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カヴァロ解放

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day5-2

「あ! 傭兵さん、こっちこっち。」
貴族の別荘に着いたマイルは、広間の入り口で呼び止められた。見覚えのある若者がマイルに向かって手を差し招いていた。マイルは若者のそばに寄った。
「こんにちは。え~と、一度会っていますよね?」
マイルが尋ねると若者は頷いた。
「エノラですよ! ウェンディちゃん親衛隊長の!」
たぶん冗談なのだろうが、そうとも聞こえない真剣な声でエノラは言った。マイルたちに手伝いを申し出たとき、カヴァロの街よりウェンディを守りたいと言った若者だった。
「ああ、エノラさん。たしか、ウェンディのボディガードに志願したんですよね?」
マイルが言うと、エノラは嬉しそうに破顔した。
「あれは、ウェンディちゃんがいやがったんで、ボディガードは付けない事になったんです。それでもメリトス社長に顔を覚えてもらってね。今日は臨時の手伝いですよ。あなたたちが、好奇心旺盛な町の人から質問攻めに合わないように見ててくれって、メリトス社長から頼まれたんです」
「そうなんだ。ご苦労様。」
マイルはポッと胸のあたりが暖かくなるのを感じた。メリトス女史の配慮はありがたかった。
「。・・・ところで、もう一人の傭兵さんは?」
「あ、ああ、彼は・・・。」
マイルは一瞬悩んだ。二人が故郷を離れた傭兵で通している以上、アヴィンがほかの仲間と一緒にいると言うのは使えない言い訳だった。
「こういう場所が苦手でね。昨日やけ酒をして、つぶれてしまったんだ。」
マイルは大げさに肩をすくめて見せた。
エノラはその言い訳を信じてくれた。
「もったいないなあ! 町の人に先駆けて『星屑のカンタータ』を聴けるって言うのに!僕だったら頭が割れそうになったってここへ駆け付けるのに!」
「あはは・・・、エノラさんだったらきっとそうするだろうね。」
「さあ、入って入って。メリトス社長に挨拶しよう。」
エノラに先導されて、マイルは大広間に足を踏み入れた。

そこは、占領されている街の中とは思えない、豊かで贅を凝らした会場だった。
貴族の別荘などに招かれるのが初めてのマイルにとって、珍しい物ばかりだった。
装飾を凝らした柱や天井、窓に掛かる重そうな、意匠の凝ったカーテン。
涼やかな音を立てる食器、給仕をしている働き手たちの、清楚なユニフォーム。
集まっているのは、カヴァロの上流階級たちなのだろうか。
普段街中で見かけるよりも華やかな装いの男女が、社交の場を盛り上げていた。
『これは・・・アヴィンでなくても戸惑っちゃうな。』
いささか目立つ普段着を気にしながら、マイルはエノラを見失わないようにくっついて大広間を渡っていった。
ところどころに貴族のガードと思しき男たちが立っていた。
また、数人、ヌメロスの兵士もいた。
どちらも社交にはかかわりないという表情で、石のように立っている。互いに睨みあう様子は見えなかった。どうやらここでは中立が保たれているらしい。

