カヴァロ解放
day5-1
『星屑のカンタータ』が披露されるパーティの時間になろうとしていた。
アヴィンとマイルは、支度を整えて出掛けるところだった。
「なあ、マイル。俺やっぱりやめとくよ。」
突然アヴィンが言った。
「ダメ。今さらなにを言い出すんだい。ウェンディが僕たちへのお礼だって言ってたでしょ。二人揃って行かなきゃ失礼だよ。」
マイルがきっぱりした口調で言い返した。
ここでちょっとでも甘い顔をしたら、アヴィンはこれ幸いと逃げ出してしまうだろう。
演奏会が苦手なのはわかる。事情が許せば留守番をさせてやりたい。
しかし残して行ったら行ったで、酒場でヌメロス兵と悶着を起こさないという保障はない。先日のケンカ沙汰は、アヴィンの姿と名前をヌメロス兵に知らしめるには十分だったはずだ。今アヴィンを一人で何時間も置いておきたくないのだ。
心配で、せっかくの演奏会も楽しめなくなってしまう。
「さあ、もう出発しようよ。」
マイルはアヴィンをせかした。
「ああ、わかった、わかったよ。」
アヴィンはあきらめ顔でドアに向かった。
その時、不意に窓がコツンと鳴った。二人は顔を見合わせた。ここは二階だ。わざわざ物を投げて当てない限り、そんな音のするはずがなかった。
「!?」
マイルが窓に近づいて外を伺った。
「あーっ。」
「どうした?」
アヴィンが駆け寄る。マイルが笑顔で振り返った。
「解決だよ、アヴィン。ミッシェルさんが来てくれた!」
「こちらはあまり進展はないようですね。」
下の酒場で再会したミッシェルは、二人を見て言いかけた。
「ちょうどいい所に来てくれました!」
ミッシェルの言葉をさえぎったのはマイルだった。
「ミッシェルさん、夜までアヴィンの面倒を見てくれませんか?」
マイルの申し出に、ミッシェルは二人をまじまじと見た。そして二人が外出の支度をしていたらしいと気が付いた。意気揚揚としているマイルに比べ、アヴィンは気乗りしない様子であった。
「私は構いませんよ。先日の約束どおり、今日はこの街に泊まりますし。」
理由のわからぬまま、ミッシェルは答えた。
「あのな、どうして俺が監視されなきゃいけないんだ?」
アヴィンが抗議する。マイルもミッシェルも、アヴィンの保護者同然の振る舞いをするのが気に入らない。
「アヴィンを一人で置いておいたら、何に首を突っ込むかわからないでしょ。自分の胸に手を当てて考えてごらんよ。」
マイルがさらりと言った。
「う・・・」
納得いかないが、ぐうの音も出ない。この酒場界隈で今までした事を思えば、マイルの言う事はもっともだった。
「僕も安心して『星屑のカンタータ』を聞きたいしね。ウェンディにはうまく言っておいてあげるよ。大体、演奏会に行かなくて良いなら文句はないでしょ? それじゃあお願いします、ミッシェルさん。」
アヴィンが黙り込んだので、マイルは嬉しそうにミッシェルと挨拶を交わした。
「ええ。たまにはゆっくりしていらっしゃい。」
マイルが開放感に浸っているのを感じて、ミッシェルは苦笑いをかみ殺した。二人の横で、アヴィンがふくれていた。
「だいぶマイルさんを困らせているようですね。」
マイルが出掛けてしまうとミッシェルが言った。アヴィンは冗談じゃないという顔をした。
「そんなことないさ。」
「そうですか?」
ミッシェルが問い返す。アヴィンの様子は拗ねているとしか見えなかった。
「さて、アヴィンさん。私に付き合って遠出をしませんか?」
ミッシェルが真顔に戻って言った。アヴィンはわずかに眉を寄せた。
「遠出? でも、街の外には出られないぞ。」
アヴィンが答えるとミッシェルは心外だという顔をした。
「一緒に連れて行ってあげますよ。」
「!!」
アヴィンの顔に歓喜が走った。ミッシェルの転移の術を使えば、ヌメロス兵の見張っている出入り口を通らずに済む。
