌメロス兵が切りかかってきた。
 ガッ!
一度、二度、剣がぶつかった。ヌメロス兵の太刀を、アヴィンは冷静に受け止めていた。
「くそっ。」
ヌメロス兵はアヴィンに攻撃の意思がないことに気付いた。
「この野郎、向かってきやがれ!」
「悪いが、こんな事で命を掛ける気にはなれないんでな。」
「ちくしょお!」
突っ込んできた兵士と打ち合い、思いっきり突っぱね、腫れた目の方へ身体をかわす。一瞬アヴィンを見失った相手の剣を、叩き落す。
「ぎゃっ。」
ヌメロス兵は強打した手をかばって、転がった剣を探す。剣に走り寄り、慌てて立ち上がろうとして、ヌメロス兵は身体をこわばらせた。
アヴィンが剣を上段に構えていた。
怒りもない代わりに慈悲の表情も伺えぬ、厳しい顔だった。
「ひぃぃぃっ。」
今さら、相手が悪かった事に気付いたのか、ヌメロス兵の口から悲鳴が上がった。後ずさっていく兵に向けて、アヴィンが遠距離から剣を振り下ろした。後ろの群集からも悲鳴が上がった。
 バッシャーン
「・・・・・・?」
目をそむけていた人々が、何事かと首を伸ばした。
ヌメロス兵は、全身ずぶぬれになっていた。アヴィンの放った水の魔法が命中したのである。あっけに取られている兵を見て、周りの人々から失笑が漏れた。
「はは・・・。」
アヴィンの口からも笑い声が漏れた。
「もう気が済んだだろう。帰れ。」
アヴィンはそう言って剣を納めた。ヌメロス兵は呆然としていたが、酒場に来ていた仲間たちが、兵を引きずるようにして連れ去っていった。

酒場に戻ったアヴィンを、マイルが待ち構えていた。ぞろぞろとくっついて来た街の人たちを避けるように、自分たちの部屋へ連れて行った。
「手、貸して。」
不機嫌そうな声で言い、勝手に腕を取って剣のかすった場所に回復の魔法を掛けていく。
「たいした怪我でなくて良かった。」
アヴィンが言った。
「そういう問題じゃないだろ?!」
マイルは怒っていた。
「相手にしちゃいけなかったって言うのか?」
アヴィンがむっとして聞く。
「そうは言ってない。でも魔法を見せるなんて、愚の骨頂だ。僕たちはただの傭兵なんだよ、アヴィン。ここはエル・フィルディンじゃないの。冒険者の大半が何かしら魔法を使える国じゃないんだ。何であんなもの見せちゃうんだよ。」
「わ、悪い・・・。剣で戦っていたら、無傷では済みそうになかったんだ。」
アヴィンは反省した声になる。マイルは怒りのやり場がないといった顔でため息をついた。
「わかってるよ。僕が席をはずしていたのもまずかったんだろう。でも、もうちょっと自重して欲しかったな。昼間ミッシェルさんに言われたばかりだろう?」
「・・・悪かったよ。これから気をつけるから。」
「うん。ハイ、回復オッケーだ。」
マイルはアヴィンの腕をぽんぽんとたたいた。
「明日から、もっとたくさんの街の人を教える事になるからね。頼むよ、アヴィン。」
マイルは笑顔で言った。アヴィンには何故かその笑顔が重く感じられた。

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