「あ、いたいた。傭兵さん、あそこにメリトス女史がいるよ。」
エノラがマイルを振り返って言った。
最も奥まったところに、大きな人の塊があった。メリトス女史と、デミール市長の姿が見えた。各国の大使と思しき、威厳を漂わせた人もいる。
その中に一人、ひときわ存在感のある男がいた。口ひげを蓄えた、意志の強そうな冷酷な瞳をした男。
『ゼノン司令だ。』
マイルは足をとめた。今メリトスに挨拶をすると、ゼノン司令に顔を見られてしまうかもしれない。
エノラはマイルが付いて行かないことに気が付かず、メリトス女史の傍らに近づいて声を掛けた。メリトス女史は辺りを見回し、マイルの姿を見つけた。
「いらっしゃい。相棒くんは来ていないの?」
メリトス女史は人ごみを抜けてマイルに声を掛けた。
「あ、はい、すみません。誘ったんですけど、アヴィンって、こういう席はトンと苦手で。」
マイルは言い訳をした。メリトスがくすっと笑った。
「確かにそんな顔をしているわね。それじゃあ、今頃ホテルの酒場かしら。あの子喧嘩っ早そうだからちょっと心配ね。」
「ははは・・・。今日は、大丈夫だと思います。」
「あら、そう?」
メリトスが関心ありそうに答えたので、マイルは返事に詰まった。
「あ・・・えっと、多分寝てると思います。」
ミッシェルの事は言えなかった。今、カヴァロには自由に出入り出来ないのだから。
メリトスは答えずにじっとマイルを見た。マイルの心臓は踊った。この人には、どうも見透かされているような気がしてならなかった。
「残念ね。今日はエノラ君にエスコートをお願いしたわ。男同士じゃつまらないでしょうけど、彼、ウェンディの事だけじゃなくて、カヴァロの演奏家の事なら一通りわかっているわ。聞きたいことがあったら何でも聞いてね。」
「ありがとうございます。」
追及されずに済んで、マイルはほっとした。
「ツバメですかな?」
二人の後ろから、低い揶揄するような声が掛かった。マイルはどきりとして振り返った。ヌメロスのゼノン司令がねめつける様な目でマイルを見ていた。
「ご冗談でしょう? 私の生きがいはメリトスグループそのものですわよ。」
メリトス女史がにこやかに切り替えした。ゼノン司令は皮肉っぽく口の端を吊り上げた。
「酒場で我がヌメロスの楽曲を演奏させているそうだが、里心を植え付けて何をなさるおつもりかな。」
「カヴァロを守ってくださっている兵士の皆さんへの、感謝の気持ちですわ。遠い異国に滞在されて、皆さんお疲れでしょう?」
「ほう・・・。ありがたい事ですな。」
「どういたしまして。」
メリトス女史は笑顔を絶やさなかった。隣で聞いているマイルのほうが冷や冷やした。
「あの娘はいただけませんな。流行歌を歌うような格好をして。」
ゼノン司令が言った。一瞬で、メリトス女史の顔から笑顔が消えた。
「若さもウェンディの持ち味ですわ。」
かろうじて声には出さずにいるが、強烈な一撃だったようだ。
「チャラチャラした歌など余興に過ぎぬ。レオーネの再来と言われるピアノを、じっくりと聞きたいものですな。」
「ご要望でしたら、段取りを組みましてよ。」
「ふふん。いずれそう願いたいものですな。」
「閣下。」
ゼノン司令の前に兵士が立った。マイルはあっと声を上げるところだった。見覚えのある・・・アヴィンとやりあった兵士だった。さりげなく、兵士の視界から遠ざかる。
「ネクロス様より伝令が参りました。これを。」
兵士は一枚の紙をゼノン司令に渡した。ゼノン司令は周囲を見回した。メリトスも他の者たちも、無関心を装っている。ゼノン司令は紙を広げてざっと読み下した。
「うむ・・・。」
読んでいるうちに、口の端に満足そうな色が漂う。ゼノン司令は待機している兵士に言った。
「計画を承認すると、伝令に伝えよ。」
「はっ!」
兵士は駆け去っていった。
誰もゼノン司令に近づこうとしなかった。この男がカヴァロを制圧している張本人だと、改めて認識したかのようであった。
「ゼノン司令、何か動きがございましたか?」
そっと小声で話し掛けた者がいる。カヴァロ在住のヌメロス大使だった。
「西のエキュルという町に、優れた人形を作る工房があるそうだ。」
ゼノン司令が得意げに話した。
「役立ちそうなのでな。ネクロスを向かわせた。」
「さようですか。それはすばらしいご判断で。」
大使はあからさまにお世辞を言った。
「この国にも少しは役に立ってもらわねばな。今のままでは、わしの面目が丸つぶれだ。」
ゼノン司令は周りに聞こえるような声で言い放った。

「ゼノン殿、今日はようこそお越しになられた。」
穏やかな、しかし、威厳のこもった声がした。見ると、奥の扉から一人の老人が入ってきたところであった。
「おお、ゼル殿。お招きいただき光栄ですな。」
「今日はわしの屋敷の中での催し。一歩外へ出れば敵対もするでしょうが、ここでは変わらぬ親睦を深めていただきたいものですな。」
ゼルと呼ばれた老貴族は、ゼノン司令とメリトス女史に向かって言った。
「敵対とは何を指しておられるのやら。わがヌメロス帝国の協力が常にあなたとあなたの祖国にあることをお忘れなく。」
ゼノン司令は凄みを利かせた声でそう言うと、老貴族の前を辞した。慌ててヌメロス大使が老貴族に謝罪の言葉を掛け、あたふたとゼノン司令の後を追っていった。
「ありがとうございます、ゼル様。」
メリトス女史が頭を下げた。
「いやいや、私は歌姫の評判が気になってならないのですよ。ゼノン殿は歌は好まれんらしいですな。」
「傭兵さん、あっちに行かないか?」
エノラがマイルの袖を引いた。
「貴族様に紹介されたら、目立っちゃうよ。」
「確かに。」
マイルはエノラと共に広間の入り口の方に移動した。飲み物と軽い食べ物を手に入れて、壁際に陣取る。演奏を行う舞台の準備が、慌しくなっていた。