「短距離なら一緒に跳べるでしょう。街の南の沼地に、例の共鳴石があったのでしょう?」
「ああ。マクベイン一座がこの街に来た頃に、何十年も続いていた雷がピタリと止まったそうだ。」
「見に行きましょう、その場所を。」
「なんだか嬉しそうだな、ミッシェルさん。」
アヴィンが言うとミッシェルはまんざらでもない顔をした。
「あなたこそ。」
「わかるかい。俺は大賛成だ。街の外に出られるなんて思わなかった。」
「マイルさんには内緒ですよ。」
「もちろん。」
アヴィンがにやりと笑った。
「ちょっと待ってくれ。支度してくる。」
沼地へ続く道に、ミッシェルとアヴィンは転移してきた。
振り返るとカヴァロをぐるりと囲む壁が見える。
「これだけ遠ければ見つかっていないでしょう。さあ、先を急ぎましょう。」
道の端に、めちゃくちゃに壊された木の破片が散乱していた。
「木人兵の残骸だ。ヌメロスの奴ら、自分で放った木人兵を退治して見せたんだ。」
「こんな物がひとりでに動いたのですか。・・・どういう操り方をしているのだろう?」
ミッシェルは大きめの破片を見つけると近づいて手に取って見ていたが、やがて大きく頭を振った。
「どうやらルカ君の領分ですね。これの詮索は後回しにしましょう。」
やがて沼が見えてきた。昨日の雨のせいもあるのだろう。空気が湿り、足元もぬかるんでいた。泥水が流れ込んで沼の水も濁っていた。
沼には無数の島があった。大きなものには木の板が掛かっていた。草が生い茂り、水面と岸辺の境目が判りにくい。
「詳しい場所は俺も知らないんだが・・・。」
アヴィンが自信なさそうに言った。ミッシェルは代わりに先に立った。
「力が残留しています・・・こちらですね。」
ミッシェルは沼地の奥へとずんずん進んでいった。
時おり魔獣も襲ってくる。尤も体力を持て余していたアヴィンにとって、戦闘は負担にならなかった。幾度か魔獣を退けた後で、ミッシェルは立ち止まった。
「地面が焦げていますね。」
ミッシェルは目の前の島を観察して言った。
「それも、雷が直撃したようなひどい焦げ方だ。おや、あそこに何かが刺さっている。」
隣の島の真ん中あたりに、黒焦げになった棒状の物が二本、地面から生えていた。アヴィンがひょいっと島に飛び移った。
「これは鉄の棒みたいだ。なんだろう?」
「おそらく雷をその棒に誘導していたのでしょう。いわゆる避雷針です。この棒が雷を引き寄せている間に、この先へ渡って行ったのですね。」
「今はもう大丈夫なんだよな。」
アヴィンが心配そうに上を見上げた。空には一片の薄雲が掛かるだけだった。
「大丈夫。力を感じません。安全ですよ。」
ミッシェルは島を横切っていった。アヴィンも後ろに続いた。確かに、何の変化もない。アヴィンはホッと胸をなでおろした。
二人は沼地の一番奥にやって来た。周囲をがけに囲まれたそこには固い地面があり、崩れたばかりの祠があった。
「これですね。」
ミッシェルは祠に近寄った。アヴィンは少し離れた場所であたりを警戒することにした。どのみち、アヴィンが見ても何もわからないからだ。そこへまたもや魔獣が襲ってきた。
「加勢が要りますか?」
ミッシェルが声を掛ける。さほど声に緊張感がないのは、戦闘の結果が見えているからだろう。
「大丈夫。任せてくれ。」
余裕でアヴィンは言った。空を飛ぶ奴、突進してくる奴。いずれも強い魔獣ではなかった。あっという間に切り捨てて、アヴィンは一息ついた。
「!!」
背後に突き刺さる気配を感じたと同時に何かに後ろから激突され、アヴィンは沼に吹っ飛んでいた。
「うわっ!」