「そろそろ始まるのかな?」
「そうだね。・・・ねえ傭兵さん、一番前へ行こうよ。」
「え? いや、目立っちゃうよ。」
「ウェンディを間近に見たいんだよ。滅多にないチャンスだよ。」
「でも、歌や演奏を聞くのに一番前でなくたって良いと思うよ。」
「こんな後ろで見てたら、絶対、一生、後悔する!」
エノラが力説した。近くの人が何事かと振り返る。マイルは慌ててエノラに言った。
「わ、わかったよ。前に行こう。それと、僕の事はマイルでいいからね。」
マイルとエノラは最前列の、それでも遠慮して端の方に席を取った。
程なく席はほぼ埋まり、特別にあつらえた貴賓席に、主役のゼルをはじめ、ゼノン司令やデミール市長、各国の大使たちがついた。
「皆様、大変お待たせいたしました。」
舞台の袖からメリトス女史が出てきて挨拶をした。
「本日はゼル様のお計らいによりまして、『星屑のカンタータ』上演の運びとなりましたこと、大変嬉しく思っております。様々な都合で、一般公開が遅れていますけれども、演奏家たちの日々の努力の結晶を一足先に心行くまで楽しんでくださいませ。」


演奏会もたけなわの頃、カヴァロを囲む城壁に、一本の鍵縄が取り付けられた。
闇の中で、壁の上に踊り出た影が、一つ。また一つ。
「見張りが巡回していないな。」
壁の上に張り付くようにして辺りを伺っていた長髪の男が言った。
「安心しすぎじゃねえかな、これは。」
「今日は何人かゼノン司令のお供で出払っているからな。そうでなくても、ここに来ている連中は何も起こらないのが一番だって考えてるんだ。言われた場所以外を見張るなんて、思い付きもしないだろうよ。」
ロッコが言った。
「よし、みんな上がったぞ。」
最後に上がってきたグレイが報告した。
「僕から降ります。」
ラテルが引き上げた縄を、今度は城壁の内側に垂らしていく。
「誰も来ない。今のうちに行け。」
ロッコがすばやく指示を出す。ラテルは縄に取り付き、音を立てずに降りていった。
「身軽だねぇ。」
下を覗き込んでドルクが言った。
「ドルク、次はあんたが降りてくれ。」
ロッコはドルクの肩をぽんと叩いた。
「おうよ。」
縄を持っていると、縄に掛かっていた重さがなくなるのがわかった。数回、くいくいっと引っ張ると、同じように返してくる。
「よし、行くぜ。」
そうやって、パルマン隊の四人は、苦もなくカヴァロに潜入した。
「予定の時間までばらばらに隠れていよう。時間になったら、大使館の手前の橋に集合だ。」
四人は互いを見て頷く。そして四つの影は街の中に散っていった。


「ブラボー!」
隣のエノラが感激のあまりに大声を上げるので、マイルは縮み上がっていた。だが、心配は無用だったかもしれない。
『星屑のカンタータ』は大成功だった。拍手はいつまでも鳴り止まず、とうとうウェンディやカヴァロ三重奏を舞台に引っ張り出したのだ。
「あれ、アルトス君?」
マイルはカヴァロ三重奏と一緒に舞台に出ている少年に気が付いた。
「マイルさん、アルトスを知っているのかい?」
エノラが聞いた。
「マシューズベーカリーの店員さんだろう?どうして舞台にいるの。」
「えへへ、彼はねバイオリン奏者でもあるんだよ。レトラッドのビンセルっていう町で開かれたコンテストで優勝して、来年この街の国際劇場で開かれる本選会に出場するのさ。ヴォルフが腕を傷めているので、代理で出演しているんだよ。」
「そうだったのか。パン屋の仕事もしっかりやっているし、まじめなんだね。」
「うん。実家のパン屋を継ぐつもりらしいけど、もったいないと思うね。」
舞台では、四人がアンコールの演奏の準備をしていた。
演奏の出来ないヴォルフが、曲目を告げた。
「森と海のメモリア。」
会場が少しざわついた。
「知らない曲だなぁ。」
エノラがつぶやいた。ざわつきはすぐに収まり、会場は水を打ったように静かになった。四人がリズムを取って演奏をはじめる。
アルトスの伸びやかなバイオリンに、テオドラのチェロが絡む。バルタザールのピアノが深みを与え、バイオリンに寄り添うように、ウェンディの歌が流れた。
穏やかな、素朴な曲であった。
演奏が終わると、再び盛大な拍手が演奏家たちに送られた。
「素晴らしい! これはレオーネの曲だよ。間違いない。一体どこで発掘してきたんだろう!」
エノラは割れんばかりの拍手を送りながらマイルに耳打ちした。


「いらっしゃい、マイルさん。来てくださったのね。」
演奏会が終わって、立食式のディナーとなった。広間の後方には演奏会の間に支度されたらしいテーブルが並び、客たちは好きな物を取ってテーブルに、あるいは立ったままで会話と食事を楽しんだ。
マイルとエノラのところに最初に来てくれたのはテオドラだった。
「素敵な演奏だったね。」
マイルが正直なところを告げると、テオドラは満面の笑顔になった。
「ほんの一部とはいえ、カヴァロの人たちに聞いてもらえるんだもの。みんなに勇気を出してもらいたいって思って一生懸命演奏したの。」
「アンコールの曲も良かったね。今までのカヴァロ三重奏の演目にはなかったでしょう?」
エノラが聞いた。
「『森と海のメモリア』ね。あれは、バルタザールとウェンディがリュトム島で覚えてきたの。元々は歌のない曲なんだけど、彼女が自分で詩を付けたのよ。」
「本当かい!? 素晴らしい! ああ、ウェンディ。なんて素敵なんだ。」
エノラの大げさな感動振りに、マイルとテオドラは顔を見合わせ、ほとんど同時に吹き出した。
「もう。恥ずかしい言い方をしないでいただきたいわ。」
後ろから、鈴を振るようなきれいな声がした。エノラが硬直した。
「ウェンディちゃん!!」
「ご苦労さま。貴方のおかげでマイルさんも貴重な体験が出来たみたいね。」
「ホント、貴重な経験をした気がするなぁ。」
マイルが言った。ウェンディがくすくすと笑った。
「おなか空いているでしょ、何か取ってくるよ。」
マイルはテオドラとウェンディに言った。
「あら、ご親切にどうも。あまり重くないものをいただきたいわ。」
「お任せします、マイルさん。」
「飲み物は何が良い?」
エノラも二人に尋ねた。

マイルとエノラはいくつかの皿をトレイに載せ、飲み物の載った盆を抱えて席に戻ろうとした。
「!!」
マイルが足をとめた。
「どうしたんだい?」
エノラがいぶかしみ、マイルの視線の先を見て息を呑んだ。
テーブルで待っているウェンディとテオドラの前に、ヌメロスの兵士がいた。
二人は急いでテーブルに戻った。
「おいっ!」
エノラがヌメロス兵に声を掛けた。兵士が振り返った。
『あ・・・また、こいつか。』
マイルはいやな予感がした。片目のまわりに、まだ腫れた跡が残っている。酒場で絡んできた兵士であった。
兵士はマイルたちを見つけると、すっとその場を離れていった。去り際に何か一言ウェンディに言い捨てて。ウェンディの顔が蒼白になっていた。
「ちょっと待て、この野郎っ。」
エノラが兵士を追いかけようとした。
「だめ。」
ウェンディがエノラをとめた。
「な、どうして!」
「ここではけんかはダメよ。」
断固とした様子でウェンディは言った。エノラはしぶしぶ従った。
「大丈夫かい、ウェンディ。顔色が良くないよ。」
マイルはウェンディの顔を覗き込んだ。
「平気よ。」
ウェンディは唇をかみ締めていた。マイルは傍らのテオドラに目をやった。
「いきなり前に立って、『うぬぼれるな、青臭い小鳥が・・・!』って・・・」
「いいのよテオドラ。いちいち気にしていてはやっていられないわ。大丈夫よ。」
「俺、メリトスさんを呼んでくる。」
エノラが駆け出していった。

「そういえば、マイルさん。アヴィンさんはどうなさったのかしら?」
ウェンディが聞いてきた。
「え? ああ、アヴィンは・・・その、来なかったんだよ。」
マイルが答えると、ウェンディはがっかりした様子を見せた。
「そうなの・・・。残念だわ。」
「アヴィンはこういう場所がとっても苦手なんだよ。ウェンディに申し訳ないって言っていたよ。」
女性を悲しませないためには、このくらいのうそは許されると、マイルは自分に言い聞かせた。それにしても・・・ウェンディが本気になってはまずいよなとマイルは思った。
「アヴィンは素朴な奴だから、パーティなんて苦手なんだよ。自分の結婚式の時だって、苦手そうにしていたくらいなんだよ。」
冗談めかしてマイルが言うと、ウェンディは目を丸くした。
「結婚式・・?」
「うん。アヴィンはあれでもう、父親なんだ。」
「・・・・・・・・。」
「ウェンディ?」
テオドラがウェンディを突っついた。
「そう・・・なの。」
ウェンディは夢から覚めたように目をしばたたいた。
「そんな風には見えなかったわ。どうりで、人を守るのに真剣なはずね。そう・・・もう、お父さんなのね。」
マイルはあらぬ方向を向いて、ほっと息を付いた。
『何でこんな面倒まで僕が見なくちゃいけないのかなぁ・・・。』

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