盛大な水音でミッシェルは後ろを振り返った。水の中でアヴィンが体制を立て直そうとしていた。しかし腰まで水につかり思うように動けない。しかも魔獣の姿が見えなかった。魔獣は姿を消していたのだ。ミッシェルはそれらを一瞬で見て取り、杖を高々と掲げた。
「エアリアル・ラブリス!」
風が渦を巻いて見えない魔獣を襲った。渦に巻き込まれ翻弄されている間に、術が解けて魔獣の姿が見えてきた。アヴィンはやわらかい泥に足を取られつつも剣を構え、落下してきた魔獣にとどめの一撃を浴びせた。
「怪我はありませんか?」
ミッシェルはずぶぬれのアヴィンに手を差し出した。
「大丈夫だ・・・。きつい一撃だったぜ。」
ミッシェルに引っ張られて水から上がったアヴィンは、服を脱いで固く絞った。見上げると太陽は森のすぐ上まで下がってきていた。もうじき夕方だ。ゆっくり乾かしている暇はないと悟り、アヴィンは泥まみれになった服を再び着込んだ。
「ここには雷の力を備えた石が置いてあったようです。」
祠を調べ終えたミッシェルがアヴィンに教えた。
「落雷の跡があったでしょう? あそこの雷は偶然ではなく、この祠からコントロールされていたんです。そしてここでも、共鳴石を得るために必要な試練があったのでしょうね。」
ミッシェルが見つめる地面に、折れた矢が何本か落ちていた。
「共鳴石はなぜ、こんな強大な力を持つのでしょう。一体、何に使う鍵なんでしょうね。」
ミッシェルが独り言のようにつぶやいた。
「・・・・・・。」
不意にミッシェルが顔をあげた。今歩いてきた沼地の入り口のほうを凝視する。
アヴィンもキッと顔をあげた。人の気配がした。
「今度は私に任せてください。」
ミッシェルが杖を構えて前に出た。
「ヌメロス軍の兵士ですね。三・・四人か。」
「いや・・・待ってくれ、ミッシェルさん。あいつらは、アリアさんを尾行していた奴らだ。ほら、アリアさんを逃がすときに協力していたヌメロス兵がいたって話しただろう?そいつらだよ。」
「ああ、では、どういう用件なのか聞いた方がいいですか?」
「俺に話させてくれ。連中の隊長は、ヌメロス軍に手配されているんだ。もしかしたら、あいつらも味方なのかもしれない。」
「お前たち、何者だ。」
アヴィンたちを見つけたヌメロス兵は、二人を取り囲むように広がった。四人。団体行動に慣れているようで、やり方に隙がなかった。
「俺たちは傭兵だ。今はカヴァロ市長に雇われている。」
「カヴァロは封鎖されているんだ。どうやって外へ出てきた。」
まだ若そうな兵士が言った。若いが、抜け目なさそうだった。
「う・・・。」
「私は魔道師です。そのくらいの事は造作もない。」
後ろからミッシェルが言った。兵士たちが驚きの目でミッシェルを見た。
「あなたたちこそ、カヴァロに駐留している部隊と合流しないのはなぜですか?」
「そうだ。お前たちの隊長は、ヌメロス軍に手配された。あんたたちはカヴァロに戻れないんじゃないか?」
四人に動揺が走った。
お互いに視線を交わして、アヴィンの言葉を吟味する。
「僕たちは・・・。」
もう一人、若く、人の良さそうな兵士が口を開いた。
「おい、こいつに話して大丈夫なのか?」
背の高い兵士が仲間を止めた。
「この男、僕たちの立場を承知している。それに、もし密偵だとしても・・・。」
若い兵士は言いかけて、手を首のあたりに当てた。相当自信があるようだとアヴィンは思った。背後でミッシェルが魔法力を高めているのが感じられた。
「俺たちは、カヴァロに駐留している師団とはかかわりがない。」
最初に声を掛けてきた兵士がアヴィンに告げた。アヴィンはあごを引いて頷いた。聞いてしまったからには、もう後戻りは出来ない。
「傭兵だと言ったな。お前たち市長の警護に雇われているのか?」
長髪を一つに束ねた兵士が尋ねた。暗い瞳をした兵士だった。
「それに答える前に教えてくれ。何でアリアさんを助けたんだ。」
アヴィンが尋ねた。
「なぜそんな事を聞く。」
暗い目の兵士が聞いた。
「カヴァロの人たちもアリアさんを逃がそうとしていた。あんたたちも同じ気持ちだとしたら、俺はあんたたちを信じたい。だが、わからないんだ。他に目的があって、捕まえようとしていたのか? あんたたち、最初はアリアさんを尾行していたじゃないか。」
「お前いったい何者だ?」
兵士たちが顔色を変えた。
「だから、傭兵さ。カヴァロから出られなくなってもう長いんだ。あんたたちがアリアさんを付けていたのを何度も見ている。彼女目立ったからな。」
アヴィンは強気に言い放った。心の中で『喋り過ぎた!』と冷や汗をかいていたが、悟られるわけにはいかない。
「気に食わない奴だな。」
背の高い兵士が言った。手が剣の柄に掛かっている。
「ロッコ、こいつら司令の放った密偵じゃないか? ただの傭兵が俺たちの尾行まで気付く筈がない。」
ロッコと呼ばれた若い兵士は、じっとアヴィンを観察していた。
「そう決め付けるなよ、グレイ。こいつはヌメロスの奴じゃないよ。」
「当たり前だ、傭兵なんだ。生まれた国が違ったって、雇われていりゃヌメロスの奴だろうが。」
グレイと呼ばれた兵士は、今にも剣を抜かんばかりだ。
「俺たちに近づいて、隊長の消息を探ろうとしても無駄だぜ。」
殺気をみなぎらせてグレイは一歩前に出た。
「よせ、証拠もないのに剣を抜くな!」
もう一人の若い兵士がグレイに叫んだ。
アヴィンは手のひらに脂汗をかいていた。剣の鞘を掴みたい衝動に駆られるが、今そんな事をしたら逆効果だ。四人の兵士に気を配りながら、アヴィンは指一本動かせずにいた。
「覚悟!」
グレイが剣を抜いて突っ込んできた。アヴィンはとっさに自分の剣を掴んだ。
「いけません。」
ミッシェルがアヴィンの腕を抑えた。ほとんど同時に、グレイが二人に向けて剣をなぎ払った。
「よせっ!」
「うわああっ!」
「な、何だ!」
剣は、アヴィンの手前で何かに弾き飛ばされた。グレイが剣を持っていた手首を押さえた。他の三人も驚きに目を見張っている。
「これは一体・・?」
ロッコが最初に我を取り戻した。
「これは結界か?・・・魔道師、なぜ止めたんだ。」
「私には双方が同じ道を歩いているように思えますので。事情を語り合う前に剣を持ち出されては、解決になりません。ヌメロス軍の密偵を警戒しているあなた方は、われわれにとっても同志でしょう?」
ミッシェルが答えた。
「お前たちが密偵でないという証拠はない。」
「同じことは私たちにも言えるのですが。あなたたちがヌメロス軍の別働隊でないという証拠もありませんから。」
「くそっ、理屈を並べやがって。」
グレイがわめいた。飛ばされた自分の剣を拾ってきたようだ。
「僕はこの人たちが信用出来るような気がするな。」
若い兵士が言った。
「ラテル・・・甘っちょろい事を言ってると寝首をかかれるぞ。」
長髪の兵士が言った。
「俺も、疑うばかりではいけないと思っているんだがな。」
ロッコが仲間を見渡して言った。
「任せてもらえるか?」
「あんたが責任かぶってくれるなら、俺は構わないぜ。」
長髪の兵士が言った。
「俺も同感だ。こいつら絶対何か隠していやがる。」
グレイが言った。
「僕はお任せしますよ、ロッコ。」
ラテルが安堵した顔で言った。
「じゃあそうさせてもらうよ。」
ロッコは仲間に言い、それからアヴィンとミッシェルに言った。
「俺たちはパルマン隊長の元で動いていたんだ。さっきあんたが言ったように、隊長がヌメロス軍に背を向けた今、俺たちも軍には戻れない。だが、やらねばならないことがあって、この街に戻ってきたんだ。」
「そうなのか。俺は避難している市長たちを警備している。アリアさんを脱出させたときのあんたたちや隊長さんの活躍は知っているよ。無事に脱出出来たんだな。」
「・・・もしかしてあんた、ブーメランで隊長を援護してくれた奴か?」
長髪の兵士が聞いた。
「あれは俺の仲間がやった。」
アヴィンは胸を張って答えた。
「そうか。」
ロッコの顔に、はじめて理解とも取れる表情が浮かんだ。
「お互い、今ここで相手を信用させるだけの証拠はないよな。無事にカヴァロへ入れたら、俺からあんたたちに連絡を取ろう。コンタクトが取れれば、それが信頼できるって証拠だ。」
「それはどういう・・?」
アヴィンは意味がわからなかった。
「すぐにわかるさ。いや、ひょっとしたらわからないかもしれんがな。俺はロッコ。あんたは?」
「アヴィンだ。」
「そっちの魔道師さんは?」
「私はこの街の事にはかかわらない事にしているのですが。」
ミッシェルが言った。グレイが突っかかった。
「今更、冗談を言うな。」
凄みのある声で恫喝されて、ミッシェルは迷惑そうに答えた。
「では、ミッシェルと呼んでください。」
「アヴィンとミッシェルだな。では、またカヴァロで会おう。」
「ああ。」
四人は包囲を解き、素早く去っていった。
「訳ありのようでしたね。まあ、お互い様ですが。」
ミッシェルが言った。
「ああ。でも、信じられると思わないか?」
アヴィンは汗をぬぐった。額から首筋から、びっしょりと濡れていた。
「信憑性はありましたね。」
「これで少しは楽になるかな。」
「彼らにも計画がありそうでした。うまくいく事を祈っていますよ。さあ、私たちも街に戻りましょう。」
カヴァロの街を囲む城壁が見えてきた頃、アヴィンは不意に立ち止まった。
「この服は乾きそうにないな。」
アヴィンは濡れた服を指でつまんだ。体温でいくらかは乾いてきたが、夕方になってしまってはこれ以上乾くのは望めなかった。
「こんな格好で戻るのはまずいよな。」
アヴィンは周りの立ち木を見回した。ミッシェルが見とがめた。
「街の外で一晩明かすつもりですか? 命知らずな事ですね。」
「こんな格好で宿に戻れば皆に知れてしまうからな。マイルには見つかってもしょうがないが、カヴァロの人に、俺が街の外へ出ていたことを知られるのはまずいだろう。」
「ああ。・・そうでしたね。」
ミッシェルも思案顔になった。アヴィンは平然とした顔で言った。
「この辺りの木の上ででも休むよ。一晩くらい身は守れるさ。」
これにはミッシェルの方が呆然とした。
「お待ちなさい。マイルさんや街の人に知られなければ良いんですね。だったら野宿なんてしなくていい。私が取った宿にいらっしゃい。」
「だってそこもカヴァロの中だろう?」
「ええ。でもホテル・ザ・メリトスほど、街の人はいませんでしたよ。滞在が長引いてすっかりしょげた旅人ばかりで。それに、私も話し相手がいると嬉しいです。」
「じゃ、そこに泊めてもらおうか・・・」
アヴィンがまだ迷っている口調で言った。
「沼に落ちたんですからね。しかも雨上がりで水が濁っていたし。風呂を使って、泥を落としたほうが良いですよ。服もちゃんと洗って乾かしてもらえばいい。」
「そんなことを頼んでいいのか?」
アヴィンの疑問をミッシェルは一笑した。
「何事も宿屋に頼るのが旅人というものですよ。」
そんな事まで頼んだら費用がいくらあっても足りない・・・そう言いかけて、アヴィンはふと気付いた。ミッシェルはそうやって生きているのかと。マイルが言っていた。この人は旅を住処にしていると。つまり、家を持たないとはこういう事なのだ。
『そうだ。手を貸してもらいたいと、頼んでみよう。』
この先の采配に悩んでいるマイルの姿を思い出し、アヴィンはミッシェルに付いていく事に決めた。
「行きましょう。もう日が落ちてしまいます。」
ミッシェルに促されて、アヴィンはまた歩き出